傷④

「ありがとうございます。だいぶ暖まりました」
部屋に備えてあるバスローブを羽織りタオルで頭を拭きながら出ると、カカシはベットに転がり愛読書に読みふけっていたのか、イルカを見て本を閉じ起き上がる。
「さっきね、食べ物買ってきたんです。大したものじゃないですが、どうぞ」
サイドテーブルに目をやると、商店街で買ったと思われる惣菜が置かれていた。そう言えば、夕飯を作ろうとしていた事を思い出す。カカシに言われて、反応するように空腹感を覚えた。
「......ありがとうございます」
「落ち着いたみたいだね。よかった、じゃあ食べて」
「え、カカシさんは食べないんですか?」
その問いに少しだけ沈黙し、
「あまり食欲ないんですよ」
申し訳なさそうに微笑んだ。
「でも、」
「いいから、はい」
と、箸を渡され素直に受け取る。
仕方なくカカシが買ってきた惣菜を口にした。カカシは、イルカが一口食べるのを見て、再びベットに横になり本を開く。カカシは黙ったまま静かに本を読んでいる。もくもくと食べていたら、本に目を落としながらカカシが口を開いた。
「イルカ先生」
「はい」
「今日はもう遅いし、とりあえず朝までここにいてね。明日火影様に相談に行きます」
「火影様、ですか」
「イルカ先生、どうやってここにきたのか分からないでしょ?あのじーさん伊達に年取ってないし、そのくらいの知恵はあるでしょ」
確かにそうだ。火影様だったら何らかの方法で助けてくれそうだ。
でもじーさんって。
「ふふ、そうですね」
思わず吹き出してしまった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
素直に嬉しくてカカシを見つめた。
いつもなら、あろうことか火影様をじーさんなんて言うカカシを否定したのに、なぜだか笑ってしまった。風呂に入って気持ちがゆるんでいるのかもしれない。
「あー、....無理」
本を放り投げてカカシが頭を掻いた。
あれ、今なんて言ったんだろう、と思考を巡らせていると、近づいたカカシの手がイルカの腕を掴んだ。張り付いた笑顔のままカカシを見ていると、耳にカカシの唇が触れた。肌にかかる息があまりにも熱く、目を見開いた。柔らかく耳を噛まれて思わず声が漏れる。
「‥‥‥、‥ぁ‥ッ、」
唇は首元にかかり、薄い肌に吸い付く。赤く跡を残すと首筋から背筋へと痺れが走った。
「まっ‥‥、ッ」
取られた腕を振りほどこうと力を込めると、さらにきつく捕まれ持っていた箸が床に落ちる。
「イルカ先生、逃げないで」
耳元で低い声で囁かれイルカは身を縮めた。
「ねえ、イルカ先生。これって浮気?」
浮気
色違いの目が微かに細められ見つめる。その言葉は心臓をドクンと打ち鳴らした。そんなの分からない。だって俺はイルカで。目の前にいるのは間違いなくカカシで。自分の名前を呼ばれただけで苦しくなる。イルカは堪らず眉を顰めて目を伏せていた。
「イルカ先生」
低い声で囁き指が頬を擦った。それだけで電流が走ったように身体がぴくぴくと反応する。優しく頬を触りながらカカシの顔が息がかかるくらいまで近づき、唇が触れる直前で止まった。
「先生」
触れたい。その薄い唇に。
伏せた瞼を上げれない。上げたら、きっとーーーーー。
その目を。声を。温もりを、その全てを求めてしまう。
暖かなカカシの息がイルカの肌に触れる。
「キスしていい?」
囁く声にぶるりと背中が震えた。カカシを掴む手に力が入る。服をギュッと掴んでいた。
「センセ」
その声で伏せていた目を上げていた。カカシと視線を交わらせただけで倒錯的な思考が入り込む。お互いに唇を押し当てていた。カカシの口づけは激しくそれが気持ちを昂らせる。必死で応えるイルカの頬を包み込むように掌が支えていた。
