向日葵と。④

特別にもらった休日、向日葵と木の葉の中を一通り散策して、木の葉の街並みが一望出来る丘で一息ついていた。
出かける前に甘栗甘で買った包みを広げれば、向日葵は早速手を伸ばしてきた。若草色の葛に包まれた蒸し饅頭を手に取り、パクリと頬張る。美味しいと声に出す代わりに、ホッと息を吐き出し、また一口口にした。
持ってきた水筒からお茶を飲んでいたイルカも、一つ口に入れる。夏らしく見た目が涼しい饅頭は、ほのかに甘い。
「美味いな」
「うん。これ、お母さん好きかも。買って帰ろうかな」
指についた餡をペロリと舐めて、向日葵はもう一つと手を伸ばした。
「あのさ、カカシさんって恋人いるの?」
二つ目を食べ終えて、向日葵が口にした。
驚きにグッと喉が詰まるが、平静を保って口を動かす。
恋人、難しい質問だ。お茶を啜りながら考えて、
「どうだろうな。いない、と思うけど、」
「良かった。私、カカシさんが好きだから」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。ゴホゴホと咳き込みながら目を丸くして向日葵を見ると、向日葵は少し気難しい顔をして、顔は前を向いたまま、イルカをチラと見た。
まだ言われた言葉に驚きが残るが、それを押し戻そうと表情に出さぬように努めた。冷静にならなければと、自分に言い聞かせる。
袖で口を拭いながら、言われた事を頭で反芻した。
「ぷっ……はははっ」
向日葵は吹き出して口に手を当てながら笑い出した。その笑いにも理由が分からずじまいだが、冗談だよとそう言う事を期待し、イルカも少し頬を緩ませる。
「イルカにい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔」
可笑しそうに笑って、
「本気だよ、私」
一頻り笑った向日葵はすっと真顔に戻ってイルカの目をジッと見た。
どう言うべきか、頭をフル回転させる。茶化しがないだけに、それでもイルカは笑った。
「お前自分が何歳だと思ってるんだ」
「15。そんなの分かってる」
「カカシさんは俺より歳が上で何よりここの忍びだ」
「歳は関係ないでしょ?それに忍びだから何?恋はしないの?結婚してる人だっているじゃない」
「いや、しかしな」
「カカシさん恋人いないんでしょ?ならいいじゃない」
その目は笑っていなかった。自分と同じ黒い瞳はしっかりと強い意思を含んでいた。輝きが宿る目はイルカを捉えている。いると伝えるべきだったと後悔するが、今言っても信憑性に欠け向日葵に信じてもらえないだろう。
言葉が見つからない。焦りと後悔と、よく分からない気持ちが現れる。適当な言葉は口から出す事は出来なかった。素直に諦めるような子ではないと、自分が一番よく知っているのだから。
「でね、イルカにい」
ますます真剣な眼差しを見せられ、内心怯んでいた。
「カカシさんに伝えて欲しいの」
そんな。
が、最初に頭に浮かんだ言葉だった。
テレビでよく見る学園ドラマである様なシーンだ。自分は忍びとしてそんな世界に浸った事はなかった。告白なら自分でしろよ、とか。言えばいいのだろうがそうもいかない。
相手は親戚の子で、その相手は自分の恋人だ。何をどうすればいいのか。
とにかく、冷静にならなければ。だが、向日葵は追い討ちをかける。
「今日言って。じゃなかったら明日私が言う」
だって私帰る日が決まってるし。
なんとも子供らしい手前勝手な都合だと思う。
「急に言われても、ほら、カカシさんだって…」
「だって、なに?」
『困るだろ』
その言葉で向日葵がどんな顔をするのか。分からないのに、言えばいいのにすぐ出てこなくなった。
押し黙ると、向日葵はパチンと胸の前で手を合わせた。
「ね、お願い!イルカにい!」
お願いと、強く言われて。
イルカはただ、可愛らしいとも思える向日葵の仕草をジッと見るしかなかった。


