兆候④
翌日、火影から呼び出された時は足取りが重くならないわけがなかった。どうして呼び出されたのか理由は分かり切っている。聞くまでもない、昨夜の件だ。
どうしてあんな状況になってしまったのか、自分でも未だに分からず火影にどう説明するべきなのか悩むが。自分が出来ることはただ一つ、謝ることだ。
そう思っていたイルカの前で頭を下げたのはあろう事か三代目である火影だった。
狼狽えるイルカに火影は苦々しい顔をしながら顔を上げ、大名の酒癖は多少があることを知っていたがセクハラに近い事をしているのを、知らなかったのだろう。当の本人である大名の苦情に近い文句を聞き、そこで毎年どんな接待をさせていたのか初めて知ったらしい火影は、本当に申し訳なさそうにしていたが、自分としてはそれを素直に受け止める事が出来ず、困った。
火影が大名の酒癖の悪さを知らない事は知っていた。だからと言って自分がそれを火影に報告するつもりもなかった。火影に頼みごととは言え、言われたら従うまでで、それに年に一回のことだ。終わってしまえばそれまでで、火影が謝ることではない。
こんなつもりじゃなかった。
鬱屈とした気分で外を歩く。受付がある建物まで戻って来た時、そこから出て来たのはカカシだった。青みがかった目と視線がぶつかる。何か言わなくちゃいけない。何故かそう思うのに、昨日は、までは言葉として浮かぶものの、その先が続かなくて。視線を落とそうとした時、
「昨日は大丈夫だったの?」
カカシに聞かれてイルカは落としかけていたその目をカカシへ向けた。
大丈夫って。
どう答えればいいのか、視線を一回逸らしたイルカは困惑気味にまたカカシへ顔を向ける。
「大丈夫って・・・・・・俺は別に大丈夫です」
そう口にしたイルカをカカシはじっと見つめ返した。ふうん、と呟く。
「もしかして、ジジイがあんたに我慢しろとでも言ってんの?」
急に言われた言葉に、イルカは思わず眉根を寄せていた。
「何の事ですか、それにジジイって、」
「三代目」
そこでようやく言葉の意味に合点がいくが、その呼び方にも台詞自体も内心呆れながら、イルカは一回口をぐっと結んだ。
「・・・・・・今朝火影様が謝ってきました。何も知らなかったんだから当然です」
「なら良かったじゃない」
「良かったって、」
カカシの言葉にイルカは思わずそう返していた。途中で言葉を切る。
カカシの言いたいことも分かる。理解できるが、そうじゃない。だって俺は中忍で、やるべき事をしていたまでで。今まで通りにするべきだったのに。そのつもりだった。でもカカシの言葉が今も心の芯に刺さっているのも事実で。
でも、そんな風に言われても。
だって火影に頭を下げて欲しくなんかなかった。
「・・・・・・俺は・・・・・・」
ぐるぐると思考が纏まらないまま、そう呟いた口をぐっと閉じ、落としていた視線を上げる。
「俺に、構わないでください」
そう告げるとイルカはペコリと頭を下げる。足早にカカシの元から立ち去った。
言ってやった。
言ってやったぜ。
そう二、三日は思っていた。だって今まで絡みのなかった上忍に急に絡まれだして。しかもましてやその上忍っていうのがあのはたけカカシで。
正直どう対応していいか分からなかった時にあの大名相手にあんな事言うから。
ただ、翌日からカカシと顔を合わせる事がぐんと減った。顔を合わせても必要以上の会話をしてくることはなくなって。
それは、今まで通りだと言えば今まで通りで、カカシのその態度は自分が望んでそうしてくれと言ったんだから、問題ない。
そう。問題ない・・・・・・よな?
