日曜日③
部屋に帰ったイルカは着替える事なく、そのままの格好で部屋を意味なく一人で歩き回りながら、口元に手を当てた。
正直頭の中は小さなパニックを起こしていた。
カカシの素顔。銀色の髪に、白い肌。ーー色違いの目。光る赤い目を思い出す。
それがあの夜の、あの男と同じだったなんて。
しかもーーあのはたけカカシがそうだったなんて。
認めたくない。
いや、違うと思いたい。
決定的にされているのに、上手く受け入れられない。
あんたにした事謝ります。だから、俺の恋人になって?
再び思い出したその台詞に、あの日低い声で耳元で囁かれているようで。身体がぞくりとし、イルカは思わず目を瞑った。
眉間に皺を寄せる。
(ーー何が...)
「何が恋人だっ!!!」
目の前にあった枕に思い切り拳を沈める。
「...っ、何が謝るだ...っ」
謝って済むと思っていた事があり得ない。常識外れもいいとこだ。
それに、何を考えているのかわからない。眠そうなあの眼差し。
(...くそっ、寝言は寝て言え!)
そのまま歪んだ枕をしばらく見下ろして。
そこからイルカはゆっくりと息を吐き出した。そこから埋めていた拳を引っ込める。
自分のベットに腰を下ろした。
あの男は。一体何を考えているのだろうか。
犯罪だ。あれは明らかに犯罪以外の何者でもないのに。平然と自分に告白してきた。
しかもあろう事か、関係を持ちたいと。そう言った。
ぼんやりと、自分の寝室の壁を見つめる。
昔から上忍が下の階級に伽の役をさせる事がある。基本忍びの世界では男が多いのだから男が男の相手をする、と言うこともある。
よくよく考えたら、カカシが言っているのはこの事なのかもしれない。そっちの事に疎すぎて、勝手に怒りをぶつけてしまったのだが。
カカシは上忍で。しかも木の葉では一番のエリート忍者。
中忍の自分を。たまたま指名してきた。
って事になるんだろうか。
でも。
でもあれは酷い。あんなもの。ただの強姦だ。
そんな事を考えるのは、自分が甘いからだろうか。
これが忍びとしての現実なのか。
イルカは眉根を寄せため息を吐き出した。
そうはなりたくないとは思うのに、だったらこれが他の誰かに、ーー例えば、知り合いのくノ一が相手になるのを思っただけで、苦しくなる。誰かが嫌な思いをしているのは考えるだけで辛い。だったら自分が相手をすればいいだけの話しだ。
あの上忍が他に伽の相手を探し始める前に、もう位置を声をかけるべきか。
嘆息しながらイルカは天井を見つめた。
その日はアカデミーの授業のみで受付を担当していなかったから。今日は見つけられないと思っていたのに。
職員室から見える裏庭で目に入った銀色の髪に、思わず窓際に駆け寄っていた。
上忍仲間だろうか、話をしている。
イルカは持っていた教材を机に置くと、職員室を出た。
階段を下りて裏庭に続く出口へ急ぐ。その扉を開ける。
ーーいない。
カカシも、相手の上忍も。姿がなくなっていた。
タイミングがズレたな、と思い。職員室に戻ろうと背を向けて。
「イルカ?」
名前を呼ばれた。振り向く。
カカシが目の前に立っていた。
さっきまで自分が見た限りでは誰もいなかっらはずなのに。
気配さえ感じなかった事に驚きながら、カカシを見つめた。
「どうしたの?」
カカシはそんな事気にもしていないのか、そう聞かれてイルカははっとした。
「あ...あの、...」
「誰か探してた?」
何て言おうか考えるイルカを前に、カカシは口を開く。イルカは首を振った。
「違います。あなたを探してました」
少し右目が見開いたのが分かった。
「俺?そうなんだ。もう俺の顔なんて見たくないのかと思った」
悪戯っぽく微笑まれ、イルカは思わず顔を顰めた。
見たくねーよ。
心の中でそう呟くも、イルカはゆっくり息を吐き出してカカシの顔を見る。
