日曜日⑤

のどかな昼下がり。
イルカは受付所の勤務をしている。
昼休みが終わったばかりで、気候も良くて。隣の同僚も雑務をこなしながらあくびをした。
「腹いっぱいになると眠くなるよなあ」
なんて言って、でもイルカからの返事がない。なあ、ともう一度声をかけながら、同僚は顔を上げた。
赤ペンを持ったまま、イルカは部屋の隅を見ていた。
そこには目見麗しいく上忍のくノ一が二人。休憩出来るそのスペースには長椅子が設置され、喫煙スペースにもなり。冬にはその椅子の前に石油ストーブも設置される場所だ。その場所に、先ほど報告を済ませた上忍のくノ一が、長く細い脚を組んで雑談している。
その光景はいつもの事で。特に気に留める事でもないが。
さっきから気になって仕方がないのは。
その女性から、連発されている名前だ。
短期任務でカカシと一緒になった事から話は始まっていた。
赤い口紅を塗ったくノ一が口を開いた。
「...で...になった時にね、」
声が聞こえない。イルカは無意識に唇の動きをを読んでいた。
「夜伽を期待するでしょ?普通。カカシとなんてそう一緒に任務一緒にならないし」
「もちろん。するわよ。あの顔にあの身体でしょ。それに上手いって聞いたし。やっぱり一度は、ねえ」
「彼がいたってね」
くノ一が二人笑った。
「本当そう。恋人じゃなくてもいいから、せめて一晩過ごしたいのに」
そこで一人が肩を竦める。
「でも今回は全然相手しなかった。私にも。他も」
「なんで?」
「さあ、分かんない。さっさといなくなっちゃうし。チャンス潰しちゃった感じ」
そこからため息を漏らすくノ一は落胆そのものだ。
席を立ったく二人のノ一は、そこから部屋を後にする。入れ違いに入ってきた上忍に報告書を机に置かれ、追っていた目を戻し、イルカはお疲れさまです、と頭を下げ仕事に戻った。
項目にチェックを入れながらも、頭にハテナが浮かぶ。その数は多い。
待て待て待て。
落ち着け自分。
よく考えろ。
くノ一の会話を最初から最後まで思い浮かべる。
あの話しぶりからして虚偽は感じられなかった。
だから。結論からすると。あの二人のくノ一は、カカシとの伽をしたかったって事になる。
え?
自分で出した結論にイルカは首を傾げていた。
「どっか間違ってんの?」
目の前にいた上忍に聞かれ、イルカは思考を引き戻された。慌てて笑顔で首を横に振る。
「いえ、問題ありません。お疲れさまでした」
丁寧に頭を下げて。
再び自分の出した結論に直面する。
報告書を仕舞いながら、同僚へ顔を向けた。
「なあ」
「...んー。どーした?」
眠そうに返事して。でも同僚は書類に目を落としたままペンを走らせている。
「カカシさんって、モテるの?」
「何言ってんだお前」
「どっちだよ」
聞き返すとまだ書類を見たまま、笑った。
「どっちって。ああ、お前その手の話とか興味なさそうだもんな」
ここの仕事も始めたばっかりだし。
「だから、どっちだよ」
少し苛立った声を出すと、ようやく同僚はペンを止めイルカに顔を上げた。
「あの人は、モテモテ。この里一番じゃないの?」
少し呆れ気味に言って、直ぐにまた書類へ視線を落とす。
イルカは笑っていた。
「...冗談だろ?」
同僚はペンを止め顔を上げる。その顔は真顔だ。
「はたけ上忍の事で何で冗談なんて言わにゃならんの」
「だって...さっきの上忍のくノ一だって...夜伽とかしたいとか...」
「ああ、よく聞く話だな」
「でもよ、伽なんて...良くないだろ」
その言葉に同僚が呆れたように笑った。
「そりゃあ一昔前はな。上から強制される事が多かったな。風潮もあったし。一時期問題視もされたけどさ。それは昔の話で、今は同意のうえってのが多いし。さっきの話しを聞いてたんだろ?だったら尚更分かるだろ。暗部はどーかはしらないけど、さ」
最後は小声で付け加えて。小さく笑う。
「じゃあ、」
「...じゃあ?」
聞き返されイルカは首を振った。
仕事に戻って。イルカの眉根を寄せた。
じゃあ。
俺の承諾した事って、何だ?
他に被害がないようにって、自分が受け入れたのに。
里の女性が求めてるなら、俺は何の為に。
ーー馬鹿な判断をしてしまったって事になる。
イルカは拳を作ったまま、じっと机の上の書類を眺めた。


ぼんやりイルカは歩いていた。
授業も終わり、問題なく一日が過ぎて。
穏やかな一日だったって言うのに。
分かっていなかった事実が分かっても心の靄が消えないのは。
「イルカ」
心臓が跳ね上がった。同時に肩にかけていた鞄の紐をぎゅっと握る。
振り返る。
カカシが立っていた。
数日間、短期任務に出ていた割にはそこまで疲労してるようでもないカカシを見つめながら、イルカは頭を下げた。
「お疲れ様です」
「さっきアカデミーまで行っちゃった」
「...はあ、それは、」
アカデミーに無関係なこの人が何で、とそこまで思った時にカカシは笑った。
「あれ、俺言ったじゃない。一番にアンタに会いに行くってさあ」
「ああ、そうですね」
そう言われればそんな事を言われた。合わせるように笑ってみるも、更に気持ちに靄がかかる。
一日中こんな気持ちは憂鬱になるし。苛立つ。
そうだ。大体なんでこの男は自分に関わってくるんだ。
モテ男なら。聞いた話が本当なら。勝手に向こうから言い寄ってくるのを待ってればいいだけの話だ。
それなのに。
こんな中忍の男を捕まえて。しかも任務終わって一番って。
いや、必要ねえだろ。
嫌がらせか?
「なあに?どうしたの?」
気が付けばカカシはイルカの前まで来ていて、のぞき込まれた。
急に視界に入ってきたカカシの青い目に、触れそうな距離まで来ていたカカシを避けたくて、手を上げていた。ぬるっとしてぎょっとする。
「ーーえ、」
触れたのはカカシのベストで。自分と同じ支給服なのだから、触れた感触にイルカは驚いて息を呑んだ。
よく見ればそのベストが濡れるくらいに血が付いている。イルカの顔が青くなった。
「血...っ、それ、血が、」
「え?ああ、これ。うん。血」
飄々とした顔で返される。
「怪我...、」
「ああ、他人の血。任務だったから、そりゃ付くでしょ」
「他人の血...」
ほお、と安堵する。でも。任務と言ってもSランクかAランクか。それでも無傷で帰ってくるなんて。
改めてこの男が里一の忍だと再認識する。
カカシを見ればのほほんとした顔でお腹をさすった。
「お腹空いちゃったなー」
ねえ?
と聞かれ、ええまあ、と頷けばカカシは微笑む。
「じゃあ行こっか」
「あ、...何処に...?」
「イルカの家。この前行けなかったし」
「え?俺ん家!?」
当然のような言い方に驚いた。カカシはえー、と不満そうに声を上げた。
「だからさ、俺も男だし、多少汚くたって気にしないって前も言ったでしょ?」
いや、だからそんな事問題にしてねーし。
もっとそれ以前の問題で。
でも。
この人に聞きたい事があるのは事実だ。
里の任務で疲れて帰ってきた男を居酒屋に連れて行くわけにもいかない。
人に出せるような食材があったか頭に浮かべながら。
イルカは仕方なしに承諾を選んだ。

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