kodou③

 柔らかく寝心地の良い寝具の上にイルカはいた。それがカカシの部屋で、カカシの寝台の上だと分かっている。カカシが多い被さるように上に乗り、イルカに口づけを繰り返しながら服に手を伸ばした。ベストのジッパーを外し、自分でも思った以上に理想的な大きさや形だと思っていた胸をカカシは服の上から直接触る。イルカの体が震えた。ふと、カカシが眉を寄せ、やっぱり、と呟いた。
「下着付けてないとか、あり得ない」
 カカシがボソリと言う。イルカは瞬きをした。
「あの・・・・・・」
「ホントに、もうちょっとさ・・・・・・自覚持ってよ」 
 カカシに押し倒された状態でそれだけでもういっぱいいっぱいで、言われてた意味が理解出来ない。なに、と聞き返す前に、カカシがイルカのアンダーウェアを一気に捲り上げ、肌が外気に晒される。その先を指先で触れた。
「ぁっ、」
 イルカが小さく息を呑む。カカシの固い指の腹がそのまま強く擦りその刺激に声が漏れた。屈んだカカシにその口を塞がれる。指が乳首を押しつぶし、その度に体が反応を示した。恥ずかしくてたまらない。
 もう片方の手は慣れた仕草でイルカの髪紐を解き、肌を滑らせるように触れる。カカシが触れるところ全てに自分でも信じられないくらいに反応をしてしまう。火照った頬が更に熱くなった。
 再びカカシの手が胸の中心に向かう。イルカの背中がゾクゾクと甘い痺れが走った。そのままきゅうと摘まれイルカは反射的にカカシから唇を浮かせた。
「だめ、そんな事したらもっと固くなっちゃう、」
 男でいる時よりも大きく既に固くなった乳首の刺激が想像以上で、自分の体が過剰反応の様に跳ねる。恥ずかしくて耐えられない。おかしくなりそうな感覚に怯えカカシを見上げると、白い頬を赤く染め少し惚けた表情でイルカを見下ろしていた。こくりと唾を飲み込んだのが分かった。そして薄くて形のいい唇がゆっくりと開く。
「先生・・・・・・どうしよう。優しく出来そうにない」
 黒く潤む目に映るカカシの表情の変化に気が付くも、その意味が分からない。え?と小さく聞き返した瞬間、その唇をカカシが荒々しく奪った。
 
 普段以上の体力を消耗したイルカはぐったりと布団に体を横たえていた。丸で嵐が過ぎ去った後のような。それでいて長時間の快感に溺れた為か、頭がぼんやりとしている。そして女体化しているせいで体力が減っているせいなのか。運動量に対して倦怠感が拭えない。
 汗の引かないイルカの体を弄ぶように、抱き締めて隣で一緒に横になっていたカカシが、もそりと起きあがった。
 今までお互いに裸でいたはずなのに、ふと目に入ったカカシの逞しい上半身に心臓がドキンと跳ねる。シャワーを浴びに行くのだろうと勝手に思っていたから、カカシのその上半身が服で隠れた時、あの、と声をかけていた。その自分の声が少し掠れている。カカシがイルカを見た。
「ごめんね、もう少し一緒にいたいけど。任務」
 ごめんねと言われてイルカは思わず首をふるふると横に振った。そして納得する。もう既に夜明け近い時刻だが、任務に正規の時間はない。
「先生はここでゆっくりしてていいから」
 シャワーも使って。
 それはありがたい。だが正直こうなる事を自分でも想定していなかったから、どう答えたらいいのか、戸惑う。
 それすら分かっているのか、イルカの表情を見つめ、カカシは少しだけ可笑しそう微笑んだ。ベストまで着込んだ手を服から離すと布団に顔だけを覗かせているイルカへ顔を向けた。
「あなたのイった顔、すごく可愛いかった」
「・・・・・・っ」
 正直に反応し、かあ、と顔が赤くなる。それも可笑しそうに笑いながらカカシは額当てを付けそれを無造作に結ぶ。口布を上げると薄い唇がいつものように隠される。じゃあね、と短く言うとそのまま部屋を出て行った。
 部屋に残されたイルカは、カカシの言葉に甘えるように取りあえずまた布団の中に潜ってみる。
 すごく眠い。でも。カカシの匂いが残る布団の中で、眠る事は出来なかった。

