傷②
自分から別れを告げたのに、カカシにどんな顔で接したらいいのか分からず、出来るだけ接触を避けるようになっていた。
正直、気まずかった。あんな別れ方をしたとはいえ、イルカはカカシを嫌いになれなかった。
一緒にいた時は、彼の横柄な態度や無理強いするところは嫌だったのに。
カカシと過ごした時間は、忘れられないほど、イルカの心の中にあった。
毎日過ぎていく時の中で、カカシはいつもイルカの傍にいた。
カカシは意外に聞き上手で話しやすく、優しかった。おしゃべりは楽しくて、沈黙も苦ではない。
むしろ心地よかった。
なのに。
たった一度の浮気を許せなくて、カカシを突き飛ばした。
色々な思考が絡み付く。それは、後悔と呼ぶべきものだろうか。
自分でも分からなくなったいた。
『一年...昨日でアナタと付き合って一年です』
『そんな事知るわけないか。嫌々同意した事を覚えてたら、それこそ拍手喝采ものだけどね』
それは初めて聞いたカカシの心。
カカシはイルカと同じように気まずいのか、特に用事がなければ顔を合わす事はなく、目を合わす事もなかった。
いや、むしろ避けられていた。
あたり前。自分も同じ事をした。
したくせに。
それは胸にきた。胸が抉られたような痛み。
カカシが通り過ぎ、気配がなくなった廊下で一人たたずんでいた。
そう、もうカカシとは別れたのだ。
もう、ーーー終わっているのだ。
カカシと別れても仕事場は変わるわけでない。その環境は居心地が悪くて仕方がなかった。
お互い忍びとして仕事をしている以上、仕事場が重なることだってある。
いっそのこと転勤してしまおうか。いや、休職でもいい。
里から離れた場所に行けば、カカシに避けられなくてすむ。
そんな事を考えていた時耳にした。
カカシの長期任務を。
期間は2年。上忍の任務は機密で危険も含んでいる。
里外に出たいと願っていたのに、聞いたとき愕然とした。2年---、彼の能力は長けているとはいえ、
無事に帰ってこれる任務なのだろうか。
カカシはイルカと同じように里から出たくて志願したのかもしれない。
2年経てば2人のぎくしゃくした関係も、自然に消滅してしまうのだろうか。何事もなかったかのように、
カカシと関係がなかった時のように。
---それは他人に戻るということなのか。
腫れ物には誰だって触りたくはない。
カカシがいなくなった里で、まるで1人取り残された錯覚を覚えた。
(俺がカカシさんに捨てられたみたいだな)
長期任務で里を出る前に、カカシに伝えたかった。
カカシといた1年は、決して消したくなるような過去ではなかった。
---心の中にカカシがいなかった時はなかった。
カカシの背をみかけ、いざ気持ちを伝えようとしたら、膝ががくがく震えた。
あの冷たい目で一笑されるかと思ったら心臓が高鳴り、足が石のように動かなくなった。
結局何も伝えられず、無言でカカシを見送る事になった。
*
カカシが長期任務に就いて1年半。
受付にいて、カカシの不穏な届出がこない事にホッとする。
無事で任務を遂行しているのだ。
きっと想像を超える戦場にいる。
自分みたいな戦地をを離れた平和ボケしている中忍が、心配したところでしかたがないが。
イルカは、何も変わることのない受付業務や、危険を伴わない任務に明け暮れていた。
季節は夏、うだるような暑さが続いている。
今日は休日で、陽がようやく傾きはじめ、蜩の鳴き声がイルカの部屋にも聞こえてきた。
開け放した窓辺にある観葉植物に、水をやる。
夏は朝と夕方に、水を与えるのがイルカの日課だ。
灰色かがった多肉植物で、ツンツンした葉は上に向かって伸びている。
カカシと別れたあの日、コタツの上にぽつんと置かれているのに気がついたのは、その日の夕方になってからだ。前日まではなかったから、きっとカカシが買って置いたのだ。
たぶん、付き合って1年の記念に。
カカシがたった一つ、イルカに残したそれはのびのびと大きくなり、その様子はまるでカカシの銀髪を思い出させる。
大切なものだ。
イルカはその尖った葉を触った。
その先はチクチクして、棘のように痛い。
----酷いことをした。
ありのままでカカシは自分に恋をしてくれていた。
そのカカシを受け入れてるつもりで、彼の事を何一つ理解していなかった。いや、しようとも思ってなかった。
気持ちをぶつけられて、初めて気付かされた。
カカシさん、あなたは苦しんでいたんですか。
苦しみながら俺の傍にいてくれていたんですか。
不器用はお互い様だが。
今更ながらに思う。カカシをもっと理解したかった。
俺にもっと時間があれば。
夕飯の支度をしよう。
ジョウロを片手に向きを変えた時、肘が植木鉢に当たった。
あ、と思ったが遅かった。手を伸ばしたが、その先を落ちていく。
イルカはパニックになった。
(嫌だ。落としたくない)
イルカの住む借家は二階建てで、イルカは二階に部屋を借りていた。一階は貸し倉庫。その前に広がる庭には空井戸がある。
昔使われていた井戸で、水道が整備された今はお役御免になり、ビニールで入り口は覆い、紐で縛られている。
----はずなのに。空井戸を覆っているものは何もない。
真っ黒く、底が見えない穴に吸い込まれるように、植木鉢は真っ直ぐ落ちていく。
嫌だ!それだけは....!
必死で伸ばした身体は、窓からずるりと落ちる。
(しまった、受け身...!)
