薄れる③
2週間後、また同じ同僚が目の前で頭を下げていた。
無理。嫌だ。とイルカが何度言っても同僚は頭を下げたまま動かない。この同僚といい、職員室前の廊下で周りからの気になる視線も含めた状況に、イルカは眉根を寄せ困り果て、鼻から息を吐き出しながら頭を掻いた。
「頼む!」
「お前さ、どんだけ合コン行く気だよ。あれからそんなに経ってないだろ」
「いや、そうだが…」
呆れた声を出すイルカを前に、同僚は頭を下げたまま、苦しげな声を出した。
「だけど何だよ」
「…上忍からの頼みなんだ。断れん」
「上忍?」
大きくなった声を自分で抑えて、イルカはその同僚を見た。
「彼女が出来るまでって約束で」
「そんな約束、傲慢じゃないか。彼女が欲しかったら勝手に探せばいいだろ」
「傲慢って言うか…」
怒りを含めたイルカに、同僚が言い淀みながらも、さらに身を縮めた素振りを見せ、イルカは肩に手を置き同僚の顔を上げさせた。
「違うなら何だよ」
真っ直ぐ見つめるイルカの目線。同僚は堪らないと顔を顰めた。
イルカは廊下の隅まで連れて行き、再び顔を伺う。同僚は肩を竦めた。
「……居酒屋でたまたま一緒になった上忍達とポーカーで賭けをする事になったんだよ」
そこまで聞いて、身まで言わずとも最期の台詞が分かり、イルカは渋い顔を見せた。
「……敗けたから、その条件を呑んだのか」
「そりゃ、大金払うよりそっちの方がいいだろ?」
そりゃそうだ。賭けに参加するこいつもこいつもだが。にしても、この縦社会で持ち金払わずとも、敗けた相手にそれで済ますなんて。
複雑な表情を浮かべていると、同僚が苦笑いを浮かべた。
「その方が良いって助け舟出してくれたのアスマさんなんだ」
それには少し驚いた。
「別の席で飲んでたアスマさんが、困った俺らを見かねてさ、その上忍に言ってくれたんだよ。だからアスマさんの為にも、さ」
少しだけその情景が浮かんで、イルカは暖かい気持ちになった。昔からそうだ。見た目は厳つく怖いイメージがあるが、下への面倒見が良く慕われている。
その場にいたら、きっとアスマならそう言うだろう。
「それでかもしれないけど、上忍メンバーにアスマさんが参加してくれてる」
それも優しさ故か。
「でも、この前はいなかったよな」
言えば同僚は頷いた。
「アスマさんが任務で無理な時はカカシさんが来てくれてる」
「…………………え?」
それは信じがたい言葉に、イルカは聞き返していた。
「ん?だから、ポーカーしてた日にさ、アスマさんと一緒に飲んでたのカカシさんだったからか、アスマさんが参加出来ない時はカカシさんが代わりに来てくれてる」
カカシさんが?
アスマとよく一緒にいる所は見かけてはいたが、そんな経緯があってカカシが参加していたなんて。人数合わせでと言っていたカカシは本当だったのか。
てことは。俺、失礼な事言ったって事になるのか?
