日曜日④

夜も更けた夜空。風もなく漂う雲は少ない。月は雲に隠されることなく輝き、星もまた綺麗に輝く。
イルカの目にもまたその星が映っていた。
授業で夜の方位学習と言うのがある。
忍びは夜に行動する事も多い。知らない土地で一人どこかで迷い、太陽の動きも分からなくなった時、星などを頼りに方位を求めたり、月から方位を求めたりする事が出来る。
それを生徒に教えるために、どう分かりやすく説明すべきか。
そんな事を考えていたが、今はどうでもいい。
イルカは夜空から顔を戻す。
夜道。道行く人もほとんどいないその道を、自分より先に歩いているカカシを見つめた。
さっきまで二人で居酒屋で酒を飲んでいたのだ。だからカカシがほろ酔い気分で少しふらふらしながら歩いているのもおかしくない。
白い肌が少し赤く染まっているのも、対面で座っていたのだから知っていて、目の前を歩くカカシはもう口布を上げてしまっているから見えないが、今もきっとそうだろう。
上機嫌に鼻歌なんかも歌っているように見える。
それは、イルカには不思議でならない光景だった。
伽を提示され、受け入れたこの関係に、彼と楽しく酒を酌み交わす、なんて事が必要なんだろうか。
 今日は?
なんて聞かれてびびっていたのは事実だ。びびりながらも承諾して。
おっかなびっくりで待ち合わせしたカカシについて行けば。
何のことはない。自分もよく足を運んでいた居酒屋だった。
拍子抜けたままカカシと酒を飲むことになって。覚えのある端正な顔立ちを見せて、でもいつも以上にふにゃりとした表情に暖かさを感じつつ。
こんな人だっけ。
何を考えているかは、今も分からないが。そこまでこの人の事を知らないが。
そんな疑問が浮かんだ。
酒は嫌いじゃない。グラスを傾けながらカカシの嬉しそうな顔を眺めながら相槌を打った。
「イルカは酒が強いんだね」
その声に我に返ると、振り返り立ち止まったカカシがイルカを見ていた。
ええ、と頷いてみる。
カカシが酒が弱かったのも初めて知った。
勝手なイメージで。酒とか毒とか。効かない身体かと思ってた。
なのにビール1杯で顔が赤くなり。2、3杯飲んでからは、俺もう無理、と烏龍茶に切り替えていた。
最初こそ警戒していたが、自分も酒が入ってカカシの物腰柔らかい言動に気持ちが緩んでいたのもある。カカシとの話しも全然苦でもなく、むしろ楽しいから、酒が進んだ。
他愛のない話ししかしていないのに。
好きな魚の話しとか。野菜から薬草の話しなって。料理の話しになって。
正直、楽しかった。

振り返りポケットに手を入れたままのカカシは少し猫背だ。そこからゆっくりとこっちに向かって歩き、イルカの横に並ぶ。そこでふと目線を上げ空を仰ぐようにしてため息を吐き出した。
「明日任務じゃなかったらなあ」
そんな呟きにイルカはカカシを見た。
「カカシさんは、明日は任務ですか?」
そのままの内容を聞き返すと、顔をイルカに戻して苦笑いを浮かべた。
「まあね」
それは、お疲れさまです。と真面目に頭を下げるとカカシの顔が近づき、思わず顎を引いていた。少しだけ、カカシの方が背が高い。
「今度イルカの家に泊まってもいい?」
噛み砕こうにも砕かせようがない言葉。
何でカカシが俺の家に?
浮かぶ疑問に、そこではっとしてイルカは首を横に振った。
「いや、でも」
俺の家では困る。
それなりの場所で、とかじゃなきゃ。
「何で?」
丸で否定している自分が間違っているかのような表情をされた。
「だって...出来れば、もっと...ちゃんとした場所の方が俺は、」
カカシの眉が寄った。
「ちゃんとした場所?」
まずった事を言ったかと思えば、ああ、とカカシは直ぐに微笑んだ。
「いいよ、多少狭くても。汚れてるのは男で一人暮らしだったら当たり前でしょ。気にしないって」
いやいやいや、俺が気にするわ。
何て思ってもそこまでは言い返す事が出来ずに返答に困ったイルカに、カカシは特に気に留める事もなく微笑む。
「任務から帰ったらアンタの顔を一番に見に行くから」
「は?」
唐突すぎる台詞を残して、カカシはほんわかした笑顔で闇に消えた。

月が輝く夜道。
イルカは一人で、カカシが残した言葉を思い出す。
首をひねる。
「俺の顔...」
こんな顔なんて、見に来てなんの意味があるんだ。
何の変哲もない。どこにでもいそうな普通の俺に。
一番に、とか。それって必要か?
ーー何かが、おかしい?
でも。
今日は何もなかったから良かったって事か。
イルカは胸をなで下ろして一人歩き出した。


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