中忍であれど、忍。体制を変えた途端、景色がグラリと歪んだ。
頭が揺れる。真っ黒に開いた口の中に吸い込まれるように、イルカは落ちて行った。
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正直、気まずかった。あんな別れ方をしたとはいえ、イルカはカカシを嫌いになれなかった。
一緒にいた時は、彼の横柄な態度や無理強いするところは嫌だったのに。
カカシと過ごした時間は、忘れられないほど、イルカの心の中にあった。
毎日過ぎていく時の中で、カカシはいつもイルカの傍にいた。
カカシは意外に聞き上手で話しやすく、優しかった。おしゃべりは楽しくて、沈黙も苦ではない。
むしろ心地よかった。
なのに。
たった一度の浮気を許せなくて、カカシを突き飛ばした。
色々な思考が絡み付く。それは、後悔と呼ぶべきものだろうか。
自分でも分からなくなったいた。
『一年...昨日でアナタと付き合って一年です』
『そんな事知るわけないか。嫌々同意した事を覚えてたら、それこそ拍手喝采ものだけどね』
それは初めて聞いたカカシの心。
カカシはイルカと同じように気まずいのか、特に用事がなければ顔を合わす事はなく、目を合わす事もなかった。
いや、むしろ避けられていた。
あたり前。自分も同じ事をした。
したくせに。
それは胸にきた。胸が抉られたような痛み。
カカシが通り過ぎ、気配がなくなった廊下で一人たたずんでいた。
そう、もうカカシとは別れたのだ。
もう、ーーー終わっているのだ。
カカシと別れても仕事場は変わるわけでない。その環境は居心地が悪くて仕方がなかった。
お互い忍びとして仕事をしている以上、仕事場が重なることだってある。
いっそのこと転勤してしまおうか。いや、休職でもいい。
里から離れた場所に行けば、カカシに避けられなくてすむ。
そんな事を考えていた時耳にした。
カカシの長期任務を。
期間は2年。上忍の任務は機密で危険も含んでいる。
里外に出たいと願っていたのに、聞いたとき愕然とした。2年---、彼の能力は長けているとはいえ、
無事に帰ってこれる任務なのだろうか。
カカシはイルカと同じように里から出たくて志願したのかもしれない。
2年経てば2人のぎくしゃくした関係も、自然に消滅してしまうのだろうか。何事もなかったかのように、
カカシと関係がなかった時のように。
---それは他人に戻るということなのか。
腫れ物には誰だって触りたくはない。
カカシがいなくなった里で、まるで1人取り残された錯覚を覚えた。
(俺がカカシさんに捨てられたみたいだな)
長期任務で里を出る前に、カカシに伝えたかった。
カカシといた1年は、決して消したくなるような過去ではなかった。
---心の中にカカシがいなかった時はなかった。
カカシの背をみかけ、いざ気持ちを伝えようとしたら、膝ががくがく震えた。
あの冷たい目で一笑されるかと思ったら心臓が高鳴り、足が石のように動かなくなった。
結局何も伝えられず、無言でカカシを見送る事になった。
*
カカシが長期任務に就いて1年半。
受付にいて、カカシの不穏な届出がこない事にホッとする。
無事で任務を遂行しているのだ。
きっと想像を超える戦場にいる。
自分みたいな戦地をを離れた平和ボケしている中忍が、心配したところでしかたがないが。
イルカは、何も変わることのない受付業務や、危険を伴わない任務に明け暮れていた。
季節は夏、うだるような暑さが続いている。
今日は休日で、陽がようやく傾きはじめ、蜩の鳴き声がイルカの部屋にも聞こえてきた。
開け放した窓辺にある観葉植物に、水をやる。
夏は朝と夕方に、水を与えるのがイルカの日課だ。
灰色かがった多肉植物で、ツンツンした葉は上に向かって伸びている。
カカシと別れたあの日、コタツの上にぽつんと置かれているのに気がついたのは、その日の夕方になってからだ。前日まではなかったから、きっとカカシが買って置いたのだ。
たぶん、付き合って1年の記念に。
カカシがたった一つ、イルカに残したそれはのびのびと大きくなり、その様子はまるでカカシの銀髪を思い出させる。
大切なものだ。
イルカはその尖った葉を触った。
その先はチクチクして、棘のように痛い。
----酷いことをした。
ありのままでカカシは自分に恋をしてくれていた。
そのカカシを受け入れてるつもりで、彼の事を何一つ理解していなかった。いや、しようとも思ってなかった。
気持ちをぶつけられて、初めて気付かされた。
カカシさん、あなたは苦しんでいたんですか。
苦しみながら俺の傍にいてくれていたんですか。
不器用はお互い様だが。
今更ながらに思う。カカシをもっと理解したかった。
俺にもっと時間があれば。
夕飯の支度をしよう。
ジョウロを片手に向きを変えた時、肘が植木鉢に当たった。
あ、と思ったが遅かった。手を伸ばしたが、その先を落ちていく。
イルカはパニックになった。
(嫌だ。落としたくない)
イルカの住む借家は二階建てで、イルカは二階に部屋を借りていた。一階は貸し倉庫。その前に広がる庭には空井戸がある。
昔使われていた井戸で、水道が整備された今はお役御免になり、ビニールで入り口は覆い、紐で縛られている。
----はずなのに。空井戸を覆っているものは何もない。
真っ黒く、底が見えない穴に吸い込まれるように、植木鉢は真っ直ぐ落ちていく。
嫌だ!それだけは....!
必死で伸ばした身体は、窓からずるりと落ちる。
(しまった、受け身...!)
中忍であれど、忍。体制を変えた途端、景色がグラリと歪んだ。
頭が揺れる。真っ黒に開いた口の中に吸い込まれるように、イルカは落ちて行った。
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