アカデミーの生徒だったら上手く断れただろうか。写輪眼のカカシに憧れを抱く生徒も少なくはない。ただ、高名すぎる事が真実味を薄め、歳が離れて、さらに怪しげな風貌に恋などする生徒は、自分が知る限りいない。するならサクラのように同世代に目を向けたり、あっても少し上の忍びか。どちらにせよ、無知が災いしてか、向日葵からみたカカシは恋する相手として写っていたって事か。
振り返っても、向日葵からしたら確かにそんな過程だったかもしれない。それに向日葵は強い人が好きだ。
だけど。
憧れじゃなく、好きで。すぐに告白するなんて。
今の子って、積極的すぎる。
「イルカ先生?」
顔に手を当てていたイルカはハッと顔を上げる。
受付所の外で立つイルカに、カカシは驚いた顔をした。
「どうしたの。今日は確か休みでしたよね」
「はい、まあ」
苦笑いを浮かべると、その顔を見たカカシは報告書をポケットから出し、取り敢えず待っててください。と扉の先へ姿を消した。
しばらくして直ぐにカカシは顔を見せる。
「向日葵ちゃんは?」
当たり前の質問にグッとなり言葉に詰まる。その様子を見て深刻そうな表情を見たのか、うちに来る?とカカシから提案され、イルカは頷いた。

カカシの家は久しぶりだ。上忍用のマンションは去年建て替えがあり綺麗になっている。
扉の前でカカシはポケットを探り鍵を取り出す。鍵を差し込み解錠する。ここにきて、初めて根付がチリと鳴った。
「入って」
相変わらず何もないんですけどね。言われて入り見渡せば、広い部屋には家具が少ないが、本棚には本が数多く並び、存在感を表していた。ここに来たのは数えるくらいしかない。久しぶりだなと思いながらソファに座れば、カカシが麦茶が入ったグラスを持って現れた。
「はい、イルカ先生」
「ありがとうございます」
座っていた隣にカカシが腰を下ろした。
麦茶を一口飲んで、何から話せばいいのか。どう説明したらいいのか。視線を感じて顔を横に向ければ、カカシがイルカを見つめていた。自分の様子を見守るように、その目を少し細めて微笑む。
「大丈夫?……言いたくないなら無理には聞かないよ」
「……いえ、言います」
イルカ昼間にあった事を口にした。
カカシは然程驚く様子もなく表情すら変わらなかった。自分が言い終わると、ナルホドね、と小さく呟いた。
それはイルカを酷く安心させた。向日葵の気持ちを鼻で笑う事をせず、キチンと話を聞いてくれたからかもしれない。
「でですね、」
グラスを目の前にあるテーブルに置きカカシを見た。
「考えたんですが、少しだけ向日葵に付き合っていただけたら、と」
カカシは眉を寄せた。
「どう言う意味?」
イルカは両手を軽く振った。
「変な意味じゃないんです。来週にはアイツも村に帰ります。帰ればきっと勉強の毎日です。それだったらその楽しい思い出を作ってあげれたらなって」
聞いて、カカシは息を吐き、
「俺は賛成しかねます」
と言った。それ以上は何も言わなかった。
「そう、ですよね」
それは確かに当たり前だよな。最初は自分もそう思っていた。ただ、考えて、少しそう思ってしまうと、それが正しいと思えてきてしまっていた。
「すみません」
イルカは後頭部に手を当てて笑った。
「変な事言っちゃいましたね」
カカシはその様子をジッと見つめて、深くため息をついた。
「…イルカ先生がそう思うなら、いいよ」
「え、本当ですか!?」
目を開いてカカシを伺えば軽く頷いた。
「うん。イルカ先生の頼みだし、何よりあの可愛い向日葵ちゃんの頼みなら、ね」
「ありがとうございます!」
喜ぶイルカを見つめるカカシは静かな微笑みを浮かべた。
「じゃあお礼のお返しはイルカ先生で」
「…え?」
聞き返すと、近づいた柔らかな唇がイルカの唇を塞いだ。


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