絵本の中の君⑤
一体カカシの心の内に何が起きているのか。
イルカに任務に出て欲しくない。
ただそれだけの意思はカカシを狂わせた。
それ以前から兆候があったかーー?
いや、ない。思い当たらない。
カカシはいつも優しかった。いつも笑って側にいてくれた。
それは、出会ってからーーずっと。
”初めましてイルカ先生”
眉を下げて笑う顔を見せられ、拍子抜けした時の事をつい最近のように思い出す。素顔の殆どが隠された表情は曖昧で、呑気そうな話し方で、捉えどころがない人だった。
凄い人に違いないのに、いつも穏やかに笑っている。その笑みはどうしてもイルカの心を捉えて離さなかった。
今思えば最初から、惹かれていた。
あんな事をされたのに。どうしてもカカシを酷い人だと思えないのは、惚れた弱みだけではない。
最初、カカシが付き合ってくれたのは気まぐれだと思っていた。自分と同じ気持ちは持っていないと思っていたが、イルカがカカシを愛している以上に、カカシはイルカを愛してくれていた。
多少屈折してはいた事になるが。
カカシの懇願する悲しい顔を思い出した。
束縛とも違う。同僚と飲みに行くのも彼は咎めなかったし、毎日会いに来るほど時間を束縛する事もなかった。
不思議だ。あの時のカカシは、何を考えていたのだろう。
あの怒りは何処からきたのだろうか。
綱手はイルカに対して言及はしなかったが、カカシの事に関してイルカに話す事も、何も無かった。何も無さすぎてイルカは困惑をしたが、追求は避けた。
自分に原因があると分かっていたからだ。自分のせいでカカシは拘束された。
それは十分過ぎるほどの里に取っては大きなマイナスだ。拘禁している間は里の要の存在であるカカシを使う事が出来ないのだ。
今この戦況では非常事態に成りかねない。
それはイルカに自責の念を生み出していた。
俺のせいだ。
イルカの任務申請は保留にされていたがそれどころではない気持ちになる。
イルカは綱手に言われるままに任務報告の受付は外れ、アカデミーでの仕事だけをこなした。
あれから5日経とうとしている。当たり前のように自分に何も音沙汰はない。大人しくしているべきだと、頭では分かってきだが、イルカは業を煮やし、カカシの拘禁されている場所へ足を向けた。
見張り役の男に案内され入った時はカカシは窓も何もない殺風景な部屋で椅子に座っていた。見張り役が扉の向こうに消え2人きりになると、カカシは口を開いた。
「イルカ先生」
にこりと笑うその顔は以前と変わらない変わらない微笑みで、これは嘘なんじゃないかとイルカは錯覚を覚えた。
カカシは演技をしていて、今まで起こった事は自分が見ていた夢だと思いたい。
なのに身体はカカシにされた恐怖を忘れていないのか、勝手に緊張を帯びカカシの声に心音が高まった。
「俺が怖いんだね。身体がすごい強張ってる」
「そんな事は…」
なんとも場にそぐわない乾いた笑いが部屋に響いた。
「イルカ先生は俺のところにはもう来ないと思ってた」
イルカは視線を落とし自分の腕を摩った。
息を吸い、カカシへ視線を向ける。
「綱手様から里外の駐留地への転籍を勧められました」
先日、綱手から言われた事をカカシに伝えた。
要は2人を引き離す為の手段だ。カカシは里の主戦力の忍びであり里外への任務ばかりとはいかない。ナルトが里に帰ってきた時の受け皿は元上司のカカシがなるのが至極当然だ。依って中忍であるイルカを里の外へ出すのが当然の流れとも言えるかもしれない。
だが、イルカもそうなる事は予想の内になかった。同胞を手にかけようとしたと言う罪咎は成り立つが、火影は恋人同士だと知っていた。成人した大人の恋愛事情にここまで里が介入するものか、イルカ自身分からない。
たった1日の束縛はそこまで罪になる事だろうか。
だが、カカシがこの軟禁から解かれるなら、従う他ない。
イルカの台詞にさしてカカシは表情に変化がないように見えた。
「へえ、そう」
それだけ口にした。
