恋と笑って③

「時間がそうある訳じゃないんだよね。あの五代目の事だから」
カカシは玄関で下足を履くと立ち上がり振り返りイルカを見た。自分より少し背が高い。玄関の段差で今はそれがない目線の高さで。カカシはにこと笑った。
「今週都合が良い時、家に来て」
忍犬、イルカ先生の家に行かせるから。それが伝言役。口布を直したカカシは晒されているのは眠そうな右目だけ。
その言葉を残してカカシは部屋を出た。

(あれーー)
玄関でカカシを見送ったまま、一人その場でぼんやり考える。
(もしかして、これって。とんでもない事になってないか?)
冷静になればなるだけの動揺。イルカは思わず口を掌で覆った。よくよく考えてみれば、カカシとはナルトの繋がりで顔を合わすようになった。あの中忍選抜試験のいざこざでそこから会話も減り、義務的な会話くらいで。そんな自分に、なんで彼は頼んできたんだろう。考えたって自分はカカシじゃないから分かるはずがない。彼の考え方は未知数だ。カカシだけじゃない。上忍であれば力が秀でている分、人間性が歪曲した人間が多い。常識で当てはめるのは難しいとは分かってはいるが。
時計の秒針の音と心臓の音だけが、自分の耳に聞こえていた。


翌日、授業を終えて。教科書を持ち廊下を歩く。イルカの頭は依然カカシからもたらされた事で一杯だった。ここ数日の内になるとは思うが。未だ心の準備が出来ない。
大体この俺が、カカシに何かを教える事なんて出来るだろうか。子供相手の授業とは何もかもが違う。
俺だってどちらかと言えば経験が浅い方だと思うし、それに自分が下となると。
イルカはハッとした。
そうだよ俺だって下なんて初めてじゃないか。てことは、お互い初めて?
これってやばくないか?
「うみのイルカだな」
背後で声がかかった。考え事はしていたが唐突な気配にイルカは驚き振り返る。
(あれ、いない)
後ろからだと思ったのだが。遠くで生徒がいるのは確認出来たが。視界にはそれらしき相手が入らない。
不思議に思った矢先、
「ここだ」
声に導かれるように下を向き。足下に小型犬が鎮座していた。見事な気配のなさに内心関心しつつも思わず目を見張る。
(パグだ)
「パックンだ」
(え?パグじゃなくて?)
言われた言葉に素直に首を傾げていた。何を言っているのだろうか。イルカの表情を読みとったのか、またその犬が口を開いた。
「わしの名前だ」
表情に変化のないままそのパックンが言った。見た目とは裏腹に堂々とした雰囲気はまたなんとも不思議で。なのに砕けた名前だと違和感を感じながらイルカはしげしげとその忍犬を眺めた。
「カカシからの伝言を持ってきた」
そこでようやくカカシが忍犬で伝言をすると言っていた事を思い出した。その事事態、頭からスッカリ抜けていた。
「忘れとったのか」
イルカの間の置き方にそう言われ、いや、と反射的に首を横に振る。イルカをジッと見ていたパックンは、立ち上がった。
「アカデミーの裏門で待ってるからの」
そう言うととことこと短い足でゆっくり歩き、しゃべり方はともかく可愛いな、などと、お尻を見ながら思えば、ふと姿を消した。
カカシの忍犬。にしてはちょっと意外だった。職員室に戻り帰り支度をしながら思う。
カカシのイメージからしたら、
「...もっとこうしゅっとして、きりっとしたような」
曖昧な表現を呟きながら、それでもあのパックンもきっと優秀な忍犬なのだろう。歩く後ろ姿は可愛かったが。
(名前だって、なんかすんごい可愛いんだけど)
カカシの忍犬だと到底思えない名前に感じる。
(...イメージが崩れたなぁ)
女性との経験がないのだってそうだった。それに加えあのパックン。
カカシが、名前が先行してイメージがついてしまっていると言っていたのを思い出す。
それはカカシにとってはマイナスだと、自分には思えないが、苦笑いを浮かべたカカシの表情が頭に浮かび、イルカは眉を寄せた。
思ったより人間味のある人だったんだと、ぼんやり感じた。あの、苦笑いしたカカシの顔は、寂しさが含んでいたのだと。
敬遠していたのは事実で、それは上忍である故もあり、写輪眼のカカシ故でもあり。
でもそれは、周りもきっとそうで。
 自信がないから
なんて。カカシは自分にそう言った。
あの時既に、カカシはちゃんと自分と向き合ってたくれていたのか。
正直了承はしたものの、気は重かったのに。
(...何だろ。少し落ち着いた)
イルカは職員室を出た。

パックンに案内され来たのは、閑静な住宅街で。庭先から見える赤い屋根の家屋を眺めた。庭には木々が茂っており、多少手入れはされているものの、雑草も伸び、庭石にも苔が生えている。初めて見たはずなのに。
イルカは肩にかけた鞄を握りしめ、ゆっくりと見渡した。
懐かしい感じがするのは何故だろう。昔両親と住んでいた家とは違うのに。ふわりと香った花の匂いに、イルカは視線を奥に続く庭先へと移した。
古い木だと感じるその低木は幾つも花を咲かしていた。橙色の小さな花。
「金木犀か」
立ち止まったイルカにパックンが口を開いた。
「鼻がききすぎるから余り匂いのきついものは好かんがな。あの花は嫌いじゃない」
まあ、歳で鼻が弱くなったのもあるかもしれんがな。湿った鼻を鳴らしながら、金木犀を見上げた。
イルカは何となく納得した。自分の生家にも同じ木が植えられていた。金木犀を見つめるイルカに顔を向ける。懐かしむその表情をジッと見た。
「イルカ先生?」
ガラ、と窓が開き、カカシが顔を出す。口布をしているが、額当てはしていない。イルカの驚いた顔に、あー、と後頭部に手を回しにこと笑った。
「気配あるのに動かないし、何やってるのかなーって」
パックンもさ、何してんの。カカシが目線を下に向けると、パックンはふいと横を向いた。
「....何もしておらんわ」
戻せ。
短い指示にカカシははいはいと言って、空で印を結ぶ。その綺麗な印に見とれている間にパックンは消えていた。


なんだろ、むずむずする。
イルカは正座しながら足の指を動かした。
分かっている。目的が目的だから。それなのにカカシは至って普通に目の前でお茶を啜っている。
余計に自分だけが浮き立って見えるのかもしれない。
でも何で自分はこんなに緊張してんのに、この人はどっしり構えてんだ?頼んできたのはカカシなのに。普通逆じゃねえのか?
どうもこの雰囲気に調子が狂う。
「さっき、パックンと何話してたんですか?」
カカシは湯飲みから唇を離すと、眠そうな目でイルカを見た。え、とイルカは反射的に目を開いて遠くにいた意識をカカシに戻す。
「いや、特に何も話してないですよ」
「そう?」
「はい。あ、...の、カカシさん」
「ん?」
「もうさっさとや、やっちゃいますか?」
笑いながら言ったつもりなのに変な緊張からか声がでかくなっていた。
カカシはその眠そうな目を微かに開いた後、弓なりにした。
「うん、いいよ」
ドキン、とイルカの胸が高鳴った。

*次頁はイルカ女体化でR-18の内容を含みます。

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