はちみつ②
夢を見た。カカシの夢だ。
顔はぼやけて見えなくて、自分の視界には相手の口元だけが映って見えた。口元だけなのに、夢の中でカカシだと、分かった。
薄い唇その端は上がっていた。そこから上は見えないのに、血色が上がりほんのり赤い唇は妖艶で。白く浮かび上がる鍛え上げられた身体は、カカシの服を纏っていない身体を見た事はないから、確実に自分の妄想からきていると分かるのに。心音が期待に高鳴っていた。
目が覚めたら、心も身体も熱くて。
夢の中で浮かび上がった自分の「期待」に、イルカは布団の中で堪らず目を瞑った。
(ばーか)
罵って溜息をつく。
何も起こらない内に目が覚めたからよかったものの。覚めなかったら、あのまま。
かあと顔を赤らめ布団に顔を埋めた。
カカシの任務明けは、もう直ぐだった。
朝見た夢を引きずって、ぼんやり受付に座っていると、隣の席にあの同僚が座った。
そうか、こいつも今日受付だったかと思いフッと鼻で笑う。こいつだ。こいつのおかげで余計な事で考えなくてもいい事で頭が一杯になったんだ。責任転嫁をしていると、書類に目を通しながらその同僚が口を開いた。
「今日彼女の家にさ、誘われた」
「…へ?」
ペンを持ったまま顔を上げると、同僚は書類に目を落としたままだった。
「誘われたって、」
「だから今日行ってくる」
ボソリと言うその顔は緊張した面持ちをしていた。意味なく心臓がトクンと鳴った。
色々な意味を含めて、男として理解をして。イルカは軽く相槌すると、自分も仕事に戻った。
書類に目を通しながら、また朝の見た夢が頭に過ぎった。
正直頭が追いつかない。だって俺は同僚とは違う。
違う
違うって、何がだ?
何も考えたくなくてまた、書類に目を落とした。部屋には暖房として対流型の石油ストーブが設置されている。ようやく暖まってきた頃、扉が開き冷たい風が部屋に流れ込んできた。顔を上げると、上忍の。カカシとよく話をしていたくノ一だと気がつく。
綺麗だからか、カカシが笑っていたからか。兎に角、このくノ一がカカシと一緒にいた記憶はあった。
「お願いね」
透明感のある綺麗な声。惹きつける顔立ち。細い身体。女性として魅力ある人だと思う。
カカシに見せていた顔は自分だから分かる。カカシを明らかに意識していた表情だった。
ーーこの人は、きっと今も、カカシを好きなんだろう。
「…どうしたの?記入漏れあった?」
ペンが止まったイルカに声がかかり、ハッとしてイルカは判子を押し頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。お疲れ様でした」
つむじを見せたままのイルカに、不思議そうな顔をしながら、くノ一は部屋から出て行く。
彼女の目を、見れなかった。
やましい事はなくて、何にも関係ないと分かっているのに。
雲の上ではないのだ。
現実に、本当に。
カカシさんは俺を選んだ。
「イルカさん」
廊下で声をかけられ、勢いよく振り返る。
カカシが笑って立っていた。
当たり前だけど、口布と額当てで顔は殆ど隠れて素肌を晒している箇所は手首と指先くらいだ。忍服に身を包んでいるのに。夢で妄想したカカシが頭に浮かび、必死に押し消そうとした。だってあれは勝手な想像であって本当とは違う。
言い聞かせても、一気に体温が上がるのを抑えられない。心臓は小刻みに打ち続けている。
だから、違う。あれはカカシさんじゃなくて、ただの夢で。
カカシはゆったりとイルカに向かって歩み始めた。それは丸でスローモーションだ。数日見てなかっただけなのに。
たった数日。その数日、俺の頭はカカシさんで詰められていた。
振り返ったままの姿勢で、固まっていて。表情も固まったままのイルカにカカシは首を傾げる。
「…どうしたの?」