徐々に後ずさりしたイルカの足がベットに当たり、そのまま倒れるように押しされ身体が倒される。柔らかい布団に背中がついた。カカシがイルカの上に覆いかぶさり、ぎしりと音を立てる。身体に押されるカカシの重みが心地いい。口づけの余韻のままの黒い目は潤み、名残惜しそうにカカシの唇を目で追っていた。カカシは上着を荒々しく脱ぎ捨てる。視界に入るカカシの裸に、ドキンとまた心臓が音を立てた。
カカシに上から見下げされる。その光景はあの日カカシに床に押し倒された記憶が脳裏に浮かびあがった。顔色が変わったイルカを見て、カカシが目を細め首を小さく傾げた。
「イルカ先生?」
正気に戻りこれじゃいけないと思い直す。このままカカシに抱かれたら、自分とカカシの未来は目に見えている。
そう、だから駄目だ。
「話を、聞いてください」
カカシは眉根を寄せ目を伏せた。
「-----話なんて聞きたくない」
「...え?...か、カカシさ‥‥っ、ん‥っ、‥....」
言葉半ばで再びふさがれる。濡れた舌が唇の表面をなぞり、軽く噛みつかれた。口づけは獰猛で、最初はついばむようだったのに、途中から食いつくようにぴったりと唇を合わせる。粗暴な口づけだが自分を求めている気持ちからくるのだと感じとり、うまく抵抗が出来ない。カカシの触れる手はとても優しい。
「ぅ‥‥ん‥‥‥っ」
 頬に手をそえて上向かされ、尖った舌先が口腔内に侵入した。差し込んだ舌が口を閉じることを許さず、イルカは息もつけない。離れようとカカシの胸を突っぱねるが、手が首筋を擦った。
「‥や‥っ」
 くすぐったいような甘美感に首をすくめ、自然と声が漏れる。逃げるイルカの舌はあっけなく捕まり、全体が絡み合う。逃げようと身体をずらすと、カカシの手が服に入り込み冷たい感触に、イルカの肌にゾワリと鳥肌が立つ。肌蹴たバスローブではなすすべもなくカカシの手を招き入れる。突起をいきなり強く、親指で削るように押した。イルカは小さく声を上げて背を反らした。カカシが首筋に歯を立てる。ゆっくり味わうように食らいつく仕草には痛みすら伴なうけれど、突起を弄られる感覚の方が強い。カカシに揉みしだかれた突起がうっすら赤みを増していた。
このままカカシに身体をゆるしたら駄目だ。過去に来た訳が知りたい。
これが本当の過去なら、未来を変えてもいいじゃないか。
あんな別れ方、したくなかった。俺が、ここにいたら駄目なんだ。
「聞いて下さ、......」
「だめ。お願い、このまま抱かれて…ね?」
カカシの言葉に困惑した。次に出てくるセリフが出てこなかった。ねだるような、カカシの表情を見つめていると、再びカカシの手が動き出す。優しく脇腹を摩り、その手は下肢を露わにする。晒されたイルカの物は既に熱く熱を持っている。
やんわりと握られ、恥ずかしさに唇を噛み締めた。ゆるゆるとカカシの硬い指が動き、先の柔らかな場所を擦り上げられ、声が上ずる。駄目だと理性が働くが、心の片隅にはこうされる事を望んでいる自分がいた。
里を離れてからカカシを忘れない日なんてない。カカシの背に手をまわす。それが過去のカカシでも、今、カカシだけの行為にさせたくない。先端から零れ落ちそうになる雫を指で絡めると、その奥の窪みを指で探り当てる。ゆっくりと探るように押し広げられる。
「ぅ‥‥ん‥‥‥っ」
背中を走る甘い痺れに身体を震わせる。久しぶりの行為に心配したが、指はすんなりと奥へと突き立てられた。カカシの指が奥の粘膜を擦ると、まぎれもない快感が腰を揺さぶった。自然と息を吐くと、指が増やされる。
「カ、カカシさ...っ」
カカシが指を動かすたびに自然に腰が揺れる。燻る思いに顔を上げると、唇で塞がれる。愛おしむように頬を指が触れた。舌で探られ、イルカは自分から舌を差し出した。擦れあうと、首筋がぞくぞくする。熱の塊が抜いた指の代わりにあてがわれる。ゆっくりと押し広げて挿入され、生理的な涙がイルカの目に浮かぶ。息を吐き出すとより一層深く押し入れられた。
