見えない男①

 いつもより少しだけ空気が違うと感じたのは、任務に出る前。
 単独任務を執務室で説明を受けて、廊下に出た時だった。慌ただしい足音を立てながら、部屋から出てきた自分とすれ違う様に、特別上忍が部屋に入っていく。
 肩越しにその男の様子を伺うも、まあこの世界ではよくある光景に過ぎないし、自分の耳に入ってこない情報なのなら、気にする事もない。
 だから、そのままカカシは任務へ里を出た。
 
 任務から帰ってきたのは日が暮れた頃。
「先輩」
 解散してさっさと背を向けたカカシに、今回任務を同行した暗部の後輩に声をかけられる。カカシは振り返った。
「まさかそのまま帰るわけじゃないですよね?」
 何?、と聞く前にその言葉を出される。その「まさか」には明らかに皮肉と呆れが混じっていて、カカシは面倒臭そうに視線をずらした。
 駄目?と聞くと、当たり前です。と直ぐに声が返る。
「まだ少しでも出血してる以上、見なかった事にする事は出来ません。報告するのは俺なんですから」
 視線を向けられたカカシのわき腹には、厚いベストがざっくりと切られ生地が裂けていた。今回自分が見誤ったのには間違いなく、何針かは必要なのも分かっているが、それを目の前にいる後輩は事故処理させる気はないらしい。
 仕方なくカカシは肩を竦めた。
「分かったよ」
 諦め答えると後輩は素直に頷く。よろしくお願いします、と念を押すように言うと姿を消した。
 誰もいなくなった細い道で、カカシは銀色の髪を掻く。真面目なのは悪い事じゃないけど。頑固なんだよねえ。ため息を吐き出すと、病院の方向へ足を向けた。

 風邪や病気なら別として、任務で追った怪我は忍専用の病棟で行う。カカシは病院に入った時は、太陽は西の山に沈み、辺りが暗くなり始めていた。
 受付で自分の怪我の申告をすれば、直ぐに奥の部屋に通される。予想通りに何針か縫われた後、カカシは処置室を出た。縫われたばかりで多少引き攣る肌に、僅かに眉を寄せながらアンダーウェアの上から擦る。病院に来ると経過を診せろと言われるのが面倒で来たくなかったのに。案の定またここに来なければならない事実は、カカシを憂鬱させた。まあ、時間を見つけて来るしかないか、と破れたままのベストを羽織ろうとした時、ふっと横から出てきた人影に、反射的に身を後方へ戻す。
 ぶつかると思った相手が身を引いた事で、目の前でバタンと大きな音を立てて倒れた相手にカカシは目を丸くした。
「なにやってんのお前、こんなところで」
 ぶさまなこけ方を披露したナルトに呆れながら言うと、ってえ、とふてくされながら金色の頭を押さえながら顔を上げ、立ち上がる。
「なんだカカシ先生か」
 ナルト相手だが、なんだと言われた事にカカシは多少ながらもむっとした。
「何だはないでしょ。て言うかさ、病院や学校では走るなって教えてもらわなかった?危ないよ、お前は」
 相手が怪我人だったらどうするの。自分が怪我人だと言うことはさておき、いなすカカシに、ナルトはまたふてくされてぷいと顔をそむけた。
 予想通りの反応にまたため息が出る。
 とは言え、今はナルトは自分の部下で自分がナルトの師だ。うーん、と 頬をぽりぽりと掻いてから、ナルトの顔をのぞき込んだ。
「どうしたの」
 青く大きな目をカカシに向けるナルトに、自分の眠そうな眼差しを向ける。
「見たところお前は怪我してないよね。それなのに、こんなところで何してたの?友達の見舞いか何か?」
 子供の扱い方然り、心境を理解する力は自分には不足しているとは思っているが、ナルトの僅かな動揺は伝わってきていた。彼にとっては良くない事が起こってるのだと分かる。ただ、自分の部下とは言えプライベートな事に口出すつもりはない。ナルトの出方次第で、あまり刺激をさせずにさっさと家に帰そうとそう思った時、青い目が、病院の白い廊下に落とされる。
「イルカ先生が・・・・・・怪我したまま目を覚まさない・・・・・・」
 そう小さく呟いた。

