不完全な男と④
頭痛がする。
体調不良になりにくい自分には珍しく頭痛が続いていた。
ここ何日か、任務に支障が出るほどではないが、思い出したようにズキズキと痛む。
待機所で本に目を落としながら頭に手を当てた。
「お前最近よくそうしてるよな」
上忍仲間のアスマか煙草をふかし、持て余すようにテーブルに組んだ両脚を乗せてカカシを見た。
「どうだかね」
曖昧な答えにアスマが片眉を上げる。
「まあお前らしくないけど、偏頭痛とか、そんなもんか。それか出来の悪い部下に頭を悩ます、と言ったところか」
意地悪い顔をするアスマに目線を上げた。
体調不良になりにくいカカシ自身、アスマの持つ意見に興味が出た。
「偏頭痛?何よそれ、風邪って事?」
「風邪…じゃねえなぁ、天気の変わり目とか気圧の変化になったりするやつだ」
気候の変化。興味は一気に削ぐれた。今までそんな経験をした事もなくたぶん外れだ。
再び本に目を落として溜息を零す。
「デリケートな身体になっちゃうお年頃か」
「うるさいよ」
再び痛む頭を押さえてカカシは立ち上がる。
イライラするのも否めない。偏頭痛か知らないが、ここ最近痛む事が増えてきた。
軽く頭を振り待機所を出ようとした時に、目の前に男が現れ、ぶつかりそうになった。
「すみません」
「っ、ごめ、……」
言葉を呑み込んでいた。
頭を下げる男を見て、表情が硬くなった。よく知っている。
自分の中で特別な、人。
心臓が高鳴るのが分かり、思わず顔を引き締めた。
イルカ先生。
心の中で名前を呟いた。口にはしない。きっと彼は自分の事を知らない。
イルカは目を伏せて口を硬く結んでいる。
いつもこの顔だ。自分を見る時はいつもそう。険しい時もあるし自分の目を見ない事もある。
何故いつもそんな顔しかしないの。
胸の痛みを隠しきれなくなりそうで、自分に苛立ちを感じ思わず顔を顰めた。
「おぉ、イルカ。任務表か」
後ろでアスマが声を出した。
途端イルカの頬が緩み微笑んだ。
「はい、お願いします」
通り過ぎるイルカを肩越しにチラと目で追った。
緩やかな笑みを見せているイルカに思わず目を細めて報告所を後にした。
一度でいい。あの笑みを自分に向けて欲しい。
そしたら自分も素直に笑えるのに。
向こうは中忍で自分とは仕事の内容も違いすぎる。オレのような最前線にいる危ない男は相手にしない事も知っている。
無愛想で話もうまくない、つまらない男だ。不釣り合いだと分かってる。
ただ、笑顔が見たい。自分に微笑んでくれたらどんなに幸せだろう。
カカシは痛む頭を押さえ、歩き出した。
数日後
朝、妙な違和感を感じていた。
ここ数日はアスマ曰く偏頭痛とやらが出なくてホッとしていたのだが。
起きて服を着込んでいる時に、昨日の記憶が薄らいでいるような錯覚を覚えた。
あれ、と思い記憶を探るが途中からプツリと糸が切れたように途絶える。思わず着込む手を止めて眉を寄せた。
今まで感じた事のない忘れ方だ。
昨日は確か部下を連れて任務に出ていた。果物園で桃の収穫と剪定を行い、夕方には解散したはずだ。任務報告もすぐすませて、そのまま、家にーー?
