一つだけの④
使いを頼まれ歩いていた先で、名前を呼ばれ顔を向ける。茶屋の暖簾から顔を出し、手を振る相手を見て、少しだけ苦笑いした。
「俺今使いを頼まれてるんですが、」
「いーから、いーから」
アンコは店に近寄ったイルカの腕を引いて、店の中に入らせると、そのまま自分がいたテーブルへ連れて行き、座らせた。
おじさん、お茶ね。あと私はずんだ餅。と自分の品も追加して。
「なんでしょう?」
姿勢を正したままのイルカに足を組みながら口角を上げた。
「だーって、仏頂面で歩いてたからさ。何かあったの?」
カカシの件とは言いづらく、
「………いや、別に」
口を濁しながら、先日アンコに伝えてしまった事を思い出した。
噂のままの男だと言うアンコに、そんな事はないと素直にカカシの敬意を伝えたのだ。
「あの…」
「何よ」
湯呑みを両手で持って、アンコがお茶を啜りながらイルカを見た。店員がイルカのお茶とずんだ餅をテーブルに運ぶ。
真面目な表情を崩さないイルカを前に、アンコは皿にあるずんだ餅を手に取り口に放り込んだ。
「なになに?いーから、言ってみ?」
両手を組んでテーブルにに置いていたイルカはグイと前に出た。
「カカシ上忍の事です」
「カカシぃ?」
「はい」
むー、と考えるように表情を作ったが、チラとイルカを見た。
「なんだっけ?」
その対応は本音からくるものか、そうでないのか。裏表ない性格だが、男とは違い掴めない所も多々ある。
顔を下へ向けため息を吐くと、イルカは改めてアンコを見直した。
「とぼけないでください」
「別にとぼけてなんかないよ。あー、あれ?イルカがカカシを見直したって言ってたのはちゃんと覚えてるよ」
手に付いた餡をペロリと舐めて、
「それでどうした?」
更に面白そうな顔をされ、話す相手を間違えたかと思ったが。ここで引いたら逆に面倒が起きる。それに、訂正したくて仕方がなかった。と考えている時にアンコを目にしたから尚更だった。
イルカは訝しむ顔を見せた後に口を開いた。
「何かあった訳ではないですが、…やっぱり噂通りの人だと、思いました」
「…ふ〜ん。何かあったからじゃん」
「…っ、兎に角、忍びとして尊敬はしてますが、1人の男としてどうかと思います」
「ふ〜ん」
口を尖らせるイルカに、アンコは軽く相槌をして、空になった皿を重ねた。
「具体底には?」
組んでいた指を解くと、イルカは軽く拳を握った。
「何考えてるか分からないし、そこまで親しくないのに馴れ馴れしいし、」
挙句に人の事サル呼ばわりして。イルカは途中口を噤んだ。でも、それはもういい。それより大事なのは。
彼の噂に振り回されるうんぬんより、まず自分の発言も尾ひれが付きかねない。アンコに言った事はきっちり前言撤回しなければいけないと、イルカは考えた。
「すみません。俺が言いたかったのはそれだけです」
さして興味はないと言った顔つきのアンコにそう告げると一口お茶を飲んだ。アンコの口元が少しだけ緩んでいるのには気がつかないまま、席を立ったイルカに、アンコがちょいちょいと手を振り呼び止める。
「…?はい」
「それさ。直接言ったら?」
「はい?」
「だいじょーぶだよ。あいつはああ見えて階級差に奢るやつじゃないし。変わり者だけどさ。自分の意見はちゃんと自分で言わないと」
ニコニコ微笑むアンコは、ますます何を考えているのか分からない。言葉をそのまま受け取ったほうが楽だが、直ぐに頷くような話でもない為、イルカは曖昧に返答をして、頭を下げた。
*
「ねえ、何で?」
女が少し声を上げた。テーブルには冷めてしまった料理と然程減っていないビール。そのテーブルに乗せられた女の両手。面と向かって座る女はその指を丸め拳を作った。
苛立たしさを含んだ言い方にカカシは嘆息した。口布を外していたからそれは相手にハッキリと伝わってしまったのだろう。目つきが鋭くなった。
面倒臭いなと思う。理由はさっき言ったから、これ以上なにを説明したらいいのか。同じ事を何回も言う必要性はないから、カカシは沈黙を選んだ。
「私1人じゃ不満なわけ?」
ますます面倒臭い。カカシはポケットに入れていた手で銀髪を掻いた。ただ、否定はしたい。
