苦い④

こんな感情は初めてかもしれない。
(いや、久しぶり・・・・・・か)
イルカは受付の部屋の奥で、上司から渡された任務調整表を確認しながら。
カカシの事を思い出していた。
ーー初めて抱いた恋心がノーマルではないと気がついたのは、いつだったか。
女性が苦手とか、嫌いとか。そういうのでもなく。
ただ、初めて好きになった人が男で。
好きと言う感情に、気がついたのはそれからずいぶん後だったけど。
その気持ちが普通でないと気がついてから、恋愛に関してすごく臆病になったのは確かだった。
それに、そんな自分に気がついたのは、自分自身ではなく。身近にいたある男の一言だった。
両親を亡くしてから、三代目である火影に目をかけてもらう事が多くなった。その息子であるアスマに言われた時、何を言っているのか分からなかった。
「お前、危なっかしいから。気をつけろ」
成人してすぐの頃だったか。そうアスマに言われた。自分と任務を組んでいた上忍にそんな気持ちを向けていると、アスマが気がついたのだ。
「憧れが恋愛だと錯覚してるだけならいいけどな」
イルカのその恋愛感情がノーマルじゃないとアスマは気がつきながらも、自分を心配している。そんな感じだった。
憧れから始まった恋愛感情に、自分はただどうしたらいいのか分からず。アスマに言われた言葉で慎重になってしまい、行動に移す事もなかった。そのままその感情は消え。
教師になり。
子供は昔から好きだから。もしかしたら女性と普通に恋をして、家庭を作るものいいのかもしれない。
そう思っていた。

イルカは確認し終えた書類を手に持ち席を立つ。
上忍待機室へ向かった。
部屋にはスケジュール通り、待機している上忍が数人。イルカは頭を下げて部屋に入ると、任務を担当する上忍へ書類を手渡した。
その書類を待っていたのだろう。確認事項をイルカに聞き、問題ないと確認すると、上忍が待機所を出ていく。
「ああ、ありがとな」
アスマに書類を手渡すと、煙草をふかしながらいつもの様にそんな言葉を口にした。
昔から変わらない。上忍として力があるが、それを鼻にかけるわけでもない。素直に優しい言葉を中忍にも声をかけ、どの上忍よりも慕われている。
イルカはいえ、と返事をしその手渡した任務の内容を説明した。
相づちを打ちながらアスマは聞き、咥えた煙草を灰皿で潰す。
「ーー何かあったのか」
「え?」
仕事の内容から一変、そんな言葉にイルカは思わず聞き返していた。
聞き返されたアスマは、ポーチから新しい煙草を出すと火をつける。口から煙を吐き出した。
「すごいへこんだ面してるからよ」
「え?・・・・・・え、そうですか、」
「もしかして喧嘩したとか振られたとかか」
カカシに。
何言ってるんですか、そう答える間もなく名前を出され、反射的に少し息を呑んだ。
何故カカシの名前が出たのか。本当に驚いた。それを隠せなかった。数人いた上忍は、さっき出ていったのが最後で、もうアスマと自分以外に部屋には誰もいない。
何て答えたらいいのか。
前、カカシと一緒に歩いていた上忍仲間が言っていた様に。そんな噂がアスマの耳にも入っていたのか。
「誰かに聞いたわけじゃねーよ」
イルカの気持ちを察したかの様にそう口にした。また煙草を深く吸う。
「見てれば分かる」
付け加えられる言葉。
何て答えようか。自分でもまだ整理のついていないこの状況で。
「なに言ってるんですか」
ようやくそう口にすると、イルカは笑いながらアスマへ視線を向けた。
「俺はもう、そういうのは、」
自分で言いかけた、その先が続かない。
誤魔化しきれないイルカを分かって無言で視線を返され、イルカはそれ以上何も言えなくなる。視線を落としながら口を閉じた。
分かってる。自分でも。
そう思っても口に出せなかった。

