傷①

その日は確かとても寒い日だった。
前日は2月にもかかわらず朝から暖かい日が注ぎ小春日和だと、久しぶりに布団を干した。
やっぱり昨日干しておいて正解だったと、イルカは思い返した。
ぐんと気温が下がり吐く息も白く指先がすぐに冷たくなる。
冷え切った指先を暖めようとポケットに入れようとしたら、不意に手を掴まれた。
その手はとても暖かい。
「カカシさん、手」
離そうと引っ張るがびくともしない。それどころか、掴んだ手をカカシのポケットの中に入れられてギョッとした。
「ダメですよ、カカシさん!」
「なんで?こんな冷たい手なのに。だいじょうぶ、ちゃんと暖めてあげますから」
イルカの強い否定も何のその。のほほんとしながら、冷たいイルカの指先をギュッとポケットの中で握りしめた。
顔を赤らめながら頬を膨らませる。
「外ではしないって、約束です。それに、生徒に見られちゃいますよ」
二人はアカデミーへ向かっていた。イルカは受付業務だが、カカシは今日は任務でもなく待機番でもない。
ただ、イルカと一緒に歩きたいと、珍しく朝からついてきた。
イルカとカカシはそう言う仲だった。
カカシの積極的かつ強引な猛アタックで、気が付けば一緒に暮らすようになり、当初怒りしか感じていなかったイルカだが、カカシのいる生活にすっかり馴染んで彼を受け止めていた。
自分で嫌だといいながらも、カカシを握る手はとても心地いい。
その心地いい手に指を絡ませながら、ふとカカシの横顔を見た。
人前でも家でも、どこでもカカシの言動は一貫している。男同士だからとイルカとの関係を隠す事もない。
どうしても周りの好奇心ある目を気にしたり、世間の体裁を気にしている自分とは、正反対だ。
「俺の顔に何かついてます?」
イルカの視線にカカシはチラと横目でイルカを確認した。
慌てて顔を前に向けて小さく首を横に振った。
「いえ、何も」
「あ、ヤラシー事でも考えてました?イルカせんせーエッチだもんね」
「はあ?違いますよ。考える訳ないじゃないですか」
嬉しそうな声のカカシに呆れて、ポケットに入れられた手を抜こうと力を入れた。
きっと覆面の下に隠れている口元は、緩んでいるに違いない。
が、その引く力を利用され、逆にカカシの方に引き寄せられた。
カカシの首元に自分の顔を埋めた状態になり、自分から抱きつく形になる。
「ほら、もう顔が赤いよ。恥ずかしいの?それとももっと別の事したくなっちゃいました?」
「...ちがっ、...離せ!」
イルカにとって、外で手を繋ぐのも恥ずかしい。なのにこんな事までさせるなんて。
赤面したイルカを確認するように眺めて、カカシはにやにや顔を緩ませる。その顔が無性に腹立たしい。
それを察してか、カカシはすんなりイルカを掴む手を解いた。
「はいはい。そんな怒らないでよ。イルカ先生オッカナイよ」
「...俺は一人でアカデミーに行きます。カカシさんは帰ってください」
「え~」
「え~じゃない!」
「じゃあ今日は何時に終わります?迎えに行きますよ」
イルカは眉を寄せた。今日の様に月に何度かカカシだけが休みの日があるが、
どちらかと言えば、帰りに買い物の頼み事や、夕飯のメニューの指定をするのが常だ。
今日も朝から一緒についてきた事でさえ珍しく感じていた。
なのに帰りも迎えに来るとカカシは言っている。

何時も変な人だとは思ってたが、今日はそのいつものおかしさとは違う変さに内心首を傾げた。
同時に約束があった事を思い出す。
「あ、でも今日同僚のヤツと飯食いに行く約束してて...」
「そうなの」
「すみません」
「...そうですか、残念です。じゃあ、これで」
帰ります、と言いかけてカカシは頭を掻きながらイルカを見た。
「...イルカ先生の言うこと聞いてあげるんだから、帰ってきたらたくさんサービスしてよね」
「なっ、何言って...」
イルカの否定を遮るように、それじゃ、と片手を上げるとクルリと背を向け、猫背のままカカシは歩き出した。
今にも雪が降り出しそうな暗い雲に寒さを感じ、余計丸く見えるカカシの背を見送った。




