薄れる①

「頼む!」
同僚に手を合わせられ、頭を下げられた。
鞄を肩にかけていたイルカは、その同僚を前に鼻頭を掻いた。
「でも俺さ、今日スーパーのタイムセールに行くんだわ」
「お前!俺の頼みよりスーパーのタイムセールを取るのかよ!」
信じられないと悲鳴混じりの声で顔を上げた同僚に、苦笑いを浮かべた。
そんなこと言われても。週に1日しかないタイムセールだ。こっちとしては給料日前もあり死活問題に関わる。
倹約家のイルカには外せない事だが、当の同僚は恨みがましい顔をしながらも、また頭を下げてきた。
参ったな、とイルカは溜息を零した。これでは自分が丸で悪いみたいな構図じゃないか。
大体納得出来るような理由ではないから断っているのに。体調が悪くて夜勤を変われと言われたら変わる。家族の都合で残業を変われと言われたら変わる。
でも、こいつはーー。
「頼む!あと一人足らないんだ!そしたら女子も納得するから!」
「…………」
合コンの人数合わせだもんな。
あーあ、とイルカは内心嘆いた。
「他あたればいくらでもいるだろ」
「いないから言ってんだよ!あいつは彼女最近出来たら行かないっつーし、あいつは子供の誕生日だって言うし……他にいないから頼んでるんだよ」
半泣きの顔に変わった同僚を前にして、また溜息が出た。
目的が凝縮された他人同士の飲み会なんて、なんとも味気なくえげつない。だったら見合い話を受けた方が気が楽な気がする。
合コンは正直苦手だった。それを知って尚同僚は声をかけてきた。
切羽詰まってるんだろう。
「…分かったよ。でもスーパー行ってから行く。少しくらい遅れてもいいだろ」
諦め声で言ったイルカに同僚は破顔させた。
「分かった。悪りいな!助かる!じゃ、これ場所と時間。頼むな」
渡された紙を見て。嬉々とした同僚の背中を見送って、嘆息した。


スーパーで買い物をして。イルカは家に荷物を置き部屋を出た。
走れば間に合うか。せっかくの早番で家でゆっくりするつもりだったのにな。と、数合わせの飲み会に急ぐ自分が馬鹿らしく感じながらも、走っていた。
時間は時間。どうも問題ない遅刻と分かっていても出来る性分ではない。どんな理由にせよ人を待たせるのは気が揉める。
時は金なり
母がよく言っていた言葉。
それは教師になってさらに身に染みた。限られた時間はまさに宝だ。その時間の中で子供達に教えを説く。それに、過ぎ去ってはもう元には戻れない。自分の時間の損失より、自分以外の人の時間の損失をさせる程失礼なものはない。
だから、時間ぎりぎりと分かると勝手自然に身体は走り出していた。


店に着いた頃、時間ちょうどだった。息を切らし店内へ案内される。
個室に案内され、部屋に入れば同僚がホッとした顔をして手招きした。見れば男性側には上忍の顔も含まれており、頭を下げながら同僚の横に座る。
中忍だけの合コンじゃなかったのか。
「イルカ、こっちだ」
「あぁ、悪い。遅くなったな」
「いや、今からだから良かったよ」
言われて安心する。
店員がビールを持ってきたところで、合コンが始まった。


