向日葵と。①

「あ…手紙だ」
8月に入ったばかりの昼下がり、イルカは買い物帰りにポストから封筒を見つけ手にした。露草色の和紙で出来た封筒は、今日の真夏の空のように綺麗な青を浮かび上がらせている。
「どうしたの?」
隣からひょいと顔を覗かせて、カカシはイルカの持つ封筒を覗き見た。
炎天下からの帰路により汗が顔から流れ落ちるくらいの暑さだが、彼を見る限りは涼しげな顔をしていた。自分とは違い額当てと口布で顔を殆ど覆っているにも関わらず。
額に汗を浮かばせながらイルカは手に持つ封書を脇に挟み、ポケットを探る。銀色の鍵を取り出してドアノブに差し込み鍵を開けた。
チリリと鍵につけた根付が鳴る。
正月に2人で初詣に行き、御守りと一緒に購入したものだ。神社の守り神である龍に因み、龍の鱗の印が付けられている。
お揃いで買った為、同じ根付をカカシも持っていた。同じ様に自分の部屋の鍵に付けてある。ただ、音を発する物自体職業柄携帯しないし、普段からイルカの部屋に泊まる事が多いので、身につける事はあまりないが。
「親戚からです」
カカシの問いに答えながらドアを開ければ、カカシはそのドアを片手で支え、手を差し出す。イルカの手に持つ買い物袋を受け取り、イルカを先に部屋へ入れるように促した。
さりげない優しさに頬を緩ませながらイルカはじゃあ、と先に玄関へ入り部屋に上がった。
休みの日だからと、昼間に買い出しに行く事はあまりない。一番気温が上がる時間帯に外に出る事さえ億劫になる。
午前中に済ませたかった買い物が後回しになったのは、せっかく2人が同じ休みだからと、前日にカカシに何度も挑まれ、結果朝遅くまで2人でゆっくり寝ていた。遅めの朝食の後にまた誘われ、それに流される形になり、事後にシャワーを浴びて支度をして、としていたら、自然出掛けるのがこの時間になってしまっていた。
流される自分も悪いがカカシさんも悪い。なんて思ったりしたのだけれど、それを結局受け入れてしまうのは、それ程自分が彼に絆されているからでもあった。
「イルカ先生、親戚いるんだ」
冷蔵庫に食材を入れる背中に声をかけられ、そりゃいますよ、とイルカは笑って答えた。
「遠い親戚ですけど、前はちょくちょく顔を出したりしてたんですよ。最近は仕事が忙しくなって足が遠のいていたんですが」
仕舞い終わるとイルカはカカシに振り返った。
ちゃぶ台に置いた封書をカカシが手に取り立ったまま眺めている。
冷蔵庫から出していた麦茶をグラスに注いで、一つをカカシに差し出した。
「ありがとね」
右目を弓なりにして微笑み、ようやくカカシは素顔を晒して、受け取った麦茶を口にした。飲み干したグラスをちゃぶ台に置いてイルカに向きなおした。
「どんな親戚なの?」
端正な顔立ちで、真っ直ぐ視線を向けられて、それだけで胸が自然と高鳴った。自分の恋人になってしばらく経つと言うのに。
答えは単純だ。カカシの目に弱いのだ。付き合う前からその目が好きだった。だが、付き合いだして一緒に過ごす中で、その時により変化がある事を知った。分かりやすく言うなら、昼と夜。昼間見せる優しさに含んだ目はいつもイルカを淡い気持ちにさせる。身体を合わせる時の欲火を灯した目は全く別の色を持ち、ゾクリとする色気がある。終わった後の、カカシ自身さえ分からないだろう倦怠感を纏った目は自分のものだと、独占欲に溺れそうになる。
そんな気持ちを悟られたくなくて、イルカは座って視線をずらした。
「母の叔母の娘に当たる人です」
カカシから受け取った手紙の差出人を見て答えた。親が亡くなる前から付き合いがあった親戚で、イルカが独り身になった時に引き取るとまで申し出てくれた人だ。ただ、イルカは里を離れたくなかったし、その時期親を亡くしたのは自分だけではなかった。いなくしても忍びとして、里人であるべきだと、当たり前に思っていたので断った。
先ほど口にした通り、このところ里の事情にも寄るが、忙しくなってきていた。手紙と言っても年賀状くらいでそれ以外の連絡もする事はなくなっていたのは本当だった。
だから、この露草色を見た時は驚いた。彼女は自分の住む村のシンボルである露草である色を好んで昔から使っていた。
「読んでいいですか?」
「もちろん」
カカシは微笑んで対面に胡座をかいて座った。
読んで、内容はすぐに把握できた。
なんて?とカカシが言う前にイルカは口を開いていた。
「うちに来るそうです」
「えっと、…イルカ先生の叔母の娘さんが…?」
「いえ、その娘の娘が来るそうです」
カカシは分かっているような分かっていないような顔をした。
「あ、えっとですね。俺ももう何年も会ってないんで、顔はうろ覚えなんですけど、」
「イルカ先生くらいの娘さん?」
「あ、いえ。確か今年で15です」
「………へぇ。じゃあナルトやサクラ達と同じ位ですね」
「そうですね。…あ、急に説明しても分かるわけないですよね、すみません」
声が心なしか小さく感じるカカシに、イルカは鼻頭を掻きながら謝った。
「そいつ、昔から一年に数回しか帰らない俺にすげー懐いてたんですよ。イルカにい、イルカにい、って呼んでアヒルの親子みたいに俺について歩いて。それなのに男勝りで俺に忍術教えろって、帰るたびにせがませました。あ、名前は向日葵って言うんです」
「可愛い名前だね」
「はい、なんか俺みたいに明るく育って欲しいからって、その向日葵の母が付けたそうです」
いつもより饒舌になっているみたいで、イルカはハッとして苦笑した。カカシは静かにイルカを見ている。
「…まあ、何年も会ってないんで向こうも顔を忘れたのかも知れないですけど」
「イルカ先生を?そんな事はないと思うよ。だって先生の事好きだったんでしょ?」
「好きっていうか、…まあ好かれてはいたと思いますけど。それはもう何年も昔の事ですから」
そう、何年も会っていない。なのに何故今木の葉の里にくるのか。手紙には夏休みの思い出として、とだけ書いてある。兎も角五代目に伝えて、スケジュールを組み直してもらわねばならない。そんな融通があの綱手に通るかも分からないが。
「ね、先生」
「あ、…はいっ」
呼ばれて、ふと長考していた頭を止めてカカシを見た。
「しばらくイルカ先生の家にいるんでしょ?だったら俺は自分の家にいるから。そこは気にしないでね」
言われて気がついた。
カカシと半同棲していた事実に。
「あ、でもカカシさんを追い出すわけには、」
カカシは歯を見せて笑った。
「何言ってるの。ここはイルカ先生の家でしょ?何日か我慢すればいいんだから」
「でも、…」
「先生、その分今から沢山充電すればいいじゃない」
ずりずりとイルカの横に来て甘い目でイルカを見詰めた。そっちの意味も含まれていたのかと、頬を赤く染め、今更気付かされながら唇を合わせた。
何時間か前にもしたばかりなのに。こんな流されていいものか考えてしまう。
クーラーもない部屋は蒸し蒸しと暑い。
せめて夕方くらいがいいなと思うが、間近で合うカカシの眼差しだけで、なし崩しになると分かっている。イルカは素直に口付けに応じて、カカシの首に腕を絡ませ舌を差し出した。