それはイルカの胸を痛くさせた。カカシの口から否定の言葉が出ると思っていたからだ。しかし目の前のカカシは平然として驚きもしていない。
それは、自分がカカシから離れても構わないと、思っているのか。すなわち、別れてもーー構わないと。
イルカは下唇をグッと噛んだ。目の下がピクピクとして熱くなり、目にも力を入れた。何だかよく分からない。この気持ちは何なのだろう。カカシの前で泣き出してしまいそうだ。
「どうして何も言ってくれないんですか」
イルカはからそんな言葉が口から出ていた。
「カカシさんは…それでいいと思ってるんですか」
真っ直ぐイルカを見ていた目は床に下げられた。
「たぶんね、今イルカ先生に触れたら首を絞めちゃいそう」
「え?」
「その位嫌だよ。あなたを手放すのは嫌だ。でもね、それ以上に自分が怖い。きっとまた俺はあなたを傷つける。だから…里から出てってくれた方が俺にとっては都合がいいです」
グッと胸に熱いものがこみ上げた。信じられないと目を開いてカカシを見ると、
「……やっぱり、付き合うべきじゃなかったですね、俺たち。仲のいい知り合いでいるべきだった」
そこまで言うと、カカシは笑いを零した。
何を今更。柔らかな心はグサグサに刺されていく。怒りが湧き上がっているのに、イルカの目からは込み上がった涙がポロリと落ちた。
「俺はそう思わないです」
言い切るイルカを前に、カカシは無表情を崩さなかった。
無言を暫く貫き、やがて口を開いた。
「五代目が自分を疑っているのも知ってました。跡をつけられていたのも。撒こうと思えば簡単に出来た。それでも全て放っておいたんです。…何故だか分かる?…自分に足枷が欲しかったからです」
「俺には…分かりません。あなたの言っている意味が分からない。冷静になればそんなもの必要ないはずです」
「今の俺はあなたを守れそうにない」
「守ってもらわなくていい!」
思わず大きな声が出ていた。
「…帰ってください」
カカシはバンと強く壁を叩き、すぐに見張りの男が現れた。イルカは頭を横に降る。
こんなの納得できない。このまま帰るなんて嫌だ。
「話は終わりです」
「終わってない!カカシさん!」
鉄格子に手をかけたイルカの腕は男に掴まれる。
イルカは抵抗の為に振り払った時、カカシの虚ろな目を見た。
何で。またその目を。
ギリ、とイルカは歯をくいしばる。
2人に増えた男が、イルカを力任せに連れ出す。
「カカシさん! ……っあなたは…っ一体、何に、」
”怯えてるんですか”
その言葉は虚しく扉に遮られた。
閉められた音は丸でカカシがイルカを遮断するかのように、重い音が廊下に響き渡った。
何もかも納得出来ない。
手に持った筆記用具を段ボールの中に勢い良く放り込む。
何処にもぶつける事が出来ない怒りを、そのまま自分の荷物にぶつけていた。
気持ちの整理が全くつかない。あの後何回か会いに行き話そうとしたが、カカシはイルカの面会を謝絶した。
そうしてる間にも日にちは経つ。カカシが任務に戻る為にも自分は綱手から勧められた転籍を受け入れ、アカデミーの職員室で里を発つ準備をしていた。
カカシの言った言葉。あれはやはり自分と別れると言う事だろうか。自分からはその言葉は口に出来なかった。カカシと繋がりを断ちたくない。否定するだけで必死だった。
でもこのまま距離を置いたら間違いなく関係は消滅してしまうだろう。
嫌だな。
カカシと話してからそんな事ばかり考えて、イルカの頭も身体もふらふらだった。
嫌いになっていない相手と別れるのは、すごくエネルギーがいる事なんだと改めて感じる。無理矢理自分に言い聞かせるしかないのか。
カカシさんは酷い。
自分をそこまで追い詰める前に、相談してくれればよかったんだ。自分はそんなにも頼りない存在だったのか。
何もかも心の内を曝け出して話せる。そんな恋人同士になりたかった。
「酷い」
気がつけば口に出ていた。
自分は悪くないと、カカシに責任転嫁してるような台詞に自分で自分が嫌になる。
嘆息して手を動かした。
書類を引き出しから出してファイルを掴み開いた時、任務報告書に関する資料が目に留まった。
