口笛②
週に数回は顔を出していたはずなのに、男は姿を見せなくなった。
(...やっぱ、顔を見たからかな)
イルカはどさりとゴミ袋を置き、そんな事を考えた。冷静に考えれば、あんな風に暗部が顔を見せる事はあり得ないはずなんだ。それぐらい自分だって知っている。だからもう来るのをやめたんだろう。
今日親父さんから訊いた話では、奥さんの腰痛もだいぶ良くなり、あと一ヶ月もすれば店の仕事に戻れるのだと言う。
いままでありがとうと深々と頭を下げられ、イルカはそんな事ないと店主の頭を上げさせた。アカデミーの仕事が終わった後のこの店の手伝いは、肉体的にも正直きつかった。黒板に向かいながら眠ってしまいそうになった事だってある。だからホッとしていいはずなのに。気持ちが晴れない。
そう、その晴れない理由は、自分で知っている。ーー知っているけど、気が付かないようにしていた。
毎日、店の残り物でおにぎりを用意していたのだって、自分の為なんかじゃないって事も。
ゴミを出しに外に出る度に気配を探り、暗部に所属する忍びの気配を探るなんて、到底無理な事だと分かっているんだけど。
「もう終わっちゃったの?」
「ーーっ」
1つ、まだゴミを持ったままだったイルカの手が、目に見えるくらいにビクリと反応した。それを持ったまま振り返る。
思ったより近い距離に、犬の面を被ったままの男が立っていた。
確かに声から彼だと分かった。が、いつものフードの付いたコートは着ていなかった。黒衣に包まれている。木の葉の暗部のーー服。
久しぶりに目の当たりにした男に、更にその格好に。イルカは、こくりと喉を鳴らした。
「ま、このカッコじゃ店に入れないんだけどねー」
男は銀髪を人差し指で掻く。その右手には包帯はない。
「あ、あのっ」
未だ動揺しながらも、出た自分の声は、また少し大きい。恥ずかしくなりながらも、イルカは続けた。
「おにぎり、あるんです!」
「ーーは?」
「だから、もし良かったら。ーー今、持って来ますからっ」
「あ、待って?」
と背中を見せたイルカの腕が掴まれた。驚き振り返れば、距離を縮めた面が目の前に迫り、それにもまた目を開く。
「........」
何だろうとその面を見つめれば、男がまた、頭を掻いた。
「一緒に食べよ?」
「......え?」
男はイルカを掴んでいた手を離した。
「もう店上がるんでしょ?だったら待ってるからさ」
待ってる。
急な展開と状況についてゆけず、ただ、イルカはこくんと頷いた。
その言葉通り、店を締め裏口から出ると。男は木の幹から音もなく降り立った。面は外してあった。口布はしてあるが、素顔が晒されている。
「お待たせしましたっ」
息を弾ませ駆け寄ると。イルカを見たまま、男はしばらくじーっと自分を見つめている。
「.....?あの、」
伺うように男を見ると、漸く口を開いた。
「アンタ忍びだったんだ。びっくりしたー」
イルカは店で貸してもらっていた着物から着替えて、いつもの支給服を着ていた。ただ、自分は勝手に同業者だと気が付いているのとばかり、思っていた。かぁと顔を赤らめたイルカを見て、男は軽く目を丸くした後、小さく笑った。
「...わ、笑わなくたって...」
本当に可笑しそうに笑う男に困った顔をして言うと、色違いの双眸の目を細めた。不思議な輝きの目に、ドキリとする。
「あっちで食べよっか」
「あ、はいっ」
男は店の裏手にある神社へ顔を向け、歩き出す。イルカも肩にかけた鞄の紐を握りながら後に続いた。
神社内の松林の中で男はしゃがみ胡座をかいた。イルカも座れば包みを広げておにぎりを一つ掴むと、イルカに差し出した。
「はい」
「ありがとうございます」
「何で、アンタが作ったんじゃない」
くすくす笑われ、そうですね、とイルカは苦笑いを浮かべる。
そんなイルカを見つめて、男は躊躇なく口布を下げるとおにぎりを一口食べた。
(あ、....顔...)
