日曜日①

その日は一人で里を離れて旅館に泊まっていた。
教師になって初めての給料。貯金はもちろんだが、どう使おうか迷っていたら、温泉好きだと知っている先輩が一人温泉旅行を勧めてきた。
まだ担任を持っていない今なら行ける、なんて言われて。
その勢いで決めていた。
旅館で一人露天風呂に入り、部屋に戻って酒を飲む。一人は寂しいが、温泉好きでわいわいより、一人温泉の時間を楽しむ事がしたかった。
だってしばらくはこんな贅沢はきっと出来ない。
ただ、少し悪酔いしたのかもしれない。
日本酒を数本飲んで、頭がぐらぐらとしていた。ただ気持ち悪いわけでもない、ふわふわしていて。
普段そこまで量を飲まないから、仕方ない。
でも酒は上手かった。
イルカは夜風に当たろうと思いつき、部屋を出た。上着を羽織って部屋を出て階段で一階へ向かう。
階段を降りながら、思ったより足がおぼつかない。酔いが思いの外回っている。ぐるんぐるんする視界に、階段の手すりを掴みながらイルカは散歩を諦める事にした。
(もう...やっぱり....さっさと寝よう...)
ふらふらと、向きを変え、再び二階へ上がろうとした。
やっぱり酔ってる。
階段を上りながらイルカは小さく笑った。
よろめいた時に履いていたスリッパで躓き、転びそうになって、腕を掴まれた。
「大丈夫ですか」
聞かれてイルカは顔を上げた。銀色の髪の男が立っていた。見たところ自分と同じ旅館の浴衣を着ているから、ここの客なのだろう。
でも、こんな近くに人がいるとは気がつかなかった。
それより、男の声が少し遠くに聞こえるのは、まずい。思ったより自分は酔っているようだ。
「酔ってますね」
男は、ぼんやりしているイルカの背中を優しくさすってくれた。
イルカは礼を言うも、彼の顔がしっかり見えないものそうとうやばい。
旅館の人間にお世話になるのなら兎も角、見ず知らずの、しかも、自分と同じ客に迷惑かけるわけにはいかない。
イルカは微笑んだ。
「大丈夫です。部屋で休めばなんとか」
その声も弱々しかったのだろう。
「立てますか」
男はイルカの身体を支えるようにして立ち上がった。