何かの資料と挟まったままファイルに閉じていたのか。アカデミーと同じ建物内とは言え管轄は別だ。少し離れているが仕方がない。イルカは資料を取り出すと、任務報告書を保管している部屋へと足を向けた。
定時を過ぎれば人も疎らになり、夜間体制になる為電力も落とされる。薄暗い廊下を歩いて、書庫室に入れば、その部屋も薄暗かった。日付を確認すればイルカがアカデミーに入って間もない。かなり昔の書類を溜め込んでいたと内心反省し、過去の資料を探した。
該当する年月の箱を椅子を使って取り、埃を払う。
任務報告書をペラペラと捲って、ふと目にした名前に目が留まった。
はたけカカシ。
紛れもなくカカシの筆跡で書かれていた。それさえ愛おしく名前を指で触れた。右上がりの書き方は昔からだったのか。内容も相変わらず完結だ。イルカの口元が綻ぶ。
でも、ーーおかしいな。
左下の受領サインに目が行き、眉をひそめた。
なんだ、これ。
部屋が薄暗いからか。疲れているからか。
眉頭を寄せて報告書を凝視した。
自分のサインがそこにはあった。
書かれている年月を確認する。
カカシはナルトの担当になる前は里を出ていたと聞いていた。それに受付を何年も担当していたが、それまでカカシには一度も会った事がない。初めて会ったのは上忍師として紹介された時だ。
じゃあこの報告書は何だ。
過去へ遡るように頁を捲り、身体が固まった。
「……嘘だろ」
カカシの報告書に書かれた自分の受付のサイン。
自分の筆跡で、書かれている。
一枚ではない。
何十枚と出てくるカカシの報告書を見て鳥肌がたった。
全てに書かれた自分のサインがまるで亡霊のように目に映る。
こんな自分は知らない。
頭痛に頭を抑えた。
知らない。
”初めてまして、イルカ先生”
あの時、カカシは確かに言った。
それより以前に面識があったのに。
報告書に触れる指先は冷たく震えていた。
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イルカに任務に出て欲しくない。
ただそれだけの意思はカカシを狂わせた。
それ以前から兆候があったかーー?
いや、ない。思い当たらない。
カカシはいつも優しかった。いつも笑って側にいてくれた。
それは、出会ってからーーずっと。
”初めましてイルカ先生”
眉を下げて笑う顔を見せられ、拍子抜けした時の事をつい最近のように思い出す。素顔の殆どが隠された表情は曖昧で、呑気そうな話し方で、捉えどころがない人だった。
凄い人に違いないのに、いつも穏やかに笑っている。その笑みはどうしてもイルカの心を捉えて離さなかった。
今思えば最初から、惹かれていた。
あんな事をされたのに。どうしてもカカシを酷い人だと思えないのは、惚れた弱みだけではない。
最初、カカシが付き合ってくれたのは気まぐれだと思っていた。自分と同じ気持ちは持っていないと思っていたが、イルカがカカシを愛している以上に、カカシはイルカを愛してくれていた。
多少屈折してはいた事になるが。
カカシの懇願する悲しい顔を思い出した。
束縛とも違う。同僚と飲みに行くのも彼は咎めなかったし、毎日会いに来るほど時間を束縛する事もなかった。
不思議だ。あの時のカカシは、何を考えていたのだろう。
あの怒りは何処からきたのだろうか。
綱手はイルカに対して言及はしなかったが、カカシの事に関してイルカに話す事も、何も無かった。何も無さすぎてイルカは困惑をしたが、追求は避けた。
自分に原因があると分かっていたからだ。自分のせいでカカシは拘束された。
それは十分過ぎるほどの里に取っては大きなマイナスだ。拘禁している間は里の要の存在であるカカシを使う事が出来ないのだ。
今この戦況では非常事態に成りかねない。
それはイルカに自責の念を生み出していた。
俺のせいだ。
イルカの任務申請は保留にされていたがそれどころではない気持ちになる。
イルカは綱手に言われるままに任務報告の受付は外れ、アカデミーでの仕事だけをこなした。
