知りたくて知りたくない事③

酒を飲んでいた。暖かで緩い明かりと空気から作り出される雰囲気のバー。
スロウテンポのピアノの曲が心地よく流れている。明かりを抑えた薄暗い店内で、カウンターで1人、イルカは日頃あまり口にしないウィスキーで口を湿らせていた。
いつも一緒に酒を飲む友人は、最近出来た恋人が家でご飯を作ってくれるらしい。
そりゃ良かった事で。
じきに結婚もするかもしれない。なんて顔に似合わず照れて言った友人。気がつけば俺たちはそんな歳だと、改めて気がつかされた。
20代半ば。いい加減身を固めて子供を作って。なんて口煩く言う両親もいるわけでもない。
そんな相手がいたらいいな、くらいにしかまだ自分は思えてなかったのに。
友人は任務が一緒になった同じ階級のくノ一とそう言う仲になった。
恋愛、まあそれが自然な流れだろうけど、見合いでもいい。
と考えてみたりしても、やはりピンとこない。まだ自分には相手がいないから考えられないのが正直な気持ちだ。
途切れた曲に、周りの声が耳に入る。
そんな時だ。自分のどうでもいい考えを止めたのは。
斜め後ろにあるテーブルには女性が3人、イルカが店に入った時から座っていた。静かに、でも楽しそうに話しをしている。どんな話しをしているか、気にもとめていなかった。
「すごくいいのよ」
彼の手が。
ウットリと酔いしれた口調には、本音が混じっているのだと思った。
忍びであれば、真後ろの人の話し声をクリアに聞く能力は持ち合わせている。勿論イルカも。公共の場で話す内容ならば、多少聞かれてもいいのだと、軽い気持ちがイルカをそうさせていた。
最初は何の話か検討もつかなかったのに。どうやら、その女性はセックスの情事を熱く、恍惚としながら語っていた。男が話せば単に下ネタだからと、笑って盛り上がるネタに成りがちだが。見た目美しい女性の口から漏れる内容は実に艶かしかった。周りも茶化す考えは持ち合わせていないらしく、同調するような溜息や相槌が耳に入る。
相手の男は今は恋人ではないらしい。どうやら既に関係を絶った相手らしいのだが、その行為は忘れられない。と、ハッキリとは言わないが、そう漂わせている。女性は切り替えが早い。そう友人がぼやいていたのを思い出す。別れたら過去には振り返らず新しい恋に夢中になる女性が殆どだから、未練たらしいのは男ばかりだと言っていた。自分でもその考えは強ち間違いではないと感じていたが。どうやらその男は例外らしい。
柔らかな赤い唇から話す内容だからか、男性が話す程卑猥にも聞こえないが、その男性から与えられ、及ぼされる行為がイルカの脳裏に浮かび上がった。
手に持つグラスを何度も口に運びながら、気がつけばペースが早くなっていた。身体の中心が燃えるように熱い。
それはアルコール度数の高さのせいか、女性が語る内容のせいか。
身体が熱いと、自分で認識してしまった後では遅かった。
恐ろしい事に、頭の中では顔も知れない男がその女性に成り代り、自分を犯している。あらぬ妄想が頭から離れない。
聞き耳を立てていたチャンネルを変えれば済むはずなのに。
それさえせずに、頬に朱に染めながら頭の中の妄想が広がっていた。
女性を抱いた経験がないが、正常の男性なら女性を抱く妄想に襲われてもいいはずだ。だが、女性が話す行為を聞いても、それがどうしても想像出来ない。おかしい事には違いない。だからもう聞いてはいけないと、ようやく切り上げる決意をした時、その女性は熱い溜息を吐きながら言った。
「カカシとならもう一回寝てみたい」
イルカは身体の熱をなんとか鎮めると直ぐに店を後にした。


