不完全な男と②

イルカは火影の部屋にいた。
任務と言われ、そのまま音沙汰がなく2週間が経とうとしていた。一緒に住んでると報告するつもりはない。ただ、カカシの治療の進展が知りたい。
しばらく待つと、火影は奥の部屋から現れた。手には紙を持っている。見たところ手紙に見えた。
「どうだ、カカシの様子は」
2週間も経つのに、どうだは無いだろう。イルカはムッとした。
「こちらは特に変わりありません。ただ、元の人格がほとんど出てきてないように思われます」
「・・・確かに、それは把握している。木の葉では治療に限界がある。・・ワシの知人で、この手の分野に詳しい奴がいるのだが、」
言葉を切って、パイプに火をつける。持っていた紙を広げた。
「治療を頼むために何度か使いを出していたのだが、どうやら病を患って別の里に移り住んでいるらしい」
手紙を机の上に置いた。
「体調がよくなり次第こちらに来るそうだ」
無表情のまま、イルカは落胆した。この生活を続けなくてはいけない。しかし、治療が滞っているのではどうしようも出来ない。
イルカの気持ちを知る由でもなく、火影は続ける。
「また、何かあったら報告してくれ」
小さく頷き部屋を後にした。


一緒に住むようになり、カカシと一緒に過ごす時間が増えてきた。
今まで一人でいた時間にカカシが入り負担になるかと構えていたが、カカシの任務が減っているせいか、快く手伝いをしてくれた。基本家事に関しては無知で面倒臭がりらしい。イルカからみると、仔犬のようで可愛い一面だ。
特に沈黙も苦でなかった。
男同志の恋愛は気持ちの悪い物とばかり思っていたのに、現実があまりにも違い、そのギャップにイルカ自身驚いていた。相手がカカシだからだろうか。
実際、イルカは幸せだった。自分をこんなに大切にされた事がなかった。1人で生きるのが当たり前だと思っていた。それはカカシも同じなのだろうか。
感情の相違に辛くなるが、カカシが幸せそうにしているのが幸いだ。
「イルカ先生」
カカシの後についでイルカが風呂に入り、タオルで髪を擦りながら冷蔵庫を開けていた。
ミネラルウォーターを手にした時、カカシに呼ばれ振り返った。
カカシは観ていたはずのテレビを消してこっちを見ている。一瞬元のカカシの人格になったのかと思ったが、そう言う訳でもない。
はい、と返事をしてカカシの前に座った。
(なんだろう、改まって)
首をかしげると、カカシが唇にチュッと音を立ててキスをした。
いつもの行為だが、イルカはなかなか慣れない。自然と顔が熱くなりうつむく。
いつもはそれだけのはずが、今日は違った。再び顔が近づき、またキスをされるのかと思っていた。
カカシの口がイルカの唇でなく首元にかかり、きつく吸われ、思わず声が漏れた。
「っ・・・ぁっ、・・」
思いがけない自分の声に息をのんだ。
唇は首筋をなぞり何度も吸って舌で擦られ、堪らずカカシの肩を掴んだ。
「あ・・の、カカシ先生・・?」
唇が耳元にきて、息の熱さに身じろぎした。
「・・・ね、イルカ先生。エッチしよ?」
耳に入り込む低い声に背中がゾワリとした。カカシの手が腰にかかる。
言葉の意味がはっきり分かり、急速に思考が回り出す。
(エッチ、エッチって・・お、俺と!?)