 イルカは午後、受付業務に回されていた。アカデミーの業務だけに徹底したいが人手が足りないのは事実で、自分がまだ女体化から解けないのも事実。火影にお願いされては頷かない訳には行かない。
 そして、意識しないようにとしているのに。気が付けば受付の椅子に座りながら、部屋の隅で他の上忍仲間と話しているカカシへ視線を向けていた。
 普段隠しているカカシの素顔を知っているのは、どのくらいいるのだろう。片手にペンを持ちながら、カカシの横顔を見つめる。普段自分の前でさえ隠していても食べる時には躊躇なく口布を下ろすのだから、きっとあの端整な素顔を目にしている人間は何人もいるに違いない。
 ふと浮かんだのは数日前の情事だった。口布だけではない、額当てもそして常に身を包んでいるあの服を全て脱いだ時のカカシの姿が脳裏に刻まれているようで、離れない。
 あれからカカシは任務から帰ってきた後も、七班の任務を子供たちと共にこなし、訓練をし、何事もなかったように過ごし、そして自分にはーー。
 ふとカカシの目がイルカへ向き、慌てて視線をやりかけの書類に戻した。ペンを無意味に持ち直す。
 カカシが自分に向かって真っ直ぐ歩いてきているのが分かった。
「イルカ先生、これお願い」
 同時にカカシの長い指と報告書が視界に入る。ゆっくりとと顔を上げると、普段と変わらない青みがかった涼しげな目がイルカを見つめていた。自分も普段と変わらないようにしなくては。心で言い聞かせるように、イルカはぎこちなくならないように努めながら、お疲れさまです、とカカシに微笑み報告書をその手から受け取る。
 心に言い聞かせようが僅かだが心音が早くなっていた。込み合ってはいないが、部屋には休憩している上忍もまだ数人いて、隣では同じように別の上忍が報告をしている。静かではない事が幸いだ。
 イルカは確認して顔を上げた。
「問題ありません。ありがとうございました」
 誰に向けるのと同じ様な台詞を表情をカカシにも向ける。と、カカシのポケットに入れていない方の手が伸び、指がイルカの指先に微かに触れた。その動きがあまりにも自然で。視線をその指先に落としていた。誰も見ていない。分かっていても、動揺を隠しきれずに、だが必死にそれを抑えれば抑えるほど、動揺は広がる。
 先生、と呼ばれイルカは顔をカカシに上げた。
「ね、今週ご飯行こっか」
 上忍仲間にも言うような口調なのに、誰にも向けないような眼差しで。
 心が、乱れた。
 少しだけ黒い目が大きくなる。動揺を隠しきれなくて、イルカは目を伏せ唇をぎゅっと結んだ。なのに。
「いつにする?」
 容赦ない問いにイルカはまた反射的に顔を上げていた。
「あ・・・・・・りがとうございます。じゃあ、水曜はいかがでしょう」
 動揺を抑えながらも口を開けば、いつもの声が出た事に心底安堵する。カカシはニコリと微笑んだ。指先を触れていたその手を引っ込める。
「じゃあ、水曜ね」
 カカシは背を向け受付を出て行った。そこまでじゃなかったはずなのに、喉がひどく乾いている錯覚に陥る。イルカは作業に戻りながらも、こくりと唾を呑んだ。