向日葵は2週間後に里に来た。
なんとか綱手に申し出た願いは聞いてもらえ、日中の仕事のみとして、残業がないように調整をしてくれた。カカシが一声かけてくれたからなのかもしれない。
それは自分の事だからけじめがつかないと断ったのだが、なにせあの五代目の事だから他からの助言もないとね、なんて言われて無碍に断れなくなってしまった。
いても一週間くらいだと手紙には書いてあったから、長くてそんなものだろうと、カカシにも綱手にも伝えた。

阿吽の門とは別にある商人と旅人の門でイルカは待っていた。
「イルカにい!」
真っ白い歯を見せながら向日葵はイルカに抱きついた。当たり前の成長にイルカは驚きを隠しながら、抱きとめた。
「大きくなったな!見違えたぞ!」
「イルカにいは変わらないね」
ニヤと笑われ苦笑するしかなかった。多少変わったと思っていたのだが。
幼い頃の面影はあり、笑うとエクボが出来た。が、ちゃんとした少女になっていた。肌を黒く日焼けしているのは子どもらしく、微笑ましかった。
「無理言ってごめんね。夏休み、どうしても一人で木の葉に来たかったんだ」
それも手紙に書いてあった。だが、そこまで遠くない場所にあるからといっても15の少女が一人で来る道中にしては大変だし、物騒過ぎると思っていた。
「言えば迎えに行ったんだぞ」
「それじゃ意味がないのよ。私ね、体術だけ習ったの。だから平気よ」
細い腕に力こぶを作って見せられ。気の強さはサクラに似ていると、微笑ましくなる。
「ただ、俺は仕事もあるからな。それにここは忍びの里だ。俺が書いた言いつけをきちんと守って、」
懐出した紙を出して向日葵に差し出すと目を丸くした。
「うわあ。イルカにい、なんか面倒臭い」
嫌だなあ、と顔を顰められる。その顔にイルカは近づけた。
「当たり前だ。俺はアカデミーの教師でもあるんだぞ。面倒臭くても、必要なら何回でも言う」
「はーい。分かってるって!」
背中をバンと叩かれて前のめりになった。男勝りな性格は変わってないらしい。

向日葵はイルカの家に暫く住むことになった。

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