手を繋ごう⑥

イルカは項垂れていた。
今あるのは疲労と後悔。

子供らしさの欠片もないカカシは、想像するに自分の子供の頃とはかけ離れた過ごし方をしてきたのだと感じていた。
だから、とイルカは自分がよく友達と遊んでいた事をカカシとしたかった。
ーーそう、したかった。

「ね、何が楽しいの?」
カカシは片手を腰に当てて首を傾げていた。
傍らではイルカがしゃがみ込み短い呼吸を繰り返している。
鬼ごっこ。
缶蹴り。
かくれんぼ。
やった後に気がついた。
どう考えてもカカシは敵わないと。カカシにしたら赤子とやるようなものなのだろう。嫌がるカカシに自分の提案した遊びに付き合わせたのは自分だが。
それは、友達と一緒に遊ぶ楽しさを知ってもらおうと思っただけで。
カカシは口布の下で大きな欠伸をした。
「イルカがやるって言うから付き合ったけど、なにこれ?つまんないよね?」
「ふっ、普通はやったら楽しいんだよ!」
顔を上げたイルカに、ふーん、と返しさもよく分からないと言う目を向けられた。
おかしいな、こんなつもりじゃなかったのに。
「だったらイルカの修行手伝った方が楽しい」
「それじゃ意味ないだろ!」
「意味?」
イルカの意図が掴めていないカカシは眉を寄せた。
どうせこいつは分かってないんだ。良い策だと思ったのに。
暑いし、汗だくだし、苛々する。
イルカは地面にゴロンと大の字になって空を見上げた。
「……川」
「なに」
呟くイルカにカカシが見下ろした。
「あの川に行こうぜ」
「修行する気になった?」
「いいから!」
勢い良く立ち上がり駆け出すイルカの背を見て、カカシは溜息を零し、後について飛躍した。



川に入っていくイルカをカカシは川岸からジッと見詰めていた。
「ねえ…修行するんじゃないの?」
「するよ。だけど、今日はしない」
膝辺りまで水に浸かった、イルカは川の水を両手で掬い、透明でまだ冷んやりとする水を顔に付けた。
よく分からないと、カカシは盛大に溜息を吐いて頭を掻いた。
「手」
イルカが、じゃぶじゃぶと音を立ててカカシへと近づいた。差し出されたイルカの手には何もない。益々よく分からなくなってきたカカシは眉間に皺をよせた。
「手がなに」
「貸して」
「……?」
「カカシの手」
ようやく意味を解したが、ここで手を貸す理由がない。仕方が無く差し出した手をイルカの指が触れた瞬間、手を掴まれ、川の中に引き込まれた。
「冷たいだろ」
靴の中に染み込む水に顔を歪めるカカシに、イルカはさも嬉しそうに言った。
「……まあね。入るならイルカだけ入ればいいだろ……っ!」
掬った水をかけられ、銀髪からぽたぽたと雫が落ちた。
入るつもりもなかった上に髪に水をかけられて気分がどんどん悪くなる。
「なにこれ」
睨んだカカシに、イルカは満足そうな顔を見せた。
「俺にもかけろよ」
「は?」
「かけろって!」
再びバシャ、と盛大に水がイルカから舞い上がる。
避けるのが面倒臭い。何が何だか分からない。舌打ちをして、カカシは言われるままに、強めにイルカに水をかけた。
黒い髪が水で濡れる。イルカの表情にカカシは目を丸くした。
歯を見せて笑っていた。
声を出して笑っている
カカシはキョトンとしてイルカを眺めていた。
イルカはその顔にまた水をかける。思い切りかけられたカカシは、ふ、と笑った。
イルカのしようとしている意図が分かったのだ。
「カカシノーコン」
投げられた水を避けながらイルカは両手で思い切り水を投げる。
そこからお互いに水を掛け合った。ただ、ひたすらに掛け合いながら、笑った。
カカシが笑った。
イルカはドキドキと胸が高鳴った。
嬉しい。そう、嬉しかった。
水玉が川で弾くように浮かぶ。太陽の光でそれはキラキラと輝いた。
イルカは水玉越しにカカシの笑った顔を見て。安心した。
カカシは笑えるんだ。



「疲れた」
いつもの川中にある大きな岩の上に座るとぐったりとして、イルカは仰向けに転がった。
空が茜色に染まり始めている。
「イルカっていつもあんな事してんの?」
横に座ったカカシが口を開いた。
「……しないよ、もうそんな年じゃない」
「だよね、あれじゃ犬と戯れてるガキンチョだよね」
「お前って…いつも一言多いんだよ」
本当分かってない、とイルカは小さく息を吐いて目を瞑った。
瞼の上に影が出来る。
薄っすら開けばカカシが真上から覗き込んでいた。
銀色の色素の薄い髪が少し赤く染まっているように見える。
口布を下げたカカシが真っ直ぐイルカの目を見た。
「抵抗する?」
「する」
即答され、カカシは口の端を上げて笑いを零した。
一回くらいなら。
くだらないと思いながら付き合ってくれたカカシに、諦めのような気持ちで目を閉じた。
ゆっくりとカカシの唇が重なる。軽く触れて、離す。と、唇を舐められ、口の中に舌が入り込む。驚いて目を剥いた。
「っん!…ん、…っ」
生き物のように動く舌に難なく捕まる。ゾクゾクする何かに頭が混乱した。
こんなのキスじゃない、とされる行為の艶かしさに、腕でカカシの胸を押し返した。カカシの片手が腰骨辺りを摩り、身体がギクリと震えた。
(やばい、調子になりだしてる…っ)
「んっ…はっ…やっ…」
悶えながら唇を離して顔を背ければ、カカシは剥き出しのイルカの首に舌を這わせた。
「…………っ」
耳元で感じるカカシの息が荒い。耳の中を舌で探られ、鳥肌が走る。
「焦らすの好きだよね、キスがいいならいいじゃん」
「なっ、いいなんて言ってない…っ」
「許したでしょ。ね、…していいよね」
いやらしく這う手は次第に上着の中を探っていた。
「嫌だ!絶対に嫌だ!」
大きな声で叫ぶと、イルカの両手がカカシの頬に伸び、思い切り引き伸ばした。
「いたっ…」
カカシは顔をしかめて、頬を抓るイルカの手を払いのける。身体をイルカから離し川岸へ顔を向けた。
「ムードもクソもない」
「ムード?」
カカシはそっぽを向きながら溜息をついた。
立ち上がるカカシには既に口布がしてある。
「帰るのか?」
「女のとこに行く」
「……何で?」
カカシは肩越しに見ていた身体をイルカに向けた。
「何で?…分かんないかな。…イルカといると欲求不満になるの」
苛立ちを含んだ声を出した。
「…………」
「だってアンタと違ってすぐヤらせてくれるし、優しいし」
胸の奥をぐぐぐと押されたような鈍い感触が身体を包んだ。
ヤらせてくれないって…なんだよ。俺はお前の女でもなんでもないのに。
「なに」
不機嫌な声で見下ろされ、視線を逸らしイルカはグッと強く眉を寄せた。
聞こえたのは溜息。
「面倒臭い」
カカシの声に顔を上げた時、既に姿は見えなくなっていた。



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