スーパーセンチメンタル①
その日はたまたま家にいた。
雨で休みで、さっき起きたばかりで。
いい加減掃除でもしようか、先に腹ごしらえをするか、ぼーっとした頭で考えていた時にドアを叩く音に、ナルトは振り返った。
(キバ?それか....シカマルは、違うよな)
約束なんてしてなかったし。
自分の記憶を探りながら、やっぱり誰とも今日は約束してないと思い直しながら、
ドアを開けて。目を丸くした。
自分が里に戻ってから、そう顔を合わすことが少なくなっただけに、拍子抜けと言えばいいのか。目の前にいるかつての恩師であるイルカは、申し訳なさそうな顔をしながらも、白い歯を見せた。
「よ」
振っている雨をバックに、イルカの笑顔は変わらず優しい。とんとんと、心音が弾んでいるのを感じながら、ナルトは口を開いた。
「...どうしたってばよ、先生」
思ったよりも低い声が出た。声変わりしたのだから当たり前だが、それ以上に自分が出したかったよりも低いのは。素直に気持ちの表れで、それを上手くコントロール出来ない事に少し焦った。
そんな自分の心の内が見えるわけでもない。イルカは片眉を上げた。
「寝起きか」
そう捉えてくれて良かった。実際そうだし。と、ナルトはそこで初めて顔を緩めた。
「あ、うん。さっき起きたとこ」
「そうか」
アカデミー時代。卒業したての頃。イルカは頻繁に自分の家を訪れていた。何かにつけて理由をつけては、来なくてもいいと言っても来てくれたあの嬉しさは今でも忘れない。
でも、イルカがよく来てくれた部屋はもう引き払い、ここは別のアパート。あの思い出が詰まっている部屋でもなんでもない。
そんなアパートをイルカは見上げるようにして眺め、再びナルトに視線を戻す。
「えっと、...入る?」
何を言ったらいいのか、取りあえず、と口を開けばイルカは嬉しそうに頷いた。
「ああ、悪いな」
アパートを変えて、初めてイルカを部屋に上げた。
「お前相変わらずだな」
「言うと思ったってばよ」
顔をしかめれば、イルカは一頻り部屋を眺めていた視線をナルトに戻して、嬉しそうな笑みを浮かべた。
これは今から掃除しようと思ってたんだからさ、と付け加えれば、イルカは、そうか、と一言言って脱ぎ捨ててあった服を拾い上げられ、ナルトは慌てた。
「あ、いいって。俺片づけるから」
「まあそう言うな。これは洗うやつか?」
「あ、うん」
身長が伸びても生活習慣はそう変わらない。それを知ってるイルカは、昔のまま、脱ぎ散らかしてある洗濯すべき服を拾い上げて脱衣所に向かった。
そんなイルカを横目で確認して、ため息が漏れる。
複雑だ。
嬉しさにもやがかかっていて、イルカがこの部屋にいるってだけでそのもやもやした気持ちが絡み合う。
お茶を煎れながら、またイルカの様子を窺えば、テーブルの上に散乱した雑誌やマンガを片づけていた。
イルカの昔から知っている無骨な手が視界に入る。
ナルトは微かに眉間に皺を寄せていた。
数週間前、イルカを見かけた。偶然だった。たまたま出歩いて買い物して、込み合う商店街の中あの黒い尻尾が目に入って足を止めて、声をかけようとしてーー。
「お茶運ぶか?」
イルカの声に遮られた思考は一気に引き戻される。
ナルトは近くにきていたイルカに顔を上げ、うん、と、頷いた。
「へえ、これってほうじ茶か」
「あ、うん。ここの大家さんからもらって」
「そうか。良かったな」
それだけの事に、イルカは嬉しそうに目を細めた。黒い輝きを灯した目に、心臓が高鳴った。
昔からどの眼差しよりも、目を細めるその眼差しは好きだった。
それに、自分が周りに疎まれていた事を、イルカは人一倍気にかけてくれていた、いや今もそうなのだろう。だから、自分が誰かから何かをしてもらった事に、イルカはすごく喜ぶ。
「じゃ、もらうな」
テーブルに座ったイルカは煎れたお茶を両手で包むように持って啜り、ふと目線を上げられ、目があった。少し面食らうナルトに、イルカは柔らかく微笑む。
「上手い」
「...そりゃ良かったってばよ」
久しぶりに自分の部屋で。イルカと二人きりでお互いに微笑んだ。
「せんせー」
執務室の手前にある休憩スペースで手を挙げれば、カカシは眠そうな目をこっちに向けた。
「お前も六代目に用でもあったの?」
当たり前の質問に、違うって分かってるのに聞いていると知っているナルトは、素直に首を横に振った。
