赤いかけら①
「あーー、あっつい」
そう言ってイルカは炎天下の中太陽へ顔を向けた。蝉のけたたましい声が聞こえている。
「ねえ、カカシさん」
ぱっと後ろを振り向いてイルカが同意を求める。口からは清潔そうな白い歯が覗かせている。さわやかな表情は暑さなんか感じさせない程なのに、小麦色に日焼けしたその額からは、汗を滲ませていた。
黒い瞳は、少しだけ緩ませきらきらと輝きを中に留めているようで、子供っぽい微笑みなはずなのに、何故かカカシの胸をドキリとさせた。
頬が心なしか熱く感じる。それは、暑さのせいなんかじゃない。イルカに素直に反応していると、分かっている。
それを心内に留めながら、カカシはニコとイルカに微笑んだ。
「うん、暑いね」
「でもカカシさんは全然暑そうに感じないんですよ」
なんて言って尖らす唇も可愛い。無意識なんだろうが。
カカシは眉を下げてまた微笑んだ。
「いや、暑いよ。俺だって」
表情にあまり出ていないからなのかもしれないが、この真夏に制服をきっちり着込んで、顔だってほとんど隠れている。汗も額に薄っすらとかいているのは間違いない事実だった。
それなのに、イルカは分かりやすく片眉を上げた。ずいと顔を近づけられ、カカシは少しだけ顎を引いた。
黒い目がじっと自分を見つめる。露わになった右目でそんなイルカを見つめ返すと、イルカは少しだけ目を丸くした後、緩めた。
「本当だ。少しだけ汗かいてますね」
良かった。そう続けられ首を傾げたカカシに、
「一緒の気持ちなんだって、思って。何かホッとして」
情けない笑顔を見せられる。
「..........」
ああ、この人は。本当にーー、
「....危なっかしーねぇ...」
「え?」
「あ、いや、何でも」
聞き返されて笑って誤魔化し、カカシはまた歩き出した。
「はい、センセ」
途中までなら、とアカデミー内で両手に書類を抱えていたイルカに声をかけたのは自分だった。
「はい、ありがとうございました。助かりました」
その分かれ道に差し掛かったのだから仕方がない。
カカシは持っていた書類を渡そうとして、手に渡す直前にその動きを止める。
「......?」
イルカがその動きにカカシを見た。
「やっぱり、職員室まで持っていってもいいいけど」
その言葉に、ふわりとイルカが微笑んだ。
「カカシさんにそこまでさせられませんよ。でもありがとうございます。お気持ちは嬉しいです」
だろうな、と思いながらもカカシもイルカに微笑んだ。
「うん。じゃあね」
「はい」
両手にまた書類を抱えながらイルカはアカデミーの建物に向かって歩き出した。
その背中はじき扉の中に入って見えなくなる。そこからカカシはぶらぶらと歩き出す。
ふと足下に目を落とせば、一本の赤い花が咲いていた。太陽に向かって背伸びするように上を向いている。
「きっと...気づいてるわけ、ないよねぇ」
ぽつりと呟けば、花は風でゆらと揺れた。
あの人を花に例えるなら。向日葵。照りつけるような夏の暑ささえも吸収して太陽の下で輝く花。
青空がよく似合う。
もう一度、カカシはアカデミーの建物に振り返った。
「いい?なんで?」
不機嫌丸出しで持っていたジョッキを、紅がテーブルに置いた。ドン、と鈍い音が鳴る。
「何でって言われても。間に合ってるし」
「どこが?」
答えが気に入らなかったのか、紅は眉間に皺を寄せた。それをカカシは眠そうな目で眺める。
「だってあんたちゃんとした人いないでしょ。知ってるわよ?顔がいいからってぶらぶらして適当に寄ってきた女とセックスしてるだけじゃ、彼女なんて出来ないよ?」
「まあねえ」
「変な噂ばっか流れて、誰も寄ってこなくなるわよ?」
「そうねえ」
聞き流してるような相づちは紅を苛つかせた。
「まあその辺にしとけって」
こいつ変わってんだからよ。お前も十分知ってるだろ?