 なるほど、とカカシはナルトの説明を聞いて納得した。
 ナルトの言う、うみのイルカはアカデミーの教員でありナルトの元担任だった人間だ。階級は中忍で、普段は教員として、受付の事務員として内勤を勉めているが、忍であることには変わりはない。よって時と場合とその任務内容により、当然任務の要請が下される。Dランクの任務に文句を言ってばかりのナルトには、忍の任務に対する覚悟もまた薄く、不安を感じて当然だった。
 その任務がどんな内容だったにせよ、イルカは負傷して帰ってきた。
 カカシはナルトと共に階段を上がる。すぐ上の二階でナルトは一番奥だと案内するように先を歩き出した。命に別状がないとされる階にいる時点で、問題はないと直ぐに分かった。ただ、とりあえず自分の目で見てどの程度負傷しているのか。ナルトを安心される為にも確認しようと足を運ぶ。
 二階の数少ない個室の一つがイルカの病室だった。そっと扉と開き中を覗くと、ナルトの言った通りイルカがベットの上で目を閉じ横たわっていた。意識がないのか、ただ寝ているだけなのかは分からない。
外傷は頭に巻かれた包帯のみで、他は白い布団で覆われていて見えない。その布団が上下する胸の動きから、呼吸は乱れてはいなかった。
「カカシ先生はどう思う?」
 小声で聞かれて、思わずカカシはうーん、と首を傾げた。
「ここの病院の先生が大丈夫って言ったんでしょ?」
 同じ調子で小声で問うと、ナルトは頷く。
「なら大丈夫でしょ。俺は医師でもないけど、ま、俺が見る分には怪我もチャクラも問題はないように見えるよ」
「本当に?」
 不安が籠もった眼差しは、元担任だったからだけではない、それだけナルトがイルカを慕っているから。その深い信頼関係にカカシは関心を示しながら、目を細める。ニコリと微笑む事を選んだ。
「うん、きっとそのうち目を覚ますよ」
 途端、ナルトの青い瞳が安堵の色に包まれる。
「じゃ、もう帰るよ」
 明日はお前達朝から任務でしょ。言うと思い出したのか、ナルトが嫌そうな顔をした。イコール自分も朝から七班の任務だが、こればかりは仕方がない。だからさっさと家に帰って睡眠をとりたい。
 ナルトを促しながら、イルカの病室の扉を閉めて廊下を歩きし、ふと目の前に立っている相手に目を向け。
 あれ、と思った。
 思うのに。カカシと並んで歩いているナルトは、至って自分が感じた違和感は持っていないらしい。相手が廊下の隅で立ってこっちを見ているのに、まるで気がついていない。だから、気持ちを切り替えるように明日の任務は絶対俺が活躍するってば、なんて言うナルトは、立っている相手を見もしない。さっきの不安そうな顔をする訳でもなく、逆に鼻息荒くして明日の任務に意気込んでいる。仕方ないから、カカシもナルトの話しを聞きながら合わせるように、まあ期待はしてるよ、と返しながら、立っている相手の横を通り過ぎた。
 そのまま廊下を歩き、階段を下り正面玄関へ向かった。病院を出る。
「げー、真っ黒」
 夜空を見上げ当たり前の事を口するナルトの横をカカシは歩く。少し並んで歩いたところで、適当な理由をつけてナルトと別れた。
 明日寝坊するなよ、とこっちが言えば直ぐにそれはこっちの台詞だってばよ、と返してきたナルトの言葉に、なんとなく思い出して小さく笑って。
 さっきの病院の廊下で見た不可解な出来事に、カカシはポケットに手を入れてゆっくり歩きながら、眉を寄せた。
 ・・・・・・あれは・・・・・・一体何だったのか。
 口布の上から口元に手を添える。
 だってあれは、明らかに。でも、ナルトは、ーー。
 真っ黒な夜道にあるのはことろどころにある電灯。その電灯の光も心許ない明るさで、地面を照らしている。
 その照らされた場所に立ってる男に、カカシは思わず足を止めていた。
 目が合う。
 すぐにカカシは直ぐに視線を外した。
 ーー見間違いじゃない。いや、さっきも見間違いだとは思っていない。だって自分が酔っているわけでもないし、ましてや幻術でも妄想でもない。分かってる。
 いや、しかし。必死に動揺を表に出さないようにしている間に、相手がつかつかと歩み寄ってきた。裸足で。カカシの目の前でぴたりと足を止めた。
「見えてますよね?」
 どうしようと考える間もなく、明らかに自分に話しかけてきている事実に、カカシは押し黙るしかなかった。
「・・・・・・・・・・・・いいえ」
 少しの沈黙の後、地面へ視線落としながら仕方がなく小さく答えた時点で間抜けだと自分でも思ったが、それ以外に難を逃れる方法は思いつかなかった。が、案の定、カカシの反応に、相手が勢いよく覗き込んできた。
「嘘ばっかり!さっきも今も目が合ったじゃないですか」
 それに俺の声が聞こえてる。
 追加して事実を突きつけてくる。自分の能力で逃げようと思えば逃げれるはずだが、今この状況で相手から逃げ出せない。ーー何故だかそんな気がした。
 カカシは観念して息をゆっくりと吐き出し、ゆっくりと顔を上げる。
「・・・・・・ええ、見えてますし。聞こえてますよ。・・・・・・で、あなたはここで何してるんですか?イルカ先生」
 カカシの目の前には、病院着で立っているうみのイルカの姿があった。


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