いや、飲みに行って記憶を無くすまで飲んだとか。
財布に手をやり入っている明細書を見た。確かにいつも行く料理屋で食事をしていた。
でも、内容からして二人分だ。視線を空に泳がせる。
ああ、やめ。
とにかく、今日は単独任務が入っている。
カカシは服を着ると外へ出た。
話しかけられた時は言ってる意味が分からなかった。
イルカは親しみを込めた眼差しでカカシを見ていた。唖然と言う言葉がピッタリくるかのように、口を開けイルカを見ていた。
「カカシ先生、先日はごちそうさまでした」
確かにそう言った。
信じられない。そんな言葉自分に向けられるはずがない。
他を振り返り確認してみるが、やはり視線は自分に向けられている。
素直にカカシは顔を顰めた。何の事かと問えば、イルカはその黒く真っ直ぐな瞳を丸くした。
別の意味で胸が高鳴る。その目に自分が映っている事に無性に喜びを感じた。
ただ、イルカの言動には見当がつかなかった。丸で自分が間違っているかのような対応に内心不信感が持ち上がってきた。
記憶力は良い方だ。確かに昨日の記憶は曖昧だが、イルカとの記憶を忘れるはずがない。
第一あり得ない。自分と夕飯を共にする?いや、絶対にない。有るはずがない。
噛み合わない会話をし、これ以上話していたらイルカにありもしない事で責められそうで不安になった。
任務があると、足早にその場を立ち去り、イルカの気配を感じなくなると、立ち止まり深く息を吐いた。みるみる身体が熱くなってくる。
口元を押さえていた掌を見れば、小刻みに震えている。
間違いだとは言え、イルカが自分にあの笑みを自分に見せた。
しかも名前を口にして。
初めてだ。
仲良くなりたいとは思っていたが。
だが自分に嘘はつけない。嫌な思いをさせただろうか。これでまた距離が開いてしまっただろう。
嘆息して開いていた掌で拳を作る。
イルカ先生。
もう一度、自分を読んで欲しい。
あの唇で。
何かに耐えるように顔を引き締めて、カカシは任務へ向かった。
暗澹たる記憶が頭痛と共に現れていた。
それも実感出来ずにいた事が災いしたのか。
気がつけば刹那に身体が吹き飛ばされていた。何が起こったのかわからない。一瞬で状況を把握して片手に持つクナイで牽制した。
里にいたはずの自分が、目の前にある敵の攻撃を避けきれずに身体を地面に叩きつけられている。
痛む頭に多少の怪我を確認する。
其処からは淡々と相手を消し任務を終わらせた。
「おい」
アスマが骸に片脚を置いているカカシの肩に手を置いた。
「お前、ちょっと診てもらえ」
「?はあ、何が」
煙草を加えたまま、真剣な眼差しにぶっきらぼうに答えた。
「いーから、念のためだ」
「………」
沈黙して敵の骸に目線を向ける。
もはや誤魔化すレベルではないのかもしれない。自分の身体の変化に多少なりとも気がついてはいたが。
病院って嫌なんだよね。
諦めきれない溜息を零した。
「何故もっと早く報告をしない」
目の前で渋い顔をする三代目にはあ、と力なく答えて頭を掻く。
病院で検査を受けた結果を任務報告と共に火影に報告していた。
手に持つ報告書で机を何回か叩いて、鋭い目を向けられた。
参ったな。
密かに顔を顰めた。
任務自体は事もなく終わったから、火影が言っているのはオレの検査結果だろう。
診断報告書自体は火影しか見ていない為内容は不確かだが、検査結果は多少の精神的疲労と診断されただけのはずだ。
自覚がない為、実際今も腑に落ちない。
「少し休む必要があるな」
「いや、冗談でしょ?」
火影の険しい眼光に肩をすくめた。
