お誘い 後日談

 職員室の壁にかけてある時計は夜の八時半を過ぎ、カチカチと規則正しい秒針の音を鳴らしている。
 カカシは立て肘をつき、隣で机に向かっているイルカを眺めていた。任務の報告を終えた後、たまたま職員室に顔を出したらイルカがいたから一緒に帰れると思っていたが、まだ仕事があると申し訳なさそうに言われた。ただイルカの顔を見れたのにそのまま帰るのも嫌で、どのくらいかと聞いたら一時間くらいだと返ってきたから、だったら待つとイルカに伝えた。
 一生懸命に書類と向き合ってペンを動かしているイルカの横顔は見ていて飽きない。血色の良い肌にびっしりと生え揃った眉は形よく整っていて、口元は真剣さを表すように閉じられている。目を落としているその目もまた真剣そのもので、答案の丸つけではないから別の何かをしているんだろうが、それが何かは分からないし敢えて聞いてもいないが、授業が終わった後にこんな時間までやらなきゃいけないなんて大変だとしか思えない。自分は戦忍だから受けた任務を遂行するのみで段取りや状況や能力で差は出るがそれだけだ。こんな風に机に向かい毎日書類と睨めっこするのは正直自分は苦手で一日だって出来そうにもないから尊敬さえする。
 そんなことを思いながら、立て肘を突いたままの姿勢でイルカのペンを握る無骨な手を見ていて、ふと顔を見たら僅かに眉間に皺が寄っていた。面倒くさい内容なのか、困っているのか。少し前には見られなかった姿だから、カカシはイルカの表情を注視する。だが、そのイルカがちらっと壁にかかった時計に目を向けたから、その理由を理解する。
 真面目なイルカの事だ。一時間位だと言った手前、既に時間が過ぎてしまっているのを気にしているのだ。
 困ったな、とカカシは内心呟いた。
 自分は別に待つことは苦ではない。確かに手持ち無沙汰ではあるがこうして普段見れないイルカの仕事をしている姿を見るのは楽しいから退屈でもなかった。だが、イルカは気にしている。待ってもらっているのに一向に仕事が終わりそうにもないことに苛立ちを感じているようにも見える。
 終わらないからだけじゃない。自分が隣でじっと見ている事もイルカを焦らせている原因に違いない。それに全く気がつく事なく自分はじっと間近で眺めていた。
 それだ。
 急かすつもりじゃなかった。
 経験がないのも考えものだ。
 自分の不甲斐なさに情けなくなりながらも、カカシは立て肘を解いた。
「見られてたら集中できないよね」
 邪魔をしてはいけないと椅子から立ち上がる。
 え?と顔を上げて聞き返すイルカを見て微笑み、
「俺は先に帰ってるから。また連絡、」
 語尾まで言い終わる前にイルカに腕を掴まれた。
「あと少し、あと少しで終わるので……一緒に帰っちゃ駄目ですか?」
 腕を掴みながらカカシを見上げるイルカの目が必死に訴えていて。
 邪魔してはいけないと勝手に思っていたのに。そうではなくて、イルカもまた一緒に帰りたいと思っていたとか。
 やばい。
 嬉しい。
 普段動く事がない表情が緩みそうになる。必死なのがどうしようもなく可愛い。
 カカシは照れ隠しに銀色の髪をガシガシと掻きながら、うん、と答えるとイルカは嬉しそうに笑顔を見せるから。カカシはうっかり耳まで赤くなった。
 
  

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