気がついたら布団の上にいた。
部屋まで戻って寝てしまったのか。
ぽかぽかした身体と、柔らかい布団が気持ちが良い。そう思っていると、ぐいと誰かに身体を起こされた。
ふと目の前に見えるのは、先ほど自分を介抱した銀色の髪の男。
ああ、やはり世話になってしまったのかと、思った時。
ふっと目の前が陰り、むにゅと唇に柔らかいものが押しつけられた。それが何なのか。ぼんやりした頭で思っていると、入ってきた何かに口内を押し広げられ。
直ぐに冷たい水が口内から喉を通っていく。
熱い身体に気持ちが良い。イルカは素直に水をこくりと飲み込んだ。そこからまた口移しで冷水を飲まされイルカはそれを受け入れる。
ありがたい。イルカはそう思った。
自分で水を汲みにいけるまでではないのだ。睡魔に襲われそうになりながら、さっきよりはっきりとしてきた視界で男の顔を見つめる。
いい男だ。
こんな綺麗な男もいるんだ、と自分と比較しながら男の青い目を見つめた。
自分が女だったら最高の出会いになるんだろうなあ、などとくだらない事を考えていたら、男の顔が近づいてきた。
少し開いたままになっていた自分の唇が塞がれる。
また水を飲ませてくれるのか。
そう思っていたが、違った。唇を何度か合わせながら、男の舌が侵入する。それもまたさっきと同じと思っていたのに。
その舌は中を蠢き、自分の舌と絡み合い、イルカは思わず声にならない声を上げた。が、その声は絡み合う舌で声にはならない。
正直、初めてだった。キスも激しいキスも、そこから先の事も。
これは介抱と違うのでは、といい加減自分も気がつくが、力が出ない。漏れるくぐもった自分の声が聞いたことがなくて、混乱した。
頭の中では焦るのに、許してしまった口内で、男の舌は我が物顔で動き、イルカは涙目になって視界がぼやけた。
「ーーー...っ、や、」
浮かせた唇の合間からやっと出た言葉も、男は無視してイルカを布団の上に押し倒す。
力が入らない。
逃げたいと思うも、直ぐに男に覆い被される。首もとを舐められ、声がまた漏れた。
「一夜限りって言うのでも、駄目ですか」
耳元で囁かれて、甘い痺れに身体が縮こまった。
イヤと言ったらここで解放してくれるのだろうか。言っている意味から、たぶんでなく、自分を抱きたいと、そう言っているのだ。
しかし同性同士ではあり得ないだろう。
そう考えている間にも男の手はイルカの浴衣をまさぐり、胸の先端を指の腹で擦った。
感じた事のない刺激に、イルカの身体がびくんと身体が揺れた。
「お願いです。一回だけ」
無理矢理布団に押し倒して、ここにきてお願いなんて虫が良すぎる話だ。酔っていながら怒りを感じるも、身体は男が触れる度に反応する。
イヤだとはっきり言いたかったのに。
男の寂しげな顔を見たら、何も言えなくなっていた。それに、自分に触れる指がひどく優しくて。
こんな事絶対に許してはいけない。
酔っている相手に同意もなくこんな事。犯罪でも何でもない。
そう思っているのに。
なんでだろう。
拒否出来なかった。
何も言わないのを了解と取ったのか、男はイルカの熱を掌で扱く。こんな状況下で勃っている自分自身に嫌にり恥ずかしくもなるが、裸にされ男に舐められ、頭が困惑した。そこから直ぐ男の口内で情けなくも達していた。
知識がないから、されるままになっていた。
男が時間をかけ自分の後ろを指で慣らし、熱く猛ったものを侵入させる。
痛みと圧迫感で気持ち悪くなった。
駄目と思ったが遅いのは明白だった。慣らされたおかげで激痛とまではいなかいが、痛みは伴い。でも、揺らされ中を擦られる度に声が漏れた。
じくじくと気持ちよさがイルカを支配する。
時折重なる視線。色違いなんだと、その時に気がついた。切なげに眉を寄せる男は薄っすら額に汗を掻いている。
綺麗な顔を眺めながら、これは夢なんじゃないかと思えていた。
こんな男が、自分のようなもさい男に欲情するはずがない。
だって、この温泉街の隅にはそれ専用の店があったのをここに来る途中目にしていたのだ。
だから、夢なのかもしれない。
慣れない行為に身体は強ばったままで、イルカは男の背中に腕を回した。
男はイルカ以上の力で抱き返す。
暖かい腕。
朦朧とした意識の中、イルカはそう感じた。
(そう、きっと夢だ...)
顔も名前も知らない男に抱かれながら心で呟いた。



翌朝。イルカは起きあがって驚いた。
見たことがない部屋だった。自分の部屋よりも豪華な作りに、目を見張りながら部屋を見渡した。
頭がずきと痛むのはお酒のせいで、下半身に重い痛みが走るのは。
イルカは顔を青くした。
ゆっくりと布団から這い出て、起き上がり、部屋に備え付けられた脱衣所に向かい。さらに顔を青くした。
体中に散った赤い痕。そこから一気に昨夜の痴態が目に浮かび、思わずイルカはしゃがみ込んで目を瞑った。
心臓が高鳴り、身体に血を巡らせる度に、下半身の怠い痛みもまた蘇る。
男の低い声もまた。
 名前、教えて
律動を繰り返し、荒い息をしながらそう男は言った。
そこで自分は名前を告げたのだ。そこの自分は覚えていない。
でも、男が自分の名前を耳元で囁きながら、何度も揺さぶった。
 イルカ
(失態だ)
イルカは男の声を思い出し、頭を抱えたくなった。
一夜限り。そこで男に股を開いただけでなく、自分の名前を教えるなんて。
俺は大バカだ。
しかも男は既に宿を立ち去った後で、その特別室も、自分の部屋の代金も、払われていた。
自分で払いますと宿の主人に申し出たが、二重になるので勿論受け付けてもらえず。
イルカは痛む身体で木の葉に戻った。



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