これは、考えていなかった。一緒に住むとはこれも含んでいたのだ。
男同志でここまでの知識は全くなく、いやないものだと勝手に解釈していた。
カカシは自分を好いていて、それは女性が男性に変わろうとやることは変わらないと、今カカシの言葉で知った。
これはまずい。ものすごくまずい。どうにかして断らなければいけない。
「でも、・・ちょっと・・」
時間が欲しい。欲しいけど、どう説得すれば。
「オレねこれでも我慢した方なんです。結構限界・・」
膝を割り入れられカカシの既に熱くなったモノを押し当てられ、腰がビクリと反応し、余計混乱する。自分に欲情している事実を身をもって思い知らされ、緊張が走る。
イルカの応えを待つでもなく、カカシの腰にかかっていた手がゆるりと背中を撫でる。それだけで素直に身体が反応し、もどかしくなる。
「カカシ先生・・・」
どうしたらいいのか分からずカカシの顔を見た。どうにか察してやめる方向にいかないだろうか。
カカシはうっとりとし、
「イルカ先生の目、すごくそそる・・」
呟いて、唇を塞がれた。前回のキスとは比べものにならないくらい、激しい。貪るように口内を荒らされ絡み合う。
「・・んっ、・・・ふっ、」
息が苦しくなり、思わず身を引くと、後頭部を手で支えられ逃げられなくなった。わずかに漏れた息で空気を吸うがカカシの舌は止まらない。唾液が漏れイルカの顎を伝う。
前もそうだった。ここまでされると、腰が甘く疼いてどうしようもなくなる。目に涙が浮かんだ。気がつけば、床に背中がつき、押し倒されていた。ひんやりとした床の冷たさが伝わるが、自分の持った熱のせいでそれすら感じない。
やめて欲しいのに、やめて欲しくない。意識が混乱していた。
「・・イルカ先生、ベットに行こ?」
声が届いたかと思ったら、両手で抱えられ布団の上に優しく置かれた。カカシは上着に手をかけ素早く脱ぐと、畳に捨てた。
鍛えられたたくましい身体がイルカの目に入り動機が激しくなる。
不意に[刺激はするな]と、火影の声がイルカの頭に浮かぶ。でも、さすがに怖い。女性との知識しか持ち合わせていない。
ギシリ、と音を立ててカカシがイルカの上に乗る。
首元を舌で舐められ思わず目を閉じた。何度も薄い皮膚をきつく吸い上げ、赤い跡を残す。
「・・はっ、・・・ぁっ、・・・んっ、・・」
勝手に漏れる声が恥ずかしくて、手で口を塞いだら、すぐに剥がされた。
「可愛い声、聞かせて?・・・ね?」
薄い笑みを浮かべイルカの唇を舐める。晒された赤い左目がイルカをじっと見つめていた。
整いすぎた顔立ちはイルカの思考を鈍らせる。こんなに格好良い男が、男を相手にしていいのだろうか。人格が別とはいえ余りにも酷い現実。元のカカシが知ったら。
「別の事考えないで、オレだけを見て」
イルカの顔を見て囁くと、首元に顔を埋めた。また赤い跡をつけながら、手がするりと上着の裾から入り込み、イルカは慌てた。
「ぁっ、・・カ、カシせんせっ、・・」
カカシの指がイルカの突起を強く捻り、身体が強く跳ねた。自分の身体の反応に驚く。
「ふっ、・・・ぅ、・・」
扱くように擦り上げられる度に甘い声が漏れる。堪えようがなくただ、唇を噛み締めた。
グイと上着をはだけられ、赤く色づいたイルカの突起が晒け出される。指が離れ寂しそうに震えるそれを、カカシが口に含んだ。
「っ、・・・ぅ、んっ・・・」
身体がビクビクと震える。歯で軽くなぞられるだけで、自分自身が熱を持ち出した。
それを知ってか、カカシの手が四肢にかかりイルカは震えた。
「だっ、駄目・・・っ」
カカシの腕をつかもうとして、逆に両手首を掴まれて上に上げられる。
「大丈夫、気持ちよくしてあげるから」
そうじゃない、とイルカは首を振る。どうすると言うんだ。自分がどうされるのか不安で仕方がない。イルカの潤んだ目を見て意味が分かったのか、微笑む。
「男とヤるの初めてだけど、痛くないようにするから、大丈夫」
大丈夫と言われて、ますます腰が引けてきた。自分だって初めてなのだ。
が、素早くスボンと下着を脱がされ、声にならない悲鳴がでる。
「~~~~~~~っ!」
「イルカ先生の可愛い・・」
見られているだけでも耐えられないくらいに恥ずかしいのに。カカシの言葉に泣きそうになる。萎え始めていたイルカ自身をゆるりと握る。先からは透明の滴がトロトロと流れていた。ぐちゅりと音を立て扱かれあまりの気持ちよさに声が上擦った。