グルグルとした頭を回転さていると、同僚が訝しんでイルカを見ていた。
「どうした?」
「あ、いや!……まあ、そう言う事なら。参加するよ」
うんうんと納得したように頷くと、同僚は少しだけイルカを伺うような眼差しを向けた。
「なに、何だよ」
「いやさ、今回は……」
「お前!ふざけんなよ!!」
イルカの声が廊下に響き渡り、振り返る教員に頭を下げて、さらに奥に同僚を連れ込んだ。
「何で俺が女に変化しなきゃいけないんだよっ」
迫るイルカに同僚は乾いた笑いを浮かべた。
「今回は女が足りないんだ」
「だったらお前が変化しろよ!!」
「それじゃ俺が不参加になって上忍に言われるんだよ」
「………っ」
確かに。そうだけども。
言葉に詰まってイルカはそれ以上何も言えなくなる。
事情を知った上で頼まれると断り辛く、自分の性格上絶対に無理だと言えない。
それを知って言ったとは思えないが。
(…事情、聞かなきゃ良かった)
どんよりとした顔のイルカに、同僚は頭を下げた。
「頼む!」
長いため息を吐きながら、自分の性格を恨めしく感じていた。
教員である故にこの手の術は経験が多い為か、変化は得意だ。
授業や任務で使う事はあるが、まさか飲み会の為だなんて。教員の風上にも置けないし、更に私用での術の使用はバレたら懲罰ものだ。
変化して、その姿を鏡で見て、情けなくなり更にため息が溢れた。いい加減な格好では相手は上忍。怪しまれない為にもそれなりの女性に変化したつもりだが。
自らの胸元に目線を向ければ、程よくもりあがり、形のいい胸があった。自分の元を消す為にも多少色気を出してみたのだか、その細い身体のラインに自分でも恥ずかしくなる。いつもより長い髪をどうしたらいいのか分からなく、手櫛でといて、もう一度鏡を見確認した。
鏡に映る可愛らしい女性に、練習を兼ね微笑みを浮かべて。
これならバレないだろう。
イルカは店へ向かった。
今回は大衆向けの中華がメインの居酒屋だった。不安が多い為店の前で同僚と待ち合わせ、大部屋の和室に入った時に気がつく。
女って事は他の女と並んで座るって事だよな。うまく話を合わせなきゃ、駄目か?
普段から社交慣れしているから、いつもの日常会話は問題はないが、飲み会でしかも上忍相手にとなると話は違う。
任務と思えばいいだろうが。
同僚がそのイルカに気がつき、自分の前に座らせる。大丈夫だって。と同僚の目が語るが何が信用出来ようか。訝しみながらも腰を下せば、上忍がイルカの顔を見た。
「お、初めまして」
「あ、は、初めまして」
か細い声が自分から漏れて、その違和感に耐えながら微笑んだ。自分の顔をジッと見られ、それだけで不安が過ぎりぎこちなく目線をテーブルに落とした。
「…恥ずかしいの?かーわいいね」
可愛いなんて言われ慣れないセリフに驚いて上忍の顔を見た。
あ、そうか。俺は女だったんだ。
言葉の意味から恥じらう行為だと勘違いされたのか、イルカの行動に上忍が嬉しそうな顔を見せた。その目は紛れもなく異性を見る目。何故だか怖くなり視線を外して同僚を見た。
隣に座る上忍に、可愛いっすよね、などと同調する声に呆れる。なんかある事はないと思うが、適当にやられても困る。ちゃんと責任もてよな。
と、念を込めて同僚を隠れて睨む。
きっと隣の上忍が、例のポーカーに買った相手なのだろう。
「………っとにくだらない」
「え?どうした?」
呟いた声をその上忍に気づかれ慌てて首を横に降る。微笑めば、また上忍が頬を緩ませて、ホッとした。
面倒臭い。
ビールを飲みながら改めて辺りを見渡す。男側はこの前と同じ顔ぶれに見えるが。
アスマがいない。ーーもしかして今日も、
とその思考は背後から聞こえた声で遮られた。
「お疲れー」
身体がピクリと反応する。
振り返るまでもない。
カカシだ。
何故かビールのグラスを持つ手に力が入った。
カカシが同僚の横を通り過ぎる、隣にいる上忍の横に席を空けられ、そこに腰を下ろした。
カカシの姿を見ただけで、少しだけ緊張が走る。銀色の髪が闇に溶けていくのを思い出して、いや違うと頭を振った。
嫌な口論は、結局自分の勘違いだった。アスマの友人として、彼はここにいるのだ。
今は到底無理だが、今度会ったら。話す機会があるのなら、謝ろう。
そう強く思い、テーブルから視線を上げて、カカシの唯一露わになっている青い瞳と目が合った。それだけで、勝手自然にイルカの目が開き、いけないと冷静を保つように表情を戻し、小さく微笑んだ。
ここは合コンの席。愛想を振りまく女性でなければ怪しまれる。
表情が見えないカカシは瞬きをしながらも、ジッとイルカを見る。
(見られ…てる?)