カカシの腕が動き、指が自分の指と微かに触れた。ほんの一瞬。冷たくて、繊細なカカシの指で触れられて、自分の腕が跳ね上がるように動いた。
跳ね上げた、触れられた指をもう片方の手で握る。
「…………」
カカシは腕を出したまま、固まった。きょとんとした顔に、自分を窺う色を見せた。
あれ、何で俺こんな過敏に反応して。
「あ……、の」
馬鹿馬鹿、びっくりしてるだろカカシさん。
しどろもどろで口を開いた。
「今、名前で…」
「あぁ、イルカさんて…?」
「ええ、びっくりして」
「駄目だった?」
「いえっ」
直ぐに否定するイルカを見て、更に目を細めた。
「ホント?よかった」
動き出すいつもの空気にイルカは笑顔を作った。
「あ、あの。任務、お疲れ様でした」
「うん、疲れた」
正直に笑って頭を掻いた。イルカが確認出来る分には多少チャクラが薄くなっている。背中には黒いリュックを背負ったままだ。
改めて見れば、忍服も汚れている。ただ、怪我という怪我はしていない。それに内心ホッとする。今日はきっと自分の家に帰って休むのだろう。
「カカシさんは今日は、」
言えばカカシがスッと掌でそれを制した。カカシの向けた方へ目を移動させると、朝一に任務報告にきたくノ一が歩いてきていた。
言いかけた言葉を飲み込むようにイルカは口を噤んだ。
「なに?」
2人の前まで来たくノ一に向けられた言葉。カカシの口調が冷たいのか、いつもの通りなのか。
短いカカシの問いにくノ一は微笑んだ。
「任務、どうだったの?」
「別にー。まあ、ふつーに。…ランクの高い任務でもなかったしね」
ああ、ますます冷えた言い方だ。黙って聞いているのも辛くなる。
「そう。私今日時間あるから、良かったら、家でご飯作る?」
小さく息を呑んでいた。
家でご飯。
それは、前も作ったことがあるからと、聞こえるのは気のせいではないだろう。
カカシに目を向けると、少しだけ眉を寄せていた。
「いい、大丈夫」
カカシの薄くなったチャクラを感じて、その不安から咄嗟に口を開いていた。
「でもカカシさん、もし辛かったら作っていただいた方がー、」
「何で?」
怒りを含んだカカシの声が自分の言葉を塞いだ。
「あ、…」
どうしてそんな言葉が出てしまったのか分からない。
何て繋いだらいいのか、頭が真っ白になっていくイルカの二の腕をカカシが掴んだ。
「ちょっと来て」
「え?あ、ちょ、」
強い力で引っ張られ、ぐいぐいとカカシは歩いて行く。廊下を曲がって突き当たりにある非常口で手を離した。
「違うでしょ」
鋭い口調で、腕を組んでいつも以上に冷めた目をしてイルカを見た。
言い訳のしようがない台詞を言った自覚は大いにあった。
息を吐き出して、カカシは組んでいた腕を解くと、掌で額に当てるように前髪を少し搔き上げた。
「どうかした?」
しっかりとカカシは自分を見た。
「俺を心配してくれるのは分かってる」
体力は消耗したからね。と、自分のチャクラを確かめるように掌を広げ視線を落とした。
「でもアレはないでしょ」
「でも、何かカカシさん冷たくて、」
「優しくすれば、それはそれで怒るくせに」
「………そんな、ことは、」
険悪な空気が堪らない。ギュッと唇を微かに噛んだ。
怒るなんて。
それが図星なのか、でも目の前で優しくされるのは確かに嫌だし。
黙ったイルカを見て、カカシが吹き出した。顔を見れば、和らいだ表情に、口元に手を当てていた。
「俺はね、イルカさんを目で追ってたから分かるの。俺が黄色い声の子と話してると、イルカさんジーッと見てたでしょ?」
「黄色って、それにジッとなんて」
「見てたもーん」
また笑って、そんかカカシを見ていたら自分も顔を緩ませていた。
「だから、今日はイルカさんがご飯作って?」
細めた目で、ごく自然に言われた言葉は余りにも優しくて。
頭の中がまた振り出しに戻される。
家に誘われた。
「……はい」
小さく、イルカは頷いた。