カカシが話しかけてきた時。
手伝うと声をかけてきた時。
優しくされ、キスをされ。
カカシとの距離が一気に縮り。
どうしたらいいのか、混乱している自分がいた。
カカシを嫌いな筈がない。それに自分は他の女性を同じように普通に面食いで。迫られただけで気持ちが揺らいだ。
ーーそれを見せないように。必死に隠してきた。
相手は里の誉れで、あの写輪眼のカカシで。
里内外で名前を知らない忍びはいない。
それに。
女性との噂が常に耐えなかった。実際に綺麗な女性を隣に連れて歩いているのも何度か見かけた。
それがこんな中忍のぱっとしない男と噂になったら。
 忍びの世界ならではのアレ。
カカシの隣で口にした上忍仲間の言葉が。
 ソレ系の噂とかはここでは普通にあるしよ
否定しようがない、あの言葉が。カカシに向けられたかと思っただけで怖くなり寒気がした。
なのに。
 イルカ先生は付き合ってないのにちゅーなんてするんだ。
からかうような子供みたいな笑みで、それでいて無邪気なその笑顔に惹かれた。彼にあれ以上何か言われたら頷いてしまいそうで。
(・・・・・・だから、もうしないって。言い聞かせたのに)
「男同士でつき合うって意味、お前は分かってるんだろうけどよ」
アスマの声で思考が戻される。顔を上げると少し苦い表情を浮かべていた。不安に駆られるままにイルカは口を開く。
「・・・・・・はたけ上忍から何か聞いたんですか」
「いや、聞いてねえ」
「そうですか」
自分で何を聞いてるんだと思う。自分の中で混乱しているのは分かっていた。取り敢えずよ、とアスマが口にする。
「カカシは・・・・・・昔からあいつの事は知ってるけどな。あれはお前と違う」
違うと言う意味がどんな意味か。
痛いほど分かるし、それは既に分かっていた。いつも近くにいたアスマが言うのだから、それが間違いであるわけがないのも。
イルカの気持ちを分かった上で、どう説明したらいいのか、と少し複雑そうな表情を浮かべながらアスマは眉間に皺を寄せた。
無造作に頭を掻く。
「周りにいつも女がいるの、お前も見た事あるだろ」
知ってる、
だから、怖かった。
「ーー他に気になる女が出来たら、そうじゃないやつはその女を選ぶ。あいつはそっちのタイプだ」
胸が痛んだ。
分かっていた事だが、他の人から言われるとこうも違うのかと、重い胸の痛みに実感する。
あれは一時の気の迷い。何となく。いくらでも理由は付けれる事だって、知っている。
アスマの言葉を聞きながら。身体の力が抜けていくのが分かった。
「おい、大丈夫か」
アスマの大きな手がイルカの肩に触れる。
それにうまく反応出来ない。
イルカは俯いたまま、眉を寄せた。

(・・・・・・そうだよな。分かってた。結局、そういう事なんだって)

そう、分かっていた。きりきりと胸が痛むのは、気のせいだということも。



***




初対面の印象は、普通。だった。
良くも悪くもない。どこにでもいそうな中忍。ただ、名前は聞いた事があった。あの九尾の金髪の子供を守った。言わばヒーローのような。
それでいて真面目で、どちらかと言えば要領がが悪そうで人に騙されやすそう。
悪口を並べるつもりはないが、そう感じた。
受付に行けばいつもにこにこと送り出し、出迎える。
戦忍でもない、教師の仕事にここの受付業務。
同じ忍びでも、自分とは違う世界だとなんとなくそう思った。

そのイルカが夜中、一人で鍛錬している姿を見た時。何をしているのかと思った。
隠れているつもりもなかったが、木の陰からイルカの荒い息を吐き出しながら身体を動かすのを見つめた。
額には汗を浮かばせ、荒い呼吸を繰り返す。その呼吸を整えるように深呼吸をしながら、イルカの指が印を組んだ。

