かわいい人といわれたい①

アカデミーを出た時にズカズカと歩いている綱手を見かけた。
いつもにも増して険しい顔をしているのが見て取れた。お供する者も連れず火影の部屋に戻るところだろう。
会釈したイルカの前で足を止めた。
「授業は終わりかい?」
声をかけてくるような雰囲気は無かったように見えたのだが。片眉を上げ顔を上げると表情変わるわけでもなく、硬い表情の綱手と目があった。
「今日は午前中までで。午後からは受付業務ですが」
「そうだったね」
イルカのシフトを頭に入れているのかいないのか。思い出したように口に出した。
「今年の生徒はどうだい」
次は生徒の話ときた。
綱手の形相とこの話の内容とのギャップに違和感を覚えた。
「まあ、皆千差万別ですから。手は焼きますが成長していると思います」
「そんなもんか」
口もとに笑みを浮かべた。が、目の奥が鋭く光っている。
「忍を育てるってのは忍耐に慈愛に非情だ」
「…はい」
「経験を積めば積むほど状況に身が絡まっていく。どんなに偉い忍びになろうとも所詮一人ではどうにもならない。協力し助け合うからこそ自分の力が発揮出来る。そうじゃないのかい?」
「分かります」
「それを一番初めに生徒に教えるのがアカデミーの教師さ」
「…はい」
「履き違えた忍びを、イルカ。お前ならどうする?」
徐々に口調には苛立ちが含まれていた。
会話と言うより丸で独り相撲だ。投げかけられた質問に顎に手を置き一頻り考え、綱手を見た。
「それは誰の事を指してるのですか?」
イルカへの質問と言うより自分自身に投げかけているような。そんな感覚に陥りイルカはごく素直に口にした。
「………」
珍しく綱手は黙ったまま腰に手を当てる。
「綱手様?」
はあ、と息を吐き出して顔の前で手を振った。
「やめだ。やめやめ。悪かったね呼び止めて」
じゃあ、と背を向け歩き出し、再び足を止めた。振り返り眼差しはジッとイルカを見ている。?と首を傾げれば。
「…今から付き合え」
「…は?」
近づいた綱手にグイと袖を掴まれた。
「え、いや、俺は」
加減さしたる力もイルカにとっては強い力でグイグイ引っ張られるように歩かされる。
気がつけば居酒屋の一室に連れ込まれていた。

駆けつけ3杯とばかりに一気に日本酒を銚子3本飲み、安堵のような息を吐いた。
イルカは頼んだ烏龍茶のグラスを両手で掴み綱手を見ていた。
綱手が店に来るとは。内心連れてこられた事より、綱手が仕事に手を休めている姿を見てホッとしていた。
この所各国の国境付近で小さな戦いが続いていた。不安定な情勢に木の葉に様々な任務要請が積み重なっていた。綱手も寝る時間を削り部屋に篭り流れ込む仕事をしていたのは、イルカもよく知っている。
肌艶しかり目のクマすらないが、褐色の瞳にはイルカからも疲労の色が伺えた。
「カカシだよ」
綱手の声に我に帰る。
呆れた顔をして自分の杯に酒を注いでいた。
「アイツに無理な任務体制を敷いてるのは分かってたからね、この前一週間休みをやったんだ」
顔の前で人差し指を立てる。
「そしたら休みだって言うのに病院に担ぎ込まれたんだよ。行って聞いて呆れたね………暗部の仕事を勝手に横流しして戦場に行ってたんだ」
眉間に深い皺が寄る。
綱手な口から軽く暗部の言葉が出て驚いた。
だが、それ以上にカカシの行動にショックを覚えた。それは明らかな規定違反だ。カカシが過密な任務を遂行しているのは知っていた。ここ数ヶ月で何度病院に送り込まれたか。ただ、それはカカシが例外ではなく木の葉のどの忍びも同じだ。
その過密スケジュールに空いた時間は休養するべき大切な時間に、更に戦場に赴いていたなんて。特にカカシには写輪眼を酷使している為身体への影響は他の人より過度になる。
綱手が深刻になるのも無理はない。彼女なりに考え采配してある任務を足蹴りされた気分だろう。
誰よりも命を尊び、忍びを家族として考えている。大戦以降のこの不安定な情勢に火影に就き、考えもひとしおに違いない。
「カカシさんは今は、」
「病院さ」
短く答えて酒を仰いだ。
「アイツの心は闇に落ちたままだったのかね。そうしたのは私らだけどね…私の考えと対峙するやつが多くて困るよ」
片手に持つ杯をぼんやりと見つめていた。
いつになく弱気な言葉に目をみはる。綱手はイルカを見て小さく笑った。
「私が言ったら変かい」
「いえ………」
医療忍術の考えは戦果元より人命第一だ。綱手は忍びを生きた駒と呼ぶ事を嫌っていた。
暗部に長くいたカカシの考えとは重ならない所があってもおかしくない。
「アイツは大事な人がいない、だからあんな無茶が出来るんだよ」
吐き捨てるように言った言葉はイルカの胸に突き刺さった。
動揺を隠すかのようにグラスで口を濡らす。
突然バンッと机を叩かれ目を丸くした。空になった銚子が転がる。
綱手は険しい顔でイルカを見据えている。頬は少し赤くなり酔いが回ってきたのだろうと心配すると、
「イルカ、仕事だ。カカシに見合い話を持ってけ」
言い放った。
「はい?」
「はい?じゃないよ。あの獣だって人の子だ。人を好きになれば気持ちが変わるもんさ。丁度上層部から話がきてたんだよ。誰にするか迷ってたけどね」
「でも俺が言っても無理な気が、」
「なんだい、じゃあイルカ、お前がするかい?まだ独り身なんだろ?」
「いやっ、俺は!」
掌で壁を作ると、フンッと鼻を鳴らされた、
「どいつもこいつも、一匹狼でよがってるんじゃないよ。….…男と女ってのは脳の仕組みから違うんだよ。分からせようっても無理なのは承知さ。だから自分で分かってもらう。愛がどんなに尊いかってのをね」
イルカ自身に言われている様でゴクリと唾を飲んだ。
近くであればあるほど迫力は凄まじい。
「いいかい、使いにすぐ持って来させるから今から行きな」
綱手の目は絶対だった。