「‥‥‥、‥ぁ‥ッ」
 朦朧とする意識の中、覆い被さるカカシに突き上げられると声が漏れた。一度あふれると止まらなくて、カカシもまた、言葉一つ無く腰を押し付けてくる。波が激しすぎて、もっとゆっくりして欲しいけれど、眩暈がする高みへとイルカはすでに運ばれていた。
「‥ゃ‥あ、‥‥っ、‥ッ」
 ただ握られただけでイルカは達してしまい、その体を強く揺さぶって、カカシもまた熱を吐き出した。奥が熱くなるのを感じながら、イルカはぐったりと脱力した。
拒むことが出来なかった。


「...オレが強引なのは未来も変わらないですか?」
イルカの黒髪を弄びながらカカシが口を開いた。「未来も」それはカカシが何かを察している証だった。その洞察力に驚く。だがどう答えるべきか、戸惑うとカカシが小さく笑った。
「里にいないから、関係ないですね」
少しだけ眉を寄せて、泣きそうにも見えイルカはカカシをじっと見詰めた。そんな顔を見るのは2回目で。起き上がり、カカシを見下ろした。
「...未来永劫だなんて思ってないけど、やっぱり未来から来たアンタの話は聞きたくないんですよ」
「..............」
胸が締め付けられる。この人は、薄々未来の関係に気がついて、自分が言おうとしたことを、分かって言っている。
肯定も否定も出来ない。
「俺、あなたに何を伝えたらいいのか思いつきません。何が正解なんて分からない。でも、俺があなたに言えることがあるとするなら。それは...俺はあなたに謝らなければいけない」
悲哀を含んでいるカカシの目の奥が少し揺れた。
「言わないで」
顔を歪めて、カカシは視線を下に落とした。
「聞きたくない」
「カカシさん」
「聞きたくない」
きつく目を閉じカカシが強く言い放つ。彼の心の内が不安で揺れ動いている。それが痛いほど伝わる。不安にさせているのが自分だと。
柔らかい銀髪に指を落として優しく撫でれば、ピクリとカカシが動いた。
「イルカ先生は、」
ふとカカシが目を開ける。どこか遠くを見たまま、口を開いた。
「俺のこと好きですか?」
カカシの視線がゆっくりと動き、イルカを視界に入れる。青い目がじっと自分を捉えていた。瞳の奥が微かに揺れる。喉から言葉が出てこなかった。「好き」と言えばいい。分かってる。分かってるが、出てこない。言いたいのは目の前のカカシじゃない。自分から離れて言ったカカシだ。さよならさえ、言えなかった。苦しい。心が苦しい。薄く開いた唇が震える。
カカシが切なげに眉を寄せた。
「好きって言って」
懇願するような目で。その目は薄っすらと奥が光る。
「言ってよ」
カカシの瞳から涙が落ちた。イルカは堪らず顔を顰めて目を伏せた。
目の奥が痛い。心が震える。どうして。どうして今の俺なんだ。どうしてあの時の俺じゃなく今の俺に聞くんだよ。
歪めたままの顔でイルカを見上げるカカシを抱きしめ腕を広い背中に回した。
「ごめんなさい……」
ごめんなさい。
言えなくてごめんなさい。
でも、少しでも俺を感じて。
俺を。感じて。
抱きしめる腕に力を入れる。
「...イルカ先生...」
カカシの不安で揺らいでいる瞳をジッと見つめ、その目の際に唇を落とした。
「カカシさん」
軽い目眩がした。
浮遊感に耐え切れず床に崩れ、目を閉じる。
(あれ、....これ、前にも....)
揺れた視界が真っ黒になる。
カカシが自分を呼ぶ声がかすかに聞こえる。
(カカシさん....)
応えたいのに、イルカの意識がゆっくりと途絶えた。


NEXT→

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。