見てはいけないかと、俯きまたチラと男を見れば、目が合った。薄い唇は薄っすら笑っている。
「そんな珍しい?」
言われ、イルカはえっと驚き首を横に振った。
「大丈夫ですっ...あ、いや、そうじゃなくて、」
「俺からしたらアンタのほうがよっぽど珍しいんだけど」
そこまで言って、男はおにぎりを頬張る。
前は変わってるとか言われて、今日は珍しいだなんて。自分は平凡な人間だと思っていたから、その意味がよく分からない。だからと言って聞き返す気にもなれず、イルカも自分の作ったおにぎりをもそもそと口に入れた。
男はおにぎりを食べ終わると、丁寧に手を合わせ、イルカを見た。
「旨かった。ありがと」
イルカも最後の一口を咀嚼して、飲み込むと、良かったです。と小さく答えた。
何か話を続けなきゃ、と言葉を探していると、男は立ち上がった。顔を上げれば、口布はもう戻されている。
「....じゃあね」
え、と言った時には、男は高く飛躍していた。目で追う前に姿は見事に消え、気配も消えている。
今日は長く話せたはずなのに。居なくなった途端、さっきまでいたのが嘘のようで。
(....本当に話せたんだよな....)
思いだしながら、またそんな事を思った。
それからまた男は姿を見せるようになった。店に来る時もあれば、イルカが終わり帰る時に姿を現す時もある。店に顔を出す時は、前と同じように注文以外会話をする事はなく、食べてすぐ帰る。帰りに会う時はイルカの用意したおにぎりを、いつもの神社の松林で二人で座って食べた。口数は少ないが、必ず旨い、とありがとうを言って姿を消す。里では仕事を掛け持ちする事は許されていない。禁止されているにも関わらず、その事にも男は触れてくる事はなかった。
時々、怪我をしている事もあった。暗部服には包帯は目立つ。血の匂いもした事もあった。が、怪我の事に触れると、途端に不機嫌になった。顔を何回か会わして、話しをして、おにぎりを食べるのに。彼の取る距離は変わらない。その壁は厚く、到底壊してはいけないと、イルカは感じていた。それが彼が求める自分への距離なのだと。
名前さえ名乗らない。不思議な関係は、友人と呼べるだろうか。もう少し、仲良くなれたらーー。
が、それはきっと叶わないのろう。明日行けば自分は店の手伝いが終わるのだ。
いつものように現れた男と、神社の裏手に広がる松林に座る。胡座をかいた男に、イルカが包みを渡した。
いつもより大きいそれを手にした男は首を傾げ、広げる。
「...弁当?」
本当に驚いている声だった。
何かしたい、と思っても、自分が彼にしてあげれる事はこれぐらいしか思いつかなかった。客が少ない事もあり、親父さんにお願いして、キッチンを借り、弁当を作らせてもらっていた。店の残り物なんかではなく、自分の作った物を、食べて欲しい。明らかに不格好な内容になってしまっているが。弁当には、焦げただし巻き卵ややはり火の通り過ぎた唐揚げ。厚いキュウリ。その他も上手いとは決して言えない。
イルカは素直に驚かれ、顔を赤らめ俯き気味に口を開いた。
「もう、最後...だから」
「最後ってなに」
当たり前の言葉を返される。
男を見れば、イルカを真っ直ぐ見つめていた。
「あの店の手伝い。もう明日で終わりなんです。...なので、もう会えないんです」
「......」
男は黙っていた。黙ってイルカを見つめている。その間に不安になり、見つめ返すと。男は、ふう、とため息を吐き出した。そして頭を掻く。
「なーんだ。アンタはそんな風に思ってたんだ」
呆れたような口調にイルカは男の顔をまじまじと見つめた。眠そうな目は弁当に落とされる。
「あの、....どういう、意味ですか」
イルカが聞き返せば、男は目線をイルカに戻した。
