スーパーセンチメンタル②

ピピピ...
鳥のさえずる声が眠っていた意識の中で聞こえる。
ナルトは目を覚ました。
むくりとベットから起きあがって、直ぐに機能しない頭でぼんやり部屋を眺める。ベットを譲ろうとしたナルトに、イルカは一歩も引かず、俺は堅い床が好きなんだよ、とよく分からない理由を言いながら、イルカはベットの脇の床に敷いた布団で寝る事を選んだ。
起きてまだ間もなかったのか、イルカの布団は床にまだ敷かれていた。
イルカが寝ただろう形跡の残る布団を眺めて、ナルトはぐっと眉を寄せた。
(...くそっ。寝不足...)
夜、二人して寝たのはいいが。そう簡単に寝れなかった。寝れるわけがない。
イルカは疲れていたのか、すぐに静かな寝息をたて初めて。暗い寝室に響くその寝息が、ナルトの頭から離れなくなった。
もんもんとする気持ちと身体を沈める方法はすぐに思いつかなくて。二日目なんだから、いい加減慣れないと、と思えば思うほど。裏腹に目が冴える一方だった。
結果、やっぱり寝れなかったんだけど。
(最悪だってば...)
そう口に出すのは何とか留めて、心で呟いた。
イルカの使った布団を眺めているだけで、朝から変な気分になるのが、自分自身許せない。
布団の上から下半身を拳で押さえつけて、深いため息を漏らす。
「お、起こしちゃったか」
寝室から繋がっているリビングから、イルカがひょこと顔を出した。
悪いな。と、そう言うイルカの手の中にいるのは小鳥。
イルカが家出してきた時の荷物に、この小鳥もいた。怪我をしているのは、一目見て分かった。
右の羽根に怪我を負っているのか、上手く翼を広げる事ができない。小鳥は苦しそうに時折か細い声を出す。
餌もイルカが与えても中々受け付けない。
野生なのだから、当たり前なんだけどな。
そう寂しそうに呟きながらも、イルカはどうしても怪我を直して母親の元に帰したいと、そうも言った。
イルカらしい暖かい言葉。その変わらないイルカの心に触れて、懐かしい気持ちと、今抱いてしまっている気持ちが複雑に絡み合った。
親もいなく、周りから見離された自分にだって。イルカだけが暖かく手をさしのべてくれた。普通に接して。見守って。心配して。怒ってくれた。
自分の心をどれだけイルカが占領してたかなんて、気が付いたのは最近だ。
そう。カカシと仲良く手を繋いでる姿なんて見なければ。おそらく気が付かなかったし。気が付いたとしても、もっと先だったはずだ。
イルカの隣にいるのがたまたまカカシだっただけで。もしかしたらそこに知らない女がいたとしても結果は同じだったと思う。
でも。イルカはカカシを選んだ。
自分の上忍師で、イルカの次に大切な事を教えてくれたカカシを。
本当、ついてない。
そんな言葉が思い浮かんだ。
昨日のカカシのあの言動。
もっと焦ってくれるかとばかり思った。
それにーー。
”鳥は元気?”
そんな言葉をカカシは去り際に言った。
もちろん、イルカが持ってきたあの小鳥だと、ナルトはすぐに気が付く。
”元気なわけねーじゃん。怪我してるんだぜ”
言い返すナルトに、カカシは、そうね、と、小さく笑った。
”あの人情深いからねえ。人間でも動物でも”
そう呟くように言って、ため息を吐き出した。
”それが良いところでもあるんだけどね”
”それがなんだってばよ”
そこでカカシは黙って、ポケットから出した手で頭を掻いた。
”イルカ先生の情けは却ってあの鳥を殺しかねないって、お前も分かるでしょ?野生には野生のルールがある。だからそのままにしておくのも大事。でもそう言ったら先生怒っちゃってね”
カカシは情けない笑みを浮かべる。
その通り、カカシの言ってる事が正論だと分かるけど。
あの暖かさがイルカなんだと。それを知ってるナルトは、頷けなかった。カカシは続ける。
”ま、鳥の事は諦めてナルトからも早く帰ってくるように言ってよ”
そう言って、ナルトの答えも待たずに、ひらひらと手を振って、背を向けられた。

