as know as S④

 イルカに部屋の鍵を開けさせ玄関に入る。
「あがりますよ」
 未だカカシの行動についていけずに呆然としているイルカを余所に靴を脱いで玄関に上がると、カカシは振り返った。
「タオルは?」
「・・・・・・え?」
「タオルは脱衣所?」
「あ、はい」
 返事を聞くなり、カカシは脱衣所に向かい程なくしてタオルを持って戻ってくる。イルカに差し出した。
 受け取ったものの、戸惑いの眼差しで見つめられ、カカシは溜息を吐き出す。イルカの腕を掴み引っ張った。
「ほら、靴脱いで」
 言われるままにもそもそと濡れた靴を脱ぐイルカを見つめる。ようやく玄関に上がったイルカの手からタオルを奪い濡れた頭に被せた。
「わ、なに、」
顔が隠れ驚くイルカに構わずカカシはがしがしとイルカの髪を拭いた。
「あなたさ、分かってる?」
「え・・・・・・?」
 苛立った声のカカシにイルカは、ただ、タオルの隙間から困惑した目を向けた。
「こんな事で風邪でもひいたらどうするの。ただでさえ仕事が忙しいのに。あなたの事だから、どうせ体調崩しても無理して仕事したりするんでしょうけど」
髪、解くよ。と、カカシはイルカの髪紐を解き、濡れて水滴が滴っている毛先をタオルで拭いた。
「それに大体なんで傘も持ってないわけ?今日は雨だって分かってたでしょ?それとも天気予報見てないの?」
「・・・・・・あの」
「なに?」
「もう・・・・・・大丈夫です」
 申し訳なさそうに言われ、カカシはそこで手を止めた。イルカから手を離し、カカシはどこかぼんやりしているイルカから視線を外す。茶色い髪を不機嫌に掻いた。イルカがその場を離れる。
「スケアさん」
 名前を呼ばれ視線を戻すと、手に新しいタオルを持ったイルカが黒い目をこちらに向けていた。
「スケアさんも、髪濡れてます」
 言われて気が付く。
「別に・・・・・・俺はそこまで濡れてないでしょ」
 軽く頭を振れば、タオルを差し出される。黙ってそれを受け取った。
 自分の髪を一応拭いているとじっとイルカに見つめられ、カカシは居心地悪くその視線から逃れるように、自分の目をイルカから外した。
 勢いからだったとは言え。
 俺、何してんだろ。
 自分に半ば呆れる。
 まさかとは思ったが、本当にイルカが公園にいるとは思わなかった。
 だって、失恋する度に公園で一人落ち込むって。あまりにも幼稚すぎる。
 この人はもっと大人だと思っていた。もっと冷静に事実を受け止める人なんだと。
 だからさっさと諦めてもらう為にも、逆にもっと呆れて、嫌いになってくれればと思ってした事だったのに。
「今暖かい飲み物用意しますから、」
言われて漂わせていた視線をイルカに戻した。
「え、俺はいいですよ。あなたはさっさと風呂にでも入って、」
「そんな事言わないでください。ここまでしてくださったのに何もせずに帰すなんて出来ません」
「いや、いいって、」
「待っててください」
 カカシの断る言葉を制するように、イルカはベストを脱ぐと台所へ向かった。
 

「・・・・・・どうも」
 湯気が立つ湯飲みをちゃぶ台に置かれ、カカシはそれを素直に手に取った。
 濃い緑茶が、冷えた手を指先から暖める。
「洒落たもん出せなくてすみません」
 顔を上げると、眉を下げたイルカが小さく笑っていた。
「いえ、十分美味いですよ」
「そっか、よかった」
 目の前に座るイルカはカカシから視線を外す。年期の入ったちゃぶ台をぼんやりと見つめた。その目が少し赤い事に今更ながらに気が付き、カカシは片肘を付きながら僅かに下に目を伏せているイルカの顔を見つめた。
 もう泣いていないのに、今にも泣きそうで。それでいて無理して薄く微笑んでいるその寂しそうな顔を見たら、胸が痛くなった。
 ゆっくり自分の視界から外し、もう一度イルカへ目を向けた。
「・・・・・・馬鹿ですね、あなたは」
 片肘をついたまま見つめていると、イルカがゆっくりとカカシに視線を上げた。
「どうせまた辛い思いでもしたんでしょう」
じっとイルカはカカシを見つめ返す。立て肘を解いたカカシは手を胡座を掻いた自分の股の上に置いた。
 イルカは何も答えなかった。タオルを首にかけ姿勢正しく正座をしたまま。当たり前に的を射た言葉に見抜かれた事に驚いているのか、ただ言葉を無くしたように、カカシを見つめている。
「だったら、もう忘れてしまえばいいじゃないですか」
 僅かにイルカの黒い目が丸くなった。
「あなたをあんな風に泣かせて、公園で気持ちを落ち込ませるような相手なんか、忘れてしまえばいいんですよ」
「忘れられない」
 少し強い口調だった。
「あの人を好きだって気が付いた時、俺は・・・・・・最初で最後の恋にしようって、そう決めたんです」
 少し俯いたイルカの下ろした黒い髪がイルカの顔を隠す。
「気持ちなんて伝えるつもりなんてなかった。だけど・・・・・・」
 カカシが見つめる先で、イルカはゆっくりと顔を上げる。苦しそうに眉を寄せていた。
「今日、カカシさんに酷い事言われたんです」
 息を吐くようにイルカがポツリと呟いた。ゆらゆらと視線を漂わせる黒い目は、蛍光灯の元だからなのか、輝いているように見えた。だけど、とイルカが小さく続ける。
「あんな事言われるなんて思ってなくて・・・・・・、びっくりして」
 言葉を止めたイルカの顔が、くしゃりと歪んだ。

