苦い②

前々から。
変わった人だとは思っていた。
そう思ってはいたけど。まさか、
(でも、・・・・・・あんな事するなんて)
早朝、洗面台の前で身支度を整えていたイルカの手が止まる。その手を自分の唇へ持って行き、指で触れた。
パチパチと弾けた炭酸と、低いカカシの声。

それって、アスマの為?

頭の中で何度も繰り返される。
眠たそうに見えていたあの青い目が。自分をはっきりと映していた。
間近に感じるカカシの気配と月夜に照らされていた銀色の髪と白い肌。
満月に咲く花、月下美人を思わせた。
(って、・・・・・・違う。集中)
イルカは短く息を吐き出すと、鏡に映る自分を見つめた。
身形も問題ないと再確認しながら腰にあるポーチに手を当てる。
忍具も、必要な物は全て入れてある。
(・・・・・・よし)
イルカは小さく頷くと、任務に向かうために部屋を出た。


任務は、順調に終わった。
奪われていた巻物を奪還する事が目的だった任務に、予想通り戦闘は避けられなかった。
その中で自分が思った以上に動けたのは、カカシが指摘してくれた部分が改善されているからだと、否応なしに気がつかされた。
そこからカカシにお礼を言おうと思っていたのに、そんな時に限ってカカシは姿を見かけない。
ふとした時に見かけていた猫背の後ろ姿。もしかしたら短期の任務で里を出てるのかもしれない。
そう思った時に思い浮かぶのは元生徒の面影。
カカシが不在の時はどうしているのか、ちゃんと自分たちで考えて行動できているのか。
まだまだあどけない表情を見せるナルトの達の顔を思い浮かべたところで、思い出す。
 俺の部下ですから
そうカカシに言われた事を忘れるわけがない。
冷え切った表情と目の色がハッキリと自分にそう告げた。
悔しいが、間違っていたのは自分だ。それは重々分かっている。謝ろうと思ってはいたが。
そこから会話らしい会話をする事なくきてしまい、それでこの前その好機に恵まれたと思っていたのに。
また振り出しのように、先日の記憶が呼び戻され、イルカは頬を赤く染めた。余計に謝りづらくなったのは明らかにカカシが悪い。そこまで思って、自分の考えをイルカは恥じた。
そうじゃない。それはそれ、これはこれであって、問題はそれぞれ別なのだ。謝る事も必要だしお礼だってきちんとしなければ。一緒くたにしていいはずがない。
とにかく、カカシに会う。それが先決だ。
イルカはそう思い直して仕事に戻った。

そうは行っても、もう数日カカシは姿を見せない。
イルカは鞄を肩にかけてアカデミーを出た。
茜色の空に雲は遠く、その距離は秋なったのだと再認識する。
日は短くなり、じきにこの時間も真っ暗になるんだと思いながら空から視線を下げた時、金色の髪が目に入った。
その少し後に遅れて歩くサスケの隣にいるのはサクラで。
三人が揃っている事にイルカははっとした。
任務でない限り、あの三人が一緒に歩く事はそうない。そこから導き出せる答えに、イルカは足を早めた。
建物の角から現れたのは、間違いようがない。カカシだった。
どんな反応をするのか、それは正直分からなかった。それよりも自分のすべき事を頭に入れたイルカは勢いよくカカシに向かって歩き出す。
カカシよりも先に気がついたのは。ナルトだった。
任務で疲れ切っていたであろうその表情がぱっと明るくなる。それが自分に向けられているのは明白で。もう担当している師ではないのに、その向けられた感情に、イルカの胸が熱くなった。
頬を緩ませたイルカは名前を呼び駆け出すナルトを見つめながら、カカシに視線を向ける。
アカデミーの教師である自分が、この道にいてもおかしくはないはずなのに。
目を見開いてこっちを見ているカカシがいた。
予想以上の反応は、イルカを驚かせる。
そこまで気にしていないと告げるべきか、そう考えが過ぎり、それを実行すべくナルトからカカシへ身体の向きを変えたとき。
カカシが背を向け歩き出す。
それに目を丸くした。
イルカに飛びつくナルト越しに、見間違いではないかのかと疑うも、カカシはどんどん反対方向へ逃げるように歩き出す。
腰にくっついたままのナルトの頭を撫でながら、イルカはナルトを身体から離すと口を開いていた。
「はたけ上忍」
それだって聞こえているはずなのに。
カカシの背中はどんどん小さくなる。
「ごめん、お前ら、先に行って待っててくれるか」
不思議そうな顔をしているサクラにそう告げ、イルカはカカシに向かって走り出した。



