向日葵と。③

「お風呂上がったよ〜」
台所で夕飯の後片付けをしているイルカに向日葵が顔を出した。
「ちゃんと髪は拭けよ。ドライヤーも脱衣所にあったろ」
シンクでかちゃかちゃと音を立てるイルカに
「分かってますって」
お母さんみたいなんだよなあ、と一言残して脱衣所に消える。すぐ聞こえるドライヤーの音。イルカは顔を上げて、締められた脱衣所の扉を見詰めた。そういえば、いつも自分が後片付けをしている時にカカシが先に風呂に入って。その彼の気配を扉の向こうで感じながら洗物をした。出てくれば、そのまま背中から抱きしめられる事が殆どで。背中から風呂上がりのシャンプーの香りがカカシからしていた。
向日葵の鼻歌が耳に入り我に帰る。ふるふると首を振ってまた洗い物を再開した。
会ってない訳じゃないのに。あんな風に帰ってしまったからだろうか。いや、帰らせてしまったから。カカシの優しい笑みを浮かべた顔を思い出して、息苦しくなる。
明日また昼に会えるって言ってたじゃないか。しっかりしろ。
変に感傷的になっている自分に言い聞かせるように、大きく深呼吸をした。


昼休み、職員室にカカシは顔を出さなかった。その理由は午後受付に入った時にすぐに分かった。
昨日から入っている単独任務から帰ってきていない。予定では昼には戻れるような内容だ。スケジュールは個々の忍びの能力を加味して日程を組み込んであるが、カカシはその時間内に終えてしまう事が大半だった。
だが、今日は遅い。予定は予定であるから、遅れる事も当然ある。気にとめる必要もない。
5時を回ってもカカシは受付には現れなかった。あと半刻も過ぎれば自分の上がる時間になる。明日は休みを貰っている為会う事もない。そしたら丸2日カカシと会えないという事になる。ズシンと重い気持ちがのしかかっていた。それだけでひどく寂しい気持ちになった。
昨日から自分はどうしてしまったのだろう。何処ぞの少女じゃあるまいし。いい大人が。考えただけで恥ずかしい。女々しすぎる思考だ。カカシはきっとそんな事微塵にも考えてはいないはず。
「随分と陰気な顔じゃないか」
斜め後ろからの声にハッとする。綱手は両肘をつきながらイルカを見ていた。
「は…そうですか」
綱手の見せる観察眼に内心狼狽えながらもイルカは笑った。そのイルカをどう捉えるでもない顔をして眺めた綱手に、看板息子がそんな顔をしてるんじゃないよとぼやかれ、曖昧な返答をする。縦肘を下ろした綱手は視線を向けた。
「親戚の小娘が心配なのかい」
「いや、あれは確かにやんちゃですが、しっかりした子ですから」
それは1日いただけで分かった。夜は忍術の事や心得を教えてくれと真面目に言われ、当たり障りない内容を説いたが、向日葵は真剣に聞き入っていた。住む村に忍びの里はないが、少しでも小さな子に良い教えを伝えたい。そう言った。向日葵は村の教師を目指していた。
「へえ、そうかい。教師にねえ。うみの家の血筋かね」
それを伝えれば綱手は感心しきりと頷いた。
カカシと同じ台詞にイルカは知らず苦笑いを零していた。
「カカシさんにも同じ事を言われました」
その言葉に綱手は片眉をあげた。
「…で、それでなんでお前はしけた顔する必要があるんだ?」
「え?いや、しけてなど…」
首を振るが向けられた目線が余りにも気まずく、イルカは立ち上がっていた。
「ほ、報告書を仕舞ってきます」
イルカは溜まった報告書を抱きかかえる。
もう時間が時間だからそれが終わったらそのまま帰っていいからなと言った綱手に、また苦笑気味に頭を下げる。意味深に感じる目線が最後まで突き刺さったままだった。

