兆候②
夜の繁華街でカカシを見かけたのは去年のちょうど今頃だった。
冷え込んできたのを理由に仕事帰りに同期と飲みに行き、その帰り歩いていた時に聞こえてきたのは女性の罵声に近い声で、クリスマスが近いこんな時期に喧嘩かよ、と目を向けた先に見えたのは見覚えのある髪色だった。喧嘩とも言えないくらいに女性が一方的にカカシを責め立てていた。怒らせるようなことをしたのかどうかは知らないが。カカシの表情は怒っているわけでもうんざりしているわけでもなく、相変わらず感情がはっきりしない表情だったのを覚えている。
クリスマスが近くなり、気がつけば受付の机の隅に女性の事務員が置いたのだろう小さなクリスマスツリーの置物を眺めながら。
その見かけた状況通り冷たいイメージしか抱いていなかったが、はたけカカシも女性には優しくすることもあるんだろうか。などとぼんやり思う。
そう思うのは、先月たまたま廊下を歩いていた時に書類を拾ってくれたからでだけはない。そんな事がここ最近何回か重なっているからだ。
この前もこの受付でペンを落とした時に拾ってくれたのはカカシだった。その翌日も、執務室へ向かいノックしようとしたらその扉が開き、執務室から出てきたのはカカシだった。そんなタイミングでカカシと顔を合わせた事はなかったが、そのまま出ていくことなく開けた扉を押さえていて。当たり前だが自分が入るのを待っていてくれているんだと気がつくのに数秒かかり、レディファーストかよ、などと突っ込むどころでもなく、そこから慌ててカカシに頭を下げて部屋に入った。
そして昨日だってそうだ。
休憩しようと外の自販機でコーヒーを買おうとして、ポケットを探り財布を取りだしそこで小銭が足らないことに気がついた。札に対応していない自販機もまだ里にはあり、その自販機は残念ながらこれもそうで。こんなんだったら昼に小銭を出すんじゃなかったと思うが過ぎた事だ。まあ仕方ないから出直すかと思った時、
「小銭?」
不意に後ろからそう聞かれて驚き振り向いたらカカシが立っていた。思ったよりも近い距離で、真後ろにいたのにも関わらず気配に気がついていなかったし、なおかつ驚いてその質問に咄嗟に、いや、と否定するような言葉を口にしていたが、カカシは構わず自分のポケットを探り財布を引っ張り出すと小銭を取り出した。
はい、と言われ小銭を差し出され、イルカは困った。同期でも友人でも何でもない、相手はカカシで、上官だ。いや、しかし、と渋れば、ないんでしょ?と言われ、それはその通りで。
その小銭はイルカの手のひらに置かれ、ありがとうございます、と頭を下げた。必ず返します、と付け加えるこっちの言葉を聞いているのかいないのか、
「買わないの?」
代わりにそう返されて、イルカは慌ててもらった小銭を自販機に投入した。
まあ、単に目の前にいる自分が邪魔だったって事なんだろうが。
ただ、そう何回もそんな事があると気になって、カカシを目で追う機会が増えたが。そもそも一人でいる事が多いが、やはり自分以外の人間にもカカシは無関心だ。
今朝も、この受付でカカシが上忍のくの一に声をかけられているのを目にした。声をかけられるというか、言い寄られているに近い雰囲気だった。羨ましくなるくらいに綺麗なくの一を前にカカシは顔色一つ変えず、興味ない、と素っ気なく返事をした。当たり前だが周りの空気が凍り付き、その凍り付いた空気を余所にカカシは自分の前まで来たから、イルカは慌てて七班の任務表を取り出す。その時、肘に当たったのは自分のマグカップだった。飲みかけのコーヒーが入っているそのマグカップが落ちそうになって、咄嗟に手を伸ばす自分よりも先にそのマグカップを持ったのはカカシだった。
「す・・・・・・すみませんっ」
一歩間違えばカカシにコーヒーがかかっていたかもしれない。
立ち上がって謝るイルカに、叱ったっていいはずなのに。
「危なかったね」
返された言葉に顔を上げるとその口調通り、カカシの静かな眼差しがこっちに向けられていた。