音をたてたのは無意識だった。帰ろうとも思ったのだが、気がつけばイルカの鍛錬する様子をつい見入ってしまっていた。
それもなぜだか自分には分からない。珍しいものも見てしまったからなのか。思ったよりも忍びらしい、それでいて自分自身のチャクラや体質をちゃんと把握した鍛錬は、内心関心さえしていた。
自分の靴が砂利を踏む音で、イルカの身体がびくりと跳ね、振り返る。
驚きに目を丸くしたイルカに、どうしようか。思ったが、カカシは仕方なく口を開いた。
「こんばんは」
イルカの額に浮かんでいた汗が顎に輪郭を沿うように流れる。小さく開いた口がゆっくりと開いた。
「すみません、いらっしゃるなんて思わなくて」
恥ずかしそうに笑みを浮かべた。その初めて見せる顔をじっと見つめる。
そこからイルカの説明を聞き、
(・・・・・・へえ、だから一人でこんな時間に陰で練習・・・・・・)
それは印象通りなはずなのに、そこに関心しながら心で呟いた。
はっきり言えば、中忍でそれでいて普段任務についていない忍びに与えられる内容はだいたい決まっている。足手まといになるのも多少は想定内で、それを込みでメンバーもスケジュールも形成される。
それは、たぶんこの男ならば分かっているはずなのに。
真面目だと、その一言で言ってしまえばその通りなのだけれど。真っ直ぐで直向きなイルカの性格は、今部下にしている子供たちを連想させた。
それに、来週の任務はカカシもアスマから聞いていた。少し面倒くさい内容の任務があると。そのくせそこまて嫌そうな口調でないのが気になってはいたが。
なんとなくその理由が分かった気がした。
同時にむかつきを覚えた。が、それは理由のないむかつきで。ただ首を傾げるしかなかった。
イルカと会話をしながらその気持ちが顔に出ているはずがないが、カカシは反らすように目を伏せた。
 アスマさんの足手まといにはなりたくなくて
イルカの理由に、へえ、と呟き足下に視線を落としたまま小石をつま先で軽く蹴った。
アスマは上忍で能力の種類は違うものの、頭も能力も自分と同等。そのアスマがリーダーであればそこまで誤差が生じる事はないだろうし、それにあのアスマの性格はよく知っているが。
それでかげれん。
(足手まといって。今の見てるとそこまでじゃないし。それにあのアスマがそこまで細かく気を使うようなやつじゃないよね・・・・・・)
そこに違和感を感じながら。
カカシは頭を掻きながら顔を上げる。
黒い瞳が真っ直ぐ自分を見つめていた。
自分が考えてるような事なんて何も思っていないような、澄んだ黒い瞳。だけど、心の中は、見えない。
それが嫌だと思った。
だから。
「俺、手伝ってあげよっか」
誰にも言った事がない。そんな言葉が自分から出ていた。


ーーあの時。
え、って顔をした。
イルカの目が丸くなった。その表情を思い出す。
風が吹く。舞い上がった風を目で追うようにカカシはぼんやり空を見上げた。
そこからその後自分の口から出た言い訳じみた言葉に、またイルカは素直に反応して驚いた。
でも。自分がそんな事を申し出た事の方が、驚いた。
休憩時間で部下三人が各々で距離を取りながらも、何か会話をしている。その声に顔を戻し、部下を眺めながら。
 よろしくお願いします。
頬を赤くしながら頭を下げたイルカをまた思い出した。
頭を下げることによって見せた結った髪が犬の尻尾みたいだと思った。
サクラとナルトが会話の流れで声を上げる。たぶん、本当に。いつもの通りで、どうでも良い内容だと知りながらも、カカシは太陽に輝く金色の髪と、淡い桃色の髪をぼんやり視界に入れれば、少し離れた場所ではサスケが一人でそんな二人をつまらなそうな顔で見ていた。
ナルトがまた大きな声を上げる。
そこでふと思いだした事に、
(・・・・・・あ、)
とカカシは心で呟いた。
いつだったか。任務の帰りにイルカを見た。上述の通りどこにでもいるような中忍で、その時は名前さえ知らずただ見かけたに過ぎなかったのだが。生徒とイルカが挨拶を交わしていて、教師らしい男だと思ったのを思い出す。
そこで、ナルトが背中からイルカに飛びつき、イルカが笑った。
そうだ。笑った。
見かけただけの記憶が、自分の記憶に残っていたのか。鮮明に蘇る。
イルカと初めて顔を合わせた時、一瞬どこかで見かけた顔だと思ったのだが。
あの時見かけたイルカを記憶に留めていたから。
なんとなく見かけただけなのに。思い出すのは黒く輝きがあり、それでいて溶けるような色の目。
教師と生徒と言うよりは。仲の良い歳の離れた兄弟か。親子か。
そんな雰囲気で、九尾の子と言われていたあの金髪の子供と仲良く帰って行く背中を。
イルカの表情を。
何で今思い出したのか。
カカシは口元に手を当てながら思考と同じように視線を漂わせた。
またそこでナルトの笑い声が耳に入り、ゆっくりとナルトに視線を向ける。
そこで自分に初めて見せた、イルカのはにかんだ笑顔が浮かぶ。少しだけ緊張を含みながも、緩んだ黒い目。
いい知れない感情がカカシを包む。
胸が締め付けられる感覚。
カカシは微かに目を眇めた。

NEXT→
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。