NEXT→
顔はぼやけて見えなくて、自分の視界には相手の口元だけが映って見えた。口元だけなのに、夢の中でカカシだと、分かった。
薄い唇その端は上がっていた。そこから上は見えないのに、血色が上がりほんのり赤い唇は妖艶で。白く浮かび上がる鍛え上げられた身体は、カカシの服を纏っていない身体を見た事はないから、確実に自分の妄想からきていると分かるのに。心音が期待に高鳴っていた。
目が覚めたら、心も身体も熱くて。
夢の中で浮かび上がった自分の「期待」に、イルカは布団の中で堪らず目を瞑った。
(ばーか)
罵って溜息をつく。
何も起こらない内に目が覚めたからよかったものの。覚めなかったら、あのまま。
かあと顔を赤らめ布団に顔を埋めた。
カカシの任務明けは、もう直ぐだった。
朝見た夢を引きずって、ぼんやり受付に座っていると、隣の席にあの同僚が座った。
そうか、こいつも今日受付だったかと思いフッと鼻で笑う。こいつだ。こいつのおかげで余計な事で考えなくてもいい事で頭が一杯になったんだ。責任転嫁をしていると、書類に目を通しながらその同僚が口を開いた。
「今日彼女の家にさ、誘われた」
「…へ?」
ペンを持ったまま顔を上げると、同僚は書類に目を落としたままだった。
「誘われたって、」
「だから今日行ってくる」
ボソリと言うその顔は緊張した面持ちをしていた。意味なく心臓がトクンと鳴った。
色々な意味を含めて、男として理解をして。イルカは軽く相槌すると、自分も仕事に戻った。
書類に目を通しながら、また朝の見た夢が頭に過ぎった。
正直頭が追いつかない。だって俺は同僚とは違う。
違う
違うって、何がだ?
何も考えたくなくてまた、書類に目を落とした。部屋には暖房として対流型の石油ストーブが設置されている。ようやく暖まってきた頃、扉が開き冷たい風が部屋に流れ込んできた。顔を上げると、上忍の。カカシとよく話をしていたくノ一だと気がつく。
綺麗だからか、カカシが笑っていたからか。兎に角、このくノ一がカカシと一緒にいた記憶はあった。
「お願いね」
透明感のある綺麗な声。惹きつける顔立ち。細い身体。女性として魅力ある人だと思う。
カカシに見せていた顔は自分だから分かる。カカシを明らかに意識していた表情だった。
ーーこの人は、きっと今も、カカシを好きなんだろう。
「…どうしたの?記入漏れあった?」
ペンが止まったイルカに声がかかり、ハッとしてイルカは判子を押し頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。お疲れ様でした」
つむじを見せたままのイルカに、不思議そうな顔をしながら、くノ一は部屋から出て行く。
彼女の目を、見れなかった。
やましい事はなくて、何にも関係ないと分かっているのに。
雲の上ではないのだ。
現実に、本当に。
カカシさんは俺を選んだ。
「イルカさん」
廊下で声をかけられ、勢いよく振り返る。
カカシが笑って立っていた。
当たり前だけど、口布と額当てで顔は殆ど隠れて素肌を晒している箇所は手首と指先くらいだ。忍服に身を包んでいるのに。夢で妄想したカカシが頭に浮かび、必死に押し消そうとした。だってあれは勝手な想像であって本当とは違う。
言い聞かせても、一気に体温が上がるのを抑えられない。心臓は小刻みに打ち続けている。
だから、違う。あれはカカシさんじゃなくて、ただの夢で。
カカシはゆったりとイルカに向かって歩み始めた。それは丸でスローモーションだ。数日見てなかっただけなのに。
たった数日。その数日、俺の頭はカカシさんで詰められていた。
振り返ったままの姿勢で、固まっていて。表情も固まったままのイルカにカカシは首を傾げる。
「…どうしたの?」
カカシの腕が動き、指が自分の指と微かに触れた。ほんの一瞬。冷たくて、繊細なカカシの指で触れられて、自分の腕が跳ね上がるように動いた。