「あぁっ、・・・はっ、・・あっ・んっ・・」
次第に硬くなり形を変える。扱きながら柔らかい先端を指で擦ると、いやらしい音が
部屋に響き、興奮するのを覚えた。
濡れたカカシの長い指が伝うように下の蕾に触れ、イルカは驚愕した。
指の腹でヌルヌルと解し徐々に指が埋まり出す。
「ちょっ、・・そこ、はっ、駄目っ・・」
挿入された違和感にイルカは身じろぎした。これからされるだろう行為が、さすがにイルカが疎くても嫌でも分かる。やめて欲しく腰を浮かせたら、さらに入れられ強い
違和感に冷や汗が出た。
ゆっくりとだが、指が奥に突き立てられ、指が動き内膜を擦る。
「‥ぅ、‥‥あ‥っ」
ある部分を擦り、目眩がするほどの感覚に襲われた。信じられない感覚が身体を支配した。
「イルカ先生、ここが気持ち良いの?」
囁かれ、再び同じ場所を擦られ腰が勝手に動く。
「ぅっ、・・・ん・・っ」
指が増やされしっとりと濡れた内部を指で掻き回され、その快感にイルカはカカシの肩に爪を立てた。
「もういいよね・・・」
カカシは独り言のように呟き、ずるりと指を引き抜いた。
硬く猛ったカカシ自身を抜いた場所に押し当て、ゆっくりと入れられる。
「や‥っ、‥‥‥う‥‥‥」
指とは比べものにならない圧迫感に身体がガチガチに固まった。
無理だ。押し広がる痛みに眉をひそめる。こんなもの、入るわけがない。頼むから抜いて欲しい。
涙が自然と溢れ頬を伝う。
「ゆっくり息をして、苦しいだけだよ」
頬の涙を舌ですくい取り、腰を押し付けられ、根元まで挿入された。
痛いのか苦しいのか頭が朦朧として分からない。
「・・お願いっ、・・抜いて、・・」
必死に声を絞り出す。カカシの腰がゆるゆると動いた。
「・・すご・・、気持ちいぃ・・」
熱っぽく呟き、イルカの言葉を遮るように腰が動き出す。
何度も揺さぶられ、痛いはずなのにその度に甘い声が漏れる。痛みが薄れ、根元まで打ち付けられる度に疼くような快感がイルカを支配した。
イルカの両脚を高く掴み激しく打ち付ける。
「ぁっ、・・ん・・っ」
限界が近い。小刻みに激しく揺さぶられ、押し寄せる波で意識が飛びそうになる。震え立つイルカ自身を強く握られ、それだけで堪らずイルカは達し、カカシの手を汚した。
同時に内部をきつく締め付け、カカシもイルカの中に熱を吐き出した。熱を出し
切るまで、カカシは腰を動かし擦りあげ、それすら敏感に感じとってしまう。内部の熱が音を立てながら蕾から流れ落ちる。イルカは眉を潜め足に伝っていくのを感じた。
荒い息をしながらカカシはイルカにキスをした。瞼に、鼻、頬にして、最後に唇を塞ぎ舌を求められ、イルカは自ら差し出した。
カカシの上がった息がイルカの肩にかかり、終わったかと密かに胸をなでおろした。
程なくカカシはゆっくり腰を動かす。ぐちゅぐちゅと淫らな音を立て、先ほどまでの行為に再び熱を帯びさせる。
カカシの力なくなったモノが次第に堅くなり、擡げてきた刺激でイルカの腰に甘い刺激が走る。朦朧としながらその行為を察し、イルカはイヤイヤと首を振った。
「もっ・・ぅ、・・っや・・」
「何で?こんなに気持ちいいのに・・」
でも、カカシの言葉は合っていた。どうしようもなく気持ちがいい。カカシの触る身体はどこも過敏に反応し、甘い声をあげてしまう。カカシは満足気に舌舐めずりし、リズム良く腰を打ち付けた。
イルカには快感に酔いしれ贖う力がなく、受け入れるようにカカシにしがみついた。


腰が怠い。
顔をしかめて腰をさする。慣れない行為はさすがに素直に身体に表れる。
あの日からカカシはイルカを求めるようになった。求められる度にしてはいけないと思うのに、拒否出来ない自分もいた。カカシは強いる事はないが、ただイルカもカカシに求められると、その流れに流されてしまう。
(任務さておき、俺カカシ先生に甘いのかな・・)
大概にしないと、課外授業に支障が出かねない。反省して深く溜息をついた。
カカシに元の人格が現れなくなり、ホッとするが心配だった。火影の言う通り、彼は木の葉を誇る忍。このままでは何かあった時不意に人格が入れ変われば、カカシ自身身の危険がでる。
火影からまだ何も連絡はない。それも悩みの種だ。
カカシの気持ちを受け入れるだけで、いいと思っていたのに。イルカの心が揺らいで仕方がない。この気持ちはどうしたらいいのだろう。
(胸が苦しい・・・)