「分かんない?」
と言われ、イルカはきょとんとした。何を言っているのか、分からない。
「分かりません」
はっきりと口にすると、今度は鼻から盛大に息を吐き出した。ますます意味が分からない。じっと男を見つめる。
「ホントにいるんだね、アンタみたいな人」
困ったように眉を寄せ、頭をがしがしと掻いた。ノースリーブの腕からは白く引き締まり、程良く筋肉がついた腕が見えている。肩の下には暗部である入れ墨が月に照らされていた。
「わざわざ顔見せて、こんなに足運んで会いに来てんだから察してよ。ーー俺はアンタが気に入ってんだからさ」
「気に入って...?」
「だーかーらー、アンタに逢いたくて通ってんの」
分かる?と言われて。数秒後に一気に顔が熱くなった。そんな事思いもしなかった。本当に思いもよらない言葉に頭が真っ白になる。口をぱくぱくして目を泳がせる。
俺に会いに来ていたなんて。思いもよらなさ過ぎて。
見えている首から耳から、全て赤くなっているイルカを見て、男が眉を寄せた。心なしか男の顔も赤い。
「やめてよ、その反応。こっちまで恥ずかしくなるから」
「すみません...」
胡座をかいた脚に怠そうに腕を乗せて。呆れた顔をされ、イルカは謝ると、ほらそれ、と言われる。
「何で謝るの。で、どうなの?アンタはさぁ、俺の事どう思ってんの?」
「...え」
「好き?嫌い?どっち?」
言われた2択にイルカの顔が固まる。だけど、それは決まっていた。嫌いだったらおにぎりやましてや弁当なんて作るわけがない。友人としてしか考えが及ばなかったが、言われて嫌な気がしないのは事実だった。彼の言う、逢いたくて、に考えれば自分もそうだったのだと、気が付いている。
そう、イルカは男に会いたかった。顔を見ると、嬉しかった。
ぎこちない表情を浮かべながら、一回唇を噛んで。イルカは男を見つめた。
「好き…です」
「そ、良かった」
ふわ、と男が笑った。初めて見せたその表情に目を奪われる。男の顔が近づいているのに、それが何の為か分かっているのに、拒まもうとは思えなかった。口布を下げた男の唇が、重なる。
直ぐに離れ、ぎこちなく目を開けると。色違いの目が間近でイルカを見つめていた。
「弁当、食べよっか」
男が目を細め、嬉しそうに言った。
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(...やっぱ、顔を見たからかな)
イルカはどさりとゴミ袋を置き、そんな事を考えた。冷静に考えれば、あんな風に暗部が顔を見せる事はあり得ないはずなんだ。それぐらい自分だって知っている。だからもう来るのをやめたんだろう。
今日親父さんから訊いた話では、奥さんの腰痛もだいぶ良くなり、あと一ヶ月もすれば店の仕事に戻れるのだと言う。
いままでありがとうと深々と頭を下げられ、イルカはそんな事ないと店主の頭を上げさせた。アカデミーの仕事が終わった後のこの店の手伝いは、肉体的にも正直きつかった。黒板に向かいながら眠ってしまいそうになった事だってある。だからホッとしていいはずなのに。気持ちが晴れない。
そう、その晴れない理由は、自分で知っている。ーー知っているけど、気が付かないようにしていた。
毎日、店の残り物でおにぎりを用意していたのだって、自分の為なんかじゃないって事も。
ゴミを出しに外に出る度に気配を探り、暗部に所属する忍びの気配を探るなんて、到底無理な事だと分かっているんだけど。
「もう終わっちゃったの?」
「ーーっ」
1つ、まだゴミを持ったままだったイルカの手が、目に見えるくらいにビクリと反応した。それを持ったまま振り返る。
思ったより近い距離に、犬の面を被ったままの男が立っていた。
