恋と笑って①

雨足が弱まった。
一人部屋でテスト問題を作り集中していた意識に入り込んできた雨樋から流れる雨水の音に、イルカは立て肘を解いて顔を上げた。
風は吹いていない。窓に時折張り付く水玉を眺めて。窓越しに見える決して黒くはない空を見つめた。
天気予報では本降りにはならないと言っていた。空の明るさからもう直に止むだろう。止んだら一度取り込んだこの洗濯物を外に出そうか。
乱雑に取り込まれたままの洗濯物に視線を投げながら、イルカはペンを置くと立ち上がった。
雨が止んだら。一息入れる為にも買い出しにでも行くか。
ガラ、と木製の窓枠に手をかけ窓を開けた。
そこでイルカの目が捉えたもの。
目が徐々に丸くなる。相手もそれは同じだった。虚を突かれた表情でイルカを見ていた。
雨がしたたる木の幹の上で。
まさか部屋の窓を何気なく開けたら、目の前の木の幹に里一番の上忍がいるなんて事、思う訳ないだろ。
だから驚いて当然だ。
「あ、ちょっといい?」
にこ、と笑みを見せたかと思ったら。カカシは枝から飛躍してイルカが手を突く窓枠に迫り思わず仰け反いていた。
「え。あ、ちょ、」
上がり込む事もそれが下足のままの事も、突然すぎる事も頭の整理がつかないままなのに。
雨の匂いと共にカカシは驚くイルカの横から部屋に上がり込む。窓を閉めると直ぐにイルカの袖を引っ張り座り込んだ。
「は、なに...?」
引っ張られる形で一緒に座り込んだイルカの目の前で、カカシは人差し指を口に当て、しー、と小声で言った。
その仕草に困惑しながらも何がだ?と思いながらも、上忍がそうしろと言うならそれに従うしかないだろうな。と冷静に考えてカカシの横で身を潜めた。
「やっと行ったー」
少しの沈黙の後に、やれやれと、カカシはその場に尻をついてしゃがみ込んだ。
だから、何がだ。
眉を寄せ訝しんだままの表情で見つめるイルカに気が付き、カカシは微笑んだ。
「ありがと。助かりました」
助かった。その言葉と今までのカカシの行動から推測されるのは。
「...追われてたんですか?」
「まあねー」
イルカの問いに下足を脱ぎながらははと笑った。
「敵に?」
「そう、めんどくさーい暗部」
「え!?」
暗部?どこの里の?と驚きのイルカにまたカカシは付け加えた。
「五代目の放った追っ手です」
「....綱手様の?」
「はい。綱手様の」
鸚鵡返ししてイルカに頷いて。カカシは脱いだ下足を軽く上げてイルカに見せた。
「これ、玄関に置かせてもらってもいい?」
状況が掴めていないまま、イルカは反射的にはいと頷く。カカシは素直に玄関へ向かい、また戻ってきた。 改めて見るその姿はびしょびしょまでとはいかないが、服も髪も濡れていた。
「あ、タオル。タオル用意しますね」
「あー、すみません」
頭を掻いて眉を下げる。あまり話らしい話をした事がない相手なのに、カカシが思ったよりも物腰が柔らかいせいなのか、緊迫した空気はここにはない。
タオルを受け取ると、ありがとね、と微笑んでカカシは銀色の髪を拭いた。
「...あの、何かあったんですか?」
本当は何かしたんですかと聞くのが正しいのかもしれないが、流石にお互い立場が違う。言い方を控えていた。何かしでかさなきゃ綱手に追われる事なんてないはずだ。
綱手と聞いて多少納得は出来たものの、ここに匿う形になっているのだから、自分も多少なりとも状況を知りたいのは事実だ。
お茶を煎れて台所から戻ると、カカシはあぐらを掻いてちゃぶ台の前に座った。タオルを肩にかけたままのだから、なんとも締まりがない光景に感じた。
苦笑いを浮かべながら頭を掻き、イルカの問いに言い淀むカカシに口を開いた。
「すみません。無理でしたらいいですから」
「いや、そんなんじゃないんですけどね...どうしよっかな...」
「いいんです。俺が口を挟む事じゃないって分かっていますから。お茶でも飲んでください」
湯気立つ湯飲みをカカシの前に置く。カカシはじゃあ、と言うと、口布を引き下げた。
(ぬあ!)
自分で勧めておいて。イルカはカカシの行動に目を剥いて勢いよく俯いた。
「はは、大丈夫ですよ」
そんな大したものじゃないですからと軽く笑って。カカシのお茶を啜る音に恐る恐る目線を上げると、カカシはにこにこしてこっちを見ていた。
(...狡い)
想像した以上に整っている顔立ちに動揺しながらもそう思った。そんな気持ちも知らず、カカシはのほほんとして両手でお茶を啜り、ため息を零した。
「思ったよりしつこかったから、参りましたよ」
「そう...ですか」
「五代目ってさ、蛞蝓って言うか蛇みたい」
「はあ」
その比喩は良く分かるが笑えねえ。お茶を啜って曖昧に相槌を打った。兎も角、あの綱手を怒らせたのは間違いないらしい。カカシをここまで追いつめるほどだ。笑ってるから然程なのかもしれないが。
「先生ってさ」
「はい」
正座をして、イルカは姿勢良くカカシを見た。
「彼女いた事ある?」
「...はい?」
突飛な方向に進んだ気がするのは気のせいか。聞き返すとカカシは湯飲みをちゃぶ台に置いた。
「彼女とか、いた?いや、いる?」
うん、やっぱり突飛な方向に向かった。再認識するが。
「まあ、今はいないですけど、...前に一人...」
その答えにほうと息を吐き出され、間違った答えだったかと伺えば。
「そっかー、....」
腕を組み下を向く。
「...カカシさん?」
「どうしよっかなー....」
イルカの問いかけに顔を上げずに呟いている。益々よく分からない。
「イルカ先生」
「はい?」
急に名前を呼ばれて、顔を上げたカカシは真面目な面持ちをしている。
「お願い、聞いてくれる?」
少し苦しそうな表情がまた端正さを引き立たせる。首を傾げるイルカに、カカシは薄い唇を開いた。
「俺とセックスしてくれない?」




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