ピィピィと鳴く声に、ナルトは我に返る。
「ほら、食え」
外で捕獲した虫を与えてみるが。嘴は開かない。食べないのに鳴くから、イルカはどうしたものかと、頭を抱えていた。
見るからに、まだ巣立ったばかりの雛鳥。飛んでいる時に天敵に襲われたか、少し前の大雨が原因だったのか。落下して翼を怪我してしまっている。
その怪我事態は大したことがないと、獣医に診てもらっているのだから大丈夫だろうが。
やはり自然にかえすのが一番なのかもしれない。
カカシの台詞が頭に蘇る。が、きっとそれはイルカも知っている。
それでも助けたいのだ。
ナルトベットから起きあがるとイルカの手の中にいる小鳥をのぞき込んだ。小鳥は、小さなつぶらな瞳をじっとイルカに向けている。
「可愛いだろ」
言われて顔を上げれば、間近で黒い瞳と目が合った。愛情に満ちあふれたイルカの眼差しに、ナルトは反射的にこくんと頷いていた。
もう巣立った自分でさえ、まだ甘えたいと、そんな気持ちにさせるイルカの目は、ある意味すごい力を持っているとさえ思える。
小鳥もそんな気持ちがあるのだろうか。のぞき込むナルトには一切目もくれず、イルカの眼差しを受けながらピイピイと鳴くのを繰り返している。
目を細めるイルカを見て。その眼差しは大好きなのに。その気持ちにもやがかかるのは。
結局自分はこの小鳥と同じ眼差ししかもらえていないのだと、ぼんやり思った。

「先生今日は仕事休みだろ。その鳥どうすんの?」
イルカの作った味噌汁を啜りながら、そう言うと、イルカは複雑そうな顔をした。
「もう一回獣医に診てもらって、あとは、餌を食べるように訓練だな」
少し寂しそうな表情でイルカは呟く。少し離れた場所にいる小鳥が、ピイ、と返事をするように鳴き、イルカは鳥かごへ目を向けて、眉を下げた。
「そっか」
ナルトはそう言って浅漬けを食べる。そして暖かいご飯を口に運ぶ。
久しぶりの暖かい朝食は胃も心も満たされていく。同時に胸が苦しくなって。ナルトは茶碗のご飯をかき込んだ。
「朝から食欲あるな」
「だって旨いもん」
そう答えるナルトに、イルカが嬉しそうに、満足そうな表情を浮かべる。
ご飯も、味噌汁も、魚も、浅漬けも、全部暖かくて。ただご飯が出来立てだからとかじゃない。食べると身体がほわと暖かくなって。その暖かさが全部、欲しくなる。自分のものにしたくなる。
なのに。手が届かない歯がゆさに、腹が立つ。
なんでカカシなんだろうか。
なんで俺じゃないんだろうか。自分の方がずっとイルカを知って、想ってきたはずなのに。湧き上がる気持ちを払拭したくて、焼き鮭の身を箸で解して口に放り込む。
昔から知ってる。大好きなイルカのご飯の味。
旨い。
不意にカカシの顔が頭に入り込み、ナルトは顔を顰めた。
「ずりーよ」
「.....え?」
呟くと、微笑みを浮かべたまま、イルカは瞬きしながら聞き返した。
ナルトは視線をイルカに向けた。
「カカシ先生から連絡とかねえの?」
オブラートに包まずナルトが発したその名前に、イルカは大きく見開いた目を丸くさせる。
聞こえていたはずなのに、イルカは茶碗と箸を持ったまま固まっている。そこから、引きつった笑いを見せた。
「あるわけないだろう」
「もうさ、いい加減イルカ先生から謝っちゃえば?」
「ば、なに言って、」
「俺知ってるってば。誤魔化さなくたっていいだろ」
笑って誤魔化せる歳じゃないと。目で言えば。それを読みとったのか。イルカは視線をテーブルに落とした。
そのイルカの迷いは、ナルトどこまで知っているのか、探ろうとも感じている。だからと言って自分から決定的な言葉を口にはしたくない。
2人の間に沈黙が漂う。
「...どうせ俺がどう思ってるとかしらねーよな」
ナルトの言葉にイルカは片眉を上げた。
「気持ち?お前のか?...ここに来て迷惑だったか?」
きょとんとした聞き方は、何にも分かっていないと決定づけた。きっと、さっき自分が言った言葉も、カカシと喧嘩してる事だけを知ってると、思っている。自分が、二人が恋人同士だと気がついてるのさえ、知らない。思ってもみないのだ。
ナルトは大きくため息を吐き出した。
「迷惑なわけねーし。もういい。何でもないってば」
またご飯を食べ始めたナルトに、イルカは首を傾げながら口を開いた。
「大体な。どうして俺が謝らなきゃいけないんだ?」
「鳥がどうこうじゃねえよ。俺はさ、先生。意地を張るなって言ってるの」
「意地なんて張ってない。俺は」
そう言い切るイルカがまるで子供みたいで。でも相手がカカシだから意地を張れるのだと、否応なしに感じてしまい、それは胸の痛みに変わった。
ナルトはイルカをじっと見つめた。
「それを世間では意地張ってるって言うってばよ。負けるが勝ちって言うじゃねーか」
むくれたイルカは困ったような顔をして、ナルトを見る。
「ああ、もういいから。お前はもう任務に行け」
追い立てられるような言い方に、ナルトはご飯を全部口に入れると、立ち上がる。
「言われなくたって行くってば」
「おお、行ってこいっ」
イルカの声に背中を押されるような形で、ナルトは自分の部屋から追い出された。
扉を閉める。
顔が熱い。苛立ちにナルトは小さくため息をついた。
(俺ってば....だっせー...)
ゆっくりと歩きだし、任務へ向かった。



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