確かに声から彼だと分かった。が、いつものフードの付いたコートは着ていなかった。黒衣に包まれている。木の葉の暗部のーー服。
久しぶりに目の当たりにした男に、更にその格好に。イルカは、こくりと喉を鳴らした。
「ま、このカッコじゃ店に入れないんだけどねー」
男は銀髪を人差し指で掻く。その右手には包帯はない。
「あ、あのっ」
未だ動揺しながらも、出た自分の声は、また少し大きい。恥ずかしくなりながらも、イルカは続けた。
「おにぎり、あるんです!」
「ーーは?」
「だから、もし良かったら。ーー今、持って来ますからっ」
「あ、待って?」
と背中を見せたイルカの腕が掴まれた。驚き振り返れば、距離を縮めた面が目の前に迫り、それにもまた目を開く。
「........」
何だろうとその面を見つめれば、男がまた、頭を掻いた。
「一緒に食べよ?」
「......え?」
男はイルカを掴んでいた手を離した。
「もう店上がるんでしょ?だったら待ってるからさ」
待ってる。
急な展開と状況についてゆけず、ただ、イルカはこくんと頷いた。
その言葉通り、店を締め裏口から出ると。男は木の幹から音もなく降り立った。面は外してあった。口布はしてあるが、素顔が晒されている。
「お待たせしましたっ」
息を弾ませ駆け寄ると。イルカを見たまま、男はしばらくじーっと自分を見つめている。
「.....?あの、」
伺うように男を見ると、漸く口を開いた。
「アンタ忍びだったんだ。びっくりしたー」
イルカは店で貸してもらっていた着物から着替えて、いつもの支給服を着ていた。ただ、自分は勝手に同業者だと気が付いているのとばかり、思っていた。かぁと顔を赤らめたイルカを見て、男は軽く目を丸くした後、小さく笑った。
「...わ、笑わなくたって...」
本当に可笑しそうに笑う男に困った顔をして言うと、色違いの双眸の目を細めた。不思議な輝きの目に、ドキリとする。
「あっちで食べよっか」
「あ、はいっ」
男は店の裏手にある神社へ顔を向け、歩き出す。イルカも肩にかけた鞄の紐を握りながら後に続いた。
神社内の松林の中で男はしゃがみ胡座をかいた。イルカも座れば包みを広げておにぎりを一つ掴むと、イルカに差し出した。
「はい」
「ありがとうございます」
「何で、アンタが作ったんじゃない」
くすくす笑われ、そうですね、とイルカは苦笑いを浮かべる。
そんなイルカを見つめて、男は躊躇なく口布を下げるとおにぎりを一口食べた。
(あ、....顔...)
見てはいけないかと、俯きまたチラと男を見れば、目が合った。薄い唇は薄っすら笑っている。
「そんな珍しい?」
言われ、イルカはえっと驚き首を横に振った。
「大丈夫ですっ...あ、いや、そうじゃなくて、」
「俺からしたらアンタのほうがよっぽど珍しいんだけど」
そこまで言って、男はおにぎりを頬張る。
前は変わってるとか言われて、今日は珍しいだなんて。自分は平凡な人間だと思っていたから、その意味がよく分からない。だからと言って聞き返す気にもなれず、イルカも自分の作ったおにぎりをもそもそと口に入れた。
男はおにぎりを食べ終わると、丁寧に手を合わせ、イルカを見た。
「旨かった。ありがと」
イルカも最後の一口を咀嚼して、飲み込むと、良かったです。と小さく答えた。
何か話を続けなきゃ、と言葉を探していると、男は立ち上がった。顔を上げれば、口布はもう戻されている。
「....じゃあね」
え、と言った時には、男は高く飛躍していた。目で追う前に姿は見事に消え、気配も消えている。
今日は長く話せたはずなのに。居なくなった途端、さっきまでいたのが嘘のようで。
(....本当に話せたんだよな....)
