一つだけの②


割烹の奥座敷に上忍や特別上忍しかいない顔ぶれが集まっていた。
その中にカカシもいた。
大人数で騒いで飲むのは好きではなくむしろ苦手で、この手の飲み会には参加しないのが常だった。たまたま大掛かりな任務が入り、その仲間で作戦がてら飲もうと切り出したのはアンコと紅。渋々連れて来られたカカシは部屋の隅を陣取り、怠そうに背中を壁に預けたまま、ぼんやり酒を飲んでいた。
「ツマミ」
顔を上げればアスマが手に枝豆が盛られた皿を持っている。
返事を待つまでもなく、カカシの横にどかりと腰を下ろし、皿を畳の上に置いた。
「お前はどこでもしけた面してんな」
「お互い様でしょ」
冗談を皮肉で返すカカシの声は低い。それが不機嫌なのか無心なのか、ある程度付き合いがある相手しかそれは分からなかった。
7:3と言ったところか。結局のところ、カカシは然程美味い酒を飲んでいる様子ではない。まあ、自分もそこまで乗り気でなかったと、アスマは同調を含ませた顔をした。
結局、最初仕事だからと任務の話を真面目に話していたのも、すぐにただの宴会場と化している。誰もが想像していた結果だが、無理矢理連れて来られたカカシはいい気分にはなれないのだろう。
「たまにはいいだろ」
アスマは言いながら近くにある灰皿を引き寄せ、新しい煙草に火を点けた。さっさと切り替えた方が自分の為にだっていいに決まっている。
そう言いたく、煙を口から吐き出しながらカカシを窺った。
当のカカシは立て膝の上に腕を乗せて、ぼんやりと辺りを眺めている。
少し離れた場所では、アンコが笑いながらビールを飲んでいた。絵に描いたような楽しそうな顔を見て、アスマは鼻で笑い、
「違うか?」
暗い酒よりよっぽど良いと促せば、
「まあねえ」
カカシは漸く反応を示すかのように小さく呟いた。
でもさぁ、飲みたきゃ勝手に飲みゃいいのに。この連中、暇なんだーね。
と続けてついて出たカカシの言葉にアスマは苦笑いを浮かべた。
「まあ、そう言うな」
ビールを注がれ、カカシは口に運ぶ。眺めていた先の中にいたアンコがこっちに振り返った。
「カーカシー」
嫌な予感だと思う間もなく、アンコがビール瓶片手にどかどかと歩いてきた。カカシの眠そうな目を見下ろし軽く睨む。
「飲んでない!」
「お前は飲み過ぎだ」
直ぐにアスマに返され、ブスくれた顔をした。
「酒の席で飲まない方がおかしいじゃん。違う?………暗い!ねえ、暗いよあんた達」
酔っ払いらしく暗い暗いと同じ言葉を連発しながら、アンコはため息混じりに首を振った。
ほっとけと腹の中で言いながら知らんぷりして目も合わさずビールを飲んでいるカカシに、
「あ!!」
アンコが突然大きな声を上げた。
何事かと顔を向ければ嬉々とした表情を見せている。思わずカカシは訝しんだ目を向けた。
「………何?」
「ねえねえカカシ!知ってる?」
ばしばしと肩を叩かれる。嫌そうな顔を隠さず何が?と聞けば、
「イルカってあんたを好きなんだってー!」
返ってきた言葉に眉を寄せた。
「イルカ?」
「アカデミーのイルカだよ?知らんわけないよね。うずまきナルトの元担任だったんだからさ」
そこまで言われて漸くわかった。
面倒臭い相手だと思っていた。常にニコニコと人の良い笑顔を向けてきて、事あるごとに部下の様子を窺ってくる。
逐一報告義務のない事に返事をする気にもなれずに適当に返答をしていた。
イルカの名前から屈託のない笑顔が思い浮かび、そこから少し前にたまたま書庫室で会った事も思い出した。
何とも忍びとは言い難い相手だった。余りにも目に余る間抜け振りに、呆れる顔を隠すのが精一杯だった。それに素直に心配をすれば、真っ赤になって拒んできた。
あれには少し驚きはした。
人にはあれこれ世話を焼き心配をするタイプのくせに、されるのは苦手らしい。
手渡した本を受け取った時の顔は泣きそうに近いものがあった。
あのイルカ先生が俺を好き?
まさか、あれだけの出来事がきっかけとはないだろう。そしたらとんだ純情くんだ。
いやいや、あり得ないでしょ。
思わず小さく笑いをこぼせば、アンコが片眉を上げた。
「何それ」
「別に」
「ヤラシー顔」
「お前、何考えてる?」
アンコに続いてアスマに言われ、横を向けば胡乱な眼差しを向けられていた。思い出し笑いをしたとは言いたくなくて、また同じ言葉を口にした。
「べーつにー」
「あれは親父のお気に入りなんだからよ、下手に手ェ出すなよ」
「うわ、何ソレ。めんどくさ。愛人?」
鼻で笑ってカカシはビールを飲み干した。どうでも良い事を言われるのは面白くない。
更に険しい顔になるアスマに、仕方なしにカカシは手を振り否定を表した。
「手を出すも何も、そんな冗談本気にしてないから」
「兄弟愛ってやつー?」
アンコがニシシと笑って。ビール瓶をアスマに向ける。
「イルカはかわいーもんねえ。私もさあ、こいつだけは止めとけって言っておいたから大丈夫よ!」
「何よそれ」
「だって本当の事じゃん。たらしのカカシくん」
「…あぁ」
面倒臭い話の方向だと、受け流すように曖昧に返事をして枝豆を摘んで口に入れた。
アンコはそんなカカシを嬉しそうに眺めながらアスマの持つグラスに注ぐ。溢れる寸前まで注がれ、泡に手を濡らされアスマはため息を吐いた。
注ぎ終わった瓶を畳に乱暴に置くと、アンコは得意げな表情を浮かべた。
「聞いたよ〜?あんたまた女泣かしたんだって?」
「…………」
たらしと言われて良い気分にはなれないし、鬱陶しい話題に小さな憤りを感じた。だが、酔っ払いにそれ以上絡む気にならず、無視をして頭を掻いた。
黙秘をするカカシに諦めたのか、アンコはアスマと別の話題で盛り上がり始める。

これ以上酒を飲む気にならない。ポケットを探り、煙草に火を着ける。
にしても。
イルカ先生が俺を好き、ねえ。
あんな真面目でいかにも先生の代名詞みたいな人が。
書庫室で間近に見たイルカの顔を思い出す。黒い目は驚きに見開いていたっけ。あれだけでも正直に表情を隠さない性格なのだと感じた。
煙草を肺に深く吸い込み、口から煙を吐き出す。
大して気にも留めていなかった相手だけに、明日には忘れるんだろうけど。
カカシは嚙み殺す訳でもなく、欠伸をしながら思った。




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