手を繋ごう①
イルカが降り立った場所は演習場裏手にある山奥の川のほとりだった。水面が太陽の光でキラキラと輝いている。
今日はまだ誰も人がいた形跡はないだろう。辺りを見渡し、気配がないのを確認すると、イルカはしゃがみ込み手裏剣を丹念に確認した。家で刃を研ぎ手入れをした手裏剣は青白い光を放っている。
「よし」
声を出し自分に言い聞かせるように息を吐くと、手裏剣を仕舞い川の真ん中にある大きな岩に立つ。そこから目にした魚目掛けて手裏剣を放った。
幾つか投げ込み様子を見るが、魚が浮いてくる形跡はない。嘆息を吐いて、イルカは続けた。
手裏剣を川から取り出し、繰り返すも一向に成果の上がらない自分の実力にイルカはいい加減苛立ちを感じた。
「くそっ!」
吐き捨てた言葉の直後に目の前に何かが遮った。余りにも早くて一瞬見間違いかと思う。が、水面に亀裂が入った瞬間。一匹の鮎がプカリと白い腹を見せ浮かび上がった。
思わず岩から乗り出してぷかぷか浮いている鮎を眺める。
刺さったクナイを目にして、ようやく自分以外の放った物だと悟り、振り返った瞬間、ギョッとし息を呑んだ。驚きの余り声は喉奥に飲み込まれ、ひゅ、と変な息が漏れた。
イルカの頭は真っ白になっていた。
「下手糞」
思考が追いつかないまま言われた台詞だが、それだけでイルカはムカッとして相手を睨んだ。
仮面を付けた少年は片手を腰に当て鼻で笑った。
「あれ、聞こえないかな。下手糞って言ったんだけど」
「き…聞こえてるよ!って言うかお前何だよ!」
言い放ちながらも未だ背後に現れた相手に動揺していた。この距離で気配を全く感じ取れず、しかも相手は殆ど知識はないが、暗部だと分かり隠しきれない動揺は顔にさえ出てしまっていた。
突いて出た言葉に、要約反応が見えたと相手は銀色の髪を掻いた。
「いやね、俺の昼寝を邪魔したのはそっちだからね」
ダルそうに間延びした口調で、イルカに非難の声を浴びせた。少しだけ冷静になった頭で考える。背格好から銀髪の少年は自分と同じくらいだと感じた。中忍にさえなれていないのに、相手は暗部に所属している。たぶんでなく、絶対に相手は格上。それだけで相手との差を感じるが、今はそんな事どうでも良かった。イルカはジトッと仮面を見た。
「知るかよそんなの」
素っ気なく言い放てば、首を傾げた。
「生意気〜」
「寝るならもっと別の場所選べばいいだろ」
「まあね。でもさ、あんな醜い動きを見せられたらなーんか気になっちゃって。で、何?自給自足してんの?」
「ちがっ…」
「じゃあ何?あ〜、…任…務?」
「違う!」
「………」
「…しゅぎょう」
無言になった相手を見てイルカはボソリと言った。
「え、何?」
「だから!修行だよ!」
益々訳がわからないと言った風にさっきより大きく首が傾き、そして肩を震わせ笑い出されイルカは目を丸くした。
何故笑いだしたのか分からない。でも、その笑いは明らかに自分を侮辱しているようでイルカは無性に腹正しくなった。
「笑うな!お前一体何なんだよ!?」
「はっ、…ごめ…だって…っ」
「だってじゃねえ!」
腹立たしげに蹴ろうとすれば、難なく躱され、斜め後ろにある岩へ飛び移っていた。
「逃げるな!」
「逃げてなんかないよ。で、修行って、何の?」
「…………」
「ほら、教えてよ」
銀髪の少年のすました口調に温度差を感じたが、イルカは鼻から息を漏らし、口を尖らせながら相手を見た。
「…手裏剣だけがどうしても上手くならくて」
「手裏剣なんてあんまり実用性ないじゃん」
「三代目は手裏剣の達人なんだ!手裏剣を馬鹿にするな!」
「あのジジイが?…まあ手裏剣元より全忍術をマスターしてんだから、そんなの当たり前でしょ」
(こいつ…っ!)
さっきから聞く馬鹿にしたような話し方も鼻持ちならないが、尊敬している三代目をジジイ呼ばわりされ、イルカは怒りに拳をぷるぷる震わせた。
「…なに?あのジジイに憧れてんの?」
「お前…っ!さっきからジジイジジイ言うな!」
間を置き、銀髪の少年はクスクスと笑いだした。
「……ガキだね〜。情熱持つのは勝手だけどさ、アンタみたいにそうやってすぐ熱くなる奴はね、すぐ死ぬよ」
笑いながら言っているはずなのに、冷んやりとした声色にイルカは言い返す言葉がすぐ出てこなかった。
「………俺とお前は違う!」
だって…、と言い淀み口を噤んだ。だって、俺はまだ中忍にさえなれていない。
今まで努力を重ねてきて分かった事がある。才能ある奴には努力ではどうしようもないくらいに追いつけないと言う現実。分かってはいるが、まだ諦めたくなかった。
唇を噛んで視線を水面に移す。悠々と泳ぐ魚の群れを見てキツく眉を寄せた。
「………明日は?」
「え?」
顔を上げると、銀髪の少年は岩から飛んでイルカのいる大きな岩へ飛び移る。
「今日はさ、午後から任務だから。明日なら教えてやってもいいよ」
「……え」
突然の提案に瞬きすれば、覗かれるように顔を近づけられイルカは思わず視線を仮面から外した。
背も相手が少しだけ高いが、さほど変わらない身長差に間近で見つめられているようで、何故だか真面に目を合わせれなかった。
(何だよコイツ……近すぎだろ)
「わ、分かった。じゃあ明日教えてくれよ」
早口に言えば、スッと仮面が遠ざかる。内心ホッとしながら視線を戻した。
「朝早いけど、いい?」
言われた言葉にイルカは大きく頷いた。
「言っとくけど、俺はアカデミーの先生みたいに優しくないよ?」
イルカはかあと頬が熱くなった。
「アカデミーはもう卒業してる!」
「あ、そう。じゃあ任務以外は時間あるよね」
「約束、守れよ!」
岸に飛び移った銀髪の少年に思わず叫ぶと、肩越しにイルカを見た。
仮面を付けていたが、白い肌に口布で顔半分は隠されていた。細身の身体からは自分と同じ忍びにしか感じないが、左腕に暗部の印が彫られていた。
「じゃーね、ワンちゃん」
「だ、誰が…っ」
一瞬で姿が消え相手に自分の声が届いたのか分からないが、閉じたイルカの口からは、自然笑みが口角に浮かんでいた。
強くなりたい。
そのイルカの強い気持ちはいつも空回りして、周りからは倦厭されがちだった。
あの銀髪の少年も同じ様に嘲笑うだけだと思ったが。
少し接しただけで分かる歴然とした力の差にも、相手は気にすることなく修行の手伝いを申し出てくれた。
これで上手くなったら、父ちゃんや母ちゃんに追いつける。
イルカは少年が消えた場所へ降り立ち、姿を消した先の森を見つめた。
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