微笑んだわけでもないのに、どうしたらいいのか分からなくなって、思わずカカシから目を反らしていた。
危なかったねって。
いや、そうだけども。
なんか、つくづく自分が情けねえ。たぶん、すげえドジなヤツだと思われてる。
小銭返すのも忘れてるし。
情けなくなってイルカは顔を伏せたくなる。
あの目。いつも通り感情がない眼差しにも見えたけど、どこか暖かく感じて。
いやいや、とそこでイルカは思わず否定するように頭を横に振る。
気のせいだ。そんな事はない。
でも、なんかこうも立て続けに親切にされるとなあ。
自分が勝手にカカシは冷たい人間なんだと思いこんでいた事に、やましいものを感じて思わずため息が漏れる。
(・・・・・・なんか正直調子狂うんだよな)
だって、てっきり自分は嫌われているとばかり思っていた。
話しかけてもろくにこっちの顔を見ることもない、会話なんて挨拶が返ってくれば良い方で。そういう人間なんだって割り切ることはいくらでも出来て、実際そうしてきたから。
(こっちは別に、そのままでも良かったんだ)
意固地な性格がこんな時に出てきてついそんな言葉が心の中に浮かぶから、仕事に集中するべく、イルカはペンを握りしめると書類に目を落とした。
「どういう教育してんだっ」
こんなんじゃ教員失格だろうが。
怒鳴られたイルカはその父兄を前に頭を下げた。
授業中に怪我をしたのは決められたルールを破った生徒が悪いが、それを未然に防げなかったのは教師である自分の責任だ。言い返す事は何もない。
「申し訳ありませんでした」
深く頭を下げるイルカを前に、その父兄は苦々しいため息を漏らした。
軽い捻挫で済んだものの、原因は自分にあると分かっているんだろう生徒が父兄の隣で黙って俯いていたがそこで重々しく顔を上げた。気まずそうな表情を見せる。
「でも父ちゃん俺が、」
「今後こんな事が二度とないように十分注意いたします」
言いかける生徒の言葉にイルカは被せるようにして再び頭を下げた。生徒が反省しているのはその表情を見れば直ぐに分かった。悪ふざけも度が過ぎるとこうなると理解したのだから、それでいい。これ以上話を広げるつもりはないし、どう転んでも結果は変えられない。
深く頭を下げたイルカに、生徒はイルカの意図を察したかは分からないが、大人しく口を結んだ。そんな子供の横で父兄は苛立ち紛れにまたため息を吐き出す。
「まあ、次はこんな事がないようにしてくれりゃあいいんだ」
父兄のその台詞にも、はい、と返事をして深く頭を下げ。親子が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
今回の事で上司に報告書を提出し(報告書という名の反省文だが)残業を終えたイルカは家路に向かう前その足を商店街へ向けた。
自分が叱責されることなんて慣れっこだし、そこは気にしても仕方がない。独りの生活が長くなればなるほど、自炊する機会は多い。料理が気分転換になることだってある。今日は鍋でも作ろうかと八百屋に立ち寄ったところで、
「あれ、先生。今日元気ないね」
店主にそんな事を言われてイルカは苦笑いを浮かべた。出さないようにしているつもりだったのに、顔に出てしまっていたのか。
今日はちょっと疲れてるんですよ、と適当に誤魔化して大根や白菜を買って八百屋を後にする。後は肉にしようか魚にしようか。ぼんやり歩きながら考えていた時、目の前から歩いてきている人影にイルカは目を留めた。カカシだった。いつものように眠そうな目がイルカを映す。
「ああ、先生」
そのまま通り過ぎるのかと思い会釈をしたしたイルカの前で、カカシは足を止めた。
挨拶だけでいいはずなのに。何で足を止めるのか。今回は生憎何も落としていないしドジもしていないはずだ。疑問に思うイルカの前で、カカシはじっとこっちの顔を見つめる。
「大丈夫?」
カカシにかけられた言葉に、イルカは少しだけ目を丸くしていた。
さっきの八百屋にいた時と同じく、顔に出てしまっていたんだろう。
でも。
八百屋の店主にも同じように声をかけられていたのに。