「そんなんじゃないんだけどね」
言い方が気に入らないのか、益々目つきを鋭くさせ、
「じゃあ何で」
問い詰めるように女は言う。眠そうな目に相手を写す。なにを言っても怒りは静まりそうにない。
「…………」
再び黙ったカカシには女は瞼を伏せ息を吐いた。
「もういい」
さよなら。
席を立った女はヒールの音を鳴らして居酒屋から出て行く。
引き止めようとも思わなかった。女が出て行って、ふと気にしていなかった周りりの気配から、自分達を見ていたのだと漸く気がつく。まだ混み合ってもいない店内で、女の声が響いていたのだろう。
さして気にも留めないが、1つの気配にカカシは顔を上げ、チラと視線を向けた。カカシは立ち上がると一直線に向かい、隅の方テーブルまで行くと、ぴたと足を止めた。同業者だからだろう。そこにいた男数人は怯えるような表情をして、その中の1人背中を見せ座っていた男の肩をポンと叩いた。
「センセ」
数日前にラーメン店でしたように、身体がびくりと揺れるが、振り向くのを拒んでいるかのようなその背中を見て、カカシは躊躇う事なく、テーブルに手をついて顔を覗き込んだ。
そこには何とも気まずい顔があり、少しだけ眉間に皺が寄っている。
「ねえ先生。一緒に酒飲みましょうよ」
漸くイルカがカカシを上目遣いに見た。きっと今の女とのやりとりもしっかりと見ていたんだろう。素直すぎるイルカの顔は逆に好意が持てる。
「いや、…俺、連れと飲んでるんで」
言われて、カカシはニコとした顔を崩さずに、
「いいじゃない。可哀想な俺に付き合ってよ。ね、イルカ先生貸してくれる?」
いいよね?
敢えて自分の事をネタにし、同席していたイルカの友人に同意を求めれば、皆同じ様に首を縦に振った。
「ありがと」
カカシは財布から札を出すとテーブルに置き、イルカの腕を取った。ぎょっとするのも想定内。
「じゃ、イルカ先生はこっちね」
腕を引いて店主に奥座敷に入れる様手配をしてもらう。イルカは困惑した顔を思い切り浮かべながら大人しく部屋に入り、その顔を保ったまま正座をした。
カカシは寛ぐように胡座をかいて、イルカの顔をじっと見た。別に放っておいても良かったと自分でも思う。でも、どうも行く先に目に入るこの中忍に自分の中で引っかかるものがあるらしく。それは何か分からない。それに相手も目の前にある通り、自分に対して分かりやすく嫌だと線引きされているのが分かる。だから尚の事放っておけばいい。他のやつみたいに。
でも、どうしても声をかけたいと言う興味が勝っていた。
酒と料理がテーブルに並べられ店員が下がると、カカシは戻していた口布を下げた。
「聞いたよ」
「何がでしょうか」
「俺の事嫌いなんだって?」
イルカの目が明らかに気まずいと、その色を濃くした。
待機所にいたカカシに嬉しそうな顔で現れたアンコはまたイルカがこう言っていたと、カカシに話し出した。
噂好きの代名詞であるアンコの言葉を何1つ鵜呑みにした事がなかったし聞き流していた。だが、今回はカカシを苛つかせた。気にしないよう素知らぬ顔を保っていたが。
「先生さ、俺を社会的に抹殺するつもり?」
つい意地悪な台詞が付いて出た。
「は、そんな。別に俺は、」
目を剥きカカシをしっかりと見た。それに幾分満足してカカシは続けた。
「だってそうじゃない。いちいちアンコに言わなくてもいい事言わないでよ。あれ、面倒臭いんだからさ」
「おれはただ、間違った噂を訂正したかっただけで、」
「へえ」
低い声。明らかに不機嫌な声を出していた。他人にそこまで深い感情を持たない自分にしては珍しい。内心自分に驚きながらも隠す事もしたくなかった。
間違ったとは自分に好意を持っていたと言う事実を指すのだろう。
見るからに裏表ない真っ直ぐな性格。その心情を素直に探りたいと、またしても彼に対する興味が湧き上がる。
そんな気持ちを分からないとは思うが、イルカはビールのグラスを持つと、少しだけ口にした。ぽてっとした柔らかそうなその口元を無意識に見つめながら、
何処から切り崩そうか。
カカシは刺身の皿からイカを箸で取ると口に入れながら考えた。
