絵本の中の君②

「……っあ…」
緩んだ口元から唾液が溜まった口内から零れ落ちる。
「ぁっ、…ん…っ」
快楽に朦朧とし、締まりがなくなった口からは、背後から容赦無い突き上げに甘い声も零れる。
程よく筋肉がつき黒く日焼けしたイルカの身体がビクビクと反る。背中の傷に汗が水玉となって暑さを物語っていた。
カカシは屈み込み傷を確かめるように舌を這わせ汗を掬う。更に奥まで入り込む熱に、イルカは堪らず短く息を吐き出した。
「あ!…はっ……いい…」
酔いしれるイルカの台詞はカカシを恍惚とさせた。腰を掴み、遠慮なくイルカの感じる場所へ自身を何度も腰を突き入れる。
「…俺も…気持ちいいよ。もっと…言って俺に教えて?」
「ひゃっ…ぁっ…あぁ……」
外で蝉がけたたましく鳴き始めた。聴覚からも暑さを感じる。
暑い。
エアコンをかけていない昼間の部屋は時折吹く風だけで、やたら暑い。
涼しい顔をしているが、カカシも暑いのは同じはずだ。
苦しげに吐く息と共に、顎に伝う汗がぽたりとイルカの背に落ちた。カカシの汗と分かっただけでゾクリとする。
昼間から何やってんだろ。
でも気持ちいい。気持ちよすぎて頭がおかしくなる。
水音を立てて擦れる度に、大きな波が湧き上がり、途端どうでもよくなる。
「ぁんっ…あっ…も、だめっ…」
悲鳴に近いイルカの声にぶるりとカカシの腰が戦慄く。もう限界に近い。
「……一緒にいこ」
耳元で低い声で囁かれイルカはそれだけで震えカカシを締め付ける。
射精を堪え一瞬動きを止めると、激しく腰を揺さぶった。
「あっ!…あっ…あぁ……っ!」
イルカ自身が弾け白濁でシーツを汚す。
カカシも今日何回目かになる熱をイルカの中に吐き出した。
「イルカ……」
まただ。
不思議なくらいの違和感がイルカを包み、飛びそうな意識がヒンヤリと冷めていく。
また名前だけで。俺を呼ぶ。
イルカ。
いつから感じたのか。
そう呼ぶ時のカカシは丸で亡霊に呟くようだ。
呼ばれて嬉しいはずなのに。不安が揺れ動き、胸を締め付ける。そう呼ばれるのは幸せなはずなのに。
イルカを背後から包むように抱きすくめ、項に張り付いた黒髪を指で優しく払い、口付ける。肺に入るイルカの匂いにイルカを抱く腕に力が入った。
「イルカ…」
虚ろな眼差しがイルカに現れ、隠すようにゆっくりと瞼を閉じる。
イルカは身体をもぞもぞと動かして、両手でカカシの頬を包む。しっかりと視界に自分を入れた。
「カカシさん」
俺を見て。カカシさん。
微かに変わるカカシの表情。瞳に生気が戻り、上気した頬を緩めた。
「イルカ先生……」
あぁ、やっと戻ってきた。
ホッとしてカカシを胸に抱き寄せる。
「…イルカ先生?」
「カカシさん」
どこにも行かないで。
瞼を閉じ眉をひそめる。
「どうしたの?イルカ先生」
「………………」
黙って首を振り、イルカは微笑んだ。




毎年蝉の鳴く時期になると恒例となった行事がある。
木の葉崩しで三代目火影を含め多数の犠牲者を出しだが、それより遡る事2年。木の葉の里は大名の無利益で杜撰ないざこざに巻き込まれ、他の里の忍びと小規模な戦いを生じる事になった。忍びの犠牲は少なく、隣接した街の一般市民に多くの犠牲を与えた。
その為、木の葉はその魂を弔う為に灯篭を作り、毎年冥福を祈る行事を行っていた。

