again

「またお前か」
呆れた声でため息をついた教師は、カカシの擦り傷を確認しながら後ろにある棚へ背を向けた。研修で保険医が一日いない保健室。
どこに何があるか把握していないのか、えーっとどこだっけな、と一人呟きながら開けた棚を探っている。
消毒薬と脱脂綿は机の上に置いてあるから、探しているのはきっと新しいカーゼか絆創膏か。
高く括った黒い髪が揺れる、その後ろ姿をカカシはじっと見つめた。
「あ、あったあった」
予想通り、大きめの絆創膏を手に取ったイルカは振り返り、それに併せてカカシは笑顔を作った。そして、イルカの手に持った絆創膏を見てわざとらしく顔を顰める。
「えー、そんなの貼りたくない」
「わがまま言うな。血が止まるまではしてろ」
口を尖らせるカカシをなだめるように銀色の頭を撫でる。そのままカカシを椅子に座らせると、イルカも向かい合った椅子に座る。サイドテーブルに絆創膏を置き、消毒薬で湿らせた脱脂綿をカカシの膝へ向けた。
「痛いって先生。優しくしてよ」
責めるカカシにイルカは笑った。
「十分優しくやってるだろうが。ったく男なのに、こんな事で痛いなんて言うな」
少し屈みながらカカシの傷口へ向け目を伏せているイルカが、ふと黒い目をこっちへ向けられ、思わずカカシはふいと目を逸らした。
「・・・・・・どっちにも怪我はなかったのは良かったけど、お前が無理して庇う事はなかっただろう」
怪我の経緯に話が変わる。
昼休み、校庭で遊んでいた下級生がカカシと同級生の男子とぶつかりそうになった。それを庇ってカカシが怪我をしたのを誰かに聞いたのか。仮に放っておけば下級生が頭を打つなどの惨事が予想出来るから、そうしているだけであって、好きで怪我しているわけじゃない。ただ、そんな事をイルカに言うつもりもなかった。
だいたい、子供なんてみんな不注意の塊なのだ。
「別に」
返答に困ると、だいたい決まって口から出すのはこの一言。イルカはそれを俺の口癖だと言う。
ふてくされているカカシに柔らかい笑みを浮かべて先ほど棚から取り出した絆創膏をぺたりと貼った。
「ありがとね」
カカシは小さく礼を言うと椅子から降りて保健室の扉まで走る、そこでイルカへ振り返った。
「もっと優しくしないと、先生彼女出来ないよ?」
イルカが目を丸くする。そこからかあと顔が一気に赤くなるイルカに、カカシは笑いながら保健室の扉を締め廊下を走り出した。
そのまま自分のクラスである三年生の教室へ向かった。

イルカ先生のあの顔。
思い出してカカシは一人くすりと笑いを零す。
だから、きっとイルカ先生にはまだ彼女はいない。
その事に安堵している自分に気がつき、そこでもまた可笑しくなった。
俯き歩きながら薄く微笑む。
彼女はいなくても好きな人はいるのかもしれない。
そしていつかは恋人になる相手を見つけて、当たり前だが結婚するのだろう。

俺の事を思い出さないまま。

その事実を思う度、常に目の前が真っ暗になりそうになる。
そして自問する。
何で俺が昔の記憶を持ったままなのか。
昔恋人だった相手が生まれ変わって出会った時には成人していて、何で俺が小学生なのか。
何故相手が記憶がないのか、とか。
イルカと出会った当初、何で出会ってしまったのだろうと何度も悔いた。
でも、良かったと思えるようにもなった。
やっぱり先生の笑顔を見れるのは嬉しい。
またイルカ先生が教師と言う道を選んでいる事も嬉しい。
新米ながらも、奮闘しながら生徒と成長している姿は見ているだけで幸せだ。
だから、彼が幸せなら、それでいい。
・・・・・・たぶん。

そこでまた先述に戻り、ため息を一つ。
前の記憶のおかげで周りより大人びているせいか不思議な子供に見えるらしい。
今年四月にイルカの担任するクラスになり、同じクラスの生徒に冷静に指示をしているのを見られ、お前本当に三年生か?と不思議そうにまじまじと見つめられながら言われて、誤魔化す為にイルカ先生のすねを蹴った。
友達を作る事もなく一人でいることが多い。そんな俺が心配になったのか今度は心配そうな顔で、何か興味があるものはないのか?サッカーとかゲームとか、とそう問うイルカ先生は俺の中に子供らしさを探しているように見えた。
だから、少しづつ演技するようにした。ちゃかして本音を見せないようにする。
結果イルカに憎まれ口を叩くような方向になってしまい、さっきも保健室で怪我を診てくれたのに、あれだ。
上手く自分をコントロール出来ていないなあ、と我ながら情けなくなる。
でも昔の恋人であるのには変わらない。だから虚しさを覚えたくなくてあまり関わらないようにしようと思っているのに。
逆にそれがイルカを心配させているらしい。
昔は問題児なんかになりたくないと思ったのに、(なりたくなくてもなれなかった、が近い)今は別の意味で問題児扱いされている気がする。
薄れない前の記憶は、目を閉じると鮮やかに蘇る。
自分が上忍師だった頃、確かに今の俺みたいなのが部下にいたらちょっと心配になるだろう。
でもあの黒い目に自分が映るのは、嫌いじゃない。
カカシはぼんやり歩きながら教室へ戻った。