ベストの上から胸を押さえる。苦しいより痛いが正しかった。今まで何度か恋愛をしてきたはずなのに。こんな痛みを感じた事がない。
「ねえねえ」
声がかけられ、イルカは顔を上げた。
「はい」
真っ直ぐ相手を見る。何度か見かけた事のある、確か上忍だ。名前はすぐに思い出せない。
今日はアカデミーの授業を担当していたが、授業の中抜けた時間があり、誰もいない教室で資料の整理をしていた。
その上忍は座っているイルカを見下ろしているが、その目に何故か嫌悪感を覚えた。
「戦略に関する本、何処にある?」
言われて眉をひそめる。戦略。アカデミーには初歩的な本しか管理をしていない。上忍が使う資料は地下に保管用としてあるのは知っていた。が、それは保管用で使用は禁止されている。
それを知って問われているのだろうか。
「こちらには、生徒に教える程度の本しか置いてなくて」
「でも、地下にはあるよね?」
「・・あれは使用が禁止されていますが」
「閲覧はできるはずだよね。手持ちにないし、今日の任務で確認したいから、見せてよ」
随分と横柄な態度だ。知っているなら勝手に行けばいいだろう。
「時間ないから探してくれる?」
「・・分かりました」
静かに溜息をついてイルカは立ち上がり、地下に向かう。
向かう途中上忍の顔をちらりと確認したが、ニヤニヤしていて気味が悪い。
鍵をあけ、電気をつける。
どの様な本ですか?と問いながら振り向くと、両腕を組み、口元が笑っている。
「カカシと付き合ってるってマジなの?」
馬鹿にしたような声色だった。
「・・その質問に答える義務はありません」
強く睨み返す。他言無用である以上話すつもりもないし、もとよりこの目の前の上忍のあげつらう言い方が嫌だった。
イルカの答えにへぇ、と呟き笑う。
「今まで女を取っ替え引っ替えしてたような奴が、どんなのを相手にしてるかと思ったけど、何か特に取り柄のないような、しかも男なんだ。笑える」
カカシは好きで自分と付き合ってる訳ではない。付き合ってるのは事実でも、頭の負傷により現れた別の人格に支配されているだけだ。
自分の事をどう言われようが構わないが、面白半分に茶化すのに怒りを感じた。
「・・本を探さないのなら失礼します」
さっさと立ち去りたい。話すだけ無駄だ。
扉を開けようとして、肩を強く掴まれた。そのまま本棚へ突き飛ばされ、何冊か足元に崩れて落ちる。
態勢を整える間も無くベストを掴まれた。冷たい視線でイルカを睨む。
「中忍が生意気なんだよ。カカシと同じ事、してもらおうかな」
同じ事?と思った瞬間、ベストのジッパーに手がかり驚く。何をされるか頭で理解し
血の下が下がった。その手を強く払いのけようと掴んだ。
「離せっ・・」
上忍の力に敵うはずがない。分かっていても抵抗した。強い力で振りほどけない。
その間にもベストが脱がされる様を見て身の毛がよだった。無理に身体を捩らせると、顔に強い衝撃が走り目の前が一瞬白くなる。バランスを失い床に尻餅をついた。
口内に血の味が広がる。敵わないが、嫌だ。
クナイで抵抗するしかない。イルカは睨んだまま懐にあるクナイに手をかける。
こんな行為も侮辱も許せない。
「何してるの?」
ヒヤリとした声だった。
地下室に静かに響き、同時にピシッと空気に亀裂が入り、心臓が凍りつく錯覚を覚えた。不用意に殺気が放たれていた。
カカシは片腕を上げて入り口の壁にもたれている。眠たそうな右目がうっすらと三日月がかる。
「それってナンパ?あ、違うか。強姦?楽しそうだね。仲間に入れてよ」
笑顔だが目は笑っていない。
「・・・・・」
放たれている殺気に身がすくんでいるのか、相手は黙り動かない。
カカシは長いため息をついて一歩前に出る。
「それ、オレのモノだって知ってた?・・・・ねえ、知っててやってんのかってきーてんの」
カカシの顔が険しくなる。
「・・人の女を、・・ユキを奪った奴に言われたくねーよ」
押し殺した声で男が口を開いた。
「ユキ?誰それ」
素っ気なくカカシが返す。
「取った覚えないし、第一ね、言い方寄ってきた女に性欲処理して、何が悪いの?フラれたアンタが悪いんじゃない」
暴言と思える言葉を浴びせて、底冷えするような目で見据える。
「・・振られてなんかっ、」
「それで、仕返し?度胸あるね。オレに目を付けられたらどうなると思う?」
男の顔が青くなり動揺が広がる。ようやく現実を理解した様に身体が震えていた。
「・・何もまだしてねえよっ」