あれから5日経とうとしている。当たり前のように自分に何も音沙汰はない。大人しくしているべきだと、頭では分かってきだが、イルカは業を煮やし、カカシの拘禁されている場所へ足を向けた。
見張り役の男に案内され入った時はカカシは窓も何もない殺風景な部屋で椅子に座っていた。見張り役が扉の向こうに消え2人きりになると、カカシは口を開いた。
「イルカ先生」
にこりと笑うその顔は以前と変わらない変わらない微笑みで、これは嘘なんじゃないかとイルカは錯覚を覚えた。
カカシは演技をしていて、今まで起こった事は自分が見ていた夢だと思いたい。
なのに身体はカカシにされた恐怖を忘れていないのか、勝手に緊張を帯びカカシの声に心音が高まった。
「俺が怖いんだね。身体がすごい強張ってる」
「そんな事は…」
なんとも場にそぐわない乾いた笑いが部屋に響いた。
「イルカ先生は俺のところにはもう来ないと思ってた」
イルカは視線を落とし自分の腕を摩った。
息を吸い、カカシへ視線を向ける。
「綱手様から里外の駐留地への転籍を勧められました」
先日、綱手から言われた事をカカシに伝えた。
要は2人を引き離す為の手段だ。カカシは里の主戦力の忍びであり里外への任務ばかりとはいかない。ナルトが里に帰ってきた時の受け皿は元上司のカカシがなるのが至極当然だ。依って中忍であるイルカを里の外へ出すのが当然の流れとも言えるかもしれない。
だが、イルカもそうなる事は予想の内になかった。同胞を手にかけようとしたと言う罪咎は成り立つが、火影は恋人同士だと知っていた。成人した大人の恋愛事情にここまで里が介入するものか、イルカ自身分からない。
たった1日の束縛はそこまで罪になる事だろうか。
だが、カカシがこの軟禁から解かれるなら、従う他ない。
イルカの台詞にさしてカカシは表情に変化がないように見えた。
「へえ、そう」
それだけ口にした。
それはイルカの胸を痛くさせた。カカシの口から否定の言葉が出ると思っていたからだ。しかし目の前のカカシは平然として驚きもしていない。
それは、自分がカカシから離れても構わないと、思っているのか。すなわち、別れてもーー構わないと。
イルカは下唇をグッと噛んだ。目の下がピクピクとして熱くなり、目にも力を入れた。何だかよく分からない。この気持ちは何なのだろう。カカシの前で泣き出してしまいそうだ。
「どうして何も言ってくれないんですか」
イルカはからそんな言葉が口から出ていた。
「カカシさんは…それでいいと思ってるんですか」
真っ直ぐイルカを見ていた目は床に下げられた。
「たぶんね、今イルカ先生に触れたら首を絞めちゃいそう」
「え?」
「その位嫌だよ。あなたを手放すのは嫌だ。でもね、それ以上に自分が怖い。きっとまた俺はあなたを傷つける。だから…里から出てってくれた方が俺にとっては都合がいいです」
グッと胸に熱いものがこみ上げた。信じられないと目を開いてカカシを見ると、
「……やっぱり、付き合うべきじゃなかったですね、俺たち。仲のいい知り合いでいるべきだった」
そこまで言うと、カカシは笑いを零した。
何を今更。柔らかな心はグサグサに刺されていく。怒りが湧き上がっているのに、イルカの目からは込み上がった涙がポロリと落ちた。
「俺はそう思わないです」
言い切るイルカを前に、カカシは無表情を崩さなかった。
無言を暫く貫き、やがて口を開いた。
「五代目が自分を疑っているのも知ってました。跡をつけられていたのも。撒こうと思えば簡単に出来た。それでも全て放っておいたんです。…何故だか分かる?…自分に足枷が欲しかったからです」
「俺には…分かりません。あなたの言っている意味が分からない。冷静になればそんなもの必要ないはずです」
「今の俺はあなたを守れそうにない」
「守ってもらわなくていい!」
思わず大きな声が出ていた。
「…帰ってください」
カカシはバンと強く壁を叩き、すぐに見張りの男が現れた。イルカは頭を横に降る。
こんなの納得できない。このまま帰るなんて嫌だ。