「違うってば。先生を待ってた」
「俺?」
自分自身を指さすカカシに、今度は首を縦に振る。
「ここじゃなきゃなかなか捕まらないじゃん、先生って」
もう自分の上忍師ではくなったからでもあるからか、頻繁に任務で里にはいないカカシに会うにはここしかない。
一番早く手っ取り早い場所。そう思った事に、カカシは関心気味にナルトを見つめた。
「お前にしちゃえらく勘がいいじゃない」
「えらくは余計だって」
並んで廊下を歩きながらそう返すと、カカシが横で小さく笑ったのが分かった。
ちらと不機嫌にカカシを見れば、昔から読めそうで読めない、青い目と視線がぶつかった。
「で、どうした?」
建物の外に出てすぐ、カカシは口を開いた。
「....」
あれ、と、ナルトは内心首を傾げる。もう何の用だって分かってるとばかり思っていたから、窺うようにカカシを横目で見るが、カカシは真っ直ぐ前を向いてのほほんとした顔を見せている。
「...いつ仲直りするんだよ」
カカシは立ち止まり、一瞬驚いた顔を見せ、そこから合点したのか。その顔はすぐに力が抜ける。少し眉を寄せてナルトを見た。
「それってどういう意味?」
「どういう意味って。そのまんまだろ」
言い返せば、はあ、と少し大きめのため息がカカシから漏れる。
「先生はお前のところにいるって事...」
だから知ってたんじゃなかったのかよ。と、心で呟きカカシを見つめれば、銀色の髪をがしがしと掻いて。地面に落としていた視線をゆっくりとナルトに戻した。
気に入らない。
そんな言葉がナルトの頭に浮かぶ。
その気持ちを抑えるようにして、カカシをじっと見返した。
大体イルカとカカシが恋仲であると言う事が気に入らないと言うのに。そんな事あるわけがないと思いこんでいた自分にも原因みたいのがあったのかもしれない。
それでも。やっぱり認めたくない、のが本音だった。
だって、簡単に諦められない。二人の並ぶ姿を見れば見るほどに。イルカへの想いが強くなる。
諦めなければいけないと言う想いも混ざっていた時に。
だから、昨日イルカが自分の家を訪れた時は動揺を隠せなかった。
イルカは自分の気持ちに気が付いていない。だから、家を訪れてきた訳で。
そこから理由を聞かず数日泊めてくれと言われて。返答に困ったのも事実。
同じ屋根の下に好きな人といる現実。
なにもかもが急すぎて、受け止めきれなくて。
好きなのに。
イルカが自分に向いていない事実も受け止めきれなくて。
カカシに会うべく足がここへ向かっていた。
そこであんな顔をされ、複雑な心境のナルトに、それは拍車をかけていた。
「意外に余裕ない顔するんだな、先生って」
皮肉れた言い方に、カカシは眉を寄せた。
「意外に、は余計でしょ。お前俺を何だと思ってるの。普通に血が通ってる人間だよ」
「んなことは知ってるよ」
「じゃ、何」
ナルトは口を尖らせていた。
「イルカ先生を悲しませんなよ」
「...イルカ先生、そんな事言ったの?」
言われて、ナルトは口を結んだ。イルカは泊めてくれとは言ったが、それ以上何も言わなかったし、ナルトも聞いていなかった。イルカが、カカシとの事を自分に言う訳がないと知っていた。それが余計にむかむかとさせる。カカシに気の立った目を向けた。
「そうじゃないけど。見ればわかるだろ」
睨んでもカカシの表情は変わらない。眠そうな眼差しで、暫くナルトを見つめた。
「まあね」
「...っ、俺さ、まだ諦めてないの知ってるよな」
「...まあねえ」
余裕が見え隠れするその言い方に、ナルトは唇を噛んだ。
「イルカ先生が...俺をそういう目で見てなくっても、先生は俺を選んで頼ってるって、分かってるのかよ?」
自分で言っていても情けなくなる。が、口に出てしまっていた。
噛みつくような言い方なのに、カカシは少しも表情を変えず、そして眉を下げた。
「分かってる」
顔が熱くなった。
心が。自分の単純な心が見透かされた事の羞恥と、カカシとイルカの出来上がっている関係性の深さを直に感じ。カカシの余りに優しい口調に、悔しくて。ナルトは眉間に皺を寄せる。
そのまま、ナルトはカカシに背を向けていた。ずんずん歩きながら、泣きそうになっているのを気が付かれたくなくて。
胸が痛かった。
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雨で休みで、さっき起きたばかりで。