報告書を渡したカカシが早々に上忍師仲間と部屋を出て行くのをちらと目で追いながら、そう心で思わず自問していて、そこからイルカは慌てて首を横に振った。
何言ってんだ俺は何も悪くない。
否定しながらカカシの受け取った報告書に目を落とす。
あの時、自分が構うなと言った時のカカシの顔を今でもよく思い出せない。
いつも感情が読めない表情をしているから、そんな顔をしていたのかもしれないし、もしかしたら少しだけ驚いた顔をしていたのかもしれない。
ただ、カカシは上忍で自分は中忍だ。この格差はハッキリしている以上、不躾な発言だったことには変わりない。そう、殴られても仕方ないようなことだったはずなのに、カカシはそうはしなかった。まあ、でも、面倒なヤツだと思ったに違いない。
中忍なんて、上に言われたことに頷いていればいいだけなのに、そうしなかったから。
そう言えば、まだ教師になったばかりの頃、昔若気の至りで勢いのまま上忍に食ってかかったら、殴られた上にそう言い捨てられた事を思い出す。 今回はそうはならなかったってだけで。
なんだかんだで自分は成長してねえな、とイルカは思わず一人で苦笑いを浮かべる。そこから黙ってペンを走らせた。
「これで最後か?」
書類を抱えたままイルカが聞くと、同期から、たぶんな、と返事が返ってくる。
その月で任務の依頼数は変わるが今月はそれなりに数が多い。それを物語るように束になった今月分の報告書をイルカは抱えて廊下に向かった。
任務がくるって事はいいことだ。ただ増えれば増えるほど雑務処理が追いつかなくなって残業ばっかりになるんだよな。
いや、残業は仕方ない。ただ問題なのはほぼそれがサービス残業になるって事で。ただ戦忍に比べたら大した内容ではないのは確かだから、そんな事でぐちぐち言うなって話なんだけど。
口に出したって仕方のない事を心の中で一人ごちながら、イルカは廊下を歩き階段へ向かう。
そんな時階段から聞こえてきたのは数人の話し声だった。その声はたぶん中忍ではく、よって特別上忍か上忍で。だからイルカは邪魔にならないように階段を下りながら体を隅へ寄せる。ただ、そっちに気を向けていたから、一段見誤っていたあると思った階段がない時点で膝ががくんと下がった。当たり前に抱えていた書類が傾くから体勢を整えようと思ったその腕を強く掴まれる。
「大丈夫?」
顔を上げると、そこにカカシがいた。
驚いた。
ついさっき上忍が数人通り過ぎたがそこにはカカシがいたかどうかなんて知らなくて。いや、聞こえていた声の中にカカシはいなかったはずで。気配だってしていなくて。
いや、そうじゃなくて。
確かに転びそうにはなったけど、ちょっと体勢を崩しただけで別に大したことでも何でもないのに。
いや、そういうことでもない。
構うなって。
俺はそうカカシに言ったのに。
だからこんな事なんてしなくていいのに。するはずないのに。
ただ、こんな風にしっかり面と向かったのはいつぶりか。二週間かそのくらいか。大してそんな時間も経ってないのに。なのに、何故か酷く久しい気分になる自分にイルカは戸惑う。
別に怒っているわけでもない。心配する事を当たり前のような顔でこっちを見ているカカシをイルカは睨む。
「・・・・・・なんなんですか、アンタは」
ありがとうございます、と礼を言えばいいだけなのに、戸惑いを隠すように出た言葉はそれだった。
だってそうだろう。
こんな事しなくていいのに。
だから、生意気な中忍だって罵ればいい。
ムカつくヤツだって殴られたって仕方がない、
少しだけ険しい顔つきのままでいるイルカの前で、カカシは、うーん、と間延びした声を出しながら頭を掻いた。
「なんだろね」
困った様に眉を下げ、笑う。
