again③

騒がしい店内でラーメンを啜り顔を上げる。まだ箸を持ったまま動かないカカシにイルカは首を傾げた。
「どうした?早く食わんと麺が伸びるぞ」
イルカの声に、うんと頷くもカカシの声は落胆気味だ。
そして促されるままのそのそと麺を取り、口に運ぶ。暖かい湯気がカカシの顔を包んだ。
「あのさあ、俺こんな予定じゃなかったんだけど」
もぐもぐと口を動かしながら不満そうに呟くカカシに、イルカは横目でカカシを見ると、はやり納得できないと、そんな顔をしていた。
イルカは小さく笑う。
「何言ってんだ。この店は都内でも人気店で長蛇の列で、いつもなかなか足を運べない店なんだぞ?機会がなかったらなかなか来れないし。俺が一度来てみたかった店なんだから、いいじゃないか」
イルカの言葉に、カカシはため息を零す。
「・・・・・・なんでそれが先生の誕生日に選ぶ店なんだよ」
俺はね、もっと落ち着いてちゃんとした店に連れて行きたかったの。呟くカカシは不満たらたらで、イルカは思わず笑った。
「俺がかしこまった店なんか似合うはずないだろう」
「違うって、俺が連れていきたかったの」
カカシが提案する前に、このラーメン店に行きたいと言った時のカカシの落胆した顔を思い出す。
色々カカシなりに考えてくれていたのだろう。申し訳ないと思うも、その気持ちは嬉しかった。
口を尖らせるカカシに、イルカは目を細めた。
「そうか。ありがとうな。でもここは俺の念願の店なんだ。だから今すごく嬉しいし幸せだ」
少し目を丸くするカカシにイルカはにっこりと微笑むと、カカシの白い頬が赤く染まった。


「御馳走様でした」
会計を済ませて店を出た後丁寧に礼を言う。頭を下げるイルカにカカシは恥ずかしそうにうん、と頷いた。
「旨かったな」
「うん、そうだね」
「あの店一度行ってみたかったんだよ。あー、幸せだ」
食欲が満たされお腹を摩るとカカシが笑った。
「安い幸せだね」
「俺は安上がりに出来てるからな」
「うん。でも俺もそう言うの好き」
カカシが嬉しそうに微笑み目を細めたその表情にイルカの胸が大きく鳴った。
あー駄目駄目違うだろ、アホ。自分を否定する。

繁華街を歩きながら並んで歩く。
あの麺が細いのがいいよね、とか今度は別のスープを頼んでみたいとか、カカシもあの店を気に入ったのか、楽しそうに感想を言う。
そんなカカシを横目で見つめながらイルカは密かにため息を吐き出した。
本当は。今日カカシと会うのがすごく怖かった。
奢ってくれると言われて嬉しかったけど、自分の中で消えない想いがずっとくすぶっていて。それが、関係のない今横にいるカカシに勝手に重ねてしまいそうで。
そう、こいつはまだ18歳。
カカシからしたら俺は30過ぎのおじさんで元小学校の先生。
それだけの関係だ。
服装だってまさにシンプルだが高校生らしいし、バイトをして小遣いを稼ぐのだって今の高校生そのものだ。
それが、俺に現実だと教えてくれる。
そう考えたら、心の中で見えない鎖で繋がれた、いや、勝手に繋げていた部分が解かれていく気がした。そして、気分が楽になった。
カカシが許す限り、見守っていければそれでいい。
「あ、そうだ」
カカシが思い出したように呟いた。
「どうした?」
カカシがイルカへ顔を向ける。
「ねえ先生、まだケーキ食べてない」
「ああ、まあそうだけど」
「誕生日にはやっぱりケーキでしょ」
赤いイチゴがのってるケーキにローソク立ててさ。
そう口にするカカシにイルカは内心また安堵した。
ほら、こいつはまだ子供だ。誕生日にケーキなんて子供の発想そのものだ。
「でも俺はもうラーメンだけで十分だからなあ。まあ帰りにコンビニのケーキでも買って帰るかな」
「ねえ先生、だったら俺も今から先生の家行ってもいい?」
「え?」
驚くイルカに、カカシは嬉しそうな眼差しを向ける。
「いいでしょ?ケーキで祝ってあげたい」
ここ最近、ずっとカカシに警戒していた。
小学校の教師と元生徒との関係を崩さないように。
今目の前にいるカカシがどうこうじゃない。過去に未練たらたらな自分自身を見るのが嫌なだけだったから。
でも。
カカシを見つめる。
目の前にいるカカシは自分の提案に目をきらきらと輝かせている、ーー普通の高校生だ。
「そうだな」
イルカは微笑む。
「じゃあコンビニでケーキでも買って祝ってもらうかな」
カカシは綺麗な顔で嬉しそうににっこりと笑った。