途中から走りだしたカカシにイルカも走っていた。
「カカシさんっ」
上官相手に勢いで名前を呼んだイルカに、カカシの走っていた足が弱まる。逃げようと思えば簡単に自分から姿を消せるはずなのに。
とにかくこの場からいなくなりたいと、そう思っているようで、それはイルカを苛立たせた。上忍師であるくせに、部下を置き去りにして逃げ出したのだ。
「ちょと待ってください」
息を弾ませて、ようやく追いついたイルカがもう一度声をかけると、それ以上逃げる事なくカカシが背中を向けたまま足を止めた。
「はたけ上忍、サクラ達が心配して、」
「だって仕方ないじゃない」
かぶせるようにして言われた言葉は少し苛立っているようで。
イルカは眉を寄せた。
「何がですか」
「あんたはアスマの為にやってたって知ってたけどさ、どうしても気になったんだから」
あれ、どの話をしているのかと、さらに眉根を寄せる形になったイルカにカカシは続ける。
「ホント馬鹿みたいだよね。何やってんだろうって思うよ」
そこまで言ったカカシはそこでため息を吐き出す、その背中を見つめた。
「・・・・・・あの」
「なに」
カカシに背を向けたまま返事をされ、仕方なくイルカはまた口を開いた。
「確かに・・・・・・あれは任務の為に始めましたけど、だからと言ってアスマ上忍の為ではなく、」
「・・・・・・え?」
振り返ったカカシの目は少し驚いているように見える。
「え、だから・・・・・・別にアスマ上忍の為にしてた訳ではなくて、」
何て言ったらいいのか。どう上手く説明すべきか困窮してイルカは頭を掻き、自分の気持ちの中から本音を探る。
「あそこまで続けられたのは、はたけ上忍がいてくれたからで・・・・・・」
言い終わらないうちにみるみるカカシの目が見開いていくのが分かるが、それがどうしてなのか分からなかった。
だってそうだろう。関係のないカカシが親身に教えてくれた事が、自分にとっては一番嬉しかった。カカシがいなかったら、自分はそこまで綿密な鍛錬を続けようとは思わなかった、はずだ。
そこまで思ってふと近づく気配に、イルカはぴくりと顔を動かした。カカシも同じようにイルカの背後へ視線を向ける。
ナルトが遠くから自分とカカシの名前を呼んでいた。あいつの事だ、待ちきれなったのだろう。
返事をしようと身体をナルトに向けようとした、その腕を掴んだのはカカシだった。
目を丸くした自分とは裏腹に、いつものその眠そうな眼差しがイルカをじっと見つめている。
そのままぐい、と腕を引っ張られ、え?え?と、戸惑う間に近くにあった民家の影に連れてこられた。
「ちょっと、何ですかっ」
「いいから」
驚くイルカに、カカシは冷静な声で答える。その間にもナルトの声が近づいてきていた。反応すると、また腕を引っ張られる。
「ちょっとはたけ上忍」
「ねえ、さっきのホント?」
「え、だから何が・・・・・・」
何故か自分達を探すナルトから身を隠す形になったせいか、イルカは小声で聞き返していた。
「あそこまで頑張れたのは、アスマの為じゃなくて俺の為?」
気がつけば、カカシとの距離が縮まっていた。あの夜とは違うのに、視界に入るカカシの髪や肌や目を見るだけで心音が高鳴った。
返事を出来ず固まったままのイルカを前に、まあいいや、と一人呟き、カカシは人差し指で覆面を下ろす。
「この前は不意だったけど」
ゆっくりとカカシの顔をが近づくのが、どういう意味か分かるのに。
イルカは動けなかった。
銀色の睫毛が持ったよりも長いと、そんな事を思っているうちに、触れるまで近く。
「ね、もう一回名前で呼んで」
「え、あ・・・・・・カカシさ、んむっ」
追いつかない思考のまま口にした途端、唇が塞がれる。
思った以上に深く口づけられ、ん、と自分からくぐもった声が漏れた。
近くに感じていたナルトの気配がすぐ近くまできているのに。
「あれ、イルカ先生もカカシ先生もいねーんじゃん」
数メートル先でナルトの声が聞こえた。
緊張に固まるイルカを余所に、カカシはキスをやめない。イルカはぎゅっと閉じていた目に力を入れた。
いないなら先に行って待ってるしかないじゃない、と呆れ声のサクラの声が耳に入る。
風向きからそれがどの方向でどのくらい距離が離れているかとか、余計な考えが頭を巡る。
それに、腕を掴んでいるカカシの指が思ったより熱い、とか。
「サクラちゃん待ってってば」
ナルトの声と共に靴で土を踏む音がした。
でもさあ、イルカ先生とカカシ先生って変な組み合わせじゃねえ、と徐々に遠のくナルトの言葉を聞きながら。
イルカはカカシの口づけを受け止めていた。

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