「俺、カカシさんに嫌われちゃったんですかね」

 苦しそうに寄せた眉に力を入れた、イルカの黒い目がカカシを見つめる。涙が頬を伝った。
 正座をしたまま、濡れた頬をイルカはぐいと手の甲で拭う。堪えているように唇をぐっと結ぶが、それでも目から涙が零れ落ちた。
「好きになって欲しいなんて思ってないけど、・・・・・・嫌われたくないって思うのも、駄目なんだなって」
 本当、あなたの言う通り。俺は馬鹿ですね。
 無理に笑おうとする、イルカを見つめながら、カカシは眉根を寄せていた。
 心のままに傷つき、気持ちを吐露し、泣きじゃくるイルカを見ていたら。胸が締め付けられた。
 気がついたら、カカシは立ち上がっていた。歩み寄り、しゃがみ込み涙で目を濡らすイルカを抱き寄せる。
 抱きしめたのは衝動的だった。内心驚くも、体が勝手に動いていた。
 そんな事ない。
 自分では考えられなかった言葉が頭に浮かぶ。だが、口にする事は出来なくて、腕の内に入れたイルカをきつく抱き締める事しか出来ない。
「・・・・・・スケアさん・・・・・・?」
 イルカがくぐもった声で名前を呼ぶ。
「そんな悲しい顔で泣かないで」
 そう口にするのが精一杯だった。
 抱き締めながらイルカの頭を撫で、ゆっくりと腕を離す。
 すんすんと、鼻を啜りながらカカシを見つめるイルカの黒い目は潤んでいる。その黒い目が緩んだ。
「はい」
 言われ、我に返るようにカカシはイルカから離れた。
「ごめん、変な意味は全くなくて、」
 慌てるカカシに、イルカは目を丸くした後、微笑んだ。
「知ってます。優しいんですね、スケアさんは」
 優しい。あまりに聞き慣れない言葉に、カカシは驚く。それが顔に出たのか、イルカは小さく笑った。
「だって、こんな俺を慰めてくれるし、関係ないのに心配してくれて」
「え、心配って、」
「心配だったから雨の中俺をここまでつれてきたんですよね?」
馬鹿みたいに公園にいたから。
 イルカに言われて、自分の行動の真意を突きつけられる。混乱した。一瞬真っ白になった頭を必死に回転させる。
「だって、ほら、この人手不足に休まれたら周りが迷惑するじゃない。五代目ってアカデミー教師をやたら使い廻すし、」
「ええ、よくご存じですね」
 肯定され、空回りしてしまっている事に気がつく。焦りだけが広がった。
「とにかく、俺はもう帰ります」
「え、」
 カカシはがしがしと頭を掻きながら早足で玄関へ向かった。靴を履く。上手く立ち回ろうとしているが、調子が外れているのが嫌でも分かる。でも、どうしたらいいのか、分からない。
 カカシは靴を履き終え立ち上がった。
「体冷えてるんだから、早く風呂入って早く寝てくださいよ。分かった?」
 強い口調で言ったのに、イルカは少しきょとんとした後、微笑みながらこくんと頷いた。
「はい」
 返事をするイルカが、何故かその顔が嬉しそうに見え、悔しい。
「あ、傘は、」
「要らないっ」
 カカシはそう返事をしてイルカの部屋でて勢いよくドアを締めた。
 ーー何かが、おかしい。
 俺、カカシさんに嫌われちゃったんですかね。
 思い出したイルカの言葉に、胸のどこかが痛んだ。こうあればいいと言う自分の考えに従っただけなのに。こんな結果さえ頭の何処かで分かっていたはずだったのに。胸の痛みは確かで。
 溜息を吐き出し、顔を上げる。
 雨が降る闇に、カカシは体を飛ばした。
 

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