仕事が終わり、約束通りに同僚と居酒屋へ足を運んだ。
寒い身体を暖める為に熱燗を何本か頼んだせいか、話も弾む。
気が付けば、9時をまわろうとしていた。
(カカシさん、待ってるだろうな)
「悪い、もう俺帰るわ」
自分の勘定をテーブルに置き、渋る同僚を後にして店を出た。
(うわ、寒いな~)
気温の低さに羽織ったコートの中で身を縮めた。



カカシの行動は実に奇怪で、イルカの考える範囲を超越している。出会ってから、ずっとだ。
無理難題を平気で押し付けたり、振り回されたり。
それをどんなに拒もうと、出来ない。自分には拒否権がないのだ。
最初は嫌で反発したが、もう今では諦めてる。そんな事しても仕方がないと、割り切る方が楽だと覚えたからだ。

そう言えば。
カカシが迎えに来る、なんて言った事は初めてかもしれない。
朝言われた時には、なんでわざわざ、と、不思議に思った。
せっかくの休みの日くらい、早く帰ってあげればよかったか。
いや、自分には約束があったのだ。破るなんて事は出来ない。
いつもなら、強制的な言葉でカカシは押し固めてくる。それもなく今日はあっさりと解放してくれた。
彼なりに何か思うことがあって、イルカに合わせる気になったのだろう。
そう解釈して、商店街の前で足を止めた。
このまま手ぶらで帰るのはなんとなくバツが悪い。
何か買って帰ろう。カカシが最近好んで飲んでいるスパークリングの日本酒。
酒が苦手だと言いながら、この手のお酒は好きだと、イルカ相手に時々飲んでいた。
(でもあのお酒が売ってる店、少し遠いんだよな)
商店街の裏手にある小さな店でしか売っていない。その事もカカシから聞いて覚えている。
しかも、商店街の裏手からすぐ南には小さな花街がある。
だから自分一人では足が進まなかったのだが、ここまで来たのだから。
カカシが飲んでいた銘柄のお酒を購入して店を出た。
このお酒を見たら喜んでくれるだろう。



店先から見える花街は、小さいとはいえ夜の灯りが灯り、客を待つかのように色めいた灯りがユラユラと揺れている。
教師である自分はこんな場所に踏み入れる事はないだろうな、いや、教師でなくともない。
灯りを見ながらぼんやり考えた。
あの人は何度も来ているのだろう、と思った時、その思い描いていた顔が映り、目を疑った。
顔を顰める。見間違いか。目を細める先に花街の奥の路地の入口近くに立つ男。銀髪の紛れもないカカシだった。
思わず自分の身を、酒屋の看板に潜める。
心臓が忙しなく動き始める。汗ばみ冷たくなってきた指先に力を入れる。
昔花街によく足を運んでいた事を聞いた覚えがある。
ただ付き合い始めて彼が行く様子は殆ど見られなかった。
いや、気が付かなっただけなのか。
イルカが気になったのは、カカシのいる場所。花街と隣接している建物近くにいるから。
その建物は夜伽に使われていた。
イルカの胸の中がザワザワと言いようの無い不安に掻き立てられていた。
脈打つ身体は呼吸さえ乱す。
カカシは誰かと話をしている。
建物の陰に隠れてそれは誰なのか分からない。
ふと、カカシの手が話していた相手の肩にかかった。
そのままカカシの手は促すように相手を引いて店の中に入って行く。
灯りが乏しい建物の前では、相手の身体も顔もほとんど見えなかった。
ただイルカの眼が捉えていたのは。------肩まである艶やかな黒い髪。それだけでイルカの目の前は真っ暗になる。

