隣①

雑踏から黒髪の尻尾を見つけたのは、商店街の中。日に日に寒さが近づく気配の夕刻、もう既に太陽は沈みかけている。
真冬でもそこまで寒さが辛いと感じる事はないが、冷たい指先をポケットの中にいれて、冷蔵庫には食材も残り少ない。食材を買うべく何となくスーパーに向かっていた。
たまたま今タイムセールが始まっているらしい。混雑している人混みに嘆息して、長い列の勘定待ちするつもりもならず、足早に別の店へ向かう為にスーパーを出た。

イルカが両手に持った買い物袋は沢山買込まれている。
「こんにちは」
背後からひょいと顔を覗かせれば、イルカの身体がビクと揺れた。
「あ、あぁ、カカシ先生」
少しだけ驚いたような顔をしているが、すぐに目尻が緩んでホッとした顔を見せられた。そんな顔を見せられては。
むず痒い気持ちに自分の顔まで緩むが、殆ど顔が見えないのだから、イルカには分かるまい。その顔を悟られないようにイルカの横に並んだ。一緒に歩きながらその大量の買い物袋に視線を向けた。
「すごいね。こんなに買い込んで、食べきれるんですか?」
大根や白菜。重い野菜が下に、肉も魚も入っている。ネギが袋の頭から覗かせていた。
「いや、スーパーが今日安売りだったからつい」
恥ずかしそうにはにかんで、
「でももう寒いから鍋ばっかり作るんで、すぐなくなっちゃいますよ。肉や魚は冷凍出来るし」
安堵した。一人で処理をするのだと、イルカの説明からはそう聞こえた。もし他の誰がが来るからと、そんな感じにも聞こえない。
プライベートまでずけずけと入り込まないよう、注意を払いながらも、気になってしまう。ただ、さっき自分に見せた笑顔から、自分は知り合いよりは上にいるという事だろうか。
そればかりは戦況を読むのが得意であれ、写輪眼があっても、計り知れないことろ。
イルカの心が読めたらどんなにいいだろう。
「えっと、カカシ先生?あ、買いすぎだって思ってたんですね」
買い物袋を見詰めたままのカカシにイルカがそうなんでしょと、上目使いで顔を見た。
それだけで可愛いと思えている。
カカシはイルカから見えないよう顔を下に向けて小さく笑った。
「そんなつもりじゃないですよ。でもさ、鍋一人はさみしくない?」
「はい、よく言われます。でも残り野菜を処理出来て、身体もあったまるし、肉、魚が入れば栄養価も高いし、それに酒にも合いますしね」
イルカらしい最後の言葉は何とも同意せざるを得ない。
「何て思ってたのは去年まででして」
「え?」
「なんか最近になって、一人鍋がさみしいなんて思えて来たんですよ。…これって、何ですかね?」
顔を向けられて、カカシもイルカに顔を向けた。本当は目を合わせるか悩んだが、黒く光るイルカの目とかちりと合わせると、トクトクと勝手心音が早くなった。
「ま、簡単に言えば心境の変化じゃないのかな」
「心境の変化か…そんな時はカカシさんはどうしてますか」
「そうね、ご飯を簡単に外で済ませるようにしたり、鍋以外の料理作るようにしたり、…俺の場合は間違っても人を呼んだりはしないけど、…別の人と食べたり?」
最後の言葉を選んで欲しくなくて、あえて順番を作って言った。
イルカは真面目な顔をしてカカシから目線を外した。
「なるほど。…カカシ先生は他の誰かと食べたりはしないんですか」
そのまま素直に言葉を受け止めたイルカに苦笑いした。
「あまりね」
言えばイルカは重い買い物袋を持ちながらカカシの右側に移動してきた。
「こっちの方がカカシ先生の顔が見えるんですよ」
少し照れた笑顔。無邪気な言動にざわざわと胸が騒めいて目が離せなくなりそうになる。表情を見せたくなくて、わざとイルカの右側についていたのに。
参ったな。
