手を繋ごう②

「当たり前の事なんだけどさ」
銀髪の少年は手裏剣の中心部に指を入れ、弄ぶようにくるくると回転させていた。
まだ森や川の周りには霧が立ち込めていた。
「水面上から水中の獲物を狙うためには、水面の光の反射は邪魔になるの」
銀髪の少年は流れのなだらかな水面を指差した。
「水面での光の屈折は、獲物の位置の特定を難しくしてるから。斜め方向から水中の獲物を狙う場合は、見える位置と狙うべき位置を補正しなければならなくなる。だから、水面の真上から垂直に獲物を狙うなら補正は少なくて済むよ。…難しくなるけどね」
言われた事をぼんやりと聞いているイルカを見て頭を掻いた。
「聞いてる?」
「……聞いてる。聞いてるけど、難しくて。実際やってみないと分からない」
正直途中から説明は耳に入っていなかった。まさかスラスラとそんな説明されると思っていなかったし、言われている意味は分かるが年齢相違な説明内容だと、内心驚いていた。見た目同じくらいだから15、6くらいだと思っていたけど、もしかしてもっと上なのか。だとしたら年齢詐欺だし逆に若かったらもっと怖い。
さらに言うなら、眠い。
薄暗い朝靄の中にいるイルカの耳には、起き出した鳥の声がようやく耳に聞こえてきていた。
実を言えば、時間をハッキリと決めていなかった事に気がついたのは、家に帰った後だった。
そんな事に気が付きもしない自分も自分だが、相手も相手だ。もしかして最初から冗談で、自分をからかう為に口から適当な事を言っていたのかもしれない。だって相手は得体の知らない風体の、しかも顔も名前も知らない暗部だ。
下忍の忍びとして見込みもないような奴だと馬鹿にして、でまかせを言ったとしてもおかしくない。大体、わざわざ時間を作ってくるなんて、今更ながらに怪しい。
暗部だとさる事ながら、少しの接触だけで力を垣間見た相手に、卑下した気分に陥っていたのもあるが、イルカは部屋で考え込んだ。
そう、自分はあいつの顔も名前も知らない。銀髪が白昼に白く輝き、肌の白さも際立っていた。それは丸で妖狐の様で、昼間会った事は幻ではなかったのか、とさえ思えてきた。
ふと窓から空を見上げる。
真っ黒な闇に浮かぶ弓張月。冴えるほど輝く銀色はあの少年の髪と朧げに重なる。
(妖怪だったら笑える)
半分仮定が正しいとさえ思えてきた自分に笑を零した。

そこに不安が重なったのは布団に入り、うとうととした時だった。
はたと思う。
待てよ。
もし、もしあの約束が本当だとしたら、あいつは一体いつ来るんだ。
朝早くとは一体何時を指しているんだ。
暗部時間とかあるのか。
イルカはバッチリ開けた目を瞬きさせ、考える。
相手が本当に修行に付き合ってくれると思っているなら。自分が遅刻して相手がいなくなっていたら、俺は強くなるチャンスを失う。
それはまずい。
でも、何時だ?
日が昇る頃か?それより前か?
結論、いてもいなくても、悔しいからあいつよりは絶対早く着く。と決めて目を閉じた。

イルカの仮説は川岸にたどり着いてすぐに崩れた。
川中にある大きな岩に、いたのだ。
今までにない早起きをして未だ真っ暗に近い中森を駆け抜け、岩の上にいる塊を目にした時、目を疑っていた。
闇でも輝く銀色はイルカの目にはしっかりと入り込んできた。
嘘だろ。
イルカが降り立つと同時に岩にいた影が動き、砂利を踏む音もなくイルカの前に降り立つ。
「ホントに来たんだ」
静かな声が、昨日の声とイルカの頭の中で合致して、これが現実だと我に返らせた。
一体こいつはいつから居たんだろう。
目の前の存在に不審と疑問が浮上する。が、
「ありがとう」
素直に嬉しさが先にでていた。
ワンテンポ遅れて出た言葉に、何故だろう、仮面の下で目を丸くしたのが分かった。
「……帰る」
呟かれた言葉に、逆に目を丸くした。
「ええ!?何でだよ!」
「だってさ、臭すぎ。違う、人臭い、だから」
咄嗟に自分の腕を上げて身体の匂いを嗅ごうとしたイルカに、瞬時に訂正され首を傾げた。
人臭い、とはどういう意味だ。
全く意味が分からなくなり目の前の白く浮きだった仮面をまじまじと見つめた。正直、嫌な言葉にしか聞こえない。だってお前だって人だろう。
少し眉を顰め視線を向けた。
当の相手は、はあ、と大袈裟にため息をついて掌を首元に当てる。指で側頭部を掻いて、仮面がイルカに向いた。
「始めますか」
結局答えはもらえなかった。




「先ずはさ、基礎訓練」
指で回していた手裏剣をタイミング良く掌に収めると、少年は言った。
意外な言葉に、え、と小さく声が出る。
「チャクラを活かせばさっきの説明もより簡単に飲み込める。要はそこを鍛えればいい」
端的に言われ、基礎訓練と言われた内容をこなす事になった。

内容は想像以上に辛かった。
自分が課せられていた内容よりも更に過密で何よりキツイ。
息も切らさない相手に只々驚異し感心した。たぶんこの数倍の内容を彼は毎日しているのだ。暗部と言う闇に埋もれた任務を命を落とすことなく果たせていると言う凄さは、底が知れない。
「………」
無言で荒い息を繰り返しながら横たわるイルカに、銀髪の少年はしゃがみ込み覗き込んだ。
「根性はあるね」
「…根性だけかよ」
吐き気にキツく目を瞑る。
これ毎日やってたら、俺どうなるんだろ。
でも、嬉しい。本当に嬉しい。
視線を感じ、目を開けようと薄っすら瞼を開こうとし、
「明日は?」
聞かれた問いに目を開ければ、日はだいぶ高くなっていた。
しゃがみ込んだまま、少年はイルカを見下ろしていた。イルカは両腕を使い支えるように身体を起こす。
「いいのか?」
「その根性に賞して」
「変な奴」
すぐに返ってきた言葉に笑いを零した。
再び笑うイルカに合わせて少年は笑った。

初めて笑い声らしい笑い声を聞いた。
銀髪の少年から。


NEXT→
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。