アスマが苦笑いして宥めるように紅の肩を撫でた。
「女紹介しても一回で済まされたらその女も悲惨、あ、いや、可哀想だろ」
紅の鋭くなる目つきに慌てて言い直すと、アスマはピッチャーを手にした。
空になったジョッキに注がれるビールを見つめながら、
「一回やってポイとか。そんな噂聞くだけ胸くそ悪くなるこっちの身にもなりなさいよ」
紅がそう呟き、カカシは眉を下げた。
「ヒドいね、それ」
「いや、あんたの事だから」
聞き捨てならないと思うも、それ以上なにも言い返す事なくカカシは黙ってビールを飲んだ。
相手だってそれを知って近寄ってきてる訳だし、好きでもない女を特定で置いておけば、それはそれで変な希望を持たれたって困る。
それに。
自分だってそう思っていた。暗部にいた頃はもっと酷く、女から見れば軽薄な男だったに違いない。
それでもこうして正規部隊に配属されたからと、自分なりに落ち着こうとも思っていた。
それなりに。適当に。少しでも気に入った部分がある女なら、そこから好意を抱くことだってきっと可能だ。
だけど、イルカと出会ってしまった。
一目惚れだった。
ナルトの担当と告げられ、その元担任として自分の前に現れたあの時。緊張しながらも、黒い瞳を自分に向けて。手を差し出された。
カカシの耳にも届いていた。
例の件でナルトを救った男。それで元担任と言う相手に多少の興味はあった位だった。
カカシはイルカを前にして、反射的に自分も手を差し出していた。
指と手甲越しに伝わる温もりが、忘れられない。
咄嗟に心の内では打ち消していたが。それも無駄な足掻きでしかなく。
気にしないようにすればするほど、自覚せざるを得ない。
自分に誤魔化すようにまた女に手を出していただけなんだけど。
(なーんでこんな攻められなきゃならんのよ...)
旨く感じないビールを、カカシは飲んだ。
でもきっとイルカは俺をなんとも思っていない。
出会った頃と変わらない、表情。眼差し。口調。
自分に近寄る女に感じるような矢印が、全く見えない。
てことは、もしかしなくても。
思い切り片思い。
(この俺が片思いって)
小さく笑ったカカシに、アスマが気が付く。
分かってる。叶わない好意なんだって。
それを他に向けなきゃいけないことくらい、十分に分かってる。
なのに、浮かぶのはイルカの愛らしい笑った顔。
(男に愛らしいって…重症…かねぇ)
アスマは、1人自嘲気味に笑うカカシを少し怪訝な表情で見るも、そこから紅の話にカカシを視界から外した。
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そう言ってイルカは炎天下の中太陽へ顔を向けた。蝉のけたたましい声が聞こえている。
「ねえ、カカシさん」
ぱっと後ろを振り向いてイルカが同意を求める。口からは清潔そうな白い歯が覗かせている。さわやかな表情は暑さなんか感じさせない程なのに、小麦色に日焼けしたその額からは、汗を滲ませていた。
黒い瞳は、少しだけ緩ませきらきらと輝きを中に留めているようで、子供っぽい微笑みなはずなのに、何故かカカシの胸をドキリとさせた。
頬が心なしか熱く感じる。それは、暑さのせいなんかじゃない。イルカに素直に反応していると、分かっている。
それを心内に留めながら、カカシはニコとイルカに微笑んだ。
「うん、暑いね」
「でもカカシさんは全然暑そうに感じないんですよ」
なんて言って尖らす唇も可愛い。無意識なんだろうが。
カカシは眉を下げてまた微笑んだ。
「いや、暑いよ。俺だって」
表情にあまり出ていないからなのかもしれないが、この真夏に制服をきっちり着込んで、顔だってほとんど隠れている。汗も額に薄っすらとかいているのは間違いない事実だった。
それなのに、イルカは分かりやすく片眉を上げた。ずいと顔を近づけられ、カカシは少しだけ顎を引いた。
黒い目がじっと自分を見つめる。露わになった右目でそんなイルカを見つめ返すと、イルカは少しだけ目を丸くした後、緩めた。
「本当だ。少しだけ汗かいてますね」
良かった。そう続けられ首を傾げたカカシに、
「一緒の気持ちなんだって、思って。何かホッとして」
情けない笑顔を見せられる。
「..........」
ああ、この人は。本当にーー、
「....危なっかしーねぇ...」
「え?」
「あ、いや、何でも」
聞き返されて笑って誤魔化し、カカシはまた歩き出した。
「はい、センセ」
途中までなら、とアカデミー内で両手に書類を抱えていたイルカに声をかけたのは自分だった。