「...なんだ」

イルカはぼそりと呟いて、持っていた酒の紙袋を強く握りしめる。
『浮気するんだったらアナタとは付き合わないですよ。だってアンタ嫌でしょう』
カカシが言った言葉を覚えている自分が腹立たしい。
そのまま早足でその場を去った。







家の前まで来て、自分の部屋を見上げた。
暗い。
誰もいないのは先刻イルカ自身が見た通りだから、誰もいないのは当たり前だ。
(嘘であって欲しかったんだな。俺)
部屋の暗さが心細く感じる。
鍵を開け、部屋に入る。電気を付ける事が億劫だった。
本当は待っていただろう相手の匂いがイルカの鼻について、堪らなく辛い。
浮気されるとこんな気持ちになるんだ。
知らなかった。数少ない恋愛経験の中で、裏切る事も裏切られる事もなかった。
経験乏しさの為か、頭が真っ白になっている。
(...しっかりしろ)
心の中で呟いて床に寝転ぶと、ひんやりと背中がに冷たさが伝わる。
大の男が男に浮気されただけの事。
男女の情事ではよくある出来事だ。大した事じゃない。
暗闇が包む部屋の中で呪文のように呟いた。





気が付けば、床で寝ていた。
固い床で身体中が痛く、そのせいか鉛のように思い。
(...怠い)
いつ意識が途切れたんだろう。昨日はカカシを待ってた。
帰ってくると思っていた。
帰ってきた時には何を話すべきか思考を巡らせていたが、そのまま眠ってしまったらしい。
日の光が眩しい。目を擦り、回らない頭のまま動けなくて、座り込んでいる。
ガチャリ
その音は静かに聞こえ、イルカは淀んでいる目で開いた扉を見つめた。
「あれ、イルカ先生。帰ってたの」
昨朝会った時の表情のまま、カカシはイルカを見て言った。
(...とぼけるつもりなのか)
喋るカカシの顔をじっと見た。
「昨日は待機番じゃないのに、任務に呼ばれちゃって。参りましたよ。で、イルカ先生は残業だったの?飲みに行ったんじゃなかった?...何かすごく疲れた顔してますよ」
話しながらベストを脱ぎ、覆面を下し、額当てを外す。晒されたカカシの左目の赤い眼を見つめる。
嘘をついている。平気な顔をして自分に嘘をついている。そのことにまず驚いた。悲哀も憤りも、イルカの胸に出てくる物はなかった。
---でも、心が、痛い。
「...ええ、残業でした」
気が付いたらカカシの言葉に合わせていた。昨夜だったら出た声も震えていたかもしれない。一晩経って落ち着いているのか、すんなりと口から言葉が出てくる。
「任務でしたか。大変でしたね」
身体をゆっくりと起こして立ち上がる。
「今日は休みですか?...朝ごはんまだでしょう。何か作ります」
カカシに背を向けキッチンに向かう。身体はそこまで疲れていないが、何か腹に入れなくては。それから考えよう。話すとしたら、食べた後でいい。
不意に軽い眩暈がして足元から崩れ落ちそうなり、シンクの淵を片手で掴んだ。
「イルカ先生、大丈夫?」
カカシの伸ばされた手が、シンクを掴んでいる自分手に重なる。
目に入った時、無意識に手を振り払っていた。
「...は...なしてください」
声が乾いている事に自分でも驚いた。
「ご飯作りますから、」
言い終わるか終らないうちに、再びカカシの手が肩に触れて、ビクリと身体が反応した。
「どうしたの、イルカ先生。変だよ」
身体を引っ張られ、そのまま向き合う様に両肩を掴まれた。
カカシの目はイルカの顔をじっと覗き込んでいる。向けられる胡乱な目に思わず視線を下に落とした。
