それってつまり

 またですか。
 受付で飯に誘われついそんな言葉が出てしまったのはその台詞通りあまりにも頻繁に誘ってくるからで、ただ、相手が目上なのにも関わらず思わず出てしまった事に、いや俺は嬉しいんですが、とイルカは付け加えた。
 この縦社会の規律を重んじていないわけではないし嫌なわけでもなく自分の中の常識を超える頻度に驚いただけだ。それはきっと相手も承知しているんだろう。イルカの台詞にそこまで大きな反応も示さず、目の前のカカシは、うん、とだけ答えた。
「無理ならいいんだけど」
 そう言い足したカカシに、イルカは素直に首を振る。
「無理じゃないですけど」
 その返事を受け取るとカカシは、待ち合わせ場所を口にしてさっさと部屋から出ていくから。イルカはその背中を見送るしかなく、けたたましい蝉の声を聞きながら、イルカはため息混じりに頬をボリボリと掻いた。


 初めて一緒に飯を食べたのはいつだったか。
 そう、確か雪が降りそうなくらい寒い日で仕事終わりに早足で歩いていた時、カカシを見かけた。辺りは暗かったものの時間帯的に外に人がいるのは当たり前で、ただそんな中目に留まったのはカカシがぼんやりと外に突っ立っていたからだ。
 立っている、と言うか突っ立ってる、そんな言い方がぴったりな感じで。通り過ぎようかと思ったが、なんとなく足を止めた。
 どうかされたんですか?
 ぼんやりと立ったままのカカシに声をかけたら、その青みがかった目がこっちを見る。
「いや、女に叩かれちゃって」
 何の気なしに口にしたカカシの台詞に目を剥いた。まさかそんな言葉が返ってくるとは思ってなかった。改めて頬に目をやれば確かに右頬が微かに赤い気もするがそれは寒さからなのか定かでない。聞いてしまったことを申し訳なく思い、時期的にまだ早かったがクリスマス前なのもあり同情した。だから、飯に誘った。
 それはカカシでなくても自分は誘っていただろう。
 ただ、その頃からだ。カカシに飯に誘われるようになったのは。

 そんな事もあったな、と思い出しながらイルカは隣をチラと見ると、カカシがいつもと同じように、表情の読めない顔で歩いている。
 気まずさは感じないが、イルカは複雑な気持ちでアイスを頬張る。
 アイスはついさっき商店街で買ったものだ。約束通り昼飯をカカシと済ませて歩いていたら、アイスを売っている店が目に入った。ここ最近、茹るような暑さが続いていて当たり前だが今日も暑く大した距離を歩いていないのに既に額に汗が滲んでいる。店を見ながら、アイスだ、とぽつりと呟いたのは無意識だった。この暑さで脳が無意識に反応したに近い。
「買う?」
 その独り言にカカシが反応したから、いや、と否定しようと思ったけどカカシはイルカの返事を待たずして店に向かっていた。
 結果、ソーダ味のアイスを食べることになったんだが。カカシは食べ歩きに素顔を晒す事は出来ないからなんだろう、もちろん食べていないから、何だかますますバツが悪い。
 でもこの暑さにアイスは沁みる。
 しゃりしゃりとアイスを頬張りながら横目で見ると、カカシは不思議なくらいに涼しい顔をしている。それは別に今日初めて気がついたわけではない。雪が降る真冬でも今日みたいな暑さの日でもカカシの表情から季節の体感を見受けることはない。
 暑いですか?
 なんてあからさまに聞いてもいいんだけど。
 今日は暑いよね、なんてことをさっき言ってたからそれなりに暑いんだろうけど。
 もしかして暑さや寒さをチャクラで完全にコントロールしてるとか。
 戦闘時や一時的にならともかく、体調を整える為に常時チャクラを体内で使うとなるとかなり高度になるがカカシくらいの上忍ならば可能なのかもしれない。自分には到底むりだから、こうしてだらだら汗を流すんだけど。
 そんなことより、もっと気になるのは別のことだ。
 自分がナルトやサスケやサクラの元担任なのは確かだが。今朝もカカシに言いかけた、無理じゃないですけど、の後にはもちろん続きがあった。
 忙しいのにいいんですか?
 上忍仲間はもちろん中忍なら他にもいるし。
 はたけカカシに憧れてる中忍は山ほどいるから、なんなら俺の同期も誘って欲しいし。
 まさか、あの冬の日に同情して飲みに誘ったことを律儀にこんな形で返してくれているのか。
 いやいや、もう半年経つのにそんなことはないだろう。
 独りごちながらその考えに馬鹿らしくなって思わず笑い、カカシを見れば同じようにカカシもまたこっちを見ていた。
「いや、なんで俺なんだろうって思っちゃって」
 思考の流れで口にしたものの、言い訳するようにイルカはまた口を開く。
「だってもうあれから半年経つし、俺なんか誘わなくてもカカシ先生だったらそろそろいい人出来るのにって、」
 商店街を通り過ぎてすぐの裏道で、言い終わる前に何で自分の視界がぐるりと変わったのか分からなかった。
 草むらに背中をつけているのは何でなのか。食べかけのアイスは無惨に草むらに落ち、もったねえ、とも思う。
 カカシが上に乗っているから、カカシが自分を押し倒したんだろうが、あまりにもその引き込み方に巧ささえ感じるが、思考がついていかない。
 いや、そんなことより何で。
 ようやく思ったイルカの上でカカシが少しだけムッとした顔をしている。
「鈍いなあ」
 ぼそりと口にしたカカシはイルカの両足を掴むから驚くも、ぎょっとする間もなくその掴んだ足を開く。誰かに股を開かれることはそうない。驚きに、うわっと上擦った声を出したイルカに、カカシが自分の股間を、開いた股の間に押しつける。
「アンタとこーいう関係になりたいからに決まってるでしょ」
 悪ふざけなんかではない顔で、カカシは言った。
 目が点になったまま、固まっていた。
 は?
 ……はあ?
 こーいう関係って。
 こーいう。
 こーいう……
 その体勢は紛れもなくそれで。
 時間差でじわじわと頬が熱くなる。
 いや、いやいやいやいや、
 がばりと起き上がったイルカは、掴んでいた足を離し先に立ち上がっていたカカシを睨んだ。
「そーいうことは先に口で言え!!!」
 言われた事をまだ理解することも出来ていないが、そんな事よりと顔を真っ赤にして叫けば、非難された側のカカシは。
 だろうね、と可笑しそうに涼しげな顔で笑った。


NEXT→
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。