先生⑦

里外にでる短期任務を受けたのは、やっぱり出て行くのを見たくなかったからだと思う。
だって、墓まで持っていくと決めた気持ちが簡単に揺らぐのが怖かったからなんて。冗談でも言えない。
薄汚れた服に、背中には黒いリュック。カカシが居なくなった部屋を一瞥し、自分の部屋の鍵を開ける。
1週間ぶりにイルカは部屋に入った。



(銀色…)
職員室の窓からから見える輝きに気がついてしまうのは。
重症ってことじゃないと、自分に言い聞かせる。
銀色は、どちらかと言えば冷たい色だと思っていたのに。目で追う太陽の光を吸い込んだ色は白みを帯びて柔らかい光を放つ。アカデミー脇を歩くカカシの背中を眺めた。隣には上忍のくノ一。
声をかけるか一瞬だけ迷いが過るが。
こんにちは。元気ですか?どうですか上忍マンションは。
考えただけで虚しい気持ちが自分を包んで頭を振った。
もはや唯一の接点が受付で。他の中忍と変わりはなく。その他大勢に埋もれてしまう。
その他大勢が声をかけたところでどうしようもないから。それに、寂しいなんて言って、気持ちを相手が知って。それまで以下の関係になってしまうこと。
それが一番こわい。
だから、無理して笑うのが一番楽かもしれない。

「先生!」
腕をグイと引っ張られ。遠くに行っていた意識を引き戻され。驚いて振り返れば卒業間近の生徒がイルカを見ていた。
「何回も呼んだのに」
ぷうと頬を膨らませて非難した眼差しを作られ、イルカは苦笑いした。
女生徒はその眼差しを笑みに変えた。
「ね、先生。この前はどんな任務だったの?話聞かせて!」
目の輝きに自然イルカは驚いて目を丸くした。今期は下級生の授業が殆どで、この女生徒の授業は受け持っていなかった。
「よく知ってたな。任務だって」
「だって学校に1週間もいなかったじゃない!さみししかったんだもーん」
満面の笑みを浮かべて女生徒が笑った。
「………」
「…イルカ先生?」
返事をしないイルカを見て女生徒が首を傾げた。
『さみしい』
そんな言葉を素直に言える女生徒が眩しく映る。
恋だの愛だのそんな感情関係なくして。素直に言えたらどんなにいいだろう。気持ちを隠して見せる笑顔はやっぱり辛い。
「ねえイルカ先生!だからどんな任務だったか教えて」
好奇心満々の顔を見て、イルカは嬉しそうに目を細めると女生徒の頭を撫でた。
そうだ。逃げる必要もないし、普通にすればいい。次会ったら。さみしいですよって。言ってやる。それが言えたら、きっと普通に接する事が出来る。ーーはずだ。




「またリンゴって言われるかな」
退院間近の大家を見舞うのはイルカの日課になっていた。見舞いは昼休みの時間を利用していた。
大きなリンゴを二つ。紙袋に入れ廊下を歩く。カカシは夕方顔を出すと大家が言っていたから。部屋にカカシがいるのを見て、驚きに息を呑んでいた。病室にはカカシ一人だけ。
明るい病室に立つカカシは逆光になり少し見にくい。イルカは自然少しだけ目を眇めた。
「今ね、大家さんは検査なんだって」
カカシの声でハッとする。まだ一言も発していない自分に気がつき、慌てて頭を下げた。
「こんにちはっ」
「…こんにちは、先生」
カカシが目を細めたのが見えた。気まずさを無くすために笑って扉を閉める。紙袋を上げてカカシに見せた。
「またリンゴを持って来たんですよ」
「ホント」
カカシは素直に相槌を打った。
意識しないように。意識しないように。
イルカはこの前の女生徒を思い浮かべる。自分は上手く笑えているだろうか。
「先生、元気?」
その声にカカシを見れば。
いつもの優しい笑顔でカカシが自分を見ていた。
「……はい」
「そっか。良かった」
カカシは眉を下げた。
「ほら、先生いないときに引っ越しだったから」
「すみません。久しぶりに里外に任務だったんです」
「うん、知ってる」
カカシは立ててあったパイプ椅子を取ると、なんとなく離れていた距離を縮めるように、イルカの前まで来る。それだけでイルカは気圧されたように顎を引いた。カカシはその場所にパイプ椅子を開くと、背もたれを前にして座った。その背もたれに両腕を置いてイルカを見上げた。
久しぶりに近くに見るカカシに、否応なしに心拍が上がる。だけどそれはとんとんと心地いい心拍数で。言葉を忘れカカシを見つめついた。
「先生」
大好きな青い色の瞳が少し弓なりになる。
「俺がいなくてさみしいんでしょ?」
明らかに不意を突かれてしまったっていた。そんな事言うなんて思いもよらなかった。
「………………………な、何言って」
心地良かった心音は急激に上がり始める。イルカはやっとそれだけ言って、無理に笑顔を作った。
「何言ってるんですか。さみしくないですし、カカシさんだって別にさみしくないんじゃないですか?」
とてもじゃないけど、さみしいなんて言えっこない。
カカシはイルカに言われると、不思議そうな顔を浮かべた。
「何で?」
その率直な質問に一瞬言葉が消えていた。多分表情も。慌ててまたイルカは笑った。
「だって、見かけるカカシさんはいつも誰かと楽しそうですし」
流石にくノ一とは言えない。
「だからって声かけてくれないの?」
「え…」
「それに、楽しそうって言うなら先生だってそうでしょ?この前だって女生徒にうっれしそうな顔して話なんかしちゃって」
イルカは眉を寄せた。
「そりゃ生徒ですから、話しますよ」
くノ一と一緒にされたように思え、イルカは言い返していた。
「一緒ですよ」
あたり前だと言わんばかりのその口調にむっとした。
「一緒ではないです」
「一緒だよ」
「一緒じゃないです。生徒と甘い匂いがする人なんかと一緒にしないでください!」
言い切って。イルカは自分の言った事にまた息を呑んだ。カカシを見ると、不意をつかれたような、惚けたような顔をしてイルカを見上げていた。
違う。
否定しなきゃ。
動転している気持ちを必死に落ち着かせようと試みているが、カカシを前にして、悪足搔きもいいとこだ。余計に混乱していた。そして逆回転する。
「でも、今日は甘い匂いはしないです」
更に口走るのは否定なんかじゃなかった。
最悪だ。
カカシの表情はまだ変わっていない。固まっているのか。それを見てイルカは頭を下げていた。
「……すみませんっ。失礼しますっ」
絡まった糸は更に絡まる一方だった。それを回避するのは一つ。この場から去ることだけだ。もつれそうになる脚を何とか動かして、イルカは踵を返す。
扉に手をかける。
「先生!」
呼び止められた声に身体が驚くほど反応した。心臓の重い音が身体中を巡る。振り返るべきか。逃げるべきか。悩む前に、またカカシの声がそれを制した。

「先生、俺はさみしい」

イルカの身体はその場から逃げることを選んだ。


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