「そうですか?残業で疲れてるのかもしれないです」
「違うでしょ」
即答され閉口した。
何を考えてるんだ、この人は。自分が浮気して、動揺している相手に「変だよ」はないだろう。変で当たり前じゃないのか。
せっかく人が冷静になって話し合おうとしているのに。何でこの人はこうも人を煽る。
消えかけていた怒りが徐々に擡げてくる。
「...別に...いいじゃないですか。離してください」
肯定ともとれる言葉を口にすると、カカシは正すように言った。
「やっぱり。何で怒っているのかちゃんと話して」
「...話ですか」
食い入るように見つめているカカシの視線を感じる。
「ええ、ありますよ。話ですね」
床を見つめたまま口を開いた。
「何を話して欲しいですか?昨日残業があった事ですか。同僚と飯食いに行った話ですか。...それともカカシさんが花街にいた話ですか」
肩を掴んでいるカカシの指がピクリと動いたのが布越しに伝わる。答えを待つほどもなく、カカシはすぐに口を開いた。
「...知ってたの」
呟かれた言葉にイルカは小さく息を吸い込んだ。胸中が崩れていく感覚を覚え顔を上げると、カカシは驚いたように目を見開いていた。
「いつから、見てたの」
「...いつからって、...あなたが、...建物に入るところです」
思い出したくもない。顔を顰めて答える。
「そうですか。...もしかして、相手も見た?」
問い詰めるような目の動きに、イルカは訝しんだ。
「...いいえ。カカシさん、否定しないんですね」
否定しないのは、相手を認めるからなのか。頭の中に湧き上がる言葉を掻き消したくて、カカシを睨み付けた。先ほど驚いていたような様子はない。感情がないような目でイルカを見据えている。
が、ふと目を逸らされる。
「すみません。遊んじゃいました」
ふてぶてしい言い方にイルカの中で何かが激しく燃える。それをぐっと堪えるように唇を強く噛んだ。
「謝るから、許してよ」
その言葉で火が付いた。
「...馬鹿にしないでください!謝れば浮気していいと思ってるんですか!?」
肩にかかっていた手を叩いて振り落す。
「だいたい相手なんてどうでもいいです。かばってるつもりですか。そんなに相手が大切ならそちらに行けばいいでしょう!俺は浮気なんて大っ嫌いです!」
肩で息をしていた。思った以上に声が大きく自分でも驚く。
朝の光が入り込む部屋に響く罵声が、あまりにもそぐわない光景だった。
「...俺は出てってくれて全然構いません」
意地にもなる。一人で熱くなっている。それでも怒りが治まらない。イルカを見る訳でもなく、そっぽを向いたようにカカシは視線を合わせていなかった。
「...じゃあ、何て言えば許してくれるの」
その声は懇願する様でない。苛立ちを含んでいた。
「許すって、」
「たった一晩の過ちだよ。何がそんなに問題なの」
問題に決まってるじゃないか。
「...昨日俺が同僚との約束を優先したから、憂さ晴らしのつもりですか」
「憂さ晴らし。...憂さ晴らしねぇ」
カカシの顔はどんどん険しくなっている。
「どうせアンタは忘れてたでしょ」
吐き捨てるように呟いた言葉に首を傾げる。
忘れる。何を?
(話しが見えてこない)
眉を顰めると、カカシは可笑しそうに笑い出した。
「ほら、忘れてる」
「忘れるって、」
言いかけた言葉は遮られる
「あ~、何かね。面倒くさいよ。イルカ先生は」
カカシの赤く光る右目に、一瞬ドキリとした。冷ややかな表情のまま、喉元から漏れるようにカカシは笑う。