病院に着く頃には陽が暮れていた。綱手の使いから渡された封書を恐る恐る開けてみると、間違いなく見合いの書が入っている。思いつきでの嘘ではないと嘆息して、封書を胸に抱えると、病院内へと足を向けた。
正直足取りは重い。
任務報告で顔は合わせてはいるがろくに会話をした事がない。
いや、しないようにしていたのか。
自分もカカシを避け、カカシはーーたぶん自分を避けていた。元より上忍である故に自分と繋がりは浅く顔を合わさない日も多い。

カカシに初めて会ったのは、目をかけていた生徒の上忍師として紹介された時だった。
飄々とした態度に間延びした口調。つかみどころがなく接しにくい、不思議な上忍だと思った。
何回も話していない中、彼に告白された時の事は今も鮮明に覚えている。
理解出来なかった。対人として。中忍と上忍として。それ以外に関わり方を変える事がどうしても出来なかった。
男だからではない。
ただ、そこに恋愛感情が存在しなかったのだ。

「好きにはなれるが、愛してるにはなれない」

それが彼に伝えた言葉だった。

しばらくして、元教え子の中忍選抜試験の件が重なり、ますます彼との距離が離れた。
あれから何年も経っていないが、何故だろう。酷く遠い人になってしまったと感じてならなかった。
可笑しな話だ。
自分から完全な拒否をしたのに、彼が自分を好いていたからくる自惚れなのか、特別視している自分がいた。

