欠片①

目を開けると電灯が目に入った。
横たわる身体を微かに動かせば感じる感触は布。ぼんやりとした頭に駆け寄ってきた医療術者が話しかける。
あぁ、そうか。オレ死ななかったんだ。
質問に答えながら思った。3日間意識がなかったらしい。
任務先で敵を倒した後、自分も意識を失った。写輪眼を使いすぎだと言われて、戦闘を思い出そうとした。
確か敵は3人いた。傷を負ったが、2人殺して。残りの1人は女。
そう女だった。
土属性の女だ。術を見切って雷切で急所を仕留めたーーはずだ。
なのに、さっきなぜ自分が死んだかと思ってたのか。
仕留めた後、思い出そうとすると、靄に覆われたかのように見えなくなる。
思い出せないからだろうか。
何か見落としてる気がする。
別の何かを。
胸がむずむずして落ち着かない感覚。
気になるが、任務も問題なく終わった事を聞き安堵する。

検査をして腹に受けた傷以外は問題がないと分かった。
翌日、写輪眼を酷使すると入院する、いつもの病棟へ移された。
身体がある程度まで回復するまでの辛抱だ。さすがに3日間意識なかったものの、寝ていた為か朝から眠くもない。
仕方なしに愛読書を取り出して開いた時、物凄い足音が聞こえ思わずその方向へ顔を向けた。
病院内で早朝からバタバタと歩くその音はこの病院には似つかわしくない。
音からして子どもの歩幅ではない。成人の男だ。こんな歩き方まさか忍じゃないだろうが。まぁ自分の部屋でない事は確実だ。
内心嘲笑い本に目を戻したら扉が開き驚いた。扉を開けた男は、はあはあと肩で息をしている。少し緊張した顔は、オレの顔を見た途端緩んだ。
「カカシさん……」
名前を呼ばれ、また驚いた。
全く面識のない男がこのタイミングで自分の病室を訪ねてきた。しかも、下の名前を呼んで。
「アンタ誰?」
疑問をストレート相手ににぶつけた。
男は目を見開き、顔を凝視した。そして、眉頭を寄せた。
あれ、何か間違った事言ったか。
いや、知らない人間に誰と聞いて何が悪い。
黙ってしまった男は動く様子もなくずっと自分を見つめている。
その視線に居心地悪くて仕方がなくなる。
この男は何しにここに来たのか。こんな早朝に来てオレが寝てたらどうするつもりだったのか。非常識すぎる。
苛立ちが募り殺気を滲み出していた。
「悪いけど、出てって?オレ疲れてるの」
またストレートにぶつければ、さらに眉間に皺が寄った。身体が硬くなっているのが分かる。殺気を出しているから当たり前か。
「……すみません、失礼します」
背を向けたかと思うと、さっきと同じようにバタバタと足音を立てて行った。
同じ忍服を着ていたから同業者だよねぇ。
やっぱ酷いわ、あの足音。
溜息をついて、読書に戻った。

その後すぐに退院出来た。
退院前に記憶が曖昧なのが気になり、再度検査を受けたが問題はなかった。
確かにその戦闘を除いては何かを忘れているとは思えない。
身体も至って順調に回復した。
何も問題はない。
でも胸がむずむずする。入院してた時よりも感じる不快感。強いて言うなら、心に穴が開いたような。
検査結果は問題なかった。だから、いいんだよね。

まっすぐ自宅に戻り部屋に入る。
「…………?」
思わず口布を引き下ろして部屋の臭いを嗅いだ。
(………オレ以外の…匂い)
いや、この部屋には誰もいれていないはずだ。それは間違いない。
結界も破られていない。
確かめるようにリビングに寝室、浴室。部屋を見て周るが特に変わった所は見当たらない。
キッチンに入り、換気扇が動いている事に気がついた。
あぁ、そうだ。何日か空ける時は換気扇をかけて出かけていた。
スイッチを切って納得する。換気して外から空気が入ったか。
感じた匂いはこれか。
だいたい女だろうとこの部屋には入れない。ヤる時は相手の部屋に行っていたはずだ。
ーーあれ、オレに彼女なんていたっけ?
あれー、と首を傾げる。
いたような気がするし、いなかったような気もする。もしかして、モヤモヤしてのはこれか。任務で頭でも打って女の事忘れたか。
たぶん、そうだ。
少し安心して、部屋を見渡した。
安心したはずなのに、何かが引っかかったままだった。