空虚のせめぎ合いにイルカは首を傾げた。
不意に前に出て距離を縮めたかと思うと、カカシの腕がイルカの身体を床に押し倒した。目を回すのもつかの間に、膝で腹部を圧迫され上から押さえつけられていた。
「..離して..っ」
言えば、膝に力を入れられ、痛みが広がる。
「ねえ、イルカ先生」
冷たい目の光りに怯えるイルカを見下ろしながら言った。
「...オレのした事とアンタのした事、どっちが酷いと思います?」
カカシの言葉にますます困惑した。
どっちが...酷い?
なんだか話の方向性がおかしい。自分が責められる理由が、一体どこにあるのか。
今話してる論点はカカシの浮気の事じゃなかったのか。
「オレはね、確かに浮気しました」
感情のない目で見下ろしたまま、続けて言う。
「...あなたが思ってる浮気で間違いなですよ。だから謝ります。ただね、浮気したらほいそれと簡単に別れを切り出すアンタの気持ちが分からないですよ。...最初からオレの片思いで、まあ無理に繋げた鎖ですから。でもアンタはいつだってオレを見てない。そうですよね?心の中にオレがいますか?離れないのはオレが上忍だから?一緒に住むようになって情が湧きましたか。優しいもんね、アンタは。...でもそれ偽善っつーんですよ」
喋るにつれて乱暴な口ぶりになっていくカカシは、底冷えするような目で睨んだ。
「な...なに言って...」
「そうでしょ?」
違う、とそう言いたかったけれど、すぐに喉から声が出てこなかった。カカシが見せた一面があまりにも衝撃で、頭が麻痺したように動かない。
ふとカカシが口を開いた。
「一年...昨日でアナタと付き合って一年です」
「...え?」
「そんな事知るわけないか。嫌々同意した事を覚えてたら、それこそ拍手喝采ものだけどね」
今まで吐き溜めていた物を掻きだすように、カカシは喋る。
その前に、どうしてもカカシに問いただしたくて、強張ったままの口を開いた。
「俺が思ってる浮気って、...なんですか」
間の抜けた問いに聞こえたのか、カカシは強く眉を顰めた。
「今、この状況でその質問ですか。ホントにアンタは何も分かってないね。どんな浮気、そうですね。相手とセックスしてきましたよ。具合もね、なかなかよかったです。さっきまでしてたから、確かめます?すぐに入れてあげますよ」
「ちがっ、...」
ビリッと、布の引き裂かれる音に耳を疑った。今自分がされている事が信じられない。
「やめてっ...っ」
そんな事が聞きたいんじゃない。
カカシは無視して露になったイルカの肌に掌を這わせる。
イルカは混乱した。
「やめてください!!」
「嫌です」
「カカシさん...っ!」
「やめないよ」
イルカのズボンに手を伸ばされ、ビクリと痙攣したかのように身体が跳ねた。
カカシは本気だ。
恐怖からか、イルカの呼吸が荒くなった。
いつも自分の承諾なしに行為に及ぶが、その手はいつも優しかった。今されている事はただの暴力だ。
強く噛みつかれるように唇を塞がれる。乱暴に貪るように何度も角度を変えられ、肺から空気がなくなり、苦しくてカカシの胸を強く何度も叩いた。
それでもカカシはやめない。抵抗の為に掴んでいた手をカカシの上着から喉元に移し、強く爪を立てた。
皮膚の裂けた場所から赤い血が滲みでた。
途端唇をずらして解放され、喉元に流れた唾液で強くむせる。
「...もういいんですか?」 
震えるイルカの耳元で、カカシが含み笑いを零した。
「俺はやめるつもりはないですよ」
「...え...」
覗きこむ目はあまりにも冷たくて。
相手の視線を見つめ返し、イルカは喉を震わせる今からされるだろう行為の恐怖に身体も震えていた。
やはり、この人には逆らえない。自分の拒否権は、もう剥奪されているのだ。
そう思った時、イルカの両手はぱたりと、床に落ちる。同時に頬に熱いものが伝う。
「泣くほど嫌ですか」
それが涙だと、言われるまで分からなかった。
恐怖に支配された身体は床に縫い付けられたまま。からからになった喉から声を出すのがやっとだった。
「...出てってください」
カカシは手の力を緩めた。が、馬乗りになったまま見下ろしている。
その目色には先ほどまで帯びていた生気がまるでない。イルカは泣いた顔を隠すように両手で顔を塞いだ。
「...お願いします」
震えて擦れる声が部屋に響いた。

「アナタを解放してあげますよ」
力ない言葉だった。
そこからのカカシはすんなりとイルカに従った。
荷物は後で送ってくれればいです。
そう告げて出て行った。
カカシの気配がなくなるまでイルカは動けなかった。


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