カカシに大丈夫と言われただけで、途端に胸が痛くなって。イルカはまた視線を地面に落としていた。
なんでそんな言葉をかけてくるんだ。
どこにでもいるような中忍が、誰かに叱られようが、そんなのこの人には関係ない。
そうだ。
教師失格と言われたって。
その言葉に傷ついてようが。
この人には。カカシには、何にも関係が、
「なんかあった?」
続けてかけられた言葉に、地面を見つめたままイルカは思わず眉根を寄せていた。
何もないわけじゃない。でも、口を開いたら関係のないカカシに生意気な言葉を口にしてしまいそうで、ぐっと唇を噛み黙り込む事を選ぶ。
いいから帰ってくれ。
嫌なヤツだと思ってくれて構わない。
だから早く帰ってくれ。
視線を落としたまま、勝手な事を頭で言い続けるイルカに、そのまま立ち去ると思っていたのに。
カカシは動かなかった。代わりに持っていた袋をがさがさと開ける。
「たこ焼き食べる?」
「え?」
思わず顔を上げていた。途端に見えたのは目の前に差し出されたたこ焼きと、カカシの顔。
「やっとこっち見た」
交わった視線に、嬉しそうにカカシは目を緩めた。
初めて見たカカシの表情がイルカの目に映り、目を丸くしながらも、かあ、と同時に顔が熱くなった。
別にたこ焼きに反応したんじゃない。
カカシの台詞に驚いて顔を上げただけで、別にお腹が空いていたわけじゃなくて、でも、その商店街のたこ焼きは大好物で。でもなんなんだその嬉しそうな顔は。
思考がぐるぐると回り怒りと動揺が収まらなくて。初めて見るカカシの表情はイルカを混乱させる。
「なんなんだアンタはっ」
先週からの事もひっくるめて、溜まりに溜まった言葉を向けていた。上忍に対して言うべき言葉ではない、その非礼にも近い台詞なのに。
僅かに目を丸くしたカカシはなんて言おうか一瞬考えたような顔をしたが、その目をイルカに向ける。
「取り敢えずたこ焼き食べよっか」
呑気そうにニッコリと微笑んだ。
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冷え込んできたのを理由に仕事帰りに同期と飲みに行き、その帰り歩いていた時に聞こえてきたのは女性の罵声に近い声で、クリスマスが近いこんな時期に喧嘩かよ、と目を向けた先に見えたのは見覚えのある髪色だった。喧嘩とも言えないくらいに女性が一方的にカカシを責め立てていた。怒らせるようなことをしたのかどうかは知らないが。カカシの表情は怒っているわけでもうんざりしているわけでもなく、相変わらず感情がはっきりしない表情だったのを覚えている。
クリスマスが近くなり、気がつけば受付の机の隅に女性の事務員が置いたのだろう小さなクリスマスツリーの置物を眺めながら。
その見かけた状況通り冷たいイメージしか抱いていなかったが、はたけカカシも女性には優しくすることもあるんだろうか。などとぼんやり思う。
そう思うのは、先月たまたま廊下を歩いていた時に書類を拾ってくれたからでだけはない。そんな事がここ最近何回か重なっているからだ。
この前もこの受付でペンを落とした時に拾ってくれたのはカカシだった。その翌日も、執務室へ向かいノックしようとしたらその扉が開き、執務室から出てきたのはカカシだった。そんなタイミングでカカシと顔を合わせた事はなかったが、そのまま出ていくことなく開けた扉を押さえていて。当たり前だが自分が入るのを待っていてくれているんだと気がつくのに数秒かかり、レディファーストかよ、などと突っ込むどころでもなく、そこから慌ててカカシに頭を下げて部屋に入った。
そして昨日だってそうだ。
休憩しようと外の自販機でコーヒーを買おうとして、ポケットを探り財布を取りだしそこで小銭が足らないことに気がついた。札に対応していない自販機もまだ里にはあり、その自販機は残念ながらこれもそうで。こんなんだったら昼に小銭を出すんじゃなかったと思うが過ぎた事だ。まあ仕方ないから出直すかと思った時、
「小銭?」