翌日は任務はなかった。前の任務の事もあってか、待機所でしばらくいる事になるだろう。
昼過ぎにぼんやり歩いていると、声をかけられた。
「カカシ!」
女が擦り寄って腕を絡ませてきた。
名前は知らないが、黒い髪を見て、確か何回か抱いた事があった事を思い出す。
触られた腕が気持ち悪く感じて、腕を離した。
「離れてよ。で、ナニ?」
「聞いたわよ、入院してたって。予定よりもだいぶ早かったから驚いて」
「予定?」
「任務よ。2週間かかるって聞いたのに。簡単に片付いたのね。流石だわ」
「ふーん……」
任務の記憶はまだ曖昧だ。
この女とそんな会話をした事すら覚えてない。
離しても身体を擦り寄せてくる女を見た。
任務の事知ってたし。もしかして、忘れてた女って、コイツ?
「…どうかした?カカシ」
視線に気がついて、甘ったるい声で聞いてきた。
「イヤ、…もしかして…アンタとさぁ…オレって…、付き合ってた?」
聞いた途端女の顔が輝いた。
「やっと分かってくれたぁ?そうよ!付き合ってるわよ!」
うふふ、と抱きつかれて大きい胸を身体に押し付けてきた。
あれ、思っていた反応と違う気がするが。鬱陶しい女に顔をしかめた。でも、そうだって言ってるからそうか。
この女を抱いたら心の中にあるもやもやが、消えるかも。絡んだ腕は鬱陶しいが、面倒臭くなりそのまま連れて歩いた。
待機所に行くつもりだが、その前に一応は任務予定表を受付でもらう事を思い出し、受付に向かう。
受付に入るとやたら視線を感じた。ざわざわとした空気に違和感を感じる。
「任務表、ある?」
目の前の受付の男に声をかけ、あれと思った。
鼻に横線の傷がある、確か。入院してた時に最初に来た男だ。あの忍らしからぬ足音を思い出して、鼻で笑った。
「…何か?」
何かに耐えている様な強張った顔が、自分を見た。
「あーやっぱりね。中忍って感じだね」
クツクツ笑うと、ますます顔が強張るのが分かる。
「……任務表です」
差し出された任務表をもらう。紙を持つ男の手が震えていた。無骨な親指は自分よりも色が黒い。チラと顔を伺うと、今にも泣き出しそうな、そんな顔をしていた。
泣きたくなるほどの事を言ったつもりはないけど。
「ねぇ、早く行こ?付き合ってるって分かってくれて私嬉しいんだ」
声を大きくして擦り寄られ、忘れかけてた女の存在を思い出した。
「あぁ、はいはい。任務ないから、どっか…行く?」
「うん!嬉しい!」
わざとらしい態度に息を吐いて受付から出る。待機所にいても暇だから、問題ないだろう。
歩きながら、受付所の男の顔が過った。
そうだ。
あの男。
オレの名前を知ってた。
「カカシさん」
そうオレを呼んだ。
泣き出しそうな顔は、病室に入ってきた時もそうだったな。
大の大人が取り乱したみたいで、カッコ悪。
あぁ、でも何だろ。
あの男を見た時、何か思い出せそうな気がした。だけどすぐ、胸に靄がかかり、何も見えなくなる。それより女を抱きたい。
その考えに従った。



あれ、オレの彼女って、コレじゃなかったか?
女を抱いて。
横になる女を見下ろしぼんやり考えた。いつも、こんな感じだったのか。勃つし、射精したが、何か物足りなさを感じる。
満足出来ない。
ハッキリ言うとそんな感じだ。
ヤってる最中も喘ぐ声が鬱陶しくて仕方がなかった。顔も見たくなくてイクまでベットに俯せにさせた。
抱けば頭の中がスッキリすると思ったんだけどな。
気持ちが気怠さと倦怠感で一杯になっていた。服を着ていると、女が気がついたのか、身体を動かした。
「…泊まっていけばいいのに」
伸びてきた手を払う様に距離を取った。
「…いや、いい」
一刻も早く此処を出たい。
気持ち悪い。
適当に着終わると、早々に女の部屋を出た。夜風が気持ちいい。ひんやりとした空気に頭が冴える。
あの女じゃなかったら、どの女だ?
顔も勿論名前なんて覚えてない。なんか面倒臭くなってきた。
任務での戦闘を、もう一度思い出そうとする。
最後に殺した女。
雷切で仕留めた後ーーーー。
靄は一向に消えない。
「くそっ」
舌打ちして唇を噛む。
そう言えばさっき抱いた女、任務が早かったとか言ってたな。予定は2週間だった。長期戦を見込んでの長さだ。
なのに、ーー確か病院で3日間寝込んでたって事は。
早足で自宅のマンションに戻ると、寝室にある卓上カレンダーを手に取った。5月15日から2週間。29日が里に帰る予定だった。
でも里に帰ったのは確か…23日。そこから3日間意識がなかった。にしても早い。今までにはない驚異的な速さで任務が終わってる。予定は長引く事はあるが、ここまで早まる事はまずないと言っていい。
よっぽど任務内容に変更が加わらない限りは早まらない。
敵は強かった。オレが手傷を負い、写輪眼を使わせた相手だった。