「はたけ上忍って本当、格好いいですよね」
 決して冗談ではない。本心を零すようなため息混じりの女性教員の台詞にイルカは振り返った。
 誰かつきあってる人とかいるのかな。
 追加される独り言。いつものようにカカシが自分との約束をし廊下を歩き去っていくその姿を女性教員が見つめて呟く。その眼差しが、同性でもないのに、真意が読みとれた感覚にその言葉が自分の中の一部をざらりと舐めた。
 二日前。カカシの支給服に隠れた逞しい腕に抱き締められ、自分のいいところを何度も突かれた。二日も前のはずなのに、荒々しいカカシの息がまだ耳元に残っている。
「そういう話、はたけ上忍からは聞きません?」
 気が付けば、女性教員がイルカを見ていた。どうだろう、とイルカは小さく笑って誤魔化す。
「そんな話題は一緒にいても出ないから」
 イルカの言葉に、女性教員は残念と言わんばかりの顔を浮かべ、そうなんですね、と答える。
 ねえ、先生。気持ちいい?
 後ろから緩く腰を揺らしてカカシはイルカに聞いた。低い声に、それだだけで、目に涙の膜を張りながら、言葉にならない声をイルカは漏らした。カカシを欲して感じているままに中を濡らし、動かす度に水っぽい音が部屋に響く。後ろからカカシの腕が回り、大きな手のひらが柔らかい胸を掴んだ。張りのある胸にカカシの指が食い込む。仰け反った体制のまま、後ろからカカシの固い陰茎がぬめる中を擦った。ひゃ、ぁ、とまた声を漏らしたイルカの耳をカカシは甘く噛む。
 俺はね、気持ちいい。あなたの中は具合がすごく善くて、どうにかなっちゃいそう。
 中で動くそれが更に大きさを増した感覚に、火照った身体がもっと熱くなった。
 セックスをしながらカカシは自分をじっと見つめる。その目が、ついさっき、ここにいたカカシの眼差しと重なり、鼓動が早くなる。
 ずっとこうしていたい。
 熱っぽい息と共に、独り言のように。柔らかいイルカの尻を掴みながら中で果てた後、呟いた。
 その言葉を思い出し眉根を寄せる。そしてイルカは虚ろな眼差しをカカシがいなくなった廊下へ漂わせた。

 賑わう居酒屋のテーブル席で、イルカは酒を煽った。一気に飲み干す姿を見て、隣にいた友人が笑った。
「おいおい、どうかしたのか」
 イルカは別に、と短く答えた。
「じゃあやけ酒か?」
「そんなんじゃないって」
 イルカは揚げ豆腐を口に入れた。手を挙げ店員を呼び生ビールの追加注文をする。
 酒が強いのは元々だ。そこは女性になったからと言ってあまり変わらないのでホッとしている。
 何度も身体を重ねるうちに、心も身体も麻痺してしまったかのようで、それに、自分の中の腫れ物に触れる事すら出来なくなっていた。なんて言えるわけがない。
「あ、分かった。セクハラでもされたんだろ」
 あまりにもくだらなくてイルカは呆れた眼差しを向け、笑った。今度はだし巻き卵を口に放り込む。
「疲れてるんだよ、俺も色々」
 ぶっきらぼうに言って立て肘をついた。
 正直、そんなくだらない悩みの方がまだよっぽどマシだった。だが、こうして友人と酒を飲んでる一時くらいは忘れたい。
「まあな、中忍である故の苦労は尽きないもんな」
「そうそう、そう言うこと」
 イルカは友人の肩を叩く。店員からビールを受け取ると、それを喉に流し込んだ。
 そんな時、目に飛び込んできたのは銀色の髪だった。暖簾をくぐり、上忍仲間と数人で店の中を歩いている。その中の何人かは上忍と思われるくノ一。イルカはただ、目で追っていた。飲みかけていたビールを持つ手を止め少し口を開けたままぼんやりと見つめ、ーーふと視線を動かしたカカシとかりちと目が合った。
 授業中当てられたくない生徒の様に、避けるように視線をカカシから逸らしていた。
テーブルへ目を伏せる。そこからゆっくりと顔を上げれば奥の部屋に通されたのか、カカシ達の姿はない。
「イルカ?」
 同僚の声で視線を戻す。
「飲まねえの?」
 急に手の止まったイルカを不思議そうに見ている。
「ああ、飲む飲む」
 イルカは微笑むとビールを飲み、同僚達の会話へ耳を傾けた。
 
  
 イルカは居酒屋で同僚達と別れた後、一人夜道を歩きながら、自分のアパートへ向かう。明日か明後日かどうせカカシに声をかけられるだろうとは思っていた。
 でも、
「先生」
 街灯もない道で背中から声をかけられ、イルカは身体をびくりとさせた。同時に緊張が高まる。
 ゆっくり振り返ると、その通り。すぐ後ろにカカシが立っていた。
 居酒屋で見た色とはまた違う、銀色の髪が月夜に浮かぶ。互いに酒を飲み、そしてほろ酔いになっている自分とは違い、カカシの顔色は普段と何も変わっていないように見えた。
「飲み会?」
 どうしようか迷っているうちにカカシが先に口を開く。イルカは小さく頷いた。仲間と飲んでいる自分を見たんだから分かっているくせに、カカシは、ふーん、と小さく呟く。
「カカシさんも、飲み会だったんですよね・・・・・・?」
 聞くと、カカシは片手で頭を掻いた。まあね、と答える。その顔がふっと和らいだ。
「楽しかった?」
「え?」
 聞き返すイルカに、カカシは微笑みながら少しだけ顔を傾けた。
「だって先生今日結構飲んだ感じだから」
 頬の赤さを指摘するように、そう言われてイルカは自分の頬に手で触れた。頬はほのかに熱い。
 そこからカカシの柔らかくなった表情に連動するように、イルカの緊張が少しだけ緩む。イルカは笑顔を浮かべた。
「ええ、急に決まった話だったんですが、今日のメンバーと飲むのは久しぶりで結構酒が進んじゃいまして」
 カカシさんも楽しかったですか?そう聞こうとした。さっきとは違う、酷く面白くなさそうにふーんと呟いたカカシに気が付くのが遅れる。尋ねようとしたイルカの言葉に被せるようにカカシがため息を吐き出した。
「ねえ、先生」
「・・・・・・はい」
 瞬きをするイルカを青い目がじっと見つめた。