「話は終わりです」
「終わってない!カカシさん!」
鉄格子に手をかけたイルカの腕は男に掴まれる。
イルカは抵抗の為に振り払った時、カカシの虚ろな目を見た。
何で。またその目を。
ギリ、とイルカは歯をくいしばる。
2人に増えた男が、イルカを力任せに連れ出す。
「カカシさん! ……っあなたは…っ一体、何に、」
”怯えてるんですか”
その言葉は虚しく扉に遮られた。
閉められた音は丸でカカシがイルカを遮断するかのように、重い音が廊下に響き渡った。
何もかも納得出来ない。
手に持った筆記用具を段ボールの中に勢い良く放り込む。
何処にもぶつける事が出来ない怒りを、そのまま自分の荷物にぶつけていた。
気持ちの整理が全くつかない。あの後何回か会いに行き話そうとしたが、カカシはイルカの面会を謝絶した。
そうしてる間にも日にちは経つ。カカシが任務に戻る為にも自分は綱手から勧められた転籍を受け入れ、アカデミーの職員室で里を発つ準備をしていた。
カカシの言った言葉。あれはやはり自分と別れると言う事だろうか。自分からはその言葉は口に出来なかった。カカシと繋がりを断ちたくない。否定するだけで必死だった。
でもこのまま距離を置いたら間違いなく関係は消滅してしまうだろう。
嫌だな。
カカシと話してからそんな事ばかり考えて、イルカの頭も身体もふらふらだった。
嫌いになっていない相手と別れるのは、すごくエネルギーがいる事なんだと改めて感じる。無理矢理自分に言い聞かせるしかないのか。
カカシさんは酷い。
自分をそこまで追い詰める前に、相談してくれればよかったんだ。自分はそんなにも頼りない存在だったのか。
何もかも心の内を曝け出して話せる。そんな恋人同士になりたかった。
「酷い」
気がつけば口に出ていた。
自分は悪くないと、カカシに責任転嫁してるような台詞に自分で自分が嫌になる。
嘆息して手を動かした。
書類を引き出しから出してファイルを掴み開いた時、任務報告書に関する資料が目に留まった。
何かの資料と挟まったままファイルに閉じていたのか。アカデミーと同じ建物内とは言え管轄は別だ。少し離れているが仕方がない。イルカは資料を取り出すと、任務報告書を保管している部屋へと足を向けた。
定時を過ぎれば人も疎らになり、夜間体制になる為電力も落とされる。薄暗い廊下を歩いて、書庫室に入れば、その部屋も薄暗かった。日付を確認すればイルカがアカデミーに入って間もない。かなり昔の書類を溜め込んでいたと内心反省し、過去の資料を探した。
該当する年月の箱を椅子を使って取り、埃を払う。
任務報告書をペラペラと捲って、ふと目にした名前に目が留まった。
はたけカカシ。
紛れもなくカカシの筆跡で書かれていた。それさえ愛おしく名前を指で触れた。右上がりの書き方は昔からだったのか。内容も相変わらず完結だ。イルカの口元が綻ぶ。
でも、ーーおかしいな。
左下の受領サインに目が行き、眉をひそめた。
なんだ、これ。
部屋が薄暗いからか。疲れているからか。
眉頭を寄せて報告書を凝視した。
自分のサインがそこにはあった。
書かれている年月を確認する。
カカシはナルトの担当になる前は里を出ていたと聞いていた。それに受付を何年も担当していたが、それまでカカシには一度も会った事がない。初めて会ったのは上忍師として紹介された時だ。
じゃあこの報告書は何だ。
過去へ遡るように頁を捲り、身体が固まった。
「……嘘だろ」
カカシの報告書に書かれた自分の受付のサイン。
自分の筆跡で、書かれている。
一枚ではない。
何十枚と出てくるカカシの報告書を見て鳥肌がたった。
全てに書かれた自分のサインがまるで亡霊のように目に映る。
こんな自分は知らない。
頭痛に頭を抑えた。
知らない。
”初めてまして、イルカ先生”
あの時、カカシは確かに言った。
それより以前に面識があったのに。
報告書に触れる指先は冷たく震えていた。
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