人数合わせの自分には全く興味がないな、とビールを飲みながら目の前の女性の話を聞いていた。自分よりずっと若い感じがする。やっぱこう言うのは若い子がするもんだよな。
20半ばだが、この飲み会のノリを考えると、もっと若い子がやるような雰囲気にみえてならない。それか自分が精神年齢が老けてしまったのか。(同僚からはよく言われてそれを真に受けているのかもしれないが)
扉が開いて、周りの女性から小さな歓声らしき声が上がった。当然前に座っている女性も身体ごと向きを変えて視線を送っている。
ふと顔を上げると見知った男が立っていた。
げ。
ビールを飲みながら内心毒づいていた。なんでそう思ったのか。自分でも不透明だが、毒づいていた。
「ごめーんね。任務で遅くなっちゃって」
カカシは眠そうな目はそのままに、さもそこまで悪びれてないような口調だった。
「はたけ上忍お疲れ様です。こちらへどうぞ」
同僚が立ち上がった。
彼は木の葉の唯一無二のエリート忍者。その任務は桁外れの内容に違いない。その任務からの遅刻は誰も責める理由はない。
それは皆同じだと言わんばかりに、労いの言葉をかけ席を空けていた。それは男性陣であり。女性陣はイルカでも分かるくらいにそわそわと落ち着きのない空気を出し、視線はカカシに奪われている。
しばらくそれを眺めながら、分かってしまった答えに、何ともエゲツない気持ちになった。誰だってルックスと名声と稼ぎがある男がいいに決まってる。
それがすごくイヤラしく、この合コンの極みを見せられている気分になる。
普通に恋愛結婚したいなんて甘い考えを抱いている自分がなんとも馬鹿らしくも感じてしまう。
それに、あのカカシが合コンに参加するとは。上忍が混じる面子にいてもおかしくはないだろうが、今までのイメージからして、他人にあまり関心がなくその手の類には興味がないとばかり思っていた。所詮写輪眼も人の子であり男という事になる。
(そんな感じには見えないのに、カカシさんでも彼女が欲しいんだ。なんか、意外)
ビールを飲みながらカカシの横顔を眺めた。もう口布は外されている。初めて見た。スッキリとした顔立ちは嫌味なくらい整っていた。女性陣を見れば、それぞれ飲み会を楽しみながらもカカシに視線を注いでいる。みなカカシ狙いだという事なのか。
同僚が人数集めに必死なのも何となく分かった。上忍の為の合コン、よって人数集めは必至。
(なるほどね。断ったやつもこの面子が嫌で逃げたのかも)
傍観者として見るぶんにはいいんだけどな。
残ったビールを飲み干して、1人何を飲もうかメニューを眺めた。
「イルカさんは何飲むの」
言われてイルカはメニューから顔を上げれば、カカシがこちらを見ていた。何故か女性も一斉に隅にいる自分に視線を注いでいる。先ほどカカシに向けた視線とは温度が低く感じるのは気のせいではない。
「あ…じゃあ焼酎にします」
「焼酎、どれ?」
「あ、あぁ…えっとこの紫蘇の、」
同僚挟んで隣にいたカカシが身を乗り出してイルカの持つメニューを覗き込んだ。
銀色の髪が顔の前まで来る。
「それね。へえ、紫蘇なんて珍しい焼酎だよね」
目を上げたカカシの青い瞳と目が合った。
じゃあビールとこの焼酎、とカカシは店員に注文を頼む。
再び空気が動いた中、イルカは息を吐き出しながら目の前のサラダを口にした。
カカシとは余り面識がない。ナルトの上忍師として挨拶を交わしたくらいだ。その後も中忍試験に関するイザコザはあったものの、元より彼と話す事もなかった。ナルトから話に聞く遅刻ぐせには、閉口する。先ほど話した自分の拘りの如くただ、その考えは自分からしたら理解しがたい。いや、理解するつもりもない。ただ、カカシを嫌いという事じゃない。相対さない人間だと感じるだけで。
カカシの遅刻癖をナルトから聞いた時、肌が合わないだろうと率直に感じた。
だが、不透明な人間性には変わらないが、彼の忍びへの信念には感銘を受け胸を打たれた。
『忍びの世界でルールや掟を守れないやつはクズ呼ばわりされる。けどな仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ』
ナルトの話してくれたあの時の顔は今でも忘れない。
丸で子供が父親の偉業を讃えるように。目の輝きと共に、その瞳の奥は忍びとしての熱意に満ち満ちていた。
(だからといって遅刻する人間性は俺はありえないんだけど)
相変わらず目の前の女性はカカシに目を奪われている様子を見ながら唐揚げを頬張った。

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