不意に後ろからそう聞かれて驚き振り向いたらカカシが立っていた。思ったよりも近い距離で、真後ろにいたのにも関わらず気配に気がついていなかったし、なおかつ驚いてその質問に咄嗟に、いや、と否定するような言葉を口にしていたが、カカシは構わず自分のポケットを探り財布を引っ張り出すと小銭を取り出した。
はい、と言われ小銭を差し出され、イルカは困った。同期でも友人でも何でもない、相手はカカシで、上官だ。いや、しかし、と渋れば、ないんでしょ?と言われ、それはその通りで。
その小銭はイルカの手のひらに置かれ、ありがとうございます、と頭を下げた。必ず返します、と付け加えるこっちの言葉を聞いているのかいないのか、
「買わないの?」
代わりにそう返されて、イルカは慌ててもらった小銭を自販機に投入した。
まあ、単に目の前にいる自分が邪魔だったって事なんだろうが。
ただ、そう何回もそんな事があると気になって、カカシを目で追う機会が増えたが。そもそも一人でいる事が多いが、やはり自分以外の人間にもカカシは無関心だ。
今朝も、この受付でカカシが上忍のくの一に声をかけられているのを目にした。声をかけられるというか、言い寄られているに近い雰囲気だった。羨ましくなるくらいに綺麗なくの一を前にカカシは顔色一つ変えず、興味ない、と素っ気なく返事をした。当たり前だが周りの空気が凍り付き、その凍り付いた空気を余所にカカシは自分の前まで来たから、イルカは慌てて七班の任務表を取り出す。その時、肘に当たったのは自分のマグカップだった。飲みかけのコーヒーが入っているそのマグカップが落ちそうになって、咄嗟に手を伸ばす自分よりも先にそのマグカップを持ったのはカカシだった。
「す・・・・・・すみませんっ」
一歩間違えばカカシにコーヒーがかかっていたかもしれない。
立ち上がって謝るイルカに、叱ったっていいはずなのに。
「危なかったね」
返された言葉に顔を上げるとその口調通り、カカシの静かな眼差しがこっちに向けられていた。
微笑んだわけでもないのに、どうしたらいいのか分からなくなって、思わずカカシから目を反らしていた。
危なかったねって。
いや、そうだけども。
なんか、つくづく自分が情けねえ。たぶん、すげえドジなヤツだと思われてる。
小銭返すのも忘れてるし。
情けなくなってイルカは顔を伏せたくなる。
あの目。いつも通り感情がない眼差しにも見えたけど、どこか暖かく感じて。
いやいや、とそこでイルカは思わず否定するように頭を横に振る。
気のせいだ。そんな事はない。
でも、なんかこうも立て続けに親切にされるとなあ。
自分が勝手にカカシは冷たい人間なんだと思いこんでいた事に、やましいものを感じて思わずため息が漏れる。
(・・・・・・なんか正直調子狂うんだよな)
だって、てっきり自分は嫌われているとばかり思っていた。
話しかけてもろくにこっちの顔を見ることもない、会話なんて挨拶が返ってくれば良い方で。そういう人間なんだって割り切ることはいくらでも出来て、実際そうしてきたから。
(こっちは別に、そのままでも良かったんだ)
意固地な性格がこんな時に出てきてついそんな言葉が心の中に浮かぶから、仕事に集中するべく、イルカはペンを握りしめると書類に目を落とした。
「どういう教育してんだっ」
こんなんじゃ教員失格だろうが。
怒鳴られたイルカはその父兄を前に頭を下げた。
授業中に怪我をしたのは決められたルールを破った生徒が悪いが、それを未然に防げなかったのは教師である自分の責任だ。言い返す事は何もない。
「申し訳ありませんでした」
深く頭を下げるイルカを前に、その父兄は苦々しいため息を漏らした。
軽い捻挫で済んだものの、原因は自分にあると分かっているんだろう生徒が父兄の隣で黙って俯いていたがそこで重々しく顔を上げた。気まずそうな表情を見せる。
「でも父ちゃん俺が、」
「今後こんな事が二度とないように十分注意いたします」
言いかける生徒の言葉にイルカは被せるようにして再び頭を下げた。生徒が反省しているのはその表情を見れば直ぐに分かった。悪ふざけも度が過ぎるとこうなると理解したのだから、それでいい。これ以上話を広げるつもりはないし、どう転んでも結果は変えられない。