じゃあ何が任務を早まらせた?


「無理をして終わらせようとしたから、それだけ身体に負担がかかっている」
入院先の医療術者が言ってた。気にも留めていなかった言葉だが、確かにそう言った。記憶から手繰り寄せる。
「何故、増援部隊を待たなかった」
とも言った。
ーーオレが勝手に任務を無理に終わらせようとした?
オレがそんな低脳な考えで動くかね。今回の任務は、一つ間違えれば命に関わる、そんな内容だった。自分がしたとはどうしても考えられない。早く終わらせたい何かがあったから…か。
何か。
「……………」
頭を掻いて溜息をつき、ベッドに腰を下ろした。オレが任務を早く終わらせる理由は何だ。何があった。ふと手にしたカレンダーが目に入る。
「………26…日」
26日に小さく赤字で丸が付いていた。
自分の筆跡に間違いはない。だが、思い当たらない。もう26日はとうに過ぎている。26日は病院で一般病棟に移動した日だ。特に何もなかった。目を瞑って頭を巡らせる。
何だ。任務と関係があるのか。心の靄は濃くなり長い嘆息を吐き出した。はっきりと感じる違和感に苛立ちを感じる。もやもやしている。霧は晴れない。だけど、確信していた。

オレはーーーー大切な何かを忘れてる



土手沿いの道を歩いていた。
その先には橋がかかっている。橋の下まで行き、相手を待った。時間は正確な男だから、もうすぐ現れる。不意に気配がして、振り返ると暗部が1人立っていた。
「先輩どうしたんですか、用があるってぱっくんから聞きましたけど」
俺犬苦手なんですよ、特に小ちゃいの。と暗部らしからぬ声を出した。
「あー…、この前のオレの任務だけどね、何で暗部が動いたのかと思って」
戦闘後、意識を失った自分を里に連れ帰ったのは増援部隊でもない。暗部だと聞いていた。
「俺らにサポート頼んだの先輩じゃないですか」
記憶にない事実に内心驚く。おくびにも出さずに相手を見た。
「んー…そうだったね。で、オレが倒した最後の相手ってさ、死んだ?」
「あのくノ一ですか。あの後まだ息があったから、俺が始末しました。でも殆ど虫の息でしたけど。なんか気味悪い女でしたね」
「…気味悪い?」
「最期、灰になったんですよ。禁呪でもやっていたかもしれません」
淡々と話す内容を頭に入れていた。
禁呪。灰。
記憶が途切れているのに関係しているのか。
「先輩をあそこまで追い詰める敵は久しぶりに見ましたよ」
「…………………」
考え込むと、あぁそうだ、と口を開いた。
「あの後間に合いました?」
その言葉に一歩近づいていた。
「ナニそれ。オレ何か言ってたの?」
「え…、えぇ。どうしても早く帰りたいって。だから俺らサポートしたじゃないですか」
「ナンデ?」
「……そこまでは」
「26日って言ってた?」
「それも、…聞いてないですね。…先輩、記憶が抜けてるみたいですが、大丈夫ですか」
「…ごめーんね。もういいや。何かあったら教えて」
「はい…次呼ぶときは式使ってくださいね」
念を押されて暗部は姿を消した。
「…………なんだかねぇ」
ポケットに手を入れ歩き出す。いい加減手放してもいいかと思えてきた。だいたい今の生活に何の支障もない。今後もきっと支障はないだろう。大切な事なんて、今のオレには何もない。だから、気にしなければ問題のない事だ。
次を最後にしよう。
それで分からなかったら、それでいい。
カカシは足を受付所へと向け歩き出した。


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