いい加減掃除でもしようか、先に腹ごしらえをするか、ぼーっとした頭で考えていた時にドアを叩く音に、ナルトは振り返った。
(キバ?それか....シカマルは、違うよな)
約束なんてしてなかったし。
自分の記憶を探りながら、やっぱり誰とも今日は約束してないと思い直しながら、
ドアを開けて。目を丸くした。
自分が里に戻ってから、そう顔を合わすことが少なくなっただけに、拍子抜けと言えばいいのか。目の前にいるかつての恩師であるイルカは、申し訳なさそうな顔をしながらも、白い歯を見せた。
「よ」
振っている雨をバックに、イルカの笑顔は変わらず優しい。とんとんと、心音が弾んでいるのを感じながら、ナルトは口を開いた。
「...どうしたってばよ、先生」
思ったよりも低い声が出た。声変わりしたのだから当たり前だが、それ以上に自分が出したかったよりも低いのは。素直に気持ちの表れで、それを上手くコントロール出来ない事に少し焦った。
そんな自分の心の内が見えるわけでもない。イルカは片眉を上げた。
「寝起きか」
そう捉えてくれて良かった。実際そうだし。と、ナルトはそこで初めて顔を緩めた。
「あ、うん。さっき起きたとこ」
「そうか」
アカデミー時代。卒業したての頃。イルカは頻繁に自分の家を訪れていた。何かにつけて理由をつけては、来なくてもいいと言っても来てくれたあの嬉しさは今でも忘れない。
でも、イルカがよく来てくれた部屋はもう引き払い、ここは別のアパート。あの思い出が詰まっている部屋でもなんでもない。
そんなアパートをイルカは見上げるようにして眺め、再びナルトに視線を戻す。
「えっと、...入る?」
何を言ったらいいのか、取りあえず、と口を開けばイルカは嬉しそうに頷いた。
「ああ、悪いな」
アパートを変えて、初めてイルカを部屋に上げた。
「お前相変わらずだな」
「言うと思ったってばよ」
顔をしかめれば、イルカは一頻り部屋を眺めていた視線をナルトに戻して、嬉しそうな笑みを浮かべた。
これは今から掃除しようと思ってたんだからさ、と付け加えれば、イルカは、そうか、と一言言って脱ぎ捨ててあった服を拾い上げられ、ナルトは慌てた。
「あ、いいって。俺片づけるから」
「まあそう言うな。これは洗うやつか?」
「あ、うん」
身長が伸びても生活習慣はそう変わらない。それを知ってるイルカは、昔のまま、脱ぎ散らかしてある洗濯すべき服を拾い上げて脱衣所に向かった。
そんなイルカを横目で確認して、ため息が漏れる。
複雑だ。
嬉しさにもやがかかっていて、イルカがこの部屋にいるってだけでそのもやもやした気持ちが絡み合う。
お茶を煎れながら、またイルカの様子を窺えば、テーブルの上に散乱した雑誌やマンガを片づけていた。
イルカの昔から知っている無骨な手が視界に入る。
ナルトは微かに眉間に皺を寄せていた。
数週間前、イルカを見かけた。偶然だった。たまたま出歩いて買い物して、込み合う商店街の中あの黒い尻尾が目に入って足を止めて、声をかけようとしてーー。
「お茶運ぶか?」
イルカの声に遮られた思考は一気に引き戻される。
ナルトは近くにきていたイルカに顔を上げ、うん、と、頷いた。
「へえ、これってほうじ茶か」
「あ、うん。ここの大家さんからもらって」
「そうか。良かったな」
それだけの事に、イルカは嬉しそうに目を細めた。黒い輝きを灯した目に、心臓が高鳴った。
昔からどの眼差しよりも、目を細めるその眼差しは好きだった。
それに、自分が周りに疎まれていた事を、イルカは人一倍気にかけてくれていた、いや今もそうなのだろう。だから、自分が誰かから何かをしてもらった事に、イルカはすごく喜ぶ。
「じゃ、もらうな」
テーブルに座ったイルカは煎れたお茶を両手で包むように持って啜り、ふと目線を上げられ、目があった。少し面食らうナルトに、イルカは柔らかく微笑む。
「上手い」
「...そりゃ良かったってばよ」
久しぶりに自分の部屋で。イルカと二人きりでお互いに微笑んだ。
「せんせー」
執務室の手前にある休憩スペースで手を挙げれば、カカシは眠そうな目をこっちに向けた。
「お前も六代目に用でもあったの?」
当たり前の質問に、違うって分かってるのに聞いていると知っているナルトは、素直に首を横に振った。