吐き捨てるように言葉を出すのが精一杯だったのか、逃げ腰で扉から姿を消した。慌てて階段を躓きなぎら駆け上がる音が部屋に響く。
「ダッサー、何なのアイツ」
頭を掻いて見上げながら、イルカに視線を落とした。
2人の修羅場のようなやり取りを、床に座ったまま見ていた、と言うかカカシの獣じみた殺気で動けないでいた。手にはクナイを握りしめたままだった。
「イルカ先生、大丈夫?」
伸ばされた手がイルカの手に触れ、ピクリと反応した。慌ててクナイをしまう。
「あ、はい。何ともないです」
立ち上がり、服に纏わり付いた埃をパンパンと払った。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。カカシは眉頭を寄せてじっとイルカの顔を見ていた。
「助けていただいた事は感謝します。でも、」
口を閉じ、カカシの顔をキッと睨む。
「確かに付き合ってますけど、・・俺は、カカシ先生のものではないです」
「へ?」
思わずカカシが気の抜けた返事をした。
「人を物みたいに言わないでください。それに、俺だって男です。今みたいな状況も、自分でなんとかしますから、平気です」
子供じみた事を言ってると分かるけど、口にださなければ気が済まなかった。
ふてくされたイルカの顔を見てうっすら微笑んだ。
「だってこんなに震えてるじゃない、平気なんて嘘ばっか」
右手をぎゅっと掴まれる。
暖かく長い指が手の甲をなぞる。
「イルカ先生言いたい事はよーく分かりますよ。・・でもね、あんなやらしいオーラ全開の男と並んで歩いてるの見たら放っておけないですよ。オレの気持ちも分かってください」
ね?と言われ閉口してしまう。
「・・自分の身は自分で守ります」
「まあねぇ、イルカ先生もれっきとした木の葉の忍だから?そりゃそうです。でもねえ・・」
小さくため息をつく。
「今日は未遂で済んだけど。オレ、きっと相手を切り刻んで川に投げ捨てるよ」
冗談のように話すが、カカシの目は本気だった。
「こ、殺しちゃ駄目ですよ」
「何で?イルカ先生、アナタを傷つけた奴をむざむざ野放しにはしないよ。抜け忍になろうが構いません」
話す内容はかなり不合理で滅茶苦茶だ。なのにこの人は知った事じゃないと言う顔をする。
あ、抜け忍になったらイルカ先生に会えなくなっちゃうか~、などと考えに耽るカカシを見て呆れた。
本当にやりそうで、怖い。きっとこれはカカシの素なのだろう。
「あなたは木の葉では大切な存在です。そんな事されたら俺だって迷惑です」
強く言い切ると、カカシは少しだけ驚いた顔をして、小さく笑った。
「それに、女性に対してせ、・・性欲処理なんて、酷すぎます。その考えは改めた方が良いと思います」
「え~そう?」
「そうです」
「ん~、アイツが何か言ったのか知らないけど、オレは特定の人と付き合わないんです。その代わり、花街行ったりソレ目的でのさっぱりとした付き合いしかしてません。昔は特にそうだっけど、任務帰りは精神が昂ぶってる事多いんですよ。妥当な方法だと思いますが」
大事ですよ~、呑気に呟く。
さっぱりとした付き合いの割には、さっきの上忍とズレがあったみたいだが、正直理解出来ない。
考え込むと、カカシの顔が近づき、口角を舌で舐められる。傷口がピリピリと痛みが走った。
そのまま唇を塞がれて、慌てた。顔を背けてグイとカカシの胸を突っぱねる。
「だっ、駄目、待ってください」
「オレね、嫉妬深いみたい。あんなの見せられて独占欲湧きました」
カカシは片手で抵抗する手首を掴み、もう片方の手でイルカの顎に添えて上を向かせる。
無理やり舌を割り入れ、イルカの舌を軽く吸い上げた。背中は本棚に押し付けられ逃げる場所を失う。
このままではいけない。ふと正気に戻り目をギュっと瞑る。カカシに流されたら、ここで・・。
「イルカ先生、オレを見て」
唇を離し両手で顔を包まれた。自分の顔はきっと赤いだろう。
イルカはゆっくり目を開けた。
左目は額当てで隠されたままで、右目でイルカをじっと見据えている。青い瞳には自分の顔がぼんやり映っていた。
自分は、この人とどのくらい一緒に過ごせるだろう。カカシはあとどれくらい自分を想うのだろう。
間近でカカシを見ながらも、見えない距離があるようで、なんとも言えない哀しさに包まれた。
不意にカカシが眉を寄せる。
「・・カカシ先生、どうしたんですか?」
カカシはゆっくり頭を左右に振って苦笑いをした。
「いや、ちょっと頭が」
頭・・?