跳ね上げた、触れられた指をもう片方の手で握る。
「…………」
カカシは腕を出したまま、固まった。きょとんとした顔に、自分を窺う色を見せた。
あれ、何で俺こんな過敏に反応して。
「あ……、の」
馬鹿馬鹿、びっくりしてるだろカカシさん。
しどろもどろで口を開いた。
「今、名前で…」
「あぁ、イルカさんて…?」
「ええ、びっくりして」
「駄目だった?」
「いえっ」
直ぐに否定するイルカを見て、更に目を細めた。
「ホント?よかった」
動き出すいつもの空気にイルカは笑顔を作った。
「あ、あの。任務、お疲れ様でした」
「うん、疲れた」
正直に笑って頭を掻いた。イルカが確認出来る分には多少チャクラが薄くなっている。背中には黒いリュックを背負ったままだ。
改めて見れば、忍服も汚れている。ただ、怪我という怪我はしていない。それに内心ホッとする。今日はきっと自分の家に帰って休むのだろう。
「カカシさんは今日は、」
言えばカカシがスッと掌でそれを制した。カカシの向けた方へ目を移動させると、朝一に任務報告にきたくノ一が歩いてきていた。
言いかけた言葉を飲み込むようにイルカは口を噤んだ。
「なに?」
2人の前まで来たくノ一に向けられた言葉。カカシの口調が冷たいのか、いつもの通りなのか。
短いカカシの問いにくノ一は微笑んだ。
「任務、どうだったの?」
「別にー。まあ、ふつーに。…ランクの高い任務でもなかったしね」
ああ、ますます冷えた言い方だ。黙って聞いているのも辛くなる。
「そう。私今日時間あるから、良かったら、家でご飯作る?」
小さく息を呑んでいた。
家でご飯。
それは、前も作ったことがあるからと、聞こえるのは気のせいではないだろう。
カカシに目を向けると、少しだけ眉を寄せていた。
「いい、大丈夫」
カカシの薄くなったチャクラを感じて、その不安から咄嗟に口を開いていた。
「でもカカシさん、もし辛かったら作っていただいた方がー、」
「何で?」
怒りを含んだカカシの声が自分の言葉を塞いだ。
「あ、…」
どうしてそんな言葉が出てしまったのか分からない。
何て繋いだらいいのか、頭が真っ白になっていくイルカの二の腕をカカシが掴んだ。
「ちょっと来て」
「え?あ、ちょ、」
強い力で引っ張られ、ぐいぐいとカカシは歩いて行く。廊下を曲がって突き当たりにある非常口で手を離した。
「違うでしょ」
鋭い口調で、腕を組んでいつも以上に冷めた目をしてイルカを見た。
言い訳のしようがない台詞を言った自覚は大いにあった。
息を吐き出して、カカシは組んでいた腕を解くと、掌で額に当てるように前髪を少し搔き上げた。
「どうかした?」
しっかりとカカシは自分を見た。
「俺を心配してくれるのは分かってる」
体力は消耗したからね。と、自分のチャクラを確かめるように掌を広げ視線を落とした。
「でもアレはないでしょ」
「でも、何かカカシさん冷たくて、」
「優しくすれば、それはそれで怒るくせに」
「………そんな、ことは、」
険悪な空気が堪らない。ギュッと唇を微かに噛んだ。
怒るなんて。
それが図星なのか、でも目の前で優しくされるのは確かに嫌だし。
黙ったイルカを見て、カカシが吹き出した。顔を見れば、和らいだ表情に、口元に手を当てていた。
「俺はね、イルカさんを目で追ってたから分かるの。俺が黄色い声の子と話してると、イルカさんジーッと見てたでしょ?」
「黄色って、それにジッとなんて」
「見てたもーん」
また笑って、そんかカカシを見ていたら自分も顔を緩ませていた。
「だから、今日はイルカさんがご飯作って?」
細めた目で、ごく自然に言われた言葉は余りにも優しくて。
頭の中がまた振り出しに戻される。
家に誘われた。
「……はい」
小さく、イルカは頷いた。
NEXT→
スポンサードリンク