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「俺今使いを頼まれてるんですが、」
「いーから、いーから」
アンコは店に近寄ったイルカの腕を引いて、店の中に入らせると、そのまま自分がいたテーブルへ連れて行き、座らせた。
おじさん、お茶ね。あと私はずんだ餅。と自分の品も追加して。
「なんでしょう?」
姿勢を正したままのイルカに足を組みながら口角を上げた。
「だーって、仏頂面で歩いてたからさ。何かあったの?」
カカシの件とは言いづらく、
「………いや、別に」
口を濁しながら、先日アンコに伝えてしまった事を思い出した。
噂のままの男だと言うアンコに、そんな事はないと素直にカカシの敬意を伝えたのだ。
「あの…」
「何よ」
湯呑みを両手で持って、アンコがお茶を啜りながらイルカを見た。店員がイルカのお茶とずんだ餅をテーブルに運ぶ。
真面目な表情を崩さないイルカを前に、アンコは皿にあるずんだ餅を手に取り口に放り込んだ。
「なになに?いーから、言ってみ?」
両手を組んでテーブルにに置いていたイルカはグイと前に出た。
「カカシ上忍の事です」
「カカシぃ?」
「はい」
むー、と考えるように表情を作ったが、チラとイルカを見た。
「なんだっけ?」
その対応は本音からくるものか、そうでないのか。裏表ない性格だが、男とは違い掴めない所も多々ある。
顔を下へ向けため息を吐くと、イルカは改めてアンコを見直した。
「とぼけないでください」
「別にとぼけてなんかないよ。あー、あれ?イルカがカカシを見直したって言ってたのはちゃんと覚えてるよ」
手に付いた餡をペロリと舐めて、
「それでどうした?」
更に面白そうな顔をされ、話す相手を間違えたかと思ったが。ここで引いたら逆に面倒が起きる。それに、訂正したくて仕方がなかった。と考えている時にアンコを目にしたから尚更だった。
イルカは訝しむ顔を見せた後に口を開いた。
「何かあった訳ではないですが、…やっぱり噂通りの人だと、思いました」
「…ふ〜ん。何かあったからじゃん」
「…っ、兎に角、忍びとして尊敬はしてますが、1人の男としてどうかと思います」
「ふ〜ん」
口を尖らせるイルカに、アンコは軽く相槌をして、空になった皿を重ねた。
「具体底には?」
組んでいた指を解くと、イルカは軽く拳を握った。
「何考えてるか分からないし、そこまで親しくないのに馴れ馴れしいし、」
挙句に人の事サル呼ばわりして。イルカは途中口を噤んだ。でも、それはもういい。それより大事なのは。
彼の噂に振り回されるうんぬんより、まず自分の発言も尾ひれが付きかねない。アンコに言った事はきっちり前言撤回しなければいけないと、イルカは考えた。
「すみません。俺が言いたかったのはそれだけです」
さして興味はないと言った顔つきのアンコにそう告げると一口お茶を飲んだ。アンコの口元が少しだけ緩んでいるのには気がつかないまま、席を立ったイルカに、アンコがちょいちょいと手を振り呼び止める。
「…?はい」
「それさ。直接言ったら?」
「はい?」
「だいじょーぶだよ。あいつはああ見えて階級差に奢るやつじゃないし。変わり者だけどさ。自分の意見はちゃんと自分で言わないと」
ニコニコ微笑むアンコは、ますます何を考えているのか分からない。言葉をそのまま受け取ったほうが楽だが、直ぐに頷くような話でもない為、イルカは曖昧に返答をして、頭を下げた。
*
「ねえ、何で?」
女が少し声を上げた。テーブルには冷めてしまった料理と然程減っていないビール。そのテーブルに乗せられた女の両手。面と向かって座る女はその指を丸め拳を作った。
苛立たしさを含んだ言い方にカカシは嘆息した。口布を外していたからそれは相手にハッキリと伝わってしまったのだろう。目つきが鋭くなった。
面倒臭いなと思う。理由はさっき言ったから、これ以上なにを説明したらいいのか。同じ事を何回も言う必要性はないから、カカシは沈黙を選んだ。
「私1人じゃ不満なわけ?」
ますます面倒臭い。カカシはポケットに入れていた手で銀髪を掻いた。ただ、否定はしたい。
「そんなんじゃないんだけどね」
言い方が気に入らないのか、益々目つきを鋭くさせ、