その言葉にある不安が過る。
もしかして、症状が進行したのか。
「カカシ先生、頭痛いんですか?」
「ん、まあ少し。あ、治りました。じゃあ続きを、」
「続きじゃないです!頭痛、よくあるんですか?」
青くなりカカシに尋ねる。
「いや、ここ最近かな。でもきっと偏頭痛ですよ」
そうなのだろうか。不安が確信になる前になんとかしたい。
嫌がるカカシを地下室から連れ出し、アカデミーからも出る。木の葉の病院に連れて行こう、少しでも横になり休めば良くなるのかもしれない。
カカシは渋々イルカに引っ張られて歩いていたが、ピタと動きを止めた。
上を向き、小さく唸った。
「あー、すみません。お呼びがかかったみたいで」
カカシが見た空を見上げる。イルカには分からなかったが、微かに雲の合間から、鳥が弧を描き消えていくのが確認できた。
「せっかくですけど、行きますね」
イルカに告げるとカカシは歩き出し、フッと姿を消した。
大丈夫なのだろうか。呼び出しはたぶん火影だろう。まさか、任務をさせるつもりなのか。今頭痛があったばかりなのに、無理をしたら。
(・・さらに精神分裂?)
恐ろしいことを考えてしまう。症状がどうなるにしろ、カカシの事が心配で堪らなくなる。でも今の自分は何をしてやれる事がない。そのまま近くにある壁際に腰を下ろした。
今日は家に帰ってくるといいけど。
いつものカカシの優しく微笑む顔をみたい。
暫く経った頃、走る音が聞こえてきた。
「あ、いたいた!おい、イルカ!」
振り向けば、同じアカデミー教員がイルカに駆け寄って来ていた。
「学校の中にいるかと思ってたから、探したんだぞ」
「あ、ごめん。ちょっと、な」
立ち上がり、頭に手をやり口にすると、同僚は息を整えながらイルカを見た。
「火影様がすぐ来いって。探してたからちょっと時間過ぎたけど」
「え!!火影様が!?分かった、ありがとう」
イルカは慌てて駆け出した。
火影の知り合いとやらが木の葉に着いたのか。だとすれば、カカシを呼び出していたから間違いない。急がなければ。
息切れ切れに火影の部屋の前までくる。息を整えようと肩で息をした。
「火影様、イルカです」
低い声で返事があり扉を開ける。火影以外に気配が感じ取られなかったが、その通り、火影1人が部屋にいた。
「待ってたぞ。カカシの件だ。先刻伝えていたワシの知人がようやく来た」
「では、何処に?カカシ先生は・・?」
きょろきょろ辺りを見渡すイルカを火影が制する。
「カカシが先に来たからな、先ほど治療を開始した。まあ、問題なく終わるだろう」
パイプをふかして煙を吐き出す。
「え、・・あの、それは何処で?病院ですか?」
「いや、この奥の部屋だ。自覚がないカカシを病院に行かせるのも面倒だからな」
火影が向けた視線の先の部屋を見る。
(そうか、じゃあこの奥にカカシ先生が・・)
なんだか、呆気なかった。これでカカシ先生は治って元のカカシ先生になる。
任務を通常通りこなす事が出来て、火影としても一安心だろう。
地下室でイルカを見つめたあの目を何故か思い出した。
もうあんな風に話す事も、もちろん一緒に住む事だってない。
治療が終わったら、全部忘れて元の生活になって。
全部忘れて・・。
(・・ちゃんと、お別れしたかったな)
扉の奥にいるカカシに無性に会いたくなる。
イルカは黙ったままソファに座り、火影も話すことなくパイプをふかしながら窓の外を眺めている。
どの位経ったのか、扉の開く音で顔を上げた。立ち上がると、扉から白い顎鬚をたくわえた老人が姿を現した。臙脂色の羽織から出した両手を擦り、立ち上がったイルカを見た。
「ええと、こちらがあの患者さんに付いててくれた方かな?」
