絵本の中の君⑥

初めてイルカを見たのは受付だった。
任務報告所にいつもいて、必ず笑顔を見せる男。
同僚らしき相手に呼ばれているのを聞いて、初めて名前を知った。
イルカ。
イルカだけはいつも笑顔で迎えてくれた。
笑顔が可愛いと思った。
任務を報告の後に会話をするようになり、気がつけば大らかで真っ直ぐな性格のイルカを好きになっていた。
”好きなんです。付き合ってください”としつこく言うカカシを、イルカは驚き、嫌な顔は見せなかったが困った顔をしていた。
カカシは諦めなかった。イルカが同性と言う垣根を超えるまで辛抱強く待ち、ようやくイルカが頷いた時は本当に嬉しかった。



自分が任務に就く前に見せるイルカの笑顔が気になっていた。
理由は分かっている。彼はただ単に心配なのだ。
自分に与えられる仕事は常にAランクかSランク。常に死と隣り合わせだ。
いまいちピンとこない。6歳から戦場にいた自分からしたら、それは日常で当たり前の事。イルカもアカデミーでも教えている筈だ。闇に生き闇に死ぬ。それが忍びの在り方だと。
だから、イルカの考えが分からなかった。
あの時までは。







脳裏から焼きついて離れない。


一般人を多く巻き込んだ戦場は、余りにも酷かった。
カカシは部隊の隊長として指揮を執っていた。忍びの数では敵が優位だが、実質的にはほぼ互角だった。
敵は自分の裏を読んでいた。それもカカシの予想内だったが怪我を負っていた仲間を守る為に自分を囮にした。勝算がある囮。

イルカが同じ戦地にいるのは知っていた。
だけど、同じ最前線にはいないと聞いていた。
敵の攻撃を受け止めたのは、目の前に現れたイルカだった。
黒い髪は、一瞬で真っ赤に染まる。

大好きなあの人の黒い髪。
大好きな匂い。

イルカーー。

崩れ落ちるイルカに声なき悲鳴をあげながら手を伸ばした。











扉の開く音で浅い眠りから目が覚めた。
覚め切らない視界に綱手がシズネを連れ入ってくるのが見えた。
「釈放は明日だ」
苛立ちながら綱手は椅子に座ったままのカカシに告げた。瞳は不満と怒りに満ちている。
「何も転籍までしなくても良かったんじゃないのか?」
呟いた綱手にカカシは小さく笑った。
「じゃなきゃ俺はあの人を追いますよ」
眉間に皺を寄せる綱手は複雑そうな顔をした。
「……五代目の配慮には感謝します」
カカシはパイプ椅子の背もたれに猫背を預ける。綱手はまだ納得いかないと、嘆息を漏らした。
「私には理解出来ないね。…報われなくてもいいなんて、お前からしたらあまりにも非合理的じゃないか」
らしくないと言われカカシは片眉を吊り上げた。戦場では合理性を選択する事もあるが。今問われている恋愛観と考えれば余りにも違和感があり過ぎる。要は考え直せと言いたいのか。
「報われなくてもいいって言う恋愛感情だってあるんですよ」
人情型の綱手からすれば、カカシの行動は理解出来ないとばかりに、その言葉に眉をひそめた。
「心に蓋をすればいい。理性的であればできる事です」
自分に言い聞かせるようにカカシは言う。
馬鹿な、と綱手は頭を振った。
「過去に拘るんじゃないよ」
「俺のイルカ先生は…あの人は、あの時から凍りついたまま。ーーそう、俺が殺したんだ」
カカシの悲痛を読み取るかの様に、綱手はただ沈黙を選んだ。




自分を庇い頭に致命傷を負ったイルカは、奇跡的に命は助かった。
その時に決めた。
イルカから自分を消そうと。
元凶は俺だ。俺がいなかったらイルカは任務に出ずに里から出ることもなかった。
だから、イルカから自分の記憶だけを消した。



ねえ、イルカ先生。
どうして俺をまた選んだの?
あの時、俺はあなたの中から消えたのに。
同じ里の忍びとしてお互いの道を別々に生きていくって。そう思ってたのに。

告白されて気が動転した。自分でも何言ってるか分からなかった。
あなたが知らない女の話をして、はにかんだ笑顔を見たら、身体が震えた。
姿を見せるつもりもなかったのに、気がつけばイルカの前に立っていた。
誰にも渡したくない。
一度手放したくせに。
俺以外を愛するのを見たくない。
俺以外を見ないで。
醜くて卑怯な感情。


もうイルカを失いたくない。
あなたを守る為ならどんな事でもするよ。
自分の感情を殺しても。
どんな手を使っても。

ねえ、イルカ先生。
綺麗なままで、ずっと俺の心の中にいて。



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