「あの...先日の話ですが、お受けしようと思いまして、」
そこから少し間があった。
あれ、聞こえてたか、ともう一度言おうか考えた時、えーっと、と、カカシが言った。
「ごめん、それホントに言ってる?」
当たり前だろう。イルカはむっとした。こんな事を冗談で、わざわざ職員室から言いに来たりするはずがない。この男じゃあるまいし。
イルカの表情を読みとったのか、カカシが真面目な顔つきになる。
「ホントにいいの?」
「いや、あなたがもう求めてないのでしたら結構ですが、」
「ううん。求めてる」
即答され面食らうも、イルカは仕切り直す為に、咳払いをした。
「まあ、...他を探されてたら困りますから」
小さく呟くと、カカシが首を傾げた。
「他?...ええ、イルカってそんな風に思ってたの?」
まあ、あんなんじゃ仕方ないよね。
困った顔をしながら苦笑いするカカシの意味が分からないが。
「で、お聞きしたいのですが、期間などあるのでしょうか?」
「え?...期間って?イルカっていつもつき合うのに期間決めてるわけ?」
その返答に内心ぎょっとした。
期間がない。と言うことになる。てっきりこういう役目は期間が設けられるのかとばかり思っていたが。
そうか。飽きるまでとか、そんなアバウトな感じでもおかしくはない。
「いや、すみません。俺、初めてでよく分かってなくて、」
そこでカカシは少し驚いた顔をする。
「ああ、そうなんだ。って事はさ、俺が初めてって事?」
かあ、と自分の頬が熱くなった。
この歳で何も知らない事だらけで。世間知らずと言われているようで。
イルカは小さな声で、すみません、と、口にした。
ふっとカカシに目を向けると、にこにこと嬉しそうにしている。
「初めてじゃわかんないか。ま、俺もちゃんとしてこなかった方だからさ、よく分かってない方なんだけど。期間なんて、そんなのあるわけないでしょ?」
なぜそんな事を嬉しそうに話しているのか分からないが。
期間がないのだけは、はっきり分かった。
少し絶望的になる。でも、いつか解放されるはずだ。
はあ、と相槌をしながら、とにかく、お手柔らかにお願いしたいとカカシを伺い見ると、優しく微笑まれる。
言い方を返れば、上機嫌、だ。
それがイルカの恐怖心を一気に仰ぐ。
やっぱりやめておけばよかっただろうか。
伽なんて。自分から進んで申し出る事ではなかったのかもしれない。
あの夜の事を、ーー忘れたかったはずなのに。
でも。
自分は忍びなのだ。しかも中忍。
何が嫌とか、ぐだぐだ言っていてはきっと駄目なんだ。
綺麗事だけでは、駄目なんだ。
三代目に甘やかされて育った、何て言われたくない。
ぎゅっと拳に力を入れる、そのイルカの顔をカカシがのぞき込んだ。
「どうしたの?体調でも悪い?」
条件反射のようにイルカは首を振る。
心配そうな青い目が自分を見つめる。
「ね、今日は?」
聞かれて、心臓が縮こまった。乾いた唇を舐める。
「きょ、今日...ですか?」
「あ、残業とかある?」
「....え、....いや、」
嘘をつく性分でもないし、頭が上手く回らない。
ただ、残業もなく、予定も入っていない事は事実で。
それでも、見つめる先のカカシは酷く真摯な眼差しで。
ちゃかす感じでもないし、強いて言えば、優しい。それはイルカを素直に頷かせていた。
「大丈夫...です」
カカシはにっこりと微笑む。
「俺も。今日は待機番だから、早く会えるね」
「...はあ、...まあ...」
そこでカカシと同じように嬉しい表情はとてもじゃないけど出来ない。
無理に合わせるように微笑むと、カカシは、じゃ、と片手を上げ、背を向けた。
見えなくなるまでカカシの背中を見つめたまま動けなかった。カカシの向かった先は、方向からして上忍待機室。
本当に待機番なのだろう。
(....そんな事より)
俺、こんな事して良かったのか?