周りが和やかな雰囲気なだけにカカシの視線は痛い。カカシは他上忍とは違う実力の忍び。笑みを浮かべながらも背中がヒヤリとした。
カカシは目線を外してメニューを眺め始める。
ホッと胸をなでおろした。目の前の上忍の話を聞きながらカカシを伺う。
アスマの代わりにまた参加したのか。頼んだビールを手にして、口布を外してグラスを口にするカカシを見た。
『断れば良かったのでは』
本当は参加したくもないはずなのに。カカシの都合も知らず言った自分が嫌になる。
生意気過ぎる自分に、それでもカカシはにこやかに自分に返してきた。
中忍試験のいざこざの時もそうだった。ナルトから聞かされ、どんなにナルト達を想っているか。後になって知って。自分勝手な言い分を押し付けていたと後悔した。
それでもカカシはあれから普通に接してくれて、責める事もしない。
それが里一の実力を持つ忍びの器という事か。
(俺ってどこまで人間小さいんだよ)
遅刻とか、気にしてた自分が情けなくて、そんなのどうでもよくなってくる。ため息が出そうになる。
目の前に置かれた春巻きを口にした。
(あ、美味い)
他の料理も皿に装い食べ、初めて来る店だったが、料理の美味さに目が輝いた。
「中華好きなの?」
目の前にいた上忍に聞かれ、口一杯に頬張っていたイルカは、必死に咀嚼しながらも、頷いた。
「そっか。じゃあさ、今度別の中華の店に連れて行ってあげるよ」
「え、?」
驚いて目を丸くしたイルカに、上忍が少しだけ身を乗り出した。
「ここよりも、もっと美味い店、知ってるから。ね?」
(……ねって言われても)
チラと同僚を見れば困った顔をしてイルカを見ている。
助けるべきか、どうすべきか悩んでるが。
助けろよ。
イルカは首を傾げて微笑んだ。
「まあ…そうですね…」
好みじゃないから嫌だなんて、言ったら同僚が酷い目に遭いかねないよな。
でも。
「ね、約束。じゃあさ、いつにする?」
顔が引きつりそうになり、必死に耐えた。
どうすべきか、同僚は当てにはならない。
そうだ。思いつき、すぐ口にした。
「わ、私、はたけ、カカシさんがいいかな、…なんて」
言えば上忍がピクリと眉を上げた。隣や他の女性からの視線が気になるが、そんなの気にしてられない。
カカシが相手だったらこの上忍も諦めるだろうし、カカシの顔を潰す事は出来ない。明らか様な言い方だとは思ったが。誰にも本気にならない、と言っていたならそれを利用しても悪くないだろう。どうせカカシは自分など相手にしないのだから。
上忍は思った通りに顔を歪め、苦笑いをした。
ただ、和やかな空気が一転。ピリピリし始めているのが嫌でもわかる。言ってみたものの、気まずさに乾いた唇を舐めて、口紅をしていたと、変な味に舌を戻した。
「じゃあさ、俺の横に来る?」
カカシの申し出に目を開いて顔を上げた。カカシが流し目で自分を見ている。
男から見ても色気がある目に知らず息を呑んでいた。答えられずにいると、カカシが手招きをする。イルカは素直に頷いて、席を立つ。カカシは自分を口説いていた上忍を立たせて、場所を交換する形になった。