目元は下がり優しい印象を受ける。まるで仙人みたいだ。火影の知人と聞いていたから、もっと精力的で忍を引退した医者をイメージしていた。
「イルカだ。どうだ?カカシは」
老人はああ、と頷いてイルカの向かいに腰を下ろした。
「急いでいると聞いたからもっと深刻なのかとばかり思っていたよ」
息を吐くように笑い、立ったままのイルカを見て、安心させるかの様に話した。
「問題なく、終わりましたよ」
「そうか」
火影は短く相槌を打つ。
「今はまだ寝ていますが、すぐに目が醒めるでしょう」
カカシのいる部屋に入っていいものか、視線を投げてソファに腰を下ろした。
「あの様な軽い分離なら、急いで来ることもなかったかの。年寄りに長旅は堪えるわ」
冗談混じりで笑う。火影が咳払いをして机に向かった。
「お前が病気だと脅かすから、急かしたんだ。病は気からと言うだろう。大した病でもあるまいに。・・まあいい、久しぶりの木の葉を案内してやる」
旧知の友と言うのか、火影は治療が終わった事も安心してか、心なしか機嫌が良い。
言われた老人は火影の言葉に笑って返事をすると、ゆっくり立ち上がった。
慌ててイルカも立ち上がる。
「あ、え?出掛けられるのですか?カカシ先生はまだ寝て、」
その老人は笑い、話を遮る。
「さっきも話しましたが、もう治療は終わっています。起きたら帰っても大丈夫ですよ」
「そうだな。イルカ、カカシが起きたら今日は帰らせておけ」
え、でも、と困るイルカを残して老人2人はイソイソと扉から出て行く。
そうだと、火影は振り返った。
「イルカ、任務御苦労だった、褒美は多少はずませてもらう」
イルカの返事を聞くまでもなく、上手い蕎麦屋があるだの、足湯で一杯どうかだの、久しぶりに会う友人と会話を弾ませながら姿を消す。
口を開けたままイルカは老人2人がいなくなるのを見ていた。
なんなんだ。カカシが心配で急がせてたんじゃないのか。
それより本当にカカシをそのままにしていいのか。治療が問題なく終わったか確認もしないなんて。
老人2人のいそいそぶりを思い出し怒りを覚える。まあ、あの治療をした老人は信頼出来る様だった。大丈夫だとは思うが。あっさりしすぎて気持ちが空回りしてるみたいだ。
(なんか、俺だけ振り回させてないか?)
そうだ、カカシ先生。
急いで奥の部屋に近づき、扉の前で躊躇した。
カカシは自分を見てどう思うだろう。なんでこんな中忍がいるのかと訝しむのか。嫌悪されるのが嫌だ、と言うか怖い。
そんなカカシ先生を見なければいけないなんて。
扉にかかる手が震えているのが分かった。深く息をしてノックをする。
返事はない。
イルカはゆっくりと扉をあけた。
カカシは起きていた。それを確認し身体が思わず硬直した。
ソファに寝かされて治療していたのか、上体を起こし頭を軽く押さえている。
治療の為だったのか、額当ても覆面もしていない。素顔を晒しているが、俯いてカカシの表情は読み取れなかった。
(声をかけよう。声を、かけなきゃ・・)
緊張してのどが圧迫される。
「・・・・・出て行ってください」
カカシの声が聞こえた。発せられた声は余りにも小さい。イルカはカカシを見つめた。
「出てけって言ったんです」
唸るような声だけが部屋に響く。
「・・・分かりました」
そう返事をするのが精一杯だった。その声は震えていたのかもしれない。
静かに扉を閉め、その扉を見つめた。
(カカシ先生、元に戻ったんだ。良かった。良かった・・・)
これで良かったんだ。何も間違っていない。
自分に言い聞かせるように何度もつぶやき、部屋を後にした。

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