「違うってば。先生を待ってた」
「俺?」
自分自身を指さすカカシに、今度は首を縦に振る。
「ここじゃなきゃなかなか捕まらないじゃん、先生って」
もう自分の上忍師ではくなったからでもあるからか、頻繁に任務で里にはいないカカシに会うにはここしかない。
一番早く手っ取り早い場所。そう思った事に、カカシは関心気味にナルトを見つめた。
「お前にしちゃえらく勘がいいじゃない」
「えらくは余計だって」
並んで廊下を歩きながらそう返すと、カカシが横で小さく笑ったのが分かった。
ちらと不機嫌にカカシを見れば、昔から読めそうで読めない、青い目と視線がぶつかった。
「で、どうした?」
建物の外に出てすぐ、カカシは口を開いた。
「....」
あれ、と、ナルトは内心首を傾げる。もう何の用だって分かってるとばかり思っていたから、窺うようにカカシを横目で見るが、カカシは真っ直ぐ前を向いてのほほんとした顔を見せている。
「...いつ仲直りするんだよ」
カカシは立ち止まり、一瞬驚いた顔を見せ、そこから合点したのか。その顔はすぐに力が抜ける。少し眉を寄せてナルトを見た。
「それってどういう意味?」
「どういう意味って。そのまんまだろ」
言い返せば、はあ、と少し大きめのため息がカカシから漏れる。
「先生はお前のところにいるって事...」
だから知ってたんじゃなかったのかよ。と、心で呟きカカシを見つめれば、銀色の髪をがしがしと掻いて。地面に落としていた視線をゆっくりとナルトに戻した。
気に入らない。
そんな言葉がナルトの頭に浮かぶ。
その気持ちを抑えるようにして、カカシをじっと見返した。
大体イルカとカカシが恋仲であると言う事が気に入らないと言うのに。そんな事あるわけがないと思いこんでいた自分にも原因みたいのがあったのかもしれない。
それでも。やっぱり認めたくない、のが本音だった。
だって、簡単に諦められない。二人の並ぶ姿を見れば見るほどに。イルカへの想いが強くなる。
諦めなければいけないと言う想いも混ざっていた時に。
だから、昨日イルカが自分の家を訪れた時は動揺を隠せなかった。
イルカは自分の気持ちに気が付いていない。だから、家を訪れてきた訳で。
そこから理由を聞かず数日泊めてくれと言われて。返答に困ったのも事実。
同じ屋根の下に好きな人といる現実。
なにもかもが急すぎて、受け止めきれなくて。
好きなのに。
イルカが自分に向いていない事実も受け止めきれなくて。
カカシに会うべく足がここへ向かっていた。
そこであんな顔をされ、複雑な心境のナルトに、それは拍車をかけていた。
「意外に余裕ない顔するんだな、先生って」
皮肉れた言い方に、カカシは眉を寄せた。
「意外に、は余計でしょ。お前俺を何だと思ってるの。普通に血が通ってる人間だよ」
「んなことは知ってるよ」
「じゃ、何」
ナルトは口を尖らせていた。
「イルカ先生を悲しませんなよ」
「...イルカ先生、そんな事言ったの?」
言われて、ナルトは口を結んだ。イルカは泊めてくれとは言ったが、それ以上何も言わなかったし、ナルトも聞いていなかった。イルカが、カカシとの事を自分に言う訳がないと知っていた。それが余計にむかむかとさせる。カカシに気の立った目を向けた。
「そうじゃないけど。見ればわかるだろ」
睨んでもカカシの表情は変わらない。眠そうな眼差しで、暫くナルトを見つめた。
「まあね」
「...っ、俺さ、まだ諦めてないの知ってるよな」
「...まあねえ」
余裕が見え隠れするその言い方に、ナルトは唇を噛んだ。
「イルカ先生が...俺をそういう目で見てなくっても、先生は俺を選んで頼ってるって、分かってるのかよ?」
自分で言っていても情けなくなる。が、口に出てしまっていた。
噛みつくような言い方なのに、カカシは少しも表情を変えず、そして眉を下げた。
「分かってる」
顔が熱くなった。
心が。自分の単純な心が見透かされた事の羞恥と、カカシとイルカの出来上がっている関係性の深さを直に感じ。カカシの余りに優しい口調に、悔しくて。ナルトは眉間に皺を寄せる。
そのまま、ナルトはカカシに背を向けていた。ずんずん歩きながら、泣きそうになっているのを気が付かれたくなくて。
胸が痛かった。
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