カカシのその台詞に、表情に、イルカはぽかんとした。
笑うなんて思っていなかった。よくよく考えれば、いつもそうだ。
この人の言動は、予想してない事の連続でどう反応したらいいのか分からない。
呆気に取られるままカカシを見つめるイルカに、カカシはその顔を見て、可笑しそうに微笑んでいた。
NEXT→
どうしてあんな状況になってしまったのか、自分でも未だに分からず火影にどう説明するべきなのか悩むが。自分が出来ることはただ一つ、謝ることだ。
そう思っていたイルカの前で頭を下げたのはあろう事か三代目である火影だった。
狼狽えるイルカに火影は苦々しい顔をしながら顔を上げ、大名の酒癖は多少があることを知っていたがセクハラに近い事をしているのを、知らなかったのだろう。当の本人である大名の苦情に近い文句を聞き、そこで毎年どんな接待をさせていたのか初めて知ったらしい火影は、本当に申し訳なさそうにしていたが、自分としてはそれを素直に受け止める事が出来ず、困った。
火影が大名の酒癖の悪さを知らない事は知っていた。だからと言って自分がそれを火影に報告するつもりもなかった。火影に頼みごととは言え、言われたら従うまでで、それに年に一回のことだ。終わってしまえばそれまでで、火影が謝ることではない。
こんなつもりじゃなかった。
鬱屈とした気分で外を歩く。受付がある建物まで戻って来た時、そこから出て来たのはカカシだった。青みがかった目と視線がぶつかる。何か言わなくちゃいけない。何故かそう思うのに、昨日は、までは言葉として浮かぶものの、その先が続かなくて。視線を落とそうとした時、
「昨日は大丈夫だったの?」
カカシに聞かれてイルカは落としかけていたその目をカカシへ向けた。
大丈夫って。
どう答えればいいのか、視線を一回逸らしたイルカは困惑気味にまたカカシへ顔を向ける。
「大丈夫って・・・・・・俺は別に大丈夫です」
そう口にしたイルカをカカシはじっと見つめ返した。ふうん、と呟く。
「もしかして、ジジイがあんたに我慢しろとでも言ってんの?」
急に言われた言葉に、イルカは思わず眉根を寄せていた。
「何の事ですか、それにジジイって、」
「三代目」
そこでようやく言葉の意味に合点がいくが、その呼び方にも台詞自体も内心呆れながら、イルカは一回口をぐっと結んだ。
「・・・・・・今朝火影様が謝ってきました。何も知らなかったんだから当然です」
「なら良かったじゃない」
「良かったって、」
カカシの言葉にイルカは思わずそう返していた。途中で言葉を切る。
カカシの言いたいことも分かる。理解できるが、そうじゃない。だって俺は中忍で、やるべき事をしていたまでで。今まで通りにするべきだったのに。そのつもりだった。でもカカシの言葉が今も心の芯に刺さっているのも事実で。
でも、そんな風に言われても。
だって火影に頭を下げて欲しくなんかなかった。
「・・・・・・俺は・・・・・・」
ぐるぐると思考が纏まらないまま、そう呟いた口をぐっと閉じ、落としていた視線を上げる。
「俺に、構わないでください」
そう告げるとイルカはペコリと頭を下げる。足早にカカシの元から立ち去った。
言ってやった。
言ってやったぜ。
そう二、三日は思っていた。だって今まで絡みのなかった上忍に急に絡まれだして。しかもましてやその上忍っていうのがあのはたけカカシで。
正直どう対応していいか分からなかった時にあの大名相手にあんな事言うから。
ただ、翌日からカカシと顔を合わせる事がぐんと減った。顔を合わせても必要以上の会話をしてくることはなくなって。
それは、今まで通りだと言えば今まで通りで、カカシのその態度は自分が望んでそうしてくれと言ったんだから、問題ない。
そう。問題ない・・・・・・よな?