「よいか、…これは一時的な措置だ。暫くは七班の任務だけに従事してればよい。いいな、これは命令だ」
これは何を言っても無駄だろう。
なにせ命令ときてる。
部屋を出て任務を振り返る。
三代目に楯突きそうになったものの、確かにやばかったよね。ここは大人しくしてるべきか。
一時的なものなら、大した事ないって事でしょ。頭痛の原因が分かったならそれでいいか。
カカシは安気に解釈して、任務表を確認する為にアカデミーへ足を向けた。
NEXT→
体調不良になりにくい自分には珍しく頭痛が続いていた。
ここ何日か、任務に支障が出るほどではないが、思い出したようにズキズキと痛む。
待機所で本に目を落としながら頭に手を当てた。
「お前最近よくそうしてるよな」
上忍仲間のアスマか煙草をふかし、持て余すようにテーブルに組んだ両脚を乗せてカカシを見た。
「どうだかね」
曖昧な答えにアスマが片眉を上げる。
「まあお前らしくないけど、偏頭痛とか、そんなもんか。それか出来の悪い部下に頭を悩ます、と言ったところか」
意地悪い顔をするアスマに目線を上げた。
体調不良になりにくいカカシ自身、アスマの持つ意見に興味が出た。
「偏頭痛?何よそれ、風邪って事?」
「風邪…じゃねえなぁ、天気の変わり目とか気圧の変化になったりするやつだ」
気候の変化。興味は一気に削ぐれた。今までそんな経験をした事もなくたぶん外れだ。
再び本に目を落として溜息を零す。
「デリケートな身体になっちゃうお年頃か」
「うるさいよ」
再び痛む頭を押さえてカカシは立ち上がる。
イライラするのも否めない。偏頭痛か知らないが、ここ最近痛む事が増えてきた。
軽く頭を振り待機所を出ようとした時に、目の前に男が現れ、ぶつかりそうになった。
「すみません」
「っ、ごめ、……」
言葉を呑み込んでいた。
頭を下げる男を見て、表情が硬くなった。よく知っている。
自分の中で特別な、人。
心臓が高鳴るのが分かり、思わず顔を引き締めた。
イルカ先生。
心の中で名前を呟いた。口にはしない。きっと彼は自分の事を知らない。
イルカは目を伏せて口を硬く結んでいる。
いつもこの顔だ。自分を見る時はいつもそう。険しい時もあるし自分の目を見ない事もある。
何故いつもそんな顔しかしないの。
胸の痛みを隠しきれなくなりそうで、自分に苛立ちを感じ思わず顔を顰めた。
「おぉ、イルカ。任務表か」
後ろでアスマが声を出した。
途端イルカの頬が緩み微笑んだ。
「はい、お願いします」
通り過ぎるイルカを肩越しにチラと目で追った。
緩やかな笑みを見せているイルカに思わず目を細めて報告所を後にした。
一度でいい。あの笑みを自分に向けて欲しい。
そしたら自分も素直に笑えるのに。
向こうは中忍で自分とは仕事の内容も違いすぎる。オレのような最前線にいる危ない男は相手にしない事も知っている。
無愛想で話もうまくない、つまらない男だ。不釣り合いだと分かってる。
ただ、笑顔が見たい。自分に微笑んでくれたらどんなに幸せだろう。
カカシは痛む頭を押さえ、歩き出した。
数日後
朝、妙な違和感を感じていた。
ここ数日はアスマ曰く偏頭痛とやらが出なくてホッとしていたのだが。
起きて服を着込んでいる時に、昨日の記憶が薄らいでいるような錯覚を覚えた。
あれ、と思い記憶を探るが途中からプツリと糸が切れたように途絶える。思わず着込む手を止めて眉を寄せた。
今まで感じた事のない忘れ方だ。
昨日は確か部下を連れて任務に出ていた。果物園で桃の収穫と剪定を行い、夕方には解散したはずだ。任務報告もすぐすませて、そのまま、家にーー?
