肉まん

 いつも足を運んでいた定食屋に行く気になれなくて悩んだ挙句にカカシはコンビニに足を向けた。
 迷うほどもない、目に入った弁当を買うとカカシは人通りが少ない場所へ向かい大きな木の下に腰を下ろす。ベンチもなく特にそこまで整備もされてない草が多い茂った場所に好んで座る人間はそういない。カカシは気にするわけでもなく木陰になったその場所で胡座を掻くと、買ったコンビニの弁当を袋から出して蓋を開けた。割り箸で胡麻が振ってある白米を摘むが少し硬く感じるのは温めなかったからだろう。口に入れたらやっぱり白米は冷めていた。カカシはそのまま口を動かし、同じように冷めている焼売も口に放り込むとそこから視線を上に上げる。木々に覆い茂った葉はまだ青々しいが雲は高く青色がすっかり薄くて、そんな秋の気配が濃くなった空をぼんやりとカカシは眺めた。
 昼食を済ませて待機所に向かう途中、通りの向こうから子供たちの元気な声が遠くに聞こえ、カカシはなんとなく顔を向けた。休み時間なんだろうか。騒がしいながらも子供たちの楽しそうな弾むような声が響き、それは耳触りが悪いとは感じない。ここ数年は生徒数が上昇傾向にありそれに伴いクラスの数も増やしたと聞く。過去に子供の数が減ったのは考えるまでもない、大戦があった期間とその後だ。年齢に関係なく大人も子供も犠牲になりその後九尾に里を襲われた時は動員した多くの大人が犠牲になった。
 ともあれ、ゆるやかであろうと人口増加は里が平和になった証だ。
 今年下忍になった人数も去年より増え自分も上忍師として就いてはいるが、それだけではない緩い鎖の役目を担っているのは理解している。
 とはいえ、アイツらには手を焼かされてばかりだが。
 はしゃぐ子供たちの声を聞きながら微かに含み笑いを浮かべて歩けば、待機所までは直ぐだった。

 扉を開ければ、外ではよく会うがここではなかなか揃わないメンツに珍しいと内心思ったが、それは向こうも同じらしい。
「報告済ませたか」
 アスマに煙草を咥えたまま問われ、カカシは素直に頷いた。ソファに座れば、そーいや飯は?と続けて聞かれて、食ったよ、と短く返した。それに紅が、そうなんだ、とこっちを見る。
 言いたいことは分かっていた。商店街かその近くにある繁華街の通りか。里は広いが飯を食べる所なんて限られた場所にしかない。
 いなかったじゃない、の目に耐えかねてはいないが。こんなやり取りをしたのは今日だけではないから。諦めてカカシは顔を向ける。
「弁当。買って食べたから」
 カカシの台詞に僅かに紅は反応を見せるがそれだけで。そっちから聞いておきながらも、へえそう、と短い返答一つだけでその会話は終わった。アスマは煙草を吸いながら何回も読んだだろう雑誌をつまらなそうに眺めているだけで何も言わない。
 いつもの静けさが戻ったところで別の上忍達が話しながら待機所に入ってくる。入れ替わりで鳥に呼ばれるのは時間の問題だ。
 騒がしくなった待機所で、カカシは小冊子に静かに目を落とした。

 任務が終わった頃にはすっかり夜が更けていた。寒いとまではいかないが、冷たくなった風を受けながらカカシはひたひたと夜道を歩く。猫背なのは寒いからではない、昔からだ。
 家に向かっていたが、飯、と思ってカカシは足を止めた。
 食欲があるないは関係ない。職業上身体が資本であるゆえに食べ物を食べるべきだとは頭で理解している。
 どうしたものかと考えるも、結局足を向けたのは便利なコンビニだった。商店街にある店は既にシャッターが閉まっている。暗く閑散とした通りに唯一店の明かりがついたコンビニはまるで味方だと言わんばかりに煌々と光っている。
 それを表すかのように店に入ると、いらっしゃいませ、と元気な声がかかった。