「じゃあ何で」
問い詰めるように女は言う。眠そうな目に相手を写す。なにを言っても怒りは静まりそうにない。
「…………」
再び黙ったカカシには女は瞼を伏せ息を吐いた。
「もういい」
さよなら。
席を立った女はヒールの音を鳴らして居酒屋から出て行く。
引き止めようとも思わなかった。女が出て行って、ふと気にしていなかった周りりの気配から、自分達を見ていたのだと漸く気がつく。まだ混み合ってもいない店内で、女の声が響いていたのだろう。
さして気にも留めないが、1つの気配にカカシは顔を上げ、チラと視線を向けた。カカシは立ち上がると一直線に向かい、隅の方テーブルまで行くと、ぴたと足を止めた。同業者だからだろう。そこにいた男数人は怯えるような表情をして、その中の1人背中を見せ座っていた男の肩をポンと叩いた。
「センセ」
数日前にラーメン店でしたように、身体がびくりと揺れるが、振り向くのを拒んでいるかのようなその背中を見て、カカシは躊躇う事なく、テーブルに手をついて顔を覗き込んだ。
そこには何とも気まずい顔があり、少しだけ眉間に皺が寄っている。
「ねえ先生。一緒に酒飲みましょうよ」
漸くイルカがカカシを上目遣いに見た。きっと今の女とのやりとりもしっかりと見ていたんだろう。素直すぎるイルカの顔は逆に好意が持てる。
「いや、…俺、連れと飲んでるんで」
言われて、カカシはニコとした顔を崩さずに、
「いいじゃない。可哀想な俺に付き合ってよ。ね、イルカ先生貸してくれる?」
いいよね?
敢えて自分の事をネタにし、同席していたイルカの友人に同意を求めれば、皆同じ様に首を縦に振った。
「ありがと」
カカシは財布から札を出すとテーブルに置き、イルカの腕を取った。ぎょっとするのも想定内。
「じゃ、イルカ先生はこっちね」
腕を引いて店主に奥座敷に入れる様手配をしてもらう。イルカは困惑した顔を思い切り浮かべながら大人しく部屋に入り、その顔を保ったまま正座をした。
カカシは寛ぐように胡座をかいて、イルカの顔をじっと見た。別に放っておいても良かったと自分でも思う。でも、どうも行く先に目に入るこの中忍に自分の中で引っかかるものがあるらしく。それは何か分からない。それに相手も目の前にある通り、自分に対して分かりやすく嫌だと線引きされているのが分かる。だから尚の事放っておけばいい。他のやつみたいに。
でも、どうしても声をかけたいと言う興味が勝っていた。
酒と料理がテーブルに並べられ店員が下がると、カカシは戻していた口布を下げた。
「聞いたよ」
「何がでしょうか」
「俺の事嫌いなんだって?」
イルカの目が明らかに気まずいと、その色を濃くした。
待機所にいたカカシに嬉しそうな顔で現れたアンコはまたイルカがこう言っていたと、カカシに話し出した。
噂好きの代名詞であるアンコの言葉を何1つ鵜呑みにした事がなかったし聞き流していた。だが、今回はカカシを苛つかせた。気にしないよう素知らぬ顔を保っていたが。
「先生さ、俺を社会的に抹殺するつもり?」
つい意地悪な台詞が付いて出た。
「は、そんな。別に俺は、」
目を剥きカカシをしっかりと見た。それに幾分満足してカカシは続けた。
「だってそうじゃない。いちいちアンコに言わなくてもいい事言わないでよ。あれ、面倒臭いんだからさ」
「おれはただ、間違った噂を訂正したかっただけで、」
「へえ」
低い声。明らかに不機嫌な声を出していた。他人にそこまで深い感情を持たない自分にしては珍しい。内心自分に驚きながらも隠す事もしたくなかった。
間違ったとは自分に好意を持っていたと言う事実を指すのだろう。
見るからに裏表ない真っ直ぐな性格。その心情を素直に探りたいと、またしても彼に対する興味が湧き上がる。
そんな気持ちを分からないとは思うが、イルカはビールのグラスを持つと、少しだけ口にした。ぽてっとした柔らかそうなその口元を無意識に見つめながら、
何処から切り崩そうか。
カカシは刺身の皿からイカを箸で取ると口に入れながら考えた。
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