自問してみるも、答えはない。
でも、強引に、脅迫するような相手ではなさそうだから、そこは良かったのかもしれない。
あの人は、ーー優しい。
知りもしない相手なのに、何故かそう思った。
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正直頭の中は小さなパニックを起こしていた。
カカシの素顔。銀色の髪に、白い肌。ーー色違いの目。光る赤い目を思い出す。
それがあの夜の、あの男と同じだったなんて。
しかもーーあのはたけカカシがそうだったなんて。
認めたくない。
いや、違うと思いたい。
決定的にされているのに、上手く受け入れられない。
あんたにした事謝ります。だから、俺の恋人になって?
再び思い出したその台詞に、あの日低い声で耳元で囁かれているようで。身体がぞくりとし、イルカは思わず目を瞑った。
眉間に皺を寄せる。
(ーー何が...)
「何が恋人だっ!!!」
目の前にあった枕に思い切り拳を沈める。
「...っ、何が謝るだ...っ」
謝って済むと思っていた事があり得ない。常識外れもいいとこだ。
それに、何を考えているのかわからない。眠そうなあの眼差し。
(...くそっ、寝言は寝て言え!)
そのまま歪んだ枕をしばらく見下ろして。
そこからイルカはゆっくりと息を吐き出した。そこから埋めていた拳を引っ込める。
自分のベットに腰を下ろした。
あの男は。一体何を考えているのだろうか。
犯罪だ。あれは明らかに犯罪以外の何者でもないのに。平然と自分に告白してきた。
しかもあろう事か、関係を持ちたいと。そう言った。
ぼんやりと、自分の寝室の壁を見つめる。
昔から上忍が下の階級に伽の役をさせる事がある。基本忍びの世界では男が多いのだから男が男の相手をする、と言うこともある。
よくよく考えたら、カカシが言っているのはこの事なのかもしれない。そっちの事に疎すぎて、勝手に怒りをぶつけてしまったのだが。
カカシは上忍で。しかも木の葉では一番のエリート忍者。
中忍の自分を。たまたま指名してきた。
って事になるんだろうか。
でも。
でもあれは酷い。あんなもの。ただの強姦だ。
そんな事を考えるのは、自分が甘いからだろうか。
これが忍びとしての現実なのか。
イルカは眉根を寄せため息を吐き出した。
そうはなりたくないとは思うのに、だったらこれが他の誰かに、ーー例えば、知り合いのくノ一が相手になるのを思っただけで、苦しくなる。誰かが嫌な思いをしているのは考えるだけで辛い。だったら自分が相手をすればいいだけの話しだ。
あの上忍が他に伽の相手を探し始める前に、もう位置を声をかけるべきか。
嘆息しながらイルカは天井を見つめた。
その日はアカデミーの授業のみで受付を担当していなかったから。今日は見つけられないと思っていたのに。
職員室から見える裏庭で目に入った銀色の髪に、思わず窓際に駆け寄っていた。
上忍仲間だろうか、話をしている。
イルカは持っていた教材を机に置くと、職員室を出た。
階段を下りて裏庭に続く出口へ急ぐ。その扉を開ける。
ーーいない。
カカシも、相手の上忍も。姿がなくなっていた。
タイミングがズレたな、と思い。職員室に戻ろうと背を向けて。
「イルカ?」
名前を呼ばれた。振り向く。
カカシが目の前に立っていた。
さっきまで自分が見た限りでは誰もいなかっらはずなのに。
気配さえ感じなかった事に驚きながら、カカシを見つめた。
「どうしたの?」
カカシはそんな事気にもしていないのか、そう聞かれてイルカははっとした。
「あ...あの、...」
「誰か探してた?」
何て言おうか考えるイルカを前に、カカシは口を開く。イルカは首を振った。
「違います。あなたを探してました」
少し右目が見開いたのが分かった。
「俺?そうなんだ。もう俺の顔なんて見たくないのかと思った」
悪戯っぽく微笑まれ、イルカは思わず顔を顰めた。
見たくねーよ。
心の中でそう呟くも、イルカはゆっくり息を吐き出してカカシの顔を見る。
「あの...先日の話ですが、お受けしようと思いまして、」
そこから少し間があった。