 結局、夕飯になりそうなものは見つけられず、売れ残っていた中華まんを二つだけ買った。弁当があったとしても油っこいものは食べたくなかった。
 肉まんが入った袋を下げて歩きながらカカシは歩き、そしてアパートの前で立ち止まった。
 自分が住んでいるよりも古いアパート。設置されている外灯は電球が切れかかっているのかチカチカと点滅していて、その明かりには何匹かの虫が集まっていた。
 カカシはそのアパートを見上げて、目的の部屋に電気が付いている事を確認する。持ち帰った仕事をしながら寝てしまうこともあると言っていたが。きっとまだ起きているだろうと思うのは、気配を感じることが出来たからだ。
 ふうと息を吐き出すと、カカシは再び足を動かし、階段を上がった。
 歓迎はされない。だから扉を開けてくれるとは限らない。
 分かっているが、この場から引き返すつもりはなかった。躊躇いはあったが、元より足を向けた時点で気持ちは固い。
 部屋番号はかすれてほとんど見えなくなっているが、ポストにはハッキリと黒いマジックで「うみのイルカ」と名前が書かれている。その部屋の扉をカカシは軽く叩いた。
 返事はない。
 拒否されると分かっていたのに胸が痛んだ。今だけじゃない、自分の気持ちは既に拒否されていた。
 友人という名の関係を壊すつもりなんてなかった。
 いや、壊れるんだろうと分かっていた。
 今まで誰かと深い関係を持つまでに至ることもなく、またそれを求めようとも思わなかったが。初めて前に進みたいと思ったから。
 だから、気持ちを打ち明けた。
 自分の気持ちを知ったとき、イルカは酷く傷ついた顔をした。口には出さなかったが、裏切られたと言わんばかりの目でカカシを見た。罵ることもない。非難するわけでもない。ただ、拒絶された。
 愛の告白なんて、イエスかノーのどちらかしかない。
「イルカ先生」
 聞いていると分かっているから。カカシは口を開き愛おしい人の名前を呼ぶ。
 元の関係には戻れない。
 一緒にご飯を食べて。話して。笑って。それだけで幸せで、楽しくて。
 恋なんだな、と実感した。
 黙っていればそのまま続くのだと分かっていた。
 ただ、イルカは自分とは違い一歩踏み出す勇気を持とうとはしなかった。明らかに怖がっていた。
 打ち明けてしまったら。認めてしまったら。背中合わせに現れるものが何か分かっていたから。イルカは目を背けた。
 でもね。
「先生、俺だって怖いんだよ」
 イルカが部屋の中で反応したのが分かったから、思わず笑みを薄く浮かべた。
「でもさ、俺と先生が前のままでも、今のままでも。……別の関係になっても。俺たちはこの里で生きていくんだよ」
 イルカに話しながらもカカシは自分に言い聞かせているように続ける。
「だからもういいじゃん。一緒に肉まん食べよう?」
 扉の向こうで押し黙っていたイルカが動いた。ガチャリとドアノブが回される音がして、錆びついた音を立て扉が開く。相変わらず鍵はかけていないらしい。もう二度と開かないとさえ錯覚したその扉がイルカによって開かれた。
 黒い目が濡れていた。
 泣かすつもりはなかった。
 驚きに目を見開き見つめるカカシに、イルカはムスッとした顔をしたまま眉間に皺を寄せている。
 抱き寄せようと思う前にイルカがカカシの身体に身を寄せた。背中に腕が回る。
 なんて暖かいんだろう。
 愛おしさが込み上げる。
 心が解かされる感覚にカカシはゆっくりと呼吸をしてイルカの匂いを吸い込む。
 大切な人を失う辛い気持ちはイルカも自分も知っている。
 でも。失う恐怖よりも一緒にいたい気持ちが勝る。これが恋なんでしょ?
 そう口にして抱きしめたら、イルカが腕の中で認めるように可笑しそうに笑う。

 それから二人で食べた冷めてしまった肉まんは、今まで食べたなによりも美味しかった。



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