「はい、ありがとうございました。助かりました」
その分かれ道に差し掛かったのだから仕方がない。
カカシは持っていた書類を渡そうとして、手に渡す直前にその動きを止める。
「......?」
イルカがその動きにカカシを見た。
「やっぱり、職員室まで持っていってもいいいけど」
その言葉に、ふわりとイルカが微笑んだ。
「カカシさんにそこまでさせられませんよ。でもありがとうございます。お気持ちは嬉しいです」
だろうな、と思いながらもカカシもイルカに微笑んだ。
「うん。じゃあね」
「はい」
両手にまた書類を抱えながらイルカはアカデミーの建物に向かって歩き出した。
その背中はじき扉の中に入って見えなくなる。そこからカカシはぶらぶらと歩き出す。
ふと足下に目を落とせば、一本の赤い花が咲いていた。太陽に向かって背伸びするように上を向いている。
「きっと...気づいてるわけ、ないよねぇ」
ぽつりと呟けば、花は風でゆらと揺れた。
あの人を花に例えるなら。向日葵。照りつけるような夏の暑ささえも吸収して太陽の下で輝く花。
青空がよく似合う。
もう一度、カカシはアカデミーの建物に振り返った。
「いい?なんで?」
不機嫌丸出しで持っていたジョッキを、紅がテーブルに置いた。ドン、と鈍い音が鳴る。
「何でって言われても。間に合ってるし」
「どこが?」
答えが気に入らなかったのか、紅は眉間に皺を寄せた。それをカカシは眠そうな目で眺める。
「だってあんたちゃんとした人いないでしょ。知ってるわよ?顔がいいからってぶらぶらして適当に寄ってきた女とセックスしてるだけじゃ、彼女なんて出来ないよ?」
「まあねえ」
「変な噂ばっか流れて、誰も寄ってこなくなるわよ?」
「そうねえ」
聞き流してるような相づちは紅を苛つかせた。
「まあその辺にしとけって」
こいつ変わってんだからよ。お前も十分知ってるだろ?
アスマが苦笑いして宥めるように紅の肩を撫でた。
「女紹介しても一回で済まされたらその女も悲惨、あ、いや、可哀想だろ」
紅の鋭くなる目つきに慌てて言い直すと、アスマはピッチャーを手にした。
空になったジョッキに注がれるビールを見つめながら、
「一回やってポイとか。そんな噂聞くだけ胸くそ悪くなるこっちの身にもなりなさいよ」
紅がそう呟き、カカシは眉を下げた。
「ヒドいね、それ」
「いや、あんたの事だから」
聞き捨てならないと思うも、それ以上なにも言い返す事なくカカシは黙ってビールを飲んだ。
相手だってそれを知って近寄ってきてる訳だし、好きでもない女を特定で置いておけば、それはそれで変な希望を持たれたって困る。
それに。
自分だってそう思っていた。暗部にいた頃はもっと酷く、女から見れば軽薄な男だったに違いない。
それでもこうして正規部隊に配属されたからと、自分なりに落ち着こうとも思っていた。
それなりに。適当に。少しでも気に入った部分がある女なら、そこから好意を抱くことだってきっと可能だ。
だけど、イルカと出会ってしまった。
一目惚れだった。
ナルトの担当と告げられ、その元担任として自分の前に現れたあの時。緊張しながらも、黒い瞳を自分に向けて。手を差し出された。
カカシの耳にも届いていた。
例の件でナルトを救った男。それで元担任と言う相手に多少の興味はあった位だった。
カカシはイルカを前にして、反射的に自分も手を差し出していた。
指と手甲越しに伝わる温もりが、忘れられない。
咄嗟に心の内では打ち消していたが。それも無駄な足掻きでしかなく。
気にしないようにすればするほど、自覚せざるを得ない。
自分に誤魔化すようにまた女に手を出していただけなんだけど。
(なーんでこんな攻められなきゃならんのよ...)
旨く感じないビールを、カカシは飲んだ。
でもきっとイルカは俺をなんとも思っていない。
出会った頃と変わらない、表情。眼差し。口調。
自分に近寄る女に感じるような矢印が、全く見えない。
てことは、もしかしなくても。
思い切り片思い。
(この俺が片思いって)
小さく笑ったカカシに、アスマが気が付く。
分かってる。叶わない好意なんだって。
それを他に向けなきゃいけないことくらい、十分に分かってる。
なのに、浮かぶのはイルカの愛らしい笑った顔。
(男に愛らしいって…重症…かねぇ)
アスマは、1人自嘲気味に笑うカカシを少し怪訝な表情で見るも、そこから紅の話にカカシを視界から外した。
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