報告書を渡したカカシが早々に上忍師仲間と部屋を出て行くのをちらと目で追いながら、そう心で思わず自問していて、そこからイルカは慌てて首を横に振った。
何言ってんだ俺は何も悪くない。
否定しながらカカシの受け取った報告書に目を落とす。
あの時、自分が構うなと言った時のカカシの顔を今でもよく思い出せない。
いつも感情が読めない表情をしているから、そんな顔をしていたのかもしれないし、もしかしたら少しだけ驚いた顔をしていたのかもしれない。
ただ、カカシは上忍で自分は中忍だ。この格差はハッキリしている以上、不躾な発言だったことには変わりない。そう、殴られても仕方ないようなことだったはずなのに、カカシはそうはしなかった。まあ、でも、面倒なヤツだと思ったに違いない。
中忍なんて、上に言われたことに頷いていればいいだけなのに、そうしなかったから。
そう言えば、まだ教師になったばかりの頃、昔若気の至りで勢いのまま上忍に食ってかかったら、殴られた上にそう言い捨てられた事を思い出す。 今回はそうはならなかったってだけで。
なんだかんだで自分は成長してねえな、とイルカは思わず一人で苦笑いを浮かべる。そこから黙ってペンを走らせた。
「これで最後か?」
書類を抱えたままイルカが聞くと、同期から、たぶんな、と返事が返ってくる。
その月で任務の依頼数は変わるが今月はそれなりに数が多い。それを物語るように束になった今月分の報告書をイルカは抱えて廊下に向かった。
任務がくるって事はいいことだ。ただ増えれば増えるほど雑務処理が追いつかなくなって残業ばっかりになるんだよな。
いや、残業は仕方ない。ただ問題なのはほぼそれがサービス残業になるって事で。ただ戦忍に比べたら大した内容ではないのは確かだから、そんな事でぐちぐち言うなって話なんだけど。
口に出したって仕方のない事を心の中で一人ごちながら、イルカは廊下を歩き階段へ向かう。
そんな時階段から聞こえてきたのは数人の話し声だった。その声はたぶん中忍ではく、よって特別上忍か上忍で。だからイルカは邪魔にならないように階段を下りながら体を隅へ寄せる。ただ、そっちに気を向けていたから、一段見誤っていたあると思った階段がない時点で膝ががくんと下がった。当たり前に抱えていた書類が傾くから体勢を整えようと思ったその腕を強く掴まれる。
「大丈夫?」
顔を上げると、そこにカカシがいた。
驚いた。
ついさっき上忍が数人通り過ぎたがそこにはカカシがいたかどうかなんて知らなくて。いや、聞こえていた声の中にカカシはいなかったはずで。気配だってしていなくて。
いや、そうじゃなくて。
確かに転びそうにはなったけど、ちょっと体勢を崩しただけで別に大したことでも何でもないのに。
いや、そういうことでもない。
構うなって。
俺はそうカカシに言ったのに。
だからこんな事なんてしなくていいのに。するはずないのに。
ただ、こんな風にしっかり面と向かったのはいつぶりか。二週間かそのくらいか。大してそんな時間も経ってないのに。なのに、何故か酷く久しい気分になる自分にイルカは戸惑う。
別に怒っているわけでもない。心配する事を当たり前のような顔でこっちを見ているカカシをイルカは睨む。
「・・・・・・なんなんですか、アンタは」
ありがとうございます、と礼を言えばいいだけなのに、戸惑いを隠すように出た言葉はそれだった。
だってそうだろう。
こんな事しなくていいのに。
だから、生意気な中忍だって罵ればいい。
ムカつくヤツだって殴られたって仕方がない、
少しだけ険しい顔つきのままでいるイルカの前で、カカシは、うーん、と間延びした声を出しながら頭を掻いた。
「なんだろね」
困った様に眉を下げ、笑う。
カカシのその台詞に、表情に、イルカはぽかんとした。
笑うなんて思っていなかった。よくよく考えれば、いつもそうだ。
この人の言動は、予想してない事の連続でどう反応したらいいのか分からない。
呆気に取られるままカカシを見つめるイルカに、カカシはその顔を見て、可笑しそうに微笑んでいた。
NEXT→
スポンサードリンク