ドキドキしている心臓を抑えたくて、誤魔化すように頭を書いた。踏み込みにくくて嫌われたくない気持ちに、どう反応したらいいのか。邪気がないと言うのは罪なものだと、改めて思う。
「誘われても断るんですか?」
それにもカカシは小さく笑った。断ると思っているような聞き方にも感じるが。
「それは相手によるよね。たださ、この歳になってからはそう誘われる事はないかな。仲間内で家に行くのってもっと若い頃でしょ。飲むなら店で飲んだほうが楽だしね」
「はぁ…」
分かったのか分からないのか、イルカからは空気が漏れたような相槌が返ってくる。
道に落ちている小石をコツンと蹴った。気がつけば自分の家への分岐点が見える。もう少し距離が長ければいいのにと、がっかりした気持ちが出てきていた。
「先生も鍋以外の料理に挑戦したら?」
上手く話を纏めるように言葉を選んだ。こんな話の続きは一体いつするんだろう。任務も忙しくてそう会えないこの人と。それでもまた見かけたら声をかけたい。
暗くなった歩道でカカシは足を止めた。
両手をポケットに入れたまま。外気は闇と共に冷たさを増している。
「そうですね。頑張ります」
真面目な答えにカカシは目を細めた。
「じゃあね」
「はい、じゃあ」
丁寧に頭を下げて、尻尾を見せる。揺れる髪を横目で見てカカシは向きを変えて歩き出した。
さみしいなんていいながらも、あの人は今日も鍋を作るのだ。隣で一緒に食べてくれる誰か。いつかそんな人を見つけて鍋を囲んで。
そんな想像をしただけでいたたまれなくなっていた。まだ見ぬ先の、イルカの隣に座る誰か。それもいつか相手が見つかれば、嫌でも自分の目に入るだろう。黒髪の尻尾の隣に並ぶのだ。
むかつきと息苦しくなる心臓が、自分を落ち込ませていた。
ポケットから手を出して、指先に力を入れる。きゅっと拳を握りしめる。
短く息を吐くと踵を返してイルカが消えた方向に歩き出した。少しカーブした道の先にイルカの姿を探す。イルカの背中を探していたが、振り返って顔を向けていたイルカに驚き足を止めた。
距離は開いたまま、さっき挨拶を交わした相手が、カカシを見ていた。
「あ〜、あの、さっきの話の続きなんですけどね」
言いながら距離を詰めれば、イルカもカカシに向かって歩いてきた。黒い瞳は少しばかり動揺しているように見える。
「あの、俺もですね。その、言いたい事がありまして」
買い物袋は変わらず重そうに、ビニールの擦れる音を立てながら近づいてきた。言いたい事と言われて、その先を待つようにイルカを見た。
先ほどまで感じた胸の痛みはない。ただ、自分はイルカの先の言葉が聞きたくて、そしてある期待をしているのだと、気がついた。
見つめる先の膨らみがある唇が開いた。
「鍋、食べていきませんか。カカシ先生が良かったら、ですが」
緊張が含んでいるのは、間違いじゃない。でも、自分もイルカ以上に身体が震えている。再び手甲から伸びる指を手の内に入れ力を込めた。
「もしかして、俺、物欲しそうに見えた?」
「いやっ、そんな、それは全然」
慌てたイルカに笑っていた。同意を示す為に、やっぱりなしなんて事もさせない為にも、買い物袋を一つイルカの手から取った。
「じゃあ、ご馳走になります」
行きましょう。俺お腹ペコペコです。
と続けて歩き出す。今だ心臓はバクバクいっているが、今はそれが心地いい。
「はい」
頷くイルカの顔は少しだけ赤い。自分もいつもより体温が高いと思う。心拍数も上がっている。
イルカはまた自分の右側に並び、2人並んで歩き出した。
イルカの隣に歩く自分の姿、それがずっと続けばいいのにと、カカシは子供のように心で祈った。


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