受付からカカシの部屋を聞き廊下を歩く。面会時間は過ぎていたが火影からの仕事とあらば、無条件に許可が下りた。
扉の前で立ち拳を作り一呼吸おく。
足掻きようがない状況に心の整理もない。
覚悟を決め扉を叩いた。
返事がない。寝てしまっているのか。そしたら見合いの封書を置いて帰ろう。俺がどうのこうも言う事はない。渡すまでが自分の仕事だ。
静かにドアを開け、カカシと目が合った。目を丸くした自分を見て、目が少しだけ開いたのが分かる。
「…遅くに申し訳ありません」
扉を閉めるとカカシは力なくはぁ、と頭を掻いた。
「起きてましたから。…で、えっと…オレに見舞い、ですか?」
「あっ、いえそのままで」
身体を起こそうとしたカカシを見て慌てて駆け寄った。上半身を起こしたカカシはイルカが近づく前に片手を上げた。
「いや、…もうだいぶいいですから」
その手に巻かれた包帯を見てドキリとした。
綱手に聞いていた暗部からの仕事はどの様な内容だったのか。綱手の表情からするによほど無理をしているに違いない。無理勝手に規定違反をしたカカシに苛立ちを感じた。
「….一体何をやってるんですか」
呟かれた言葉にカカシは頭を傾げた。
「….何の話?」
「そんな無茶してどうするんです。身体が動かなくなるまで無理しないでください」
痛々しい程の身体を見てイルカは軽く目を伏せた。
「…行かなくちゃいけない事だってあるんですよ」
真っ直ぐな反論はイルカの顔を上げさせた。
けれども丸で子どものような言い分だ。
「それがこの結果ですよ?俺にはそう思えない」
「やるべき事をしたまでですが」
やるべき事?
「行かなくてはいけない任務以外に手を出すのがやるべき事ですか」
「…五代目の入れ知恵かなんかですか」
はぁ、と溜息をつかれイルカの顔は強張った。
自分も余計な口出しだと分かっていたがつい出てしまった。綱手から口止めされているわけではないが、少し後悔が心に広がる。
イルカの顔を静かに見てカカシは続けた。
「昼間に説教されました。休暇中にまで血を求める馬鹿が何処にいるって。…おかげでしばらく任務停止です」
規定違反したからだろう。当たり前と言えば当たり前だ。
聞いただけで綱手の様子が手に取るように伝わってきた。止むを得ない措置であり、彼女の心情を察した。
「綱手様は優しい方です。貴方の身体を心配してこそではないですか?」
「優しい!?んな訳ないでしょ?」
大袈裟に吹き出され、顔が熱くなった。
「ほら、見てよもう少しで壁ぶち抜くところだったんですよ」
指差す方に視線を向ければ、見事に四方八方に亀裂が入った拳大くらいの穴が空いていた。力を加減したのか、壁を突き抜けていない所が逆に怖い。
「…殴られないだけましです」
「まあね」
肩をすくめて返答した。
「ね、イルカ先生。そんな事を言いにワザワザオレの所に来た訳じゃないでしょ」
胸に抱いた大き目の封書に視線を向けられ、イルカは当初の目的を思い出した。
「あ、………綱手様から頼まれまして」
「何?見せて」
手を伸ばされ、その手に渡す。
何気に封書を目の前で開けて、不意に眉頭を寄せた。
「え~っと、いいですか?」
視線を投げられる。
「え?」
「嫌です、こんなの。返してください」
ズイとお見合いの書をそのまま返されそうになり慌てる。
「返すなら直接にしてくださいっ」
「オレまだ動けないですから」
「………でも……」
困る。と言いかけて口をつぐむ。
綱手とカカシの渡し役は何故だか居た堪れないくらい嫌な感じがした。
本当はこの書を渡すのだって嫌だった。
「イルカ先生はこの内容知ってて持ってきたの?」
青い目がジッとイルカを見た。静かな声色の中に問い詰められるような圧迫感を伴い、落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出し、口を開いた。
「え、…えぇ、まあ……」
「…………そうですか」
視線を外され、イルカが受け取らない書を自分の布団の上に投げ出すように置いた。
「…な~んかイライラするんだけど」
低い呟きに上手く聞き取れない。イルカは眉を顰め一歩近づいた。
「………え?、今なんて……」
「….イルカ先生は今好きな人とか、…いるの?」
起こした身体をもぞもぞと動かして。視線は投げられた書に向けられたままだった。
「え、」
心臓が高鳴る。まさかの方向性に思考が回らない。
「……あれ?聞こえなかったですか?先生は好きな、」
「聞こえてます!…聞こえてますよっ」
何度も聞かれたくない質問に被せるように声を大きくした。
「はぁ……」
意味がわからないと言った風にイルカの言動を見つめている。
今俺にそんな内容を投げるなよ。
って言うか、八つ当たりか?
顔が熱くなるのを認識しながら吸い込んだ息を鼻から出しカカシを見やれば、返答待ちとばかりにイルカの顔を伺っていた。
「……いません」
「ふぅん、…じゃあお付き合いされてる方とか、」
「好きな人いないって言った時点でわかるでしょうが!?」
阿保みたいな態度だと分かるのに。ムキになった自分が嫌になり、とにかく、とイルカは繋げた。
「俺じゃなくてカカシさん、あなたの見合い話なんですから」
「関係なんかないって言いますか」
「……言っちゃ駄目ですか」
「疑問にするなんてズルいですよ」
「それはお互い様でしょう?」
何を勝手な!と言いたくなるのを飲み込み睨めば、部が悪いような顔をされプイと顔を背けられた。
「……アンタはオレに見合いして欲しいんですね」
「は、…はぁ?ちょっ、何かズレてきてませんか?俺は綱手様から頼まれた書を渡しにきただけですよね。それが何で俺の考えを入れてきますか」
「見合いってそもそも仕事とはかけ離れた内容ですよね。はっきり言えばプライベートです。だからオレのプライベートな気持ちを入れて何が悪いんですか」
駄目だ。ぐるぐるしてきた。痛む頭を抱えた。スマートな受け渡しで終わる筈だったのに、何故俺はこんなに掻き回されてるんだ。
「….…っ俺もう失礼します」
「ぅえ、イルカ先生?」
ぅえって何だよと思いながらも部屋から逃げるように出た。
顔を赤くし早足で立ち去るイルカを通り過ぎる看護師が不思議な顔で会釈をする。
相手が動けなくて良かった。
苦笑いを浮かべ、不謹慎な安堵を胸に病院から出る。
外の空気を思い切り吸い込み盛大に吐き出した。
ヒンヤリとした夜風は火照った肌に心地が良い。
恋だの愛だの。同僚から相談されたり酒の肴で語り合ったり。いくらでも話題にしてきたのに。
イルカ先生好きな人いるの
それだけで頭がパニックになった。
自分でも驚いてるから、嫌なんだよ。
病院側に振り返り、カカシのいる病室を見上げる。
雲ひとつなく月夜が美しい夜空に灯る病室の灯りが浮かび上がっていた。
俺変な奴だって思われてるよな。
いやいやカカシだって十分におかしい。
腹から湧き上がる羞恥に歯を食いしばり病院に背を向け歩き出した。

NEXT→
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。