「わ、汚れてるね」
玄関を開けて一言。そう言われてイルカは苦笑いして先に上がり、散乱している服を拾う。
「いや今日慌てて出かけたからこうなっただけで、」
「えーそうなの?」
からかうような口調でカカシはイルカの部屋に上がった。
「もしかして俺と約束してたから?」
図星の台詞に心臓がドキンと高鳴った。そこまで意識しないようにしていたのに、当日になって今更のように緊張し、服装まで悩み始めた、とは到底言えない。
イルカは、そうそう、お前と約束してたのに寝坊したから慌てたんだ。と言い訳を口にして部屋を適当に片づけた。

カカシは甘い物が苦手だと自分の分は買わなかった。
だから小さなショートケーキが1つ。
嗜好が昔のカカシと少しでも違っていれはいいのに、と思う。何が違う部分を見つければ、重ねなくなると。
でも悲しいかな、自分も何も変わっていないのも事実だった。
「なんか飲むか?」
立ち上がり台所へ向かうイルカに、カカシが、じゃあ何か暖かいもの、と答える。
イルカはヤカンに水を入れコンロに置くと火をつけた。
桜が終わったばかりの時期とは言え、まだ夜は温度差があり寒い。
インスタントのコーヒーの瓶を手に取ると、適当にマグカップを用意する。
「先生って自炊するの?」
テレビを勝手に付けて観ていたカカシが不意に声をかけてくる。カカシへ顔を向けると視線はテレビに向いたまま。画面はニュースでプロ野球結果を伝えるの映像が流れていた。
「ああ、それなりにな。外食ばっかじゃ財布にも身体にもあまり良くないしな」
「まあ、そうだよね」
カカシは視線をイルカに向けて小さく笑った。
「最近はなに作るの?」
イルカは聞かれて視線を漂わせる。
「うーん、そうだな。最近はチャーハンとか野菜炒めとか、」
「はは、独身男の定番料理って感じだね」
「だな」
テレビに顔を戻したカカシは笑う。イルカも眉を下げて合わせるように笑った。
ヤカンのお湯が沸く。イルカは火を止めた。
「最近気に入ってるのは麻婆豆腐だな」
「へえ、麻婆豆腐。あれだよね、先生ってそれに酢を入れるんだよね」
「ああ、それが一番大事だ」
笑って、コーヒーの粉が入ったマグカップに湯を注ぐ。
笑顔を浮かべたまま、カカシの台詞に。イルカの手が止まった。
思考がゆっくりと、しかし確実に回転する。
ヤカンを持ったまま、テレビを観ているカカシへ視線を向けた。
どくん。
大きく心臓が高鳴る。
反射的に否定したいのに。
出来ない。
だって。

 先生ってそれに酢を入れるんだよね。

それって、一楽の店主だったテウチさんが俺にこっそり教えてくれた隠し味で。
そして。それは、誰かに話した事もない。恋人だったカカシさんしかーー知らない。

目の前が真っ白になった。同時に手が、身体が震え出す。
それを堪えるように、イルカは身体に力を入れた。
ヤカンのお湯がマグカップから零れる。
「あ、大丈夫?」
それに気がつき立ち上がろうとしたカカシをイルカは手を上げて制した。
「ああ、平気平気。拭けばいいだけだから。待ってろ」
イルカは咄嗟に笑顔を作って。カカシから自分の顔が見えないように。不自然にならないように、布巾で拭きながら。
顔を青くさせた。冷や汗が額に浮かぶ。

しっかりしろ。
震える手をもう片方の手で押さえた。
必死で自分に活を入れる。
受け止めきれない事実に動揺をカカシに気付かれてはいけない。
少し先ではリビングで、くつろぎながらカカシが観ているテレビの音が聞こえる。
イルカはゆっくりと何度も深呼吸を繰り返した。
「先生、もしかして火傷した?」
心配そうな声で立ち上がったカカシがイルカへ歩み寄る。
イルカは必死で身体の力を抜き、笑顔を作る。カカシへ向けた。
「ああ、ちょっと熱かっただけで何ともない。そうだ。砂糖やミルクは欲しいか?」
「ううん、いらない」
「じゃあ俺と一緒だな」
「うん、じゃあ持ってくね」
二つのマグカップを持ったカカシは背を向けた。
静かに、その後ろ姿をイルカは見つめる。
筋肉の付き方で多少は違うが。昔と何ら変わらない。カカシの広く大きな背中。
もしかしたら、と言う気持ちはいつもどこかの片隅にあった。
それが自分のそうあって欲しいと言う願いなのか、そうでないものなのか。
正直自分の中であやふやだった。
だって今も彼を愛しているし。求めたくなる。
だが、それも今はっきりした。
イルカは少し開いた口をゆっくりと固く結ぶ。


俺に記憶がある事は、カカシに悟られてはいけない。ーー絶対に。



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