カカシは元教え子の新しい上忍師だった。
引き継ぎの時に話しをした位で、それから報告所で何回か会話を交わした。
物静かな印象で、あまり露わにしない表情に冷たい色の青い目は、イルカにはとても印象深かった。
ナルトから聞く忍びとして力や思考や、仲間を想う強さが、あの目に秘められているのだと、窺い知れない彼の深い瞳の色にそう感じ取っていた。
自分からしたら上官にあたる、里でもトップクラスの忍びの、交際程度の内容ならまだしも。性交を耳にするとは。
興味本位に聞いた自分に非があるのは分かっているが、聞いた事に後悔は持てなかった。
家に帰り、扉を閉め鍵を閉める。真っ暗な部屋で深呼吸をした。
まだ変に心音が高鳴っている。鍵を下駄箱の上に投げ置いて、靴を脱ぐとふらふらと台所へ向かった。蛇口を捻りコップに水を注ぐと、イルカは喉を鳴らして勢いよく飲みこんだ。飲みきれなかった水が口のふちから喉に伝う。それを袖で無造作に拭いて、ふと部屋を見渡すと、明かりの付けていない部屋は窓からの月明かりでぼんやりと浮かび上がっていた。
気持ちを鎮めたくまた息を吐き出して。酒臭い自分の息はほのかに熱い。頬もまだ火照っている。
すごくいいのよ。彼の手が。
囁くような女性の声。
カカシの手は好きだ。
報告書を渡される時、どうしてもカカシの手に目が行きがちだった。手甲から伸びる白くて長い指。きっと器用なんだろうなとか、印をこの指で結ぶんだろうとか。
触れたら冷たいんだろうか、とか。
その指が自分の肌をなぞるように蠢いているのを想像した瞬間、全身に痺れと共に鳥肌がたった。
思わず目を瞑って上を向きその痺れをやり過ごす。身体を流しの淵で支えるように体重を乗せ、ゆっくりと息を吐き出した。
どうも簡単に収まりそうにない。
自分の身体なのに上手くコントロール出来ない。今までそんな事はなかった。
だが、ここは自分の部屋。
一回くらい抜いておけば、いい加減気持ちも身体も鎮まるはずだ。
イルカは意を決するように唇を結ぶと、コップを流しに置き、ベストも脱がないまま寝室へと足を運んだ。
いつもならそれ専用の雑誌やDVDが必要だけど、今日は違う。
瞼の裏に浮かぶカカシを思い描いただけで自分の熱はまた一段と硬くなった。
野郎相手に抜くなんて。
不透明な気持ちを持っていたのは認める。だけど、相手は男だ。
分かっているのに、言い聞かせてみても疼いて仕方がない。コクリと唾を飲み込んでズボンを寛げる。布団の上に座り込んで立ち上がった自身の熱を軽く擦り上げる。
「っ……んっ」
目を瞑りあの女性が話していた通りに、その女性と自分をすり替える。かぁと身体が一気に熱を持った。
あの指が自分の肌を這い、カカシの低い声が耳元で囁く。先端からぷつと先走りが出てきたのが分かった。指で包んで扱けば快感が全身にまわる。いつも以上に興奮する。
鍛え上げられた身体が自分に覆いかぶさる。心地よい重みに自分はきっとカカシの背に腕を回す。
甘い痺れにブルと震えた。
息が自然と上がる。
気持ちいい。
気持ち良すぎて目に涙が浮かんできた。視界はぼんやりとし、想像の中に入り込んでしまった自分の目は焦点すら合っていない。
彼が自分の中に入ってきたらどんな感じだろうか。あの女性が言っていたように、どの男よりも大きく、激しく。自分の中を掻き回す。丸で獣の様だと言っていた。
上がった息に堪らず口元が緩む。
擦り上げる度に自分の陰茎が張り詰めていく。もう限界が近い。
上がる息を耐えるように、目をぎゅっと閉じた。
露わになっている唯一の青い目。
あの青い目が、冷たい色の瞳が、どの様に変わるのだろうか。話しを聞く限り熱い情事を彷彿とさせた。あの目が、手が、声が。美しい女性が忘れられない位のセックスをするのだ。
間近で見たら、きっと。
「カカシさん…」
名前が口から漏れる。
高みに向かって擦り上げた時、

「イルカ先生」

何が起きたのか分からなかった。
背中にひたりとくっつく暖かさ。耳元に捻り込まれる熱い息と低い声。
身体がビクビクと反応して、張り詰めた性欲の中、現れた気配に頭が混乱した。
自分の状況より、窓も玄関も鍵がかかっているから入れるはずがないと、パニックのまま顔を捩れば、まさに今まで頭の中で自分を犯していた相手がそこにいた。
瞬間頭が真っ白になる。
パニックのまま伸びたカカシの手が自分の反り上がった陰茎を掴んでいた。手甲から伸びる白い指が自分の手に被さり上下に動かしている。
一瞬収まりかけていた熱が簡単に蘇る。
カカシの尖らせた舌が耳を犯し、堪らずその手の内で達していた。



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