資料室に入り報告書を纏める。いつもならすぐ終わる作業になかなか手が進まない。気が付けば手を止めてぼんやりと報告書を眺めていた。
結局カカシは時間内には帰って来なかった。
(会いたかったな)
溜息が零れる。
綱手に言われた言葉は、その通りだったんだけど。
「しけた面って…」
一体自分はどんな顔してたんだろうか。自分の頬を摩った。
「先生」
「ひゃ!!」
ふわりと空気が動くと共に背後から抱きしめられ、驚きで身体が縮み上がりながら思わず声をあげていた。落としそうになったファイルをなんとか掴み直し、首を捩ればカカシの銀髪が頬に触れた。
「カカシさん…っ!お、驚かさないでください!」
突然の気配に心臓がばくばくと音を立てている。カカシはイルカを抱き込める腕に力を入れた。
「会いたかった」
「ーーーーーーっ」
呟かれた言葉に、跳ねていた心臓がぎゅーっと握りつぶされそうなくらいに苦しくなった。
「な、そ、それでも本当にびっくりしたんですよ?」
顔の熱さを誤魔化すようにイルカは少し責めるような口調をした。ん、と軽く返事をするが、カカシはイルカから離れない。それは心地よい抱擁に、イルカはそれ以上何も言わずにカカシの体温と匂いを感じ取った。
「先生は?」
首元に顔を埋めたまま、カカシが聞いた。
「え?」
くぐもった声に聞き直すと、カカシは少しだけ顔を上げた。
「先生は俺に会いたかった?」
その台詞にくうぅ、と眉根を寄せた。その言葉だけで全身が痺れたような感覚になる。
「会いたかったです」
恥ずかしくて誤魔化す事も出きたのに、イルカは素直に答えていた。
包み込んでいた腕が離れ、イルカの向きを変えさせる。見れば、少し疲れたようなカカシの顔に胸が痛んだ。
「任務、お疲れ様でした」
遅かったので少し心配しましたと言えばカカシは眉を下げた。
「ん、ちょっとね。予想外があったけど、問題なし。問題なのは火影様ですよ」
ふと少し顔をしかめるカカシにイルカは首を傾げた。
「綱手様が…?」
「イルカ先生に会いたくてすっとばして時間内に報告所に行けば、もう帰ったって言うじゃないですか。一足違いで残念だったね。なんで言うんですよ!?」
「はあ…そうですか」
いつにも増して熱くなっているカカシを見入った。確かに早めに上がれと言ったのは火影様で。それは他意がないと思うが、カカシは気に入らないと言った顔をしている。
「でも良かった」
再びカカシに抱きしめられる。今日絶対に会いたかったから。
言われて、嬉しさで心が満たされる。カカシが口布を下げて唇を合わせるのを、イルカは受け止める様に自分も押し付けた。
会いたかった
なんて嬉しい言葉だろうか。自分だけではなかった。何回も言われて堪らずカカシの口づけに必死で応えた。
カカシの腕が脇腹に移り、上着の中に入り込む。イルカの身体をまさぐり始めた。その動きにイルカは驚き息を詰めた。
「カカシさん…っ、なにを、」
「させて、先生」
「ここでですか…?」
そう、とだけ言ったカカシは既に硬さを保持している熱を押し付けてきた。それだけでイルカの腰が震えた。
「ーーっ、でも、」
「お願い。したい」
丸で余裕がない風で、カカシは壁まで移動させると背後から胸を探りながら慌てるイルカのベルトを緩めて躊躇なくズボンを下着ごとずり下ろす。
カカシの熱に反応し既に硬さを持ち始めたイルカの陰茎を根元から扱いた。
場所だけにさすがに躊躇はしたが、求めるカカシに抵抗するつもりはなかった。だって、自分もそういうつもりになっている。
いつもだったら職場でしかもまだ陽の明るいうちからなんて考えられない。だけど、会いたいけど会えない状況でいるだけで、拒否する気持ちが湧いてこない。カカシの性急な動きも気持ちに煽られていた。
ズブと後口に指が突き立てられる。簡単に根元まで咥え込んだ。
「濡れてる」
「やっ……そんな…」
身体が一気に熱を持った。
耳元で囁かれて背中が震え、その痺れにぎゅっと目を閉じた。
「……んっ……ふっ…ぅっん…」
指が二本に増え中を擦るように探られる。イルカは漏れる声を必死に抑えた。
「もう我慢できそうにないです。挿れていいですか?」
余裕がない声にイルカも頷くと、指が抜かれ壁に身体を向かされる。背後から熱棒が埋め込まれ、イルカの背中が再び震えた。
根元まで押し入れると、カカシはイルカの項に唇を押し付け熱い吐息を吐きだした。
「すご……きもちいい…」
その声にゾクリとし眉を寄せながら息を詰めた。そこからゆっくりと突き上げられる。壁に支えるように手を縋り、律動を始めた動きに合わせようとするが、激しさを増し腰を揺すられ声が漏れる。
時間から定時になるまでは誰も来ないと分かってはいるが、声を出すまいと唇を噛んだ。以前アカデミー内でしたいと言われた事もあったが、恥ずかしさに拒否をすれば大人しく従ってくれた。こんな性急なカカシは初めてで。自分を欲していると思うだけで腰が震えた。突き上げる快感は波のように押し寄せる。すぐに迎える絶頂に、堪らず白濁を吐き出した。
カカシも再奥まで突き入れ短く呻く。お互いにいつも以上に早い絶頂に息を荒げながらも繋がったまま余韻に浸った。腰を支えていた両手を離しカカシはそのままイルカを腕の内に入れる。何度も項から首筋に唇を押し付けた。
「外でしたの、初めてでしたね」
クスとカカシが零した笑いが首元をくすぐる。甘い空気にイルカもはい、と頷いた。名残惜しそうに何度もイルカの首筋に吸い付きながらもカカシはズルリと陰茎を抜いた。イルカはカカシが吐き出した白濁からくる滑りにぶるりと身体を震わせた。




