兆候

 週始めに待合室が込んでいるのは任務予定表を配る事が多いからだ。火影からの直接の任務でもない限り上忍自ら出向いて予定表をもらいに来ることはそうない。要は中忍である自分たちが待機所に何度も足を運ぶ事にもなるんだが。ただ、これも自分たちの仕事だから仕方がない。
 予定表を持ったイルカは待機所の扉を開けた。そこからイルカは順に予定表を渡していく。
 挨拶から始まり任務内容の事や他愛のない話題を上忍と交わしながらも渡すべき相手に予定表を配り、奥のソファに座っている上忍が目に入った瞬間、イルカは内心嘆息した。相手は流石に上忍であるから、こいつか、とまではいかないがそれに近い気持ちは抑えられないのは。そこに座っている上忍がはたけカカシだったからだ。
 カカシをこの里で知らない忍びはいないし、憧れの存在であるのは確かだ。でも一言で言えば苦手でしかない。上忍なんてその能力の高さから変人の集まりなんだろうが、初めて顔を合わせて思ったのが、この人とは合わないだろうな、ということ。三代目からカカシがナルト達の上忍師になるんだと聞いた時、前述の通り憧れていたから、気持ちが高揚したのを覚えている。だけど、実際会って挨拶をしたらろくに挨拶さえ口にもしない、話がかみ合わず子供達に対しても言葉少なく心配にもなったし、酷くがっかりした気持ちになった。三代目のことだから、カカシをナルトたちの上忍師に選んだのは理由があっての事だろうが。
 そう、きっと能力はこの里ではどの忍びよりも高い。それは認める。
 でも。
 任務予定表です、と声をかけ書類を差し出したイルカを前に、カカシは目はいつもの小冊子に落としたまま、こっちに一目もせずに差を伸ばして予定表を受け取る。
 そんなカカシに忌々しい眼差しを向けながら、イルカは待機所を後にした。

 翌日、イルカは廊下を歩いていた。
 所用で席を立っただけでついでにとあれもこれも渡してくる同期に腹も立つが、ついでだからと受け取ってしまう自分にも腹が立つ。
 でも年末で忙しく人手が足らないのも事実だ。
 増えた書類を抱えて廊下の角を曲がり、前から歩いてきた人影にイルカは端へ寄る。歩いていたのはアスマとカカシだった。この建物は執務室にも繋がっているから、上忍が歩いていてもおかしくはない。端に寄ったイルカに、よお、と短い声をかけてきたのはアスマだった。相手が中忍だろうが気さくに声をかけてくれるアスマを慕う人間は多い。会話をしたかったが、隣の相手が相手なだけにイルカは会釈だけを返して再び歩き出す。
 あのアスマが仲良くしているのだから、きっと悪い人ではないんだろう。
 そんな事を思いイルカは小さくため息を吐き出した。
 そう、カカシが悪いわけじゃない。現にナルト達も懐いている。
 それに自分が勝手に想像を膨らませ、期待していたから。期待した分、勝手に裏切られた気持ちになるんだ。
 まだまだ自分も未熟だな。
 廊下に目を落とした時、
「イルカ先生」
 背中に声をかけられイルカは足を止めた。
 振り返ってそこにいるのがカカシだと分かった時、驚いた。カカシに呼び止められたことなんて一度もなかった。でも、今カカシに呼び止められたのは確かだから。はい、と返事をすれば、カカシはイルカに歩み寄る。
「これ、落としたでしょ」
 そう口にして持っていた書類をイルカの抱えていた書類の束の一番上に置く。それは確かに自分が持っていたはずの書類だった。
「・・・・・・あ・・・・・・りがとうございます」
 言葉が遅れて出たのは、驚いたからだ。書類を拾ってくれた事にも、声をかけてきた事にも。自分らしくない、はぎれ悪く礼を言ったイルカに、カカシの視線が上がる。
 その礼を聞いたカカシはそのまま背中を見せると再び歩き出した。
 廊下の真ん中で、カカシが見えなくなるまでイルカは立っていた。
 目が合ったのは一瞬だった。
 青みがかった目はハッキリと自分を映していた。
 初めて目が合った。
 カカシが初めて名前を呼び、初めて視線が交わった。
 しっかりと目を合わせて会話をする。それは自分が望んでいた事なのに。
 心臓の奥がざわざわとしているのは何でなのか。
 思わずイルカは眉を寄せ、目を伏せる。
 こんなことで自分でもなんで心が落ち着かないのか分からない。
 親切にしてくれたからか?
 それとも俺の名前を知ってたから?
 ちゃんと目を見て会話したから?
 そんなところだろう。
 ────きっと。
 並べた理由に納得するように、イルカは書庫室へと足を向けた。
 

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