あれ、聞こえてたか、ともう一度言おうか考えた時、えーっと、と、カカシが言った。
「ごめん、それホントに言ってる?」
当たり前だろう。イルカはむっとした。こんな事を冗談で、わざわざ職員室から言いに来たりするはずがない。この男じゃあるまいし。
イルカの表情を読みとったのか、カカシが真面目な顔つきになる。
「ホントにいいの?」
「いや、あなたがもう求めてないのでしたら結構ですが、」
「ううん。求めてる」
即答され面食らうも、イルカは仕切り直す為に、咳払いをした。
「まあ、...他を探されてたら困りますから」
小さく呟くと、カカシが首を傾げた。
「他?...ええ、イルカってそんな風に思ってたの?」
まあ、あんなんじゃ仕方ないよね。
困った顔をしながら苦笑いするカカシの意味が分からないが。
「で、お聞きしたいのですが、期間などあるのでしょうか?」
「え?...期間って?イルカっていつもつき合うのに期間決めてるわけ?」
その返答に内心ぎょっとした。
期間がない。と言うことになる。てっきりこういう役目は期間が設けられるのかとばかり思っていたが。
そうか。飽きるまでとか、そんなアバウトな感じでもおかしくはない。
「いや、すみません。俺、初めてでよく分かってなくて、」
そこでカカシは少し驚いた顔をする。
「ああ、そうなんだ。って事はさ、俺が初めてって事?」
かあ、と自分の頬が熱くなった。
この歳で何も知らない事だらけで。世間知らずと言われているようで。
イルカは小さな声で、すみません、と、口にした。
ふっとカカシに目を向けると、にこにこと嬉しそうにしている。
「初めてじゃわかんないか。ま、俺もちゃんとしてこなかった方だからさ、よく分かってない方なんだけど。期間なんて、そんなのあるわけないでしょ?」
なぜそんな事を嬉しそうに話しているのか分からないが。
期間がないのだけは、はっきり分かった。
少し絶望的になる。でも、いつか解放されるはずだ。
はあ、と相槌をしながら、とにかく、お手柔らかにお願いしたいとカカシを伺い見ると、優しく微笑まれる。
言い方を返れば、上機嫌、だ。
それがイルカの恐怖心を一気に仰ぐ。
やっぱりやめておけばよかっただろうか。
伽なんて。自分から進んで申し出る事ではなかったのかもしれない。
あの夜の事を、ーー忘れたかったはずなのに。
でも。
自分は忍びなのだ。しかも中忍。
何が嫌とか、ぐだぐだ言っていてはきっと駄目なんだ。
綺麗事だけでは、駄目なんだ。
三代目に甘やかされて育った、何て言われたくない。
ぎゅっと拳に力を入れる、そのイルカの顔をカカシがのぞき込んだ。
「どうしたの?体調でも悪い?」
条件反射のようにイルカは首を振る。
心配そうな青い目が自分を見つめる。
「ね、今日は?」
聞かれて、心臓が縮こまった。乾いた唇を舐める。
「きょ、今日...ですか?」
「あ、残業とかある?」
「....え、....いや、」
嘘をつく性分でもないし、頭が上手く回らない。
ただ、残業もなく、予定も入っていない事は事実で。
それでも、見つめる先のカカシは酷く真摯な眼差しで。
ちゃかす感じでもないし、強いて言えば、優しい。それはイルカを素直に頷かせていた。
「大丈夫...です」
カカシはにっこりと微笑む。
「俺も。今日は待機番だから、早く会えるね」
「...はあ、...まあ...」
そこでカカシと同じように嬉しい表情はとてもじゃないけど出来ない。
無理に合わせるように微笑むと、カカシは、じゃ、と片手を上げ、背を向けた。
見えなくなるまでカカシの背中を見つめたまま動けなかった。カカシの向かった先は、方向からして上忍待機室。
本当に待機番なのだろう。
(....そんな事より)
俺、こんな事して良かったのか?
自問してみるも、答えはない。
でも、強引に、脅迫するような相手ではなさそうだから、そこは良かったのかもしれない。
あの人は、ーー優しい。
知りもしない相手なのに、何故かそう思った。
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