赤いかけら②

諦める。
そのきかっけを作るのって意外に難しいもんだと、カカシは歩きながら思った。
何かきっかけがない限り、あの人を諦める事ってたぶん、自分の中では難しい。
 好きな人でも出来れば、人は変わるんだから。
昨晩。どっかで聞いたような台詞を口にした紅に、カカシは視線を向けた。
知り合いの恋愛に興味なんかないし、だからって目の前の友人2人がどう変わったのかも分からない。
説得力に欠けるんじゃないの、と内心呟けば、アスマがそれを察したのか、短く笑った。
 俺らは兎も角、紅はお前の事が心配なんだよ
カカシの言いたい事を分かって尚、そんな言い訳するのは、恥ずかしいからなのか。
まるで他に好きな人を見つけろと言われているようで。
カカシはため息を零した。
イルカには、ただの良い人のフリするだけでいっぱいいっぱいで。
ゆったり歩きながら、前で各々自分のペースで歩いている部下3人を眺めた。
いつもと同じように里が赤く染まり始めている。毎日見る同じようないつもの里の夕日なのに、イルカへの思いを諦めると思っただけで。
ひどく憂鬱な気分になっていると感じて、カカシはポケットから手を出すと後頭部を怠そうにがしがしと掻いた。
(やだ、これってイチャパラみたい)
何度も読み返した本の中に出てくる気持ちを実際体験したみたいで、気持ち複雑になる。
「サクラってさぁ」
自分と距離が縮まったサクラに声をかければ、赤く染まった桜色の頭をこっちに向け振り返った。
「強いよね」
女子である故に、女子だけに、なびいてなかろうが真っ直ぐぶつかっているサクラに、ふとそんな言葉が漏れた。
少しだけ目をまん丸にしたサクラは、一瞬の間の後、カカシに攻めるような眼差しを向けた。
「何ですかそれ」
こんな非力な女の子に向かって。
付け加えられて、思わず笑いがこぼれる。
サクラはそんなカカシにむっとした顔を見せた。
「いや、何でもないよ。ごめんね」
笑って誤魔化すと、胡乱な眼差しを向けるが、曖昧な話しに興味がそがれたのか、
「変な先生」
それだけ言うと、サクラは少し先を歩くサスケに走り寄って行った。
おもむろに嫌な顔をされているのに、サクラはナルトを押しのけサスケの横を陣取り、嬉しそう話しかけている。
「...強いねえ、やっぱ」
小さく呟き、
「ちょっとお前ら、いい?」
3人を解散させる為に呼び止めた。

「お疲れさまです」
受付に入って、カカシに気が付いたイルカに満面の笑みを浮かべられ、カカシは素直に、微笑みを返した。
これだけで、そんな笑顔を誰にでもして欲しくないと言う嫉妬心が簡単に浮かび上がる。
報告書を差し出すと、イルカはそれに目を落とした。
立ったままのカカシから、伏せたように見えるその瞼と黒い睫毛を、見つめた。
ああ、今日は任務3つでしたか。思ったより大変だったみたいですね。と、3枚ある報告書を手際よく記入事項をチェックしながら、イルカはそう零した。
「まあでも、アイツら任務経験浅いから、これくらいはこなさないとね」
そう言えば、イルカは目だけをカカシに向けて目元を緩ませた。
「そうですね。カカシさんもお疲れさまです」
カカシさん。
そう呼ぶようになったのは、出会ってすぐ。自分の一言からだった。
最初、イルカは自分をカカシ先生と呼んでいた。
「先生って。俺はあんたの先生じゃないんだから」
イルカに対して、変に意識してしまう恥ずかしさを誤魔化すように言った言葉だった。男の子が好きな女の子に反抗心を持つのと同じ感覚で。
そう言われたイルカは、目をまん丸にした後、
「じゃあ、カカシさん」
にっこり微笑んでそう言われた。
自分はイルカに先生を付けて呼んでるのに。
嫌みをそんな風に返されて。何も言えなくなった時の事を、思い出す。
「記入漏れないですね」
イルカの声に思考が途切れる。
「お疲れさまでした」
頭を下げられ、カカシも反射的に会釈を返した。
気まずさにポケットに入れていた手を出し頭を掻こうとして、
「あ、」
イルカの手が自分に伸びた。自分の手を掴む。その、自分を掴んだイルカの手を、驚き見つめた。
「...なに?」
「指、どうされたんですか?」
言われて気が付く。右の薬指に微かにある傷。カカシは眉を下げて笑った。
「ああ、今日の最後の任務で釘にひっかけたみたいで」
こんなの舐めときゃ治りますから。
そう言うカカシにイルカは立ち上がり、待っててくださいね、と、自分のポケットを探る。
「あった。ラスト一枚」
嬉しそうに絆創膏を見せられ、観念するようにカカシは手を差し出した。
「手は洗いました?」
ぺり、とそれを剥がしながら聞かれ、
「いえ、まだ」
「やっぱり。じゃあ家に帰ったらちゃんと洗ってくださいね?」
しっかりと、イルカに絆創膏を張られ視線を上げたイルカと目が合う。
たったこれだけの事に、心臓が高鳴った。
同時に自分の手が震えそうで。それがイルカに伝わりそうで。
カカシは直ぐに手を引っ込めた。
少しだけ驚くイルカに、にっこりと微笑む。
「ありがと」
じゃあね。
カカシは直ぐに受付を後にした。