(いや、別に隣には来たくなかったんだけども)
でもカカシから言ったんだから仕方ないし、あのまま上忍に口説かれるよりはましだ。
内心言い訳を考えながら、カカシの横に座った。
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無理。嫌だ。とイルカが何度言っても同僚は頭を下げたまま動かない。この同僚といい、職員室前の廊下で周りからの気になる視線も含めた状況に、イルカは眉根を寄せ困り果て、鼻から息を吐き出しながら頭を掻いた。
「頼む!」
「お前さ、どんだけ合コン行く気だよ。あれからそんなに経ってないだろ」
「いや、そうだが…」
呆れた声を出すイルカを前に、同僚は頭を下げたまま、苦しげな声を出した。
「だけど何だよ」
「…上忍からの頼みなんだ。断れん」
「上忍?」
大きくなった声を自分で抑えて、イルカはその同僚を見た。
「彼女が出来るまでって約束で」
「そんな約束、傲慢じゃないか。彼女が欲しかったら勝手に探せばいいだろ」
「傲慢って言うか…」
怒りを含めたイルカに、同僚が言い淀みながらも、さらに身を縮めた素振りを見せ、イルカは肩に手を置き同僚の顔を上げさせた。
「違うなら何だよ」
真っ直ぐ見つめるイルカの目線。同僚は堪らないと顔を顰めた。
イルカは廊下の隅まで連れて行き、再び顔を伺う。同僚は肩を竦めた。
「……居酒屋でたまたま一緒になった上忍達とポーカーで賭けをする事になったんだよ」
そこまで聞いて、身まで言わずとも最期の台詞が分かり、イルカは渋い顔を見せた。
「……敗けたから、その条件を呑んだのか」
「そりゃ、大金払うよりそっちの方がいいだろ?」
そりゃそうだ。賭けに参加するこいつもこいつもだが。にしても、この縦社会で持ち金払わずとも、敗けた相手にそれで済ますなんて。
複雑な表情を浮かべていると、同僚が苦笑いを浮かべた。
「その方が良いって助け舟出してくれたのアスマさんなんだ」
それには少し驚いた。
「別の席で飲んでたアスマさんが、困った俺らを見かねてさ、その上忍に言ってくれたんだよ。だからアスマさんの為にも、さ」
少しだけその情景が浮かんで、イルカは暖かい気持ちになった。昔からそうだ。見た目は厳つく怖いイメージがあるが、下への面倒見が良く慕われている。
その場にいたら、きっとアスマならそう言うだろう。
「それでかもしれないけど、上忍メンバーにアスマさんが参加してくれてる」
それも優しさ故か。
「でも、この前はいなかったよな」
言えば同僚は頷いた。
「アスマさんが任務で無理な時はカカシさんが来てくれてる」
「…………………え?」
それは信じがたい言葉に、イルカは聞き返していた。
「ん?だから、ポーカーしてた日にさ、アスマさんと一緒に飲んでたのカカシさんだったからか、アスマさんが参加出来ない時はカカシさんが代わりに来てくれてる」
カカシさんが?
アスマとよく一緒にいる所は見かけてはいたが、そんな経緯があってカカシが参加していたなんて。人数合わせでと言っていたカカシは本当だったのか。
てことは。俺、失礼な事言ったって事になるのか?