いや、飲みに行って記憶を無くすまで飲んだとか。
財布に手をやり入っている明細書を見た。確かにいつも行く料理屋で食事をしていた。
でも、内容からして二人分だ。視線を空に泳がせる。
ああ、やめ。
とにかく、今日は単独任務が入っている。
カカシは服を着ると外へ出た。
話しかけられた時は言ってる意味が分からなかった。
イルカは親しみを込めた眼差しでカカシを見ていた。唖然と言う言葉がピッタリくるかのように、口を開けイルカを見ていた。
「カカシ先生、先日はごちそうさまでした」
確かにそう言った。
信じられない。そんな言葉自分に向けられるはずがない。
他を振り返り確認してみるが、やはり視線は自分に向けられている。
素直にカカシは顔を顰めた。何の事かと問えば、イルカはその黒く真っ直ぐな瞳を丸くした。
別の意味で胸が高鳴る。その目に自分が映っている事に無性に喜びを感じた。
ただ、イルカの言動には見当がつかなかった。丸で自分が間違っているかのような対応に内心不信感が持ち上がってきた。
記憶力は良い方だ。確かに昨日の記憶は曖昧だが、イルカとの記憶を忘れるはずがない。
第一あり得ない。自分と夕飯を共にする?いや、絶対にない。有るはずがない。
噛み合わない会話をし、これ以上話していたらイルカにありもしない事で責められそうで不安になった。
任務があると、足早にその場を立ち去り、イルカの気配を感じなくなると、立ち止まり深く息を吐いた。みるみる身体が熱くなってくる。
口元を押さえていた掌を見れば、小刻みに震えている。
間違いだとは言え、イルカが自分にあの笑みを自分に見せた。
しかも名前を口にして。
初めてだ。
仲良くなりたいとは思っていたが。
だが自分に嘘はつけない。嫌な思いをさせただろうか。これでまた距離が開いてしまっただろう。
嘆息して開いていた掌で拳を作る。
イルカ先生。
もう一度、自分を読んで欲しい。
あの唇で。
何かに耐えるように顔を引き締めて、カカシは任務へ向かった。
暗澹たる記憶が頭痛と共に現れていた。
それも実感出来ずにいた事が災いしたのか。
気がつけば刹那に身体が吹き飛ばされていた。何が起こったのかわからない。一瞬で状況を把握して片手に持つクナイで牽制した。
里にいたはずの自分が、目の前にある敵の攻撃を避けきれずに身体を地面に叩きつけられている。
痛む頭に多少の怪我を確認する。
其処からは淡々と相手を消し任務を終わらせた。
「おい」
アスマが骸に片脚を置いているカカシの肩に手を置いた。
「お前、ちょっと診てもらえ」
「?はあ、何が」
煙草を加えたまま、真剣な眼差しにぶっきらぼうに答えた。
「いーから、念のためだ」
「………」
沈黙して敵の骸に目線を向ける。
もはや誤魔化すレベルではないのかもしれない。自分の身体の変化に多少なりとも気がついてはいたが。
病院って嫌なんだよね。
諦めきれない溜息を零した。
「何故もっと早く報告をしない」
目の前で渋い顔をする三代目にはあ、と力なく答えて頭を掻く。
病院で検査を受けた結果を任務報告と共に火影に報告していた。
手に持つ報告書で机を何回か叩いて、鋭い目を向けられた。
参ったな。
密かに顔を顰めた。
任務自体は事もなく終わったから、火影が言っているのはオレの検査結果だろう。
診断報告書自体は火影しか見ていない為内容は不確かだが、検査結果は多少の精神的疲労と診断されただけのはずだ。
自覚がない為、実際今も腑に落ちない。
「少し休む必要があるな」
「いや、冗談でしょ?」
火影の険しい眼光に肩をすくめた。
「よいか、…これは一時的な措置だ。暫くは七班の任務だけに従事してればよい。いいな、これは命令だ」
これは何を言っても無駄だろう。
なにせ命令ときてる。
部屋を出て任務を振り返る。
三代目に楯突きそうになったものの、確かにやばかったよね。ここは大人しくしてるべきか。
一時的なものなら、大した事ないって事でしょ。頭痛の原因が分かったならそれでいいか。
カカシは安気に解釈して、任務表を確認する為にアカデミーへ足を向けた。
NEXT→
スポンサードリンク