そこからカカシは一人まだ明るい道を歩いていた。
(...もしかして、俺ってダサい?)
思い返したくない自分の言動に、未だ動揺しながらカカシは帰り道を商店街に向けながら歩いた。
歩きながら、ふと目に入った花に足を止める。固い地面から伸びている花。少し前にも目にした花だと思い出すも。名前なんか知るわけがない。
こんな道端に、一輪でも咲かせるなんて。タンポポのように生命力が強い花なのだろうか。
その花を見つめた顔を上げて、商店街から離れている場所なのに。暖簾があるのが目に入った。
手打ちうどんと書かれている。
(ああ、うどんもいいよね)
あの人はラーメンが好きで。よく自分も一緒に食べたりしているけど。
どちらかと言えば、蕎麦やうどんのさっぱりした味が好きだ。
カカシは足を向けた。
「いらっしゃいませ」
暖簾をくぐってすぐ女性が店内で元気な声をかけてきた。座ったカカシにお茶を出す。注文すれば、女性はそれを復唱すると、厨房へ背を向けた。
出されたお茶を啜りながらカカシはふと視界に入った、女性の黒い髪に目を追っていた。
背中まで伸びた髪を後ろで一括りにしている。三角巾をするにはそれが一番楽な髪型なんだろうが。
艶やかな黒い髪。
それだけで思い出すのはあの人の顔。
美味しかったら今度イルカ先生でも誘おうか。アカデミーの定食でもよく食べていたから。きっとうどんも好きだろう。
あの人は何を食べるだろうか。
壁に貼られている年期の入ったメニューに目を向ける。
月見、山かけ、天ぷら、山菜、
(あ、カレー)
家でカレーを作った翌日はカレーうどんにするんだって、イルカが嬉しそうに教えてくれたのを思い出した。
カレー好きならきっとこんなメニューも頼みそう。
そんな事を考えただけで、自然顔が綻んでいた。
運ばれてきたうどんに箸を持とうとして、右手の薬指に張られた絆創膏目が留まる。じっとその指を見つめた。
イルカは自分を良い友人、とまでは行かないが、人畜無害とか、多少気を許してもいいと思っているのかもしれない。
そんな相手に自分は恋愛感情をもって、色のこもった目で見てしまう事も数知れない。
どんな気持ちで見ているか。それを何も知らないイルカの事を考えると、酷い事をしているような錯覚を覚えた。
ーーそれに。
受付から出ていく直前、同僚の女性がイルカに話しかけた。イルカと呼び捨てにするその女を肩越しにチラと目を向け。イルカもまた親しげに返すのは同期だからだろうと知っていても。
嫌な気持ちになった。
でも、あれが本来あの人にとって幸せな姿なのだと言い聞かせるのが精一杯で。
普通に女と恋愛して、結婚して--子供が出来て。

「お客さん」
勘定を済ませ、店を出て。声をかけられたのが自分だと気が付いたのは、もう一度声をかけられた時だった。
「ちょっと、顔のいいお客さん」
聞いた事がないような呼び止めが、まさか自分だと思わなかったが、振り返ると、うどん屋の女性が後ろに立っている。
言った本人は振り返ったカカシを見て、にっこりと微笑む。
酷い言いように、カカシは明らか様に眉を寄せていた。
そんなカカシに悪戯な笑みを女は浮かべた。
「ごめんなさい。だって何回呼んでも気が付いてくれないから」
申し訳ない、とはほど遠いが。女は悪びれるものの、微笑みながらカカシを見つめる。
「これ、忘れ物です」
そう言って差し出されるのは見たこともないハンカチ。
自分が座る前から隣の椅子に置いてあったのは知っていた。勘違いしてもおかしくない。
「席にあったから。...あれ、あなたのじゃない?」
「違うよ」
「そう。ごめんなさい」
恥ずかしそうに、女は目を緩ませた。
目もまた、イルカと同じ黒い輝きを持っている。
「じゃあ、また来てくださいね」
くるりと背を向ける。束ねた黒い髪がまた目を惹いた。
「あ、ねえ」
振り返った女に、カカシは呼び止めていた。
女はまた足を止めカカシへ顔を向ける。
目を惹くのだから、もしかしたら。自分はこの女の事を好きになれるのかもしれない。
カカシは女に優しげな笑みを浮かべた。
「今日は何時に終わるの?」
少しだけ驚き黒い目を丸くする、そのきょとんとした擦れてない表情も悪くない。
カカシは続けた。
「もしよかったら、飲みに行かない?」



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