グルグルとした頭を回転さていると、同僚が訝しんでイルカを見ていた。
「どうした?」
「あ、いや!……まあ、そう言う事なら。参加するよ」
うんうんと納得したように頷くと、同僚は少しだけイルカを伺うような眼差しを向けた。
「なに、何だよ」
「いやさ、今回は……」
「お前!ふざけんなよ!!」
イルカの声が廊下に響き渡り、振り返る教員に頭を下げて、さらに奥に同僚を連れ込んだ。
「何で俺が女に変化しなきゃいけないんだよっ」
迫るイルカに同僚は乾いた笑いを浮かべた。
「今回は女が足りないんだ」
「だったらお前が変化しろよ!!」
「それじゃ俺が不参加になって上忍に言われるんだよ」
「………っ」
確かに。そうだけども。
言葉に詰まってイルカはそれ以上何も言えなくなる。
事情を知った上で頼まれると断り辛く、自分の性格上絶対に無理だと言えない。
それを知って言ったとは思えないが。
(…事情、聞かなきゃ良かった)
どんよりとした顔のイルカに、同僚は頭を下げた。
「頼む!」
長いため息を吐きながら、自分の性格を恨めしく感じていた。
教員である故にこの手の術は経験が多い為か、変化は得意だ。
授業や任務で使う事はあるが、まさか飲み会の為だなんて。教員の風上にも置けないし、更に私用での術の使用はバレたら懲罰ものだ。
変化して、その姿を鏡で見て、情けなくなり更にため息が溢れた。いい加減な格好では相手は上忍。怪しまれない為にもそれなりの女性に変化したつもりだが。
自らの胸元に目線を向ければ、程よくもりあがり、形のいい胸があった。自分の元を消す為にも多少色気を出してみたのだか、その細い身体のラインに自分でも恥ずかしくなる。いつもより長い髪をどうしたらいいのか分からなく、手櫛でといて、もう一度鏡を見確認した。
鏡に映る可愛らしい女性に、練習を兼ね微笑みを浮かべて。
これならバレないだろう。
イルカは店へ向かった。
今回は大衆向けの中華がメインの居酒屋だった。不安が多い為店の前で同僚と待ち合わせ、大部屋の和室に入った時に気がつく。
女って事は他の女と並んで座るって事だよな。うまく話を合わせなきゃ、駄目か?
普段から社交慣れしているから、いつもの日常会話は問題はないが、飲み会でしかも上忍相手にとなると話は違う。
任務と思えばいいだろうが。
同僚がそのイルカに気がつき、自分の前に座らせる。大丈夫だって。と同僚の目が語るが何が信用出来ようか。訝しみながらも腰を下せば、上忍がイルカの顔を見た。
「お、初めまして」
「あ、は、初めまして」
か細い声が自分から漏れて、その違和感に耐えながら微笑んだ。自分の顔をジッと見られ、それだけで不安が過ぎりぎこちなく目線をテーブルに落とした。
「…恥ずかしいの?かーわいいね」
可愛いなんて言われ慣れないセリフに驚いて上忍の顔を見た。
あ、そうか。俺は女だったんだ。
言葉の意味から恥じらう行為だと勘違いされたのか、イルカの行動に上忍が嬉しそうな顔を見せた。その目は紛れもなく異性を見る目。何故だか怖くなり視線を外して同僚を見た。
隣に座る上忍に、可愛いっすよね、などと同調する声に呆れる。なんかある事はないと思うが、適当にやられても困る。ちゃんと責任もてよな。
と、念を込めて同僚を隠れて睨む。
きっと隣の上忍が、例のポーカーに買った相手なのだろう。
「………っとにくだらない」
「え?どうした?」
呟いた声をその上忍に気づかれ慌てて首を横に降る。微笑めば、また上忍が頬を緩ませて、ホッとした。
面倒臭い。
ビールを飲みながら改めて辺りを見渡す。男側はこの前と同じ顔ぶれに見えるが。
アスマがいない。ーーもしかして今日も、
とその思考は背後から聞こえた声で遮られた。
「お疲れー」
身体がピクリと反応する。
振り返るまでもない。
カカシだ。
何故かビールのグラスを持つ手に力が入った。
カカシが同僚の横を通り過ぎる、隣にいる上忍の横に席を空けられ、そこに腰を下ろした。
カカシの姿を見ただけで、少しだけ緊張が走る。銀色の髪が闇に溶けていくのを思い出して、いや違うと頭を振った。
嫌な口論は、結局自分の勘違いだった。アスマの友人として、彼はここにいるのだ。
今は到底無理だが、今度会ったら。話す機会があるのなら、謝ろう。
そう強く思い、テーブルから視線を上げて、カカシの唯一露わになっている青い瞳と目が合った。それだけで、勝手自然にイルカの目が開き、いけないと冷静を保つように表情を戻し、小さく微笑んだ。
ここは合コンの席。愛想を振りまく女性でなければ怪しまれる。
表情が見えないカカシは瞬きをしながらも、ジッとイルカを見る。
(見られ…てる?)