「イルカ先生」
現れたカカシにイルカは少し驚いた。いつもの優しい顔をしたカカシが目の前にある。
「カカシさんいつご帰還されたんですか?」
「ん、さっき」
砂まみれの服に、荷物を背負ったままのカカシに苦笑した。一歩近づきカカシの顔に触れる。付いていた砂を指で払った。
「顔にもついてた?」
「ええ」
「土遁を使うとどーしても付いちゃうね」
苦笑する顔さえ愛おしい。イルカも困った顔して笑顔を作る。
無事に帰って来てくれてよかった。
「でも、予定より早いですね」
首をかしげるイルカに、あぁ、とカカシは頭を掻き河川の土手に置かれた灯籠に視線を投げた。
「俺も参加したくて」
意外な答えに目を丸くした。
確かに大切な行事だが。
カカシのようなトップクラスの忍びは任務優先であるべきで、実際今回も中忍だけで特別上忍を除く上忍には報せさえ送っていなかった。
「…嬉しいですが、任務に支障をきたしてまでは困りますよ?」
「あ〜、うん。でも俺にとっては大切なの」
大切。
「……そうですか」
大切なんて。
訳ありなのだろうか。
チラとカカシの顔を盗み見た。
忍びの犠牲は殆どなく、これは一般市民の弔い。
カカシにとって大切な人がいたのだろうか。
一般市民だから、普通の女性と付き合っていた、とか。もしかして婚約してたとか。
………………………辛い。何考えてんだ俺。
聞ける訳がない。
まだ付き合いが浅いし、深く理由を探ってカカシさんに嫌な思いをさせても。
「イルカ先生?」
「ひゃい?!あ、…はい」
一瞬目を見開いた後くすくすと笑われ、かぁと身体が熱くなる。
赤くなった顔のイルカを、目を細めて見詰めた。
「面白い返事だね。どうしたの?」
「あ、いえ!…すみません」
「謝るの?じゃあ俺に後ろめたい事でも考えてた?」
慌てて両手を挙げ首を強く横に振った。
「ちがっ、違います!」
「……分かってるよ、意地悪だったね、ごめんね」
微笑まれてイルカはその顔に言葉を失くして、赤い顔のまま俯いた。
謝らせてしまった。
駄目だな。俺は。
ぽん、と頭に手を置かれて顔を上げる。
「イルカ先生、好きだよ」
「……は……」
収まりつつあった顔はとうとう耳まで赤くなる。
「恥ずかしいね」
カカシも少し頬を染めて、笑った。



日が沈む頃、殆どが一般市民だが、その中に木の葉の忍びが混じり、灯篭に灯をともす。
優しい光が蛍のように土手でぼんやりとした灯を作る。
各々に想いを込めて。
灯篭を川へ流した。

イルカも一つ灯をともす。
カカシも同じく火を付け、しゃがみ込み灯篭を川へ放った。
イルカが流した灯篭と並んで川下へと流れていく。
なんとも言えない光景に、黙って手を合わせて目を瞑った。
一般市民を巻き込み、その傷は未だ癒されない。遺された家族は一生忘れない。
父ちゃん、母ちゃん
イルカの心に亡くなった親が重なっていた。
安らかに。
ただ、それだけだ。
ふと、顔を上げると寂しげな表情のカカシと目があった。
立ったまま両手をポケットに入れ、しゃがんだままのイルカをじっと見ていた。
暗くて表情がしっかりと見れない。
だけど。
……泣いてる?
驚いて立ち上がる。
「……先生、急にどうしたの?」
「あ、…いえ……」
いや、泣いてない。でも。
泣いてるかと思った。
「じゃ、行く?」
「はい」
促し、歩き出したカカシの背を見詰める。
きっと初めて見た。
余程大切な人を亡くしたのか。
泣きたくなるくらい。
カカシさんの大切な人。
カカシが振り返り手を差し出した。
「………?」
「手、繋ご」
「…あ、はいっ」
おずおずと差し出したイルカの指先を絡め、しっかりと手を握られる。
カカシの手は自分より少し冷たい。
「だいじょーぶだよ。こっちは誰もいないから」
「……はい」
眉を下げたカカシの笑顔にイルカも微笑んだ。
「イルカ先生はいつも背後を歩きたがるから。俺は横にいて欲しいの」
「……はあ」
人目を気にしたイルカの行動に苦言され、うまく返せない。
「イルカ先生の手は暖かいね」
前を向いてカカシが言う。
目の前には大きな月が浮かんでいた。
「ずっと一緒にいようね」
月に向かって投げ掛けるように。カカシはただ月だけを見ていた。


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