思いだしながら、またそんな事を思った。
それからまた男は姿を見せるようになった。店に来る時もあれば、イルカが終わり帰る時に姿を現す時もある。店に顔を出す時は、前と同じように注文以外会話をする事はなく、食べてすぐ帰る。帰りに会う時はイルカの用意したおにぎりを、いつもの神社の松林で二人で座って食べた。口数は少ないが、必ず旨い、とありがとうを言って姿を消す。里では仕事を掛け持ちする事は許されていない。禁止されているにも関わらず、その事にも男は触れてくる事はなかった。
時々、怪我をしている事もあった。暗部服には包帯は目立つ。血の匂いもした事もあった。が、怪我の事に触れると、途端に不機嫌になった。顔を何回か会わして、話しをして、おにぎりを食べるのに。彼の取る距離は変わらない。その壁は厚く、到底壊してはいけないと、イルカは感じていた。それが彼が求める自分への距離なのだと。
名前さえ名乗らない。不思議な関係は、友人と呼べるだろうか。もう少し、仲良くなれたらーー。
が、それはきっと叶わないのろう。明日行けば自分は店の手伝いが終わるのだ。
いつものように現れた男と、神社の裏手に広がる松林に座る。胡座をかいた男に、イルカが包みを渡した。
いつもより大きいそれを手にした男は首を傾げ、広げる。
「...弁当?」
本当に驚いている声だった。
何かしたい、と思っても、自分が彼にしてあげれる事はこれぐらいしか思いつかなかった。客が少ない事もあり、親父さんにお願いして、キッチンを借り、弁当を作らせてもらっていた。店の残り物なんかではなく、自分の作った物を、食べて欲しい。明らかに不格好な内容になってしまっているが。弁当には、焦げただし巻き卵ややはり火の通り過ぎた唐揚げ。厚いキュウリ。その他も上手いとは決して言えない。
イルカは素直に驚かれ、顔を赤らめ俯き気味に口を開いた。
「もう、最後...だから」
「最後ってなに」
当たり前の言葉を返される。
男を見れば、イルカを真っ直ぐ見つめていた。
「あの店の手伝い。もう明日で終わりなんです。...なので、もう会えないんです」
「......」
男は黙っていた。黙ってイルカを見つめている。その間に不安になり、見つめ返すと。男は、ふう、とため息を吐き出した。そして頭を掻く。
「なーんだ。アンタはそんな風に思ってたんだ」
呆れたような口調にイルカは男の顔をまじまじと見つめた。眠そうな目は弁当に落とされる。
「あの、....どういう、意味ですか」
イルカが聞き返せば、男は目線をイルカに戻した。
「分かんない?」
と言われ、イルカはきょとんとした。何を言っているのか、分からない。
「分かりません」
はっきりと口にすると、今度は鼻から盛大に息を吐き出した。ますます意味が分からない。じっと男を見つめる。
「ホントにいるんだね、アンタみたいな人」
困ったように眉を寄せ、頭をがしがしと掻いた。ノースリーブの腕からは白く引き締まり、程良く筋肉がついた腕が見えている。肩の下には暗部である入れ墨が月に照らされていた。
「わざわざ顔見せて、こんなに足運んで会いに来てんだから察してよ。ーー俺はアンタが気に入ってんだからさ」
「気に入って...?」
「だーかーらー、アンタに逢いたくて通ってんの」
分かる?と言われて。数秒後に一気に顔が熱くなった。そんな事思いもしなかった。本当に思いもよらない言葉に頭が真っ白になる。口をぱくぱくして目を泳がせる。
俺に会いに来ていたなんて。思いもよらなさ過ぎて。
見えている首から耳から、全て赤くなっているイルカを見て、男が眉を寄せた。心なしか男の顔も赤い。
「やめてよ、その反応。こっちまで恥ずかしくなるから」
「すみません...」
胡座をかいた脚に怠そうに腕を乗せて。呆れた顔をされ、イルカは謝ると、ほらそれ、と言われる。
「何で謝るの。で、どうなの?アンタはさぁ、俺の事どう思ってんの?」
「...え」
「好き?嫌い?どっち?」
言われた2択にイルカの顔が固まる。だけど、それは決まっていた。嫌いだったらおにぎりやましてや弁当なんて作るわけがない。友人としてしか考えが及ばなかったが、言われて嫌な気がしないのは事実だった。彼の言う、逢いたくて、に考えれば自分もそうだったのだと、気が付いている。
そう、イルカは男に会いたかった。顔を見ると、嬉しかった。
ぎこちない表情を浮かべながら、一回唇を噛んで。イルカは男を見つめた。
「好き…です」
「そ、良かった」
ふわ、と男が笑った。初めて見せたその表情に目を奪われる。男の顔が近づいているのに、それが何の為か分かっているのに、拒まもうとは思えなかった。口布を下げた男の唇が、重なる。
直ぐに離れ、ぎこちなく目を開けると。色違いの目が間近でイルカを見つめていた。
「弁当、食べよっか」
男が目を細め、嬉しそうに言った。
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