「あんたさ、もしかして誰にでもほいほいついてってる訳じゃないよね?」

 イルカの目が丸くなった。
 ーー何で、そんな。
 その言葉が最初に頭に浮かんだ。
 だって、今日一緒に飲んだのは昔からの友人で、飲んだのは半年ぶりだった。
 元々酒を覚えた歳から予定が合えば飲みに行くのはよくある事で。
 それで今日は久しぶりに合った友人に誘われて。こんななりだけど嬉しくて。
 聞かれてもいない理由が、ぐるぐるとイルカの頭の中を回る。一言も発していないまま固まっているイルカを見てぎょっとしたのはカカシだった。
「あの、イルカ先生?」
 カカシが名前を呼ぶ。その声は明らかに心配そうで。
 そして、瞬きをした時、イルカの頬が濡れた。
 涙だった。そこから瞬きする度に黒い目から大きな涙がこぼれ落ちる。
 涙がこぼれ落ちるよりも前に、自分がカカシの言葉で傷ついていたのは気が付いていた。それに気が付かないようにしたかったのに。
 勝手に涙がこぼれていて。抑えきれなかったのだと、自分で認識する。それを認めた瞬間、胸に痛みを感じた。
 いつもより小さな口を震わせたまま、黙って涙を流すイルカの姿に、カカシがおずおずとイルカに歩み寄り目の前まで来る。かがみ込んでイルカを見つめた。
「イルカ先生、あの、ごめん」
 だから泣かないで。
 顔を上げるとカカシが困り果てた顔をしていた。
 人前で泣いてしまった事に自分でも驚いたが、それ以上にカカシがこんな状態になっている事に驚く。当たり前なのかもしれないが、見たことがなかった。
 おろおろとしながらもカカシは手を伸ばし濡れた頬を拭い、眦に浮かんだ涙を指先で触れる。
 屈みながら心底心配している眼差しを向けられて、その原因を作ったのは明らかに目の前のカカシなのに。現に、心はまだじくじくと痛い。
 それなのに。
「先生、ごめんね」
 謝るその言葉が、その場しのぎの口調でない事は明らかだった。そして、眉を下げて困っているカカシを見たら可笑しくなる。
 ふっと小さく笑いを零すと、カカシが困った顔のまま微かに片眉を上げた。
「ふっ・・・・・・は、ははっ、」
 堪えきれずに涙目のまま、イルカは口に手を当ててくすくすと笑い出す。
 カカシは戸惑いながらも怪訝そうな顔をした。イルカは鼻を啜りながら目を擦りそんなカカシを見る。
「すみません。だって、カカシさんがそんな風に女性を前に戸惑うの、第三者的に考えたら可笑しくて、」
 カカシは眉根を寄せた。
「ちゃかさないでよ」
「だって、ん、」
 口布を下ろしたカカシの唇が言いかけたイルカの唇を塞いだ。そこから顔の向きを変え何度もキスをされ、イルカは濡れた瞳を閉じ受け入れる。
 愛おしむように慰めるように。それがあまりにも優しい口付けで、閉じたイルカの目に再び薄っすらと涙が浮かぶ。同時に胸がまたズキズさキと痛んだ。心が苦しくて、イルカはキスを受け入れながら眉を寄せる。
 カカシの手が、ベスト当たりに触れたままになっていたイルカの手を包むように握る。次第に二人の唇が深く重なった。

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