日曜日⑦

痛い。
って言うか怠いが近い。その腰をイルカは撫でた。
「なんだイルカ」
報告書を片手にその詳細を読み上げていたイルカにかかった声。イルカは反射的に姿勢を正し、腰に当てていた手を戻した。
「いえ、すみません。ええと、それで」
「ああ、もういい」
綴じてある最後のページをめくろうとして、火影はそれを遮るように言って手を振った。
「筋肉痛なら、お前の身体が鈍っている証拠だ」
割と正解に近いような事を言われ、イルカはただ苦笑いを浮かべた。
普段使わない場所に違いないのだ。
「特記する事とかはないな?」
「はい、それは」
確認され、イルカはしっかりと頷く。
「報告漏れがあったらなら、後でいい、また持ってこい」
最後の台詞は甘いと言えば甘い。
それはイルカにもわかり、しかし、それも受け入れ、はいと返事をする。
イルカは執務室を後にした。

火影への報告は定期的に行っている。今回は受付所に関する報告。ただ単に自分が今回受付の仕事が増えたからでもない。これは昔から火影と自分の決まり事のようなものだった。
イルカが両親を亡くし、しばらくして自分が成るべきは教師だと思い決心した辺り、その時期から火影はイルカは文章能力が長けるようにと、日記ではない。自分の環境で見て聞き、起きたままの出来事を報告書に書き報告する事が義務づけされていた。
イルカはそれに従った。そのおかげで随分文章能力も培ったように思えるし、報告すべきと念頭にあるから、しっかりと何でもない日々さえも分析出来るようになったと思う。
しかし火影からしたら日記のようなものかもしれない。
自分から見た何の変哲もない毎日。
それをただ書いているだけなのだから。
言わば一方通行の交換日記のようなもの。
それは、幼い頃はそれが嬉しかった。今は義務化してしまっているが。

カカシの事は流石に書いてはいないが。
イルカはため息を一つ零してまた腰をさすった。



「マラソン?」
翌朝。イルカは走っていた。
家にいるとつい考えてしまう事に、もやもやする。それが嫌だ。何も考えたくない時には身体を動かすのが一番いい。
後ろから聞こえた、その声の主が、それがこのもやもやの原因であるとわかり、イルカは定期的な呼吸の合間に嘆息した。
足は止めない。
「あなたも朝早いんですね」
直ぐ後ろに気配もなく現れたカカシにそう告げると、笑ったのが空気で伝わってきた。
すっとイルカの横に現れる。カカシは、いつもの支給服の格好だ。横目で見れば、速度を合わせながら走りながらにっこりと微笑えまれた。
自分も走り方は得意だとは思ったが。横目で見る限り、早さを感じさせない軽快な走り方。そこは上忍流石だ。
走る上での重心の使い方も上手い。
確か昨日は休みと言って姿を消したから、てっきりその日の夜に家に現れるとばかり思っていた。まあ、来なくても良かったんだが。
でもなんで今。
イルカは走りながら怪訝そうに横目で見ると、目が合った。
「つき合っちゃ駄目?」
少しも息が上がっていないいつもの間延びした口調。
「いえ、ご自由に」
河原へ向かって足を向ける。
そこからいつものコースを二人で走ることになった。

「俺はシャワー浴びますが、カカシさんは?」
「俺?はいいや。お水ちょーだい」
てっきり途中で離脱するかと思った。勝手に現れ勝手にいなくなると思いこんでいた。
最後まで一緒に走ったのにも関わらず、カカシは自分に比べあまり息が上がっていない。見る限り汗もあまり掻いていない。
色々自分とは違いすぎる事に内心驚くが、仕方がない。自分は平凡な内勤の中忍。
イルカは部屋に上がると冷蔵庫から麦茶を出した。グラスに注ぐ。
水とは言われたが、ミネラルウォーターも常備していない。流石に水道水って訳にはいかない。
「どうぞ」
「ありがと」
カカシはそれを飲み干すと、やれやれと床に腰を下ろした。
じゃあ、とシャワーを浴びに行こうとしたその手を掴まれる。下に見る座ったあままのカカシの目を見て。
それが何を物語っているのか、自分でも驚くが、分かってしまった。
思わず掴まれた手をふりほどこうとするが、力を入れられ焦った。
「俺は、シャワーを浴びたいんですっ」
「どうせ浴びるならもっと汗掻いたっていいじゃない」
「何を勝手な...っ」
かっとなったほうが負けなのかもしれないが。今日は遅刻したくない。
引けないと、イルカはカカシを睨んだ。そんな目を見てカカシの口の端が上がったのが見えた。
「さっきはイルカの運動につき合ったんだから、今度は俺につき合ってよ」
悲しいかな、どんなに力を入れようともカカシの手はびくともしない。
「つき合うって...俺は今日出勤で、」
「しようよ、セックス」
甘ったるい声に怒りが逆なでされる。
「いい加減にしてくださいっ、俺は確かにあなたの伽になる承諾しましたが、こんな風に振り回されるのはごめんですっ」
言い切って睨みつける。
カカシは。ぽかんと口を少しだけ開けてイルカを見上げていた。が、ふと眉根を寄せた。
「....今何て言ったの?」
低い声で聞き返される。さっきまでのふざけた感じがなくなっていた。
それに、そこで聞き返されるとは思ってなかった。思わず自分が勢いのまま言った台詞を再び頭に浮かべた時、
「伽って?」
カカシにまた聞かれる。随分と凄みがあるように感じて、イルカは少し戸惑うも、ぐっとカカシを見返した。
「伽は伽でしょう」
「イルカが俺の伽?」
「....ですよね」
「俺を怒らせたいわけ?」
まだ離されていないカカシの手に力が入った。その力に驚くが、直ぐにその手が解かれる。
あぐらを掻いたまま。カカシはうーん、とため息混じりに声を漏らした。
頭を掻くカカシの表情が見えない。
「まあ、始まりが始まりでしたからね。責められても文句言えないですが」
そこまで言ってカカシは顔を上げた。
何だろうと、それだけで、びくっとなり構えるイルカに、少し悲しそうに眉を寄せた。
「俺の恋人でしょ?イルカは」
(おお....おぉぉ?)
予想していなかった言葉に素直に驚く。
イルカの素直な表情にカカシはまた深い息を吐き出した。
カカシに聞きたかった事。
そう。ずっと心の中にあった疑問が綺麗に今の言葉と合致したのだ。
参ったねえ、とカカシは呟き立ち上がる。
「俺言ったよねえ。恋人になってって。それを伽って...何がどうなったらそう変換されるわけ?」
だって。
そう口ごもってみても、カカシはじっとこっちに視線を送る。
(だって...あんな感じでやられて、迫られて。確かに、途中からなんかおかしいって思ったけど...)
「何、はっきり言いなさいよ」
「だから、上忍だし、俺男だし、なので、そう考えるのが...スマートかと」
「それで伽」
はあ、とカカシは大げさにため息をついて、がしがしと頭を掻いた。
「古いなあ、今時」
頭から手を離して、その手を上に上げた。
「でもまあ誤解は解けて良かった」
ふっと微笑を見せられ、目を細めるその表情に安堵していた。
「じゃあ、」
腕を取られ、へ、と返事をすると、
「愛の再確認」
するよね?
イルカの首に下げていたタオルを手に取り、床に落とした。




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