周りが和やかな雰囲気なだけにカカシの視線は痛い。カカシは他上忍とは違う実力の忍び。笑みを浮かべながらも背中がヒヤリとした。
カカシは目線を外してメニューを眺め始める。
ホッと胸をなでおろした。目の前の上忍の話を聞きながらカカシを伺う。
アスマの代わりにまた参加したのか。頼んだビールを手にして、口布を外してグラスを口にするカカシを見た。
『断れば良かったのでは』
本当は参加したくもないはずなのに。カカシの都合も知らず言った自分が嫌になる。
生意気過ぎる自分に、それでもカカシはにこやかに自分に返してきた。
中忍試験のいざこざの時もそうだった。ナルトから聞かされ、どんなにナルト達を想っているか。後になって知って。自分勝手な言い分を押し付けていたと後悔した。
それでもカカシはあれから普通に接してくれて、責める事もしない。
それが里一の実力を持つ忍びの器という事か。
(俺ってどこまで人間小さいんだよ)
遅刻とか、気にしてた自分が情けなくて、そんなのどうでもよくなってくる。ため息が出そうになる。
目の前に置かれた春巻きを口にした。
(あ、美味い)
他の料理も皿に装い食べ、初めて来る店だったが、料理の美味さに目が輝いた。
「中華好きなの?」
目の前にいた上忍に聞かれ、口一杯に頬張っていたイルカは、必死に咀嚼しながらも、頷いた。
「そっか。じゃあさ、今度別の中華の店に連れて行ってあげるよ」
「え、?」
驚いて目を丸くしたイルカに、上忍が少しだけ身を乗り出した。
「ここよりも、もっと美味い店、知ってるから。ね?」
(……ねって言われても)
チラと同僚を見れば困った顔をしてイルカを見ている。
助けるべきか、どうすべきか悩んでるが。
助けろよ。
イルカは首を傾げて微笑んだ。
「まあ…そうですね…」
好みじゃないから嫌だなんて、言ったら同僚が酷い目に遭いかねないよな。
でも。
「ね、約束。じゃあさ、いつにする?」
顔が引きつりそうになり、必死に耐えた。
どうすべきか、同僚は当てにはならない。
そうだ。思いつき、すぐ口にした。
「わ、私、はたけ、カカシさんがいいかな、…なんて」
言えば上忍がピクリと眉を上げた。隣や他の女性からの視線が気になるが、そんなの気にしてられない。
カカシが相手だったらこの上忍も諦めるだろうし、カカシの顔を潰す事は出来ない。明らか様な言い方だとは思ったが。誰にも本気にならない、と言っていたならそれを利用しても悪くないだろう。どうせカカシは自分など相手にしないのだから。
上忍は思った通りに顔を歪め、苦笑いをした。
ただ、和やかな空気が一転。ピリピリし始めているのが嫌でもわかる。言ってみたものの、気まずさに乾いた唇を舐めて、口紅をしていたと、変な味に舌を戻した。
「じゃあさ、俺の横に来る?」
カカシの申し出に目を開いて顔を上げた。カカシが流し目で自分を見ている。
男から見ても色気がある目に知らず息を呑んでいた。答えられずにいると、カカシが手招きをする。イルカは素直に頷いて、席を立つ。カカシは自分を口説いていた上忍を立たせて、場所を交換する形になった。
(いや、別に隣には来たくなかったんだけども)
でもカカシから言ったんだから仕方ないし、あのまま上忍に口説かれるよりはましだ。
内心言い訳を考えながら、カカシの横に座った。
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