アカデミーから家に着くまで、カカシが送りたいと言い、並んで歩いていた。
手が触れる距離が触れたくなりなんとももどかしいが、隣にいるという安堵感はなんとも心地いい。向日葵の教師への話をしたらカカシは軽く頷いた。
「頭脳明晰な感じだから、向いてるのかもね」
「ええ、医者の家系なので。昨日の向日葵の夢の話を聞いて心打たれました」
「医者か。なんかサクラみたい」
何故か困った顔をするカカシを見て吹き出した。
「いやね、今回の任務もサクラが後方部隊として合流したんだけどね、無駄にチャクラを使い過ぎだって叱られちゃった」
眉を下げて頭を掻く。
「それは怒って当然じゃないですか。サクラの見解は正しいと思いますよ」
言えばカカシはまあねぇ、と上に視線を投げた。カカシは敵の殲滅の為にではなく仲間を守る為に力を使っていると、それが心配だとサクラが言っていたのを思い出した。きっと今回もそうなったのだろう。
「俺がイルカ先生に会いたくて無理したのバレてたかなー」
「なっ……っ」
目を丸くしたイルカにカカシは笑った。
「冗談ですよ。部隊合流も考えて、兵糧丸頼りに戦闘してたの見抜かれただけですから」
兎に角ね、とカカシが繋いだ。
「向日葵ちゃんがいい教師になりそうだって言いたいの」
サクラみたいにね。自分を見るその目は優しさを含まれていた。

「イルカにい!」
商店街に差し掛かった時に名前を呼ばれ、向日葵が手を振って走ってくるのが見えた。
「アカデミーまで迎えに行ったんだよ?なのにいないんだもん。探したよ」
唇を尖らせる向日葵はちらとカカシを見て、すぐに頭を下げた。
「この前はご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げる向日葵にカカシが頭を掻く。
「いーえ、美味しかった?」
「はい!餡蜜が美味しかったです」
「そう、良かった」
微笑むカカシを前に向日葵がイルカの腕を取った。
「お腹空いちゃって。今日は何作る?」
ぐいぐいと商店街の方に引っ張られイルカは苦笑いしてカカシを見た。
「じゃ、カカシさんまた、」
「うん、またね」
片手はポケットに入れたまま。ニコリと笑って手を振った。

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