知り合い未満

 上忍なんて変わり者の集まりだ。中忍として上官と接する上でそれを頭に入れて仕事していればある程度は問題なくこなすことが出来るのに。
 受付で机に向かって事務処理をしていれば部屋に入ってきた人影に顔を上げる。我々内勤の中忍はここに来る人を相手にするのが仕事だが、視界に入った途端気分が悪くなる感覚にイルカはため息混じりに頭を掻いた。
 面倒くせえ。
 そんな台詞さえ思わず頭を過ぎる。
 だがそんなことを思ったって仕方がない。仕事だ。
 自分に言い聞かせながら顔を上げるイルカの前にゆったりと歩いてきたカカシが足を止めた。いつもながら眠そうな目がこっちを見ている。忌々しそうな表情が出ているかもしれないがそれはきっと今更だろう。
 最初、そう初めて顔を合わせた時はもちろんそんな印象は持ってなかった。だってはたけカカシと言ったら言わずと知れた木の葉の里を誇る天才忍者だ。そのカカシが自分の教え子の新しい師だと聞いて正直嬉しかった。
 どんな人だろうと思っていたのに。
 まあいい、仕事だ。
 気持ちを切り替えるように、イルカは机の脇に置いてあったDランクとして請け負った依頼書を一枚手に取る。カカシに手渡した。
 青い目がイルカから手渡された書類に向けられる。そこからイルカは説明すべく口を開いた。
 カカシは何を考えているのか分からない。元々カカシは眠そうな目をしているがそれを言ってるんじゃなく、とにかく何を考えているか分からないのだ。
 任務依頼書の説明をしていてもどこかぼんやりとした様子がほとんどだ。聞いてますか?尋ねたても、うん、とか、はあ、とか生返事ばかりで。説明が終わったら終わったで話しかけてきたから、説明した内容のことかと思いきや、アンタってラーメン好きなの?、で。話が飛び過ぎでろくに話も聞いてないくせに何故ラーメンなのか意味不明で無性に腹が立った。
 まあ、こうして話してる今現在も話を聞いてないんだろう。確かに自分が話すことなんて任務の説明やら内容の確認やらで反復することだらけで聞いてる方は面白くないんだろうが。
 カカシのつまらなそうな表情は変わらない。それを表すかのように、カカシはもう片方の手をポケットから取り出すと怠そうに銀色の髪をボリボリと掻いた。
 先日も同じような態度だった。その時は七班の任務ではなくカカシの単独任務で、当たり前だかランクはAだった。
 上忍な上に暗部で隊長を務めていたと噂で聞いたことがある。
 こんな説明なんてしなくても間違いなく、難なく任務をやり遂げるだろう。
 ただな、そんなのは知ってるんだよ。でもこれが事務仕事で、これが俺の仕事なんだよ。
 それに説明しなかったらしなかったでぐちぐち文句を言う上忍だっている。だからつまらないだろうがなんだろうがちゃんと聞いてもらわなきゃ困る。
「何か質問はありますか?」
 説明を終えたイルカはそこで顔を上げ形式的な台詞を投げかける。カカシを見ると渡した依頼書ではなくこっちを見ていた。
 今回の任務は芋掘りの手伝いだ。至ってシンプルな依頼に質問なんてねえだろう、と怪訝そうな目を向けた時、
「先生ってどんなセックスするの?」
 耳を疑った。同時に黒い目が丸くなる。
 丸で今回の説明からの質問のような流れの口調だが任務内容にかすりもしない、この前もラーメンとかどうでもいい事を聞いてきたけど他愛のない話題とかそんな次元でもなくて。
 セックスなんて言葉、他人の口から聞いたのはいつぶりなのか分からなくて頭が混乱する。記憶にあるのはふざけて酔った勢いで友人と話題にしたくらいで、でもそれは友人宅で酒が入っていたからで。
 ただ、今は昼にもなっていない、午前中でしかも仕事場だ。親しくもない、もっと言えば知り合いでもなく上官で、そんな相手が突発的に涼しい顔して聞いてくる神経が理解出来ない。
 羞恥心を悪戯に刺激された感覚に恥ずかしささえ覚え、怒りと合わせて顔が赤くなる。
 一体、コイツは、何言ってんだ?
 非常識にも程がある。
 当たり前に怒りがジワジワと湧き上がった。
 腐っても上忍だ。耐えろ。力加減さえ吹っ飛び怒りを堪えるように握っていたペンがミシリと音が鳴る。
「……そんなもん知ってどうすんだ」
 上忍への口の利き方さえ忘れ必死に怒りを堪えて低い声で睨めば、そのイルカの反応にカカシは少しばかり驚いたような顔を見せたものの、
「まあ、また今度聞かせてよ」
 凄んでいても怯む様子なんてないカカシは余裕がある表情で僅かに微笑み、背を向けて部屋を出ていく。
 仕事漬けの毎日で彼女なんて出来るわけない。
 ここ数年セックスなんでご無沙汰だ。
 語れるものなんてない。何もない。
 男としての悔しささえ滲み怒りがさらに増す。
 あったとしても、誰が聞かせるか。
 カカシの背中を睨みながら、イルカは心の中で悔し紛れに呟いた。
 

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