深く頭を下げたイルカに、生徒はイルカの意図を察したかは分からないが、大人しく口を結んだ。そんな子供の横で父兄は苛立ち紛れにまたため息を吐き出す。
「まあ、次はこんな事がないようにしてくれりゃあいいんだ」
父兄のその台詞にも、はい、と返事をして深く頭を下げ。親子が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
今回の事で上司に報告書を提出し(報告書という名の反省文だが)残業を終えたイルカは家路に向かう前その足を商店街へ向けた。
自分が叱責されることなんて慣れっこだし、そこは気にしても仕方がない。独りの生活が長くなればなるほど、自炊する機会は多い。料理が気分転換になることだってある。今日は鍋でも作ろうかと八百屋に立ち寄ったところで、
「あれ、先生。今日元気ないね」
店主にそんな事を言われてイルカは苦笑いを浮かべた。出さないようにしているつもりだったのに、顔に出てしまっていたのか。
今日はちょっと疲れてるんですよ、と適当に誤魔化して大根や白菜を買って八百屋を後にする。後は肉にしようか魚にしようか。ぼんやり歩きながら考えていた時、目の前から歩いてきている人影にイルカは目を留めた。カカシだった。いつものように眠そうな目がイルカを映す。
「ああ、先生」
そのまま通り過ぎるのかと思い会釈をしたしたイルカの前で、カカシは足を止めた。
挨拶だけでいいはずなのに。何で足を止めるのか。今回は生憎何も落としていないしドジもしていないはずだ。疑問に思うイルカの前で、カカシはじっとこっちの顔を見つめる。
「大丈夫?」
カカシにかけられた言葉に、イルカは少しだけ目を丸くしていた。
さっきの八百屋にいた時と同じく、顔に出てしまっていたんだろう。
でも。
八百屋の店主にも同じように声をかけられていたのに。
カカシに大丈夫と言われただけで、途端に胸が痛くなって。イルカはまた視線を地面に落としていた。
なんでそんな言葉をかけてくるんだ。
どこにでもいるような中忍が、誰かに叱られようが、そんなのこの人には関係ない。
そうだ。
教師失格と言われたって。
その言葉に傷ついてようが。
この人には。カカシには、何にも関係が、
「なんかあった?」
続けてかけられた言葉に、地面を見つめたままイルカは思わず眉根を寄せていた。
何もないわけじゃない。でも、口を開いたら関係のないカカシに生意気な言葉を口にしてしまいそうで、ぐっと唇を噛み黙り込む事を選ぶ。
いいから帰ってくれ。
嫌なヤツだと思ってくれて構わない。
だから早く帰ってくれ。
視線を落としたまま、勝手な事を頭で言い続けるイルカに、そのまま立ち去ると思っていたのに。
カカシは動かなかった。代わりに持っていた袋をがさがさと開ける。
「たこ焼き食べる?」
「え?」
思わず顔を上げていた。途端に見えたのは目の前に差し出されたたこ焼きと、カカシの顔。
「やっとこっち見た」
交わった視線に、嬉しそうにカカシは目を緩めた。
初めて見たカカシの表情がイルカの目に映り、目を丸くしながらも、かあ、と同時に顔が熱くなった。
別にたこ焼きに反応したんじゃない。
カカシの台詞に驚いて顔を上げただけで、別にお腹が空いていたわけじゃなくて、でも、その商店街のたこ焼きは大好物で。でもなんなんだその嬉しそうな顔は。
思考がぐるぐると回り怒りと動揺が収まらなくて。初めて見るカカシの表情はイルカを混乱させる。
「なんなんだアンタはっ」
先週からの事もひっくるめて、溜まりに溜まった言葉を向けていた。上忍に対して言うべき言葉ではない、その非礼にも近い台詞なのに。
僅かに目を丸くしたカカシはなんて言おうか一瞬考えたような顔をしたが、その目をイルカに向ける。
「取り敢えずたこ焼き食べよっか」
呑気そうにニッコリと微笑んだ。
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