「こら」
頭を叩かれ、カカシは目を開けた。
視界にイルカの顔が映る。
「なに掃除サボってんだ」
少し怒った顔をしているイルカに、カカシはむくりと起きあがり頭を掻いた。
外の掃除当番の時は基本こんな感じで、木陰で寝ているとイルカに運悪くばれれば起こされる。イルカの手にはカカシが放り出していた箒。
「何でお前はすぐサボるんだ」
呆れたイルカの顔に、カカシは眠そうな目を向けた。
「・・・・・・だるいからって前も言ったでしょ」
「お前なあ」
ため息をついて、イルカが手に腰を当てる。
「掃除嫌いなのは分かったけど、お前ちゃんと家でも片づけ出来てるか?」
「なにそれ」
言い返すとイルカは口をへの字にする。
「ほら、着た服脱ぎっぱなしって事はないよな?読んだ本を本棚に戻さずそのままとか、食べたゴミをちゃんとゴミ箱に入れるとか、」
学校以外の事を心配するのも先生だからだと分かっている。
でも、イルカに言われるだけで。それだけで神経が逆撫でられる。イルカ先生なのに、記憶がない本当の自分を知らないイルカ先生に、今の自分をさらけ出すのが嫌だった。
そのむかつきを抑えようと思うのに、抑えきれない。
「・・・・・・うるさいよ」
不機嫌な言葉が口から出ていた。え?と驚き聞き返すイルカに怪訝そうな眼差しをカカシは向ける。
「そんなの、先生には関係ないでしょ」
「・・・・・・カカシ、」
「貸して」
イルカの手から箒を奪い取ると、カカシは自分の持ち場へ戻って行く。
カカシはイルカに背を向け歩きながら、眉を寄せた。
あんたには関係ない、そう口から出そうになったのを寸前で堪えた。
何やってんだ俺。
唇を噛む。
いい関係を保とうとすればするほど、上手くいかない。
だからって自分から担任を変えてくれなんて、そんな事を言えるわけがないし、言った所でさらに自分が問題児扱いされて、何も悪くないイルカ先生が間違った目で見られる事になる。
そして、またこんな行動でイルカ先生には面倒くさくて不思議な生徒決定だ。
カカシは足を止め、振り返る。
思った通り、イルカはまだこっちを見ていた。
その視線が呆然としているような、そんな目で。胸が痛み、居たたまれなくなった。そんな顔をさせたのは俺だけど。
はあ、と息を一息ついてカカシはつかつかとイルカの元へ歩み戻る。
「そんな細かい事ばっか言ってるとモテないよ、先生」
不適な笑顔を見せると、またイルカの目がまん丸になった。カカシは目を細める。
「あ、図星?」
笑ったカカシの頭にイルカの拳骨が落ちた。


「いっつ・・・・・・」
放課後、カカシは廊下を歩きながら頭を押さえる。
本気で殴らなくてもいいのに。
いや、イルカ先生だから、本気なのか。
思い直してカカシは廊下へ視線を落とした。
最近の子供は先生に対する反抗心がない、いやあっても見せない。だから自然俺だけがやたらイルカ先生に集中して怒られている。
これじゃあ丸であいつみたいだ。
よくイルカに叱られていた金髪の元部下を思い出して、カカシは思わず苦笑いを浮かべた。
「カカシ」
下駄箱で靴を持ったところで呼び止められる。
げ。
イルカの顔を見て思わずその気持ちが顔に出そうになった。
近づくイルカに、カカシは気まずそうに視線をずらすと、ふっとイルカが笑った。
顔を上げると、イルカは微笑んでいる。
「そんな顔しなくてもいいだろう」
上手く誤魔化したつもりだけど、やはり無理だったのか。
この年齢で表情を隠すのは難しい。
イルカに気持ちを見透かされた事で、簡単に頬が熱くなる。
そんなカカシを見て、イルカは今度は白い歯を見せて笑った。

イルカ先生の全てが好きだったが、特に笑顔が好きだった。
人懐こくて暖かみがあって、可愛い。前生きていた時代は殺伐としていて非情で過酷な任務があったりもしたが、イルカ先生の笑顔を見れば自分の全てが満たされた。
そして黒く輝く瞳を緩ませ、自分だけにしか見せない甘えた声で名前を呼んでーー。
「カカシ?」
名前を呼ばれ我に返る。
イルカ先生に呼び捨てにされる事に慣れたのは最近だ。
うさぎ小屋の前にある半分埋められたタイヤに、イルカが座ってこっちを見ていた。自分もまたイルカが座る隣のタイヤに座っている。
少し先のグラウンドでは、上級生がトラックを走っているのが見えた。
「傷はどうだ?」
膝に貼られたままの絆創膏を指され、カカシは肩を竦めた。
「うん、平気。だってかすり傷だし」
「まあ。そうだけどな」
イルカは、はは、と笑う。
「お前はよく人を庇って怪我する事が多いな」
言われてカカシは首を傾げた。
「そうかな」
「多いよ。今月に入ってもう3回目だ」
あまりそんな事を記憶に留めていない。言われてそうだったかな、と思って視線を斜め上に向けながら記憶を辿る。
「でも俺が間に入ったほうが安全な事もあったし。それに不注意なだけでわざとでもないから、仕方ないよね」
言った後に、ちょっと小学生にしては不向きな発言だったと気がつく。取り繕おうとイルカに顔を向け、あー、でもさ、と言い掛けて。カカシの目に飛び込んできたのはイルカの深刻そうな表情だった。
「イルカ先生?」
あまり見せない表情に戸惑いながら名前を呼ぶと、イルカは悲しそうな目を見せながら、微笑んだ。
「俺はお前が心配だ」
イルカに言われてカカシに少し緊張が走った。もしかしたら。と言う淡い期待と、それに伴う不安。イルカはじっとカカシを見つめた。
「確かにお前の言う通りかもしれんが、そんな理由でいつか車にも電車にも飛び込んでいくんじゃないかって」
自分とは見当違いの台詞に、カカシはほっとする。同時に笑ってイルカを見た。
「まさか、俺そこまで馬鹿じゃないよ」
返される視線があまりにも深刻身を帯びていて、思い知らされる。
そうだ。この人は真面目で真っ直ぐで生徒をいつも一番に考えて。深い愛情を向けてくれる。
そして今の俺にも。
正直、その愛情が辛い。
と言うか、どう受け取るべきなのか。素直に受け取る事なんてまだ出来そうにない。
「まだ頭痛むか」
聞かれてカカシはうん、と素直に頷いた。
「頭割れるかと思った」
冗談混じりに伝えれば、イルカはぐっと眉を寄せた。
「・・・・・・すまん」
そこにも珍しく生徒に弱腰なイルカに、カカシは顔をじっと見つめた。その視線に気がついたのか、イルカが小さく微笑む。
「手は出さないように努めてるんだがな、上から手を出さないようにと言われてもいるのに、つい、な」
イルカは何も悪くない。
「・・・・・・そんな痛くなかったよ」
ついそんな言葉をかけていた。フォローにななっていない言葉に、イルカは苦笑いを浮かべた。腿の上で指を組んだイルカは視線を遠くに向けたまま、そうか、と小さく答えた。
「でもあんな事で手を出すなんて、俺は教師に向いてないのかもしれんな」
耳を疑った。
「なんでそんな事言うの」
「え?」
イルカのきょとんとした顔に、カカシは眉を寄せる。
「悪いのは俺でしょ。そんな事言わないでよ。あんたは十分いい先生だよ。そうやって悩むのだって、子供たちの事を考えてるからじゃない。あんたが向いてないんだったら、誰がどんないい先生なわけ?」
そこまで言って、はっとした。
今の俺らしくない、不適切な言葉。
顔が青くなる。
カカシは立ち上がった。
「ごめん」
そのまま走り出す。
カカシ、とイルカ先生が名前を呼んだのが聞こえたけど無視した。
上手くいかない。
前と同じ年齢差だったら。
いや、せめてあと10年早く生まれていたら。
イルカ先生を抱き締める事が出来るのに。
こんな子供じゃ、側にいる事が出来ても満足に慰める事だって出来ない。
元、とは言え。
ーー恋人失格だ。
胸が苦しくなる。まだ小さな身体で駆けながら、カカシは悔しそうに唇を噛んだ。










イルカは、カカシが校庭を駆けて校門から見えなくなった後も、その場から動かずに、小さくため息をついた。

ーー俺の昔の恋人が心配だ。

幼いカカシさんを初めて目にした時、嬉しさで涙がこぼれそうになった。
会いたくて会いたくてたまらなかったから。
どんな姿でもいい。一緒にいれるだけでいい。
でも、カカシさんは俺の生徒で。
幼くて。
なのに、年齢のわりに大人びてるのに、脆い部分がはっきりと見える。
初めてカカシさんが他人を庇って怪我をしたのを目にした時、怖くなった。里の為に、命を投げ出す事を使命としたあの頃のカカシと重なったから。
なのに、カカシさんは大したことじゃないと笑う。
俺はカカシさんを守りたい。
ねえ、カカシさん。
今度はあなたを守ってもいいだろう?

もう一度、こうして出会えたのだから。





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えみさんサイト1周年おめでとう!
書く内容を悩んで悩んで、何故かパロ。
初めてのパロをえみるさんに。
押し付けるみたいなお祝いになってしまったのだけれど。
お祝いしたいのです。その気持ちは譲れないっ。
この前は色々お話出来て楽しかったね^^あのスコーンもまた食べたいねえwww
これからも素敵なカカイル(特にイルカ先生!)を楽しみにしています!
with love!

2018.4.24 nanairo


4/27追記 18×32で続きを書き始めました。これもひっくるめてえみるさんへ捧